ヒトの強さを無礼るなよ ─ウマ娘プリティーダービー─ 作:嵐牛
『ああ。君が彼女の言う「お友だち」かな?』
誰に信じてもらえなくても構わない。
ただ、どうでもいいもののように扱わないでほしかっただけ。
初めて会った夜の運動場でそんな今までの前提の全てを初手で引っ繰り返された、それが私とトレーナーさんの出会い。
『他の人には見えない不思議な子たちが見える』という、彼は私と『同じ側』に立っている人だった。
まあ選ぶならこいつにしておけ、と言わんばかりに肘でつついてくる『お友だち』の言葉が無くても私は彼を選んだだろう。理解してもらえる、同じ光景を共有できることがこんなにも嬉しいなんて想像すらしていなかった。
そんなものはいない、気味が悪い、ただの幻覚、妄想、思い込み───浴びてきた言葉もまるで同じ。
ただ違うのは、それらの言葉は幼い頃の私にとっては大切なものを傷つける言葉で・・・・・・そして幼い頃の彼にとっては、
笑われて恐れられて遠巻きにされて、平凡に普通に生きていたかった彼の才能と環境は自分にだけ見えるそれらと向き合わない事を許さなかった。
だからトレセンに来たのだ、と彼は話してくれた。
『トレーナー』としては全く褒められた話ではないけど、ここでなら自分は紛れられるんじゃないかと。
『願いは叶いましたか?』
私は聞いた。
『うん。結局は私もキワモノの部類みたいだけど、すんなり受け入れられはしたから当時の願いは叶ったと思う』
彼は答えた。
『でも、今となってはそれは正直
『・・・・・・それは、何ですか・・・・・・?』
『君に出会えた』
理解者に出会えた。
私を大切だと言ってくれた。
だから私は恋をした。
トレーナーさん。
私の手を取ってくれたあなたの温もりを手放したくないと思う事は、そんなにも不自然な事ですか。
『トレーナー』さん。
私達が当たり前に抱いたこの想いは、こうまで否定されなければならないのですか。
◆
終わる気配のない炎獣の津波。
【あちら】は鋼の大木による城壁で凌いでいるが、この弾幕の前には出てこれないらしい。ならばこのまま城壁ごと砕いて押し切れるが、どうやらそうはいかないらしい。
「・・・・・・備えて下さい【
その瞬間は直後に訪れる。絨毯爆撃を防いでいた【
耐久力の限界? いや違う。自壊させたのだ。
反撃の邪魔にならないために。
『【
天地を揺るがす雷轟の颶風。
真横に飛んだ無量の稲妻が、殺到する蹄の炎獣を纏めて消し飛ばした。
今までの術式を優に凌ぐ秘奥の手札。
無論全ての炎獣を消したとて直ちに際限無しの第二波が来るが、一瞬の時が稼げれば充分。阻むものが無くなった【神賛明王】が大気を逆巻かせ疾風のように【彼女】に迫る。
しかし──────
「・・・・・・それはさっき見ました」
【
今までの特攻爆弾とは違いどこか生物的な質感のある身体を持つ蹄の炎獣は、改めてその姿を見たトレーナーに奇妙な既視感を抱かせた。
耳と尾、走る事に特化していると一目で分かるその姿が、何故かウマ娘と被って見えて。
「【
突っ込んできた獣を【神賛明王】が斬り捨てた直後、想定を超過する大爆発が起きた。
突進の勢いを跳ね返された【神賛明王】が大きく後ろにたたらを踏む。
(さっきまでとは破壊力のケタが違う!!!)
「【
頭部を杭にして突貫してきた炎獣、強制的に意識を惹きつける光を放つ炎獣、恐ろしく荒ぶる炎獣。それら全てが【神賛明王】を追って大爆発を起こす。それこそ命を対価に引き出すような破壊力だった。
完全にその場で耐えるしかなくなった【神賛明王】に更にもう一体が襲いかかる。
「【
迫る炎獣を斬り捨てる【神賛明王】。しかしそれは斬られてもなお【神賛明王】に襲いかかってきた。何度打ち払い原型を崩しても執拗に食らいついてくるそれを繰り返し斬り捨ててようやく炎獣は
しかしその爆轟の中からさらに複数の炎獣が現れる。
「【
全てが直撃した。
全身を損傷して片腕すら吹き飛んだ【神賛明王】が大鉈を【
大鉈が刺さったままの腕で【彼女】は指で大地を突き刺すように指し示す。
落ちろ。堕ちろと。
その行く末を命じるように。
「──────【
光の柱と化した炎獣が天から落ちてきた。
全てを焼き焦がす熱線が消え、そこに残ったのは無惨な姿の『神賛明王』だった。
全身が燃え落ちて炭と化し、唯一【
勝敗は決した。
己を苦しめ続けた怨敵が地に沈む様を見下ろす【
『【
─────
【彼女】に刺さったままの大鉈から、触れた全てを残らず削り取る削岩機のような力の反響が【彼女】の体内を蹂躙した。
【◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!!??!??】
絶叫して腕の大鉈を引き抜いて捨てる。
力が抜けていく。
大切なものが壊れた感触がした。
予想だにしなかった逆襲に怯むカフェに、トレーナーが静かに口を開く。
「・・・・・・上手くいったね。【彼女】の心臓は身体の中心にあった、君が使っていたランタンだ。
恐らくは『力』の増幅器だったのかな。柱の顕現を支え続けられる呪物なんて間違いなく封印指定級だけれど、それを中から破壊させてもらった。
君の力だけでは【彼女】の身体を維持できない。間も無く【彼女】は消滅する」
「っ、それはトレーナーさんも同じ事です! そのダメージでは【そちら】も消滅寸前─────」
『【
全てが治った。
白い光に包まれた後、負傷から衣服まで完全な状態に再生された【神賛明王】がゆっくりと立ち上がる。
眩い残像とは対照的な真っ暗な絶望がマンハッタンカフェの心を塗り潰した。
「そん、な・・・・・・」
「幾つもの命を持つそちらとは違うけど、【神賛明王】の頑強さを見誤ったね。・・・・・・終わりだ、カフェ。投降してほしい。これ以上の手荒をせずに終わるために」
打つ手がない。
絶対の信を置いた友は破られ、彼の元には健在の柱が残っている。
敵わない。敵うはずがない。何の摂理がどう引っ繰り返れば現世に肉体で生きる身で天の位階に届くというのか。
────私は、ここで終わるのか。
走りを
積み重ねてきた信頼すらもこの手で崩した自分にはもう、何も、何も────・・・・・・
強い視線が自分を貫いた。
怒りに燃える真紅の瞳が、自分の鏡写しのような姿の彼女が真っ直ぐに自分を睨んでいる。
【彼女】は言葉を発しない。発したとしても表音不能の神の声は俗世の脳には理解できない。
しかしカフェは確かに【彼女】の檄を聞いた。
終わるな。
私はまだ負けていない。
いつものように私の背中を追いかけろ。その先にお前が焦がれる場所がある、と。
「っっっああああぁぁぁああぁあ!!!」
マンハッタンカフェが吼えた。
水瓶を引っ繰り返すような後先の無さで噴き上がった漆黒の魔力が【
そして【彼女】は己の腹に全ての力を集中させた。自分の身体すらエネルギーに変換して周囲の景色を飴細工のように歪める程の密度で、腹の中に圧縮していく様は、産み出そうとしているモノの強大さを端的に知らしめていた。
─────やらせてはまずい。
絶対に止める。
全ての神経が氷に置き換わったような感覚に襲われたトレーナーが、人造の龍脈を支えている無数の呪符に更なる力を送った。
籠手を纏う手に柔らかな輝きが集い、束ねられ、そして目も眩むような光の槍となる。
ただそこにあるだけで大地を赤く融解させる超高密度の神力の束を、【神賛明王】は全力で【彼女】に打ち込んだ。
『【
腕をクロスして腹を守った【
交差したところを纏めて貫かれた【彼女】の両腕がゆっくりと蒸発を始め、力の余波で一帯が巻き上げられるように大炎上する。
だがそこで終わらない。
低い男の声に【神賛明王】が赤い光を纏った。
『【
ドズンッッッ!!!と衝撃が大地を揺らし地響きと共に土埃が舞い上がる。
【神賛明王】の膂力が激増したのだ。
咄嗟に槍に貫かれた腕を動かして肩を貫かせた【彼女】だが、それだけでは防げない。両腕と肩を貫いたままの光の槍がそのまま腹まで引き裂くように【彼女】の身体を強引に溶断していく。
【◼️◼️◼️◼️ ◼️◼️◼️◼️ ◼️◼️◼️ッッッ!!!!!!】
耐え切れず膝を着き絶叫する【
腹に収束していく力は間も無く臨界を迎える。しかしそれよりも先に【神賛明王】に破壊されるだろう。力の供給は乏しく己の身体すら力に変換しているため単純な強度も時間と共に弱まっているのだ。
(駄目っ・・・・・・、間に合わない・・・・・・!【
死を肩代わりする術式の残数が猛烈な勢いで減っていくのを感じて歯噛みするカフェ。
対するトレーナーは眼前に迫った決着に更に勢い付いた。カフェと【彼女】の抵抗が予想より激しくあわや発動を許すところまで手間取ったが、しかし【神賛明王】は万全。こちらが押し切る方が僅かに早い。
(いける、ギリギリ間に合う! このままあの術式ごと【彼女】を消滅させれば──────!!)
唐突に、光の槍が消えた。
内部の機構に動作不良が発生したロボットのように不自然に痙攣した【神賛明王】が全ての術式を停止する。
え、と呆気に取られたのはカフェ。彼女と【彼女】は何もしていないからだ。
何かをしたのはトレーナーの方。
自分と『神器の
それ程までに動揺してしまったからだ。
真紅の瞳に怒りを燃やし、殺意と憎悪で力を振るっていたはずの【
我が子を守る母親と、同じ顔をしていたから。
一匹の獣がいた。
長い鼻面に四足歩行の蹄、ウマ娘と酷似した耳と尾。
炎ではなく明確に生物の質感を持つ鹿毛の色合いをした毛並み。
甘えるように鼻を鳴らす獣の頬を撫でて優しく微笑んだ【
『母』の消滅を見送った獣が天を仰ぐ。
その行動に答えるようにその背中に青白い翼が現れ、そして飛んだ。
音もなく垂直に飛翔した獣は天高く旋回を開始。蹄の音と蒼い軌跡を残して天を駆ける獣は周回を重ねる度に速度が指数関数的に跳ね上がり、最後には天空に巨大な蒼い天輪を描き出した。
何も考えられなかった。
空白の埋まらない思考が一つの真実を認識する。
あれは『柱』だ。
それも【
【彼女】は最後に、己を超える高位の位階をここに産み落としていったのだ。
「・・・・・・トレーナーさん。これが本当の本当に最後です。これが私の・・・・・・いえ、私達のありったけ・・・・・・!!!」
胸元でカフェが拳を握る。
力のラインが復旧して再起動した【神賛明王】が落ちていた大鉈を拾い上げて立ち上がる。
その目線は上。
だが三度目はどうか─────
『【
【神賛明王】の大鉈が光と共に新生する。
身の丈を優に上回る長大な野太刀。
硝子のように美しいその刀は己自身を溶かしてしまいそうな程に熱的な光を刀身に閉じ込めていた。
これが最後。これで最後。
彼女の、自分の命運がここで決まる。
天を翔ける獣と【神賛明王】、トレーナーとマンハッタンカフェの視線が、刹那交錯した。
獣は一直線に落ちてきた。
青白い翼も流麗な体躯も全てを蒼い光に溶かし、一筋の流星となって疾駆する。
蒼く煌めく軌跡を残し天を貫いて地上へと翔けるその姿は、コンマ一秒にも満たないその時を神話の一頁と錯覚させるには充分だっただろう。
【神賛明王】はただ太刀を振るった。
刀身から溢れ出した光が地表を覆って巻き上がり、武器としての形も捨てて大地から莫大な奔流となって天を衝く。
柱としての権能、その頂。
万物を薙ぎ払う戦神の剣だった。
そして。
「
『【
蒼い流星と光の奔流、二つの激突が夜空のような色合いの花火となって天空を彩る。
束の間の拮抗だった。
やけに時間の進みが遅く感じる刹那の瞬き。天からの流星が地からの光にぶつかり、押し込み、一直線に切り裂いて。
音は消えた。光は飛んだ。
天変地異のような衝撃波と共に、【
蒼光の残滓を残して流星は消え、辛うじて残った【神賛明王】の四肢の末端と頭部が轟音と共に地面に落ちる。
再生など出来るはずもない完璧な破壊だった。
力の全てを絞り出したカフェが喘鳴を鳴らしながら目を見開いた。
目の当たりにした現実は認識へ、認識は実感へと変わり、そして歓喜を彼女にもたらす。
勝ったのは【彼女】。
勝ったのは私。
欲しいものを手に入れたのは、わたし。
「トレーナーさん────、私の、勝ちです!!」
「ああ、そうだね。何せ───
────
ガシャン!!!!!と。
光の方陣がマンハッタンカフェを拘束した。
意味が分からなかった。
自分と同様に全てを出し切ったはずのトレーナーが、これ以上術を使える訳がない。
認識と現象が噛み合わず思考が空転するカフェに、トレーナーは静かに語る。
「唖然としたよ。自分より上の位階の子を産むなんて本当に恐ろしい神様だ。【神賛明王】の全力を以てしても勝てたかどうかは分からない。
・・・・・・だけどね。仮に全てを使い果たしてあの『子供』と相討ちできたとしても、人間である私はその後の全てを出し切った君に単純な膂力で敵わない。
だから術式に注ぎ込む力を幾分か私に回してもらったんだ。君との戦いが終わった後で、この動乱を鎮圧するために」
ああ、とカフェの顔に陰が落ちる。
自分は全てを懸けて彼と向き合った。
だけど彼はそうしてくれなかった。
彼にとって私は、まとめて対処しなければならないその他大勢に過ぎなかったのだ。
目に映る全てが色褪せ価値を失っていくような失意。愛すら霞みそうなモノクロの中で、もう一度その色彩は映り込んできた。
周囲からの理解を放棄していたあの時に出会った、私と同じものを見たいと彼が言ってくれたあの日のように。
「カフェ。目を覚ましたら話をしよう。私と君が、もう一度並んで歩くために」
はい、と。
全てを捨てても離れない何よりも大切な輝きに、マンハッタンカフェは涙と共に微笑んだ。
「──────《
木火土金水、方陣の端から中央へと流れ込んだ元素がカフェの体内の氣の流れを狂わせて意識を刈り取った。
本来ならそのまま肉の石像になるまでやる術だが当然気絶の段階で留める。少なくともトレーナーか第三者に術を解かなれない限りはこのままだ。
戦いは決着した。
しかしトレーナーの窮地は去っていない。
むしろ今こそが彼の土壇場かもしれなかった。
ぞぐんッッッ!!!と。
心臓を引っこ抜かれるような悪寒と戦慄にトレーナーがその場にへたり込む。
首を上げるという何でもない行動すら心折れそうな己の尻を蹴り飛ばし続けてようやく目線を上げた先にあったのは、ごろりと転がって蔵面越しにこちらを見ている【神賛明王】の首だった。
一度目は仲介者たる『神器の
二度目は自分の動揺により
そして三度目は自分の力を横流しし、結果として自分を敗北させた不遜。
仏も三度で鬼になる。
怒られて怖いとかそういう次元ではない。
彼の魂という薄紙は今、神の怒りという激流に浸されているのだ。
大きく息を吸って、吐く。
「・・・・・・明王様。私の願いを三度聞き入れて下さった事、心より御礼申し上げます。あなたのお力添えにより教え子は救われました」
跪坐の姿勢を取り深々と頭を下げる。
まずは礼儀を示したトレーナーを【神賛明王】はただ見ている。
しかしトレーナーが次に発した言葉は、自らの喉笛に刃を突き立てるが如きものだった。
「しかし私は度重なる不遜を悔いてはおりません。私は他の教え子の為、教え子の為に戦う同輩の為、私は明王様に分け与えられた力を使わねばならない」
心臓を冷たい指が撫でた。
呪いの前兆、祟りの先触れ。
己の分際を弁えぬ不敬者の末路が死の予感という明瞭な形の怪物となってトレーナーの魂を舌先で転がしている。
光の差さない死の喉奥を見据える彼は、それでも尚自分が貫くべき道を貫いた。
「・・・・・・義務を果たしたその後に、最上の御神酒と
沈黙。
果たして十数秒だったかそれとも数分は経っていたのか、極限の緊張下で意識を保っている彼には時間の感覚すら分からない。
ただ唐突に全ての重圧が消えた。
ゆっくりと正面に顔を上げると、【神賛明王】の姿は影も形も無くなっていた。
────【
ただ元いた天上の座に還るだけだ。
(・・・・・・試されていたのかな)
遅れて噴き出た冷や汗を拭いながらトレーナーは思う。
そもそも彼は【神賛明王】を従えてはいない。
神器の
つまりあの脅しはただの試しか戯れだったというのが彼の結論だった。
もっとも、その態度や対応で不興を買った場合はどうなったのかはそれこそ神のみぞ知るところだが。
神域が解けて喧騒の戻ってきたグラウンド。
式神の鳥が気絶したカフェを掴んで安全な場所へと運んでいく。
小さくなっていく彼女の姿を少しだけ見送って彼は校舎の方を振り返った。
未だに学園からはあちこちから破壊と叫びの音響が上がり続けている。
自分はどこへ行くべきか。何をすべきか。
いや、どこでだって何だってしてみせる。
カフェの心と本気でぶつかり合って今、ようやく彼女達の苦しみの深さを思い知った。
いや、知っていなければならなかったのだ。『トレーナー』の肩書を背負っているのなら。
「─────止めなきゃ」
彼女らの狂乱は自傷行為に等しい。
助ける為に止めねばならない。
それが使命だと今なら
───自分の力はマンハッタンカフェの為、そして今日この時の為にあったのだ。
ウマ娘そのものに思い入れは無いと自認していた男はこの日、真に『トレーナー』となった。
『・・・・・・負けた』
『負けちゃった』
『スズカさんもブライアンさんも、カフェさんも!みんなやられちゃった・・・・・・・・・・・・!!!』
沈黙で膠着した生徒会室。
グループ通話に繋がるトウカイテイオーのスマートフォンから、恐慌寸前の少女達の声がスピーカー越しに溢れ出してきた。