ヒトの強さを無礼るなよ ─ウマ娘プリティーダービー─ 作:嵐牛
体育館の中、ぼんやりと中空を眺めていたネオユニヴァースが呟いた。
「"ASEM"・・・・・・"磁気嵐"が起きた。INTIな特異点が二つ。・・・・・・ランズエンド、かな」
不安そうに集まる生徒たちの中、しゃがみ込み険しい顔で八卦盤を睨んでいたコパノリッキーが弾かれるように顔を上げた。
「氣の流れが・・・・・・竜脈が、塗り潰された・・・・・・?」
「あああああっ!! ああああぁぁあああっっ!!」
マチカネフクキタルが水晶玉に縋り付いて叫んだ。
日頃からやかましい彼女をして尋常ではない様子に怯えたように周囲が遠ざかる中、そんなものなど気にも留まらないように彼女は灰色に濁りヒビの入った水晶玉に向かって訴える。
「何故ですかシラオキ様!! 何が起こっているんですか!! ウマ娘の歴史が今日で潰えるというのですかっ!! 何故っ!! 何故この位階の御柱がっ!! どうして今こんな時に来迎なさるのですかああああああっっ!!!」
何かが見えている者たちの反応を理解できる者はこの場にはいない。
しかし観測する者と推し量る者、そして感じ取れる者。違う感度を持っている彼女らに共通して悟っているのは、自分ではどうしようもないという認識。
彼女らの悟りや疑念や慨嘆の一端をやがて全ての者が理解することになる。
自分の認知では思う事すら及ばない、世界そのものの鳴動を以てして。
◆
マンハッタンカフェを巨大化させたような姿。
瞳を怒りの紅に燃やす【
大地を抉る破壊力を受けて倒れ伏したカフェのトレーナーを巨大な指がつまみ上げようとしたその時、彼の身体がボロボロと崩れた。
【寂寞の日曜日】が視線を上げた先、鳥の式神に乗って上空に緊急避難したカフェのトレーナーに未曾有の戦慄が走った。
幼い頃から研ぎ澄まされてきた感性が眼下の存在の絶対性を告げる。
「方式は違っても、私達は似たモノを扱います。であればトレーナーさんにも
アレはそもそもの規格が違う事を。
この国において、【彼女】は『柱』と数えられる位階の存在である事を。
【◼️◼️◼️】
にたりと口角を引き裂いて【寂寞の日曜日】が人差し指を振るい、それを合図として黒炎の砲弾が一斉に放たれた。
大気を轟々と渦巻かせて疾走する爆熱の死。
空中を駆けてくる異能の爆弾の群れからトレーナーを乗せた式神の鳥が全力の
「《
木・火・土・金・水、それぞれの氣を込められた無数の呪符が光を纏う壁となって攻撃を阻むが、それは着弾時の爆発まで防ぐことは出来なかった。込められた力を吐き出しきれないまま防壁ごと吹き飛ばされた呪符が、花火のような残火を散らしながら地面に撒き散らされていく。
それでも凌ぎ切ったトレーナーだが、目の前の現象はどうあっても信じ難いものだった。
あれ程まで高位の『柱』が自分でも察知できない程に息を潜めて彼女の側におり、そして何の対価も代償も無しに個に肩入れしているのだ!!
(いや考えても意味はない、そうであると受け入れるしかない。私がやるべきなのは)
【◼️!◼️◼️◼️♪】
くるくると指を回す【寂寞の日曜日】。
それに合わせてまた黒炎の砲弾の群れが動く。
今度は直線ではなく周囲を巡る鳥のように立体的な軌道で包囲しつつ多方向から襲ってくる群れ、その中から最も近い一団にトレーナーは式神を放つ。
『金』の外殻に『火』と『木』の氣を密封された
しかし一瞬遅かった。
防壁を壊した獣達の爆発の余波に煽られたトレーナーが、鳥の式神の背から落下した。
「〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!」
防ぎきれなかったいくつかが新たに生み出された増援と共に自由落下するトレーナーを追いかけていく。
彼は死に物狂いで『水』と『土』の氣を一気に呪符に込めて放つ。多量の土が混ざり質量と衝撃力が跳ね上がった濁流の鉄砲水が黒炎の砲弾を巻き込んで押し流し爆発させ、その隙にトレーナーの元に戻ってきた式神の鳥が彼の身体を掻っ攫う。
明らかに遊んでいた。
その気になれば一瞬で擦り潰せるだけの力の差がある事を知っていながら、【寂寞の日曜日】は嬲るようにトレーナーの抵抗を楽しんでいる。
術を駆使して辛くも凌いでいる彼を【彼女】はにやにやと笑っていた。
「全くもう・・・・・・」
まだやる事があるからすぐに確保してくれと頼んだ側から遊び始めた『お友だち』に半目になるマンハッタンカフェだが、彼女の胸中にはある違和感が芽生え始めていた。
───
《五行結界》というらしいあの術はここまでの戦いで何度か見たが、呪符に込めた力を放出して壁を張る性質上あの壊れ方はおかしい。
一瞬で全てを出し切らねば防げない黒炎の砲弾の破壊力を前に、呪符が力を残したまま散らばるなんて緩い術式の組み方をするのは明らかに不自然。
ならば何かの意図がある。
理由は分からないが、そうすべき目的が。
「・・・・・・急いで【
面白いところだったのにと不服そうな顔で無言の抗議をする【寂寞の日曜日】だがカフェの意思は硬い。
不承不承といった様子の【彼女】が両手を高く掲げると、腹に灯った紫の光から霊魂のような火の玉が無数に産み出された。
無数に、無数に、無数に、無数に。
上下左右天地を埋め尽くす炎獄を前にトレーナーは呪符を展開、それらは自分を中心として複数の五芒星を重ねた天体模型のような方陣を組んだ。
それは五つの属性を
五つの属性を
「《
黒い炎獄の中で刹那、白光が瞬く。
物理的な衝撃すら伴うような爆轟が、トレセン学園の上空で轟いた。
「トレーナーさん・・・・・・ッ!?」
【寂寞の日曜日】の思いもよらぬ大技に大きく動揺したカフェだが、いや、これでいい、とカフェは【彼女】の判断を肯定した。
トレーナーが対抗する為に発動した術は、畑違いながらに凄まじい技量を要するものだと理解できる。
恐らくこの国においては当世一と言っても過言ではない彼を即座に無力化するには、このレベルの攻撃を叩き込まねばならなかったのだ。
(それでもやはり【彼女】には到底敵いませんが・・・・・・)
カフェは目を眇めて舞い上がった芝や砂混じりの土埃のカーテンの向こう側を見ようとする。
衝突の規模が大き過ぎて視認は出来なかったが、墜落したのであれば恐らくはあの辺り。
となれば無事である保証はない。やっぱり明らかな過剰火力ではないかと【彼女】の判断を再び疑い始めた時─────
きいん、と。
全ての事象が凪いだ。
音叉にも似た音を最後に空気も音も静まり返り、巻き上がっていた土煙すら散らされるように消える。
周囲から絶えず鳴り響いているはずの人とウマ娘の叫び声すら耳を澄ませても聞こえてこない。
まるで世界からこの一帯の空間だけが切り取られたようだった。
変化した後の環境が不快なのか顔を顰める【
────これは、秘された場所。
例えば深い森の奥にある泉、あるいは空を貫く山岳の峻厳たる頂き。
世俗や営みの一切から切り離された『神域』、その再現だ。
「これは一体・・・・・・」
「やれやれ。加減してくれて助かったよ」
そんな言葉と共にトレーナーが現れる。
────無傷だった。
どういう事だと一瞬目を疑ったが、見れば衣服は所々が焼け落ち、身体のあちこちに光が纏わりついている。どうやら体内の魔力(彼の方式で言えば氣?)を五行(というらしい)で活性化しているようだ。
(治癒の術。本当に力の幅が広い・・・・・・)
「とんでもない『お友だち』だね。どういう縁と因果があって神の位階と
「・・・・・・この空間はトレーナーさんが?」
「ようやく呪符の配置が終わったらからね。風水と言えば馴染みがあるかな? 木・火・土・金・水の氣で擬似的な竜脈を造って秘境の『場』を再現───」
言い切る前に【
だが、無傷。流血の代わりにバラバラと落ちたのは紙の燃え滓だった。
(やはり術を不完全に発動させていたのはわざとですか。意図的に術を破壊される事で、力の残った呪符をばら撒く行動をカモフラージュしていたと・・・・・・)
そしてこれで終わりではない。
『場の再現』はあくまでも下準備。そこから何かが始まる。恐らくは【寂寞の日曜日】に対抗できるだけの算段がつく何かが。
「受けて立ってくれるのかな?」
「・・・・・・いいでしょう。全てを受け止めて捩じ伏せてみせます。私と『お友だち』の────、【
「ありがたい」
【寂寞の日曜日】の全身から炎が上がる。
酸素で燃焼する赤色ではない。まるで【彼女】の輪郭が溶けて噴き上がるような黒い炎は、己が負ける筈がないという二人分の傲慢。
対するトレーナーに緊張はなかった。
静かに、静謐に、まるでこの『神域』に己を溶かして同一化するかのように。
掌印を結ぶ両の手、言霊を紡ぐ唇。
それら全てがマンハッタンカフェの余裕を消し飛ばす。
「───【
ぞぐんッッッ!!!と。
心臓の鼓動すら動きを躊躇うような、隔絶した何かの片鱗が顔を覗かせた。
言葉と共に虚空から
その正体をよく見てみれば、それは塗装が剥げてひどく古びたトレーナーバッヂだった。
「【
トレーナーが紡ぐ祝詞に合わせ神域が揺らぐ。
空気の震えと大地の響き。まるで巨大な何かが迫る足音。それは端的に彼がここに招こうとしているモノの
「【
空が軋む。亀裂が走る。
紙垂と御幣に飾られた
『向こう側』にいる何かをここへと導くように、ここに来るのだと迎え入れるように。
マンハッタンカフェが直感する。
止めろ! あれに何もさせるな!
あの鍵を鍵穴に入れさせてはならない!!
「【
「
「─────【
トレーナーを潰そうとした【
切断面から血のように炎を吹き上げる【彼女】が、己の腕を落とした敵を憎悪を込めて睨む。
両扉のように開いた空間、光の無い虚空から現れた
それは【彼女】のように、勝負服を着た巨大な鹿毛のウマ娘の姿をしていた。
一言で言えば、
深紅に染められた長着に、
腰に巻かれているのは太い
黒染の
【・・・・・・・・・・・・ッ!!!】
その姿を見た【寂寞の日曜日】がその真紅の目を見開き、獣のように歯を剥き出す。総身から吹き荒れる赫怒が嵐のように神域を蹂躙した。
世界を痛みと憎悪で染め上げる圧を受けた
「出走───
───【
足を着くだけで全てが揺れる。
神域を震撼させて
気付けば【寂寞の日曜日】の顔からは笑みは消え、降り立った柱に揺らぎはない。
少なく見積もって、同格。
いま二人は、同じ位階の舞台に立った。
「さあ、カフェ。語ろう」
金色の瞳を震わせるマンハッタンカフェを正面から見据えてトレーナーは強く言い放った。
教え導く者として、対等の立場で並び立つ者として。そちらがどれだけ強くとも己はそれが出来るだけの強さがあると仁王立ちするように。
産まれる時代を間違えた。
そう思わなかった時はない。
平安時代とか遅くとも南北朝あたりの時代であればきっと自分は国を支配できただろう。
いや、実際にはそこまでの野心や支配欲がある訳ではないけれど、少なくともこんな思いをせずに生きられたはずだ。
人に見えないものが見え、人に使えない力が使え、人が知らない組織に自動的に所属させられた自分は、人の社会では恐怖の対象だった。
どこで話を聞きつけたのかトレセン学園理事長から直々のスカウトに乗ってトレーナーのライセンスを取ったのだって、実の所ウマ娘やレースが好きだったからではない。
人から外れた存在が集まっている場所なら自分も馴染めるのではないかという、今にしてみれば無礼極まる理由によるもので────、そこで出会ったのがマンハッタンカフェだった。
同じように異なる世界に触れる者同士、担当契約を結んだのは必然だったのかもしれない。
そして彼女の交友関係からアグネスタキオンのトレーナーと知り合い、そこからナリタブライアンのトレーナー、そこから、そこから、そこから。芋蔓式に訳のわからない知り合いや友人出来た。
ウマ娘の非凡さに紛れたくてトレセンに来た自分がおかしな人間たちの中に馴染んでしまったのはひどく愉快な現象だと思う。
だけど自分は彼らとは違う。
自分を癒すためにここに来た自分には、彼らのようなウマ娘に対する特別な思いなどない。
ただ唯一自分の孤独を理解してくれた彼女を、目指す場所に辿り着けるよう本気で支えようとしているだけだ。
立ち止まりそうなら隣に立とう。
転びそうなら支えよう。
道を見失ったなら引き戻そう。
自分は命に代えてもそれを全うしたいし、きっと彼らもそうするだろうから。
────ああ。
自分も何だかんだ『トレーナー』なんだな。
気付けば彼らに憧れていた自分が、少しだけ気恥ずかしかった。