ヒトの強さを無礼るなよ ─ウマ娘プリティーダービー─ 作:嵐牛
6 : 走れ走れウマ娘
トレセン学園、天気は晴れ。
普段なら大勢のウマ娘が研鑽を積んでいるグラウンドにはいくつもの重機が乗り入れている。
その周囲には猫車やスコップ、土嚢袋などを手に持ったヘルメット姿のウマ娘達が駆け回っており、そして彼女らはとある事情を抱えたトレセン学園の生徒。
その光景を学園の屋上から見下ろすアグネスタキオンとマンハッタンカフェそれぞれのトレーナーは、動乱の終結をようやく実感として味わっていた。
「終わったね」
「ああ。終わった」
ふう、と揃って安堵の息を吐く。
「カフェさんの様子はどう?」
「大丈夫。かなり強力な封印をかけたから魂魄がうまく順転を始めるまでもう少しかかりそうだけど、もうすぐ目を覚ますと思う。私が看てるから問題はないよ。君の調子は?」
「君が僕に注いだ力? のお陰で五体満足だよ。あの後も強心剤を使って緊急対応に当たれたしね」
「起き上がったと思ったら重傷のトレーナーにその場で緊急手術を始めたんだから本当にビックリしたよね。あんな事が出来るならそっちの技能で特能枠に入れたろ君」
「いや、これは後から身につけた技術だよ。道具も手持ちしか無かったから本当に応急処置程度しか出来なかったし、タキオンの協力と君の治癒術のお陰だよ。いや治癒術って何なのメチャクチャだよあれ」
「文字通りの術だよ。それに治せる限界もそう高くない、この騒ぎで死者が出なかったのは間違いなく君の尽力の成果だよ。禁術の《
「半分くらいなに言ってるか分からないんだけど」
「そこは言いっこ無しさ。お互いにね」
可笑しそうに笑い合う『ハル』と『ミカド』。
お互いの
しかし現状で大切なのは残念ながら彼らの安息ではない。眼下の修復作業を眺めながら二人の状況確認は続く。
「他の皆がどうなったか知ってる?」
「みんな無事だけど、別の事情がくっついてるのは私が知ってる限りだと『ジンロウ』とカズ君かな。刀が折れたって泣いてた」
「ああ、グラスワンダーの。刀っていうか骨があちこち折れてたんだけど気にするのそっちなんだ」
「あとはカズ君が一ヶ月の謹慎と半年の減給」
「当たり前だろ担当ウマ娘相手にやり過ぎだよ。最終想定じゃなかったら懲戒免職とライセンスの永久剥奪を食らってたとこだ」
「そうそう、これは君も知ってるんじゃないかな。『ケン』さんの話」
「知ってる、というか僕その場に居合わせたよ。凄かったなあ、アレ・・・・・・」
思い浮かべるのはあの光景。
お前さんの方が腕は確かだろ? と
目を白黒させるアグネスタキオンのトレーナーを押し退けた彼女は、全身ボロボロの『ケン』に向けて満身のしたり顔で言い放った。
『死ぬ気で相手するって言ったよな? 私たち全員まとめて面倒見てもらおうか』
『おう。書類は持って来たか?』
戸惑う様子もなく二つ返事で了承されて少し面食らったような彼女の表情は、いま思えば結構レアなものだったのかもしれない。
───後で彼から聞いたところによると、そもそも彼は元よりシリウスを取り巻きごとスカウトするつもりだったらしい。シリウスシンボリという将を射るためにまずその周囲から射止めんと遠くから全体を探っていたところに今回の騒乱が起き、そして今に繋がったのだ。
つまり今回の逆スカウトは彼女が彼に噛み付くどころか、彼にとってはネギを背負った鴨がコンロと土鍋を抱えてやってきたようなものだと言えるだろう。
「チーム《ケイニス》だってさ。語感が悪いから
「大犬座か。本当に惚れ込んでるなぁ・・・・・・けど、そっか。ケンさんはその子達も救ったんだね」
僅かに唇を引き結んで二人は俯く。
あれだけの騒乱があって死者がいないのはトレーナー達の尽力の賜物であり、彼らの信念が掴み取った上々の結末と言えるだろう。
───しかしそれは『トレーナー』側の話。
『ウマ娘』側はそれでめでたしめでたしで終わらないのだ。
軍勢規模で結託しての学園の転覆。
議論の余地もなく大罪であり、物的・人的被害から鑑みればその処分は相当に重いものになる。
しかし関わった生徒があまりにも多過ぎた上に大きく名を上げているウマ娘までも到底無視できない人数が参加していたため、全員を真っ当に処分しては学園どころかレースの開催すら危ぶまれてしまう。
『社会奉仕活動としての修繕工事の参加』と
『数ヶ月の出走停止』、
あるいは『獲得賞金の数割を徴収』───
期間や額などに差はあれど、彼女たちの大半に下された処分はそういった内容。
トレセン学園の対外的な信用を保つためにも生徒達への罰はその程度に留まった。
とはいえ騒乱を起こしたのはその大半が思うように活躍できていない生徒。
出走できないという事はそれだけチャンスを棒に振るという事であり、学園の規則として一定期間中に勝ち星を得られなければ学園を去ることになっている。つまり罰則の期間が明けた瞬間にデッドラインが目前という生徒も相当数に上るのだ。
そういう意味では彼女達への処分は罪に対しては足りずとも、競技者として決して軽いとは言えない。
「その子たちは少し度が過ぎた。ケンさんが拾ってなければ間違い無く退学だっただろう。ナリタブライアンはカズ君に叩きのめされた分で帳消し、トレーナー側に目立った外傷を与えていないからサイレンススズカとグラスワンダーは不問・・・・・・相当な人数を薙刀で吹っ飛ばしたって聞いたのに凄いな彼女・・・・・・」
「温情というかこじつけというか・・・・・・お仕置き部屋の大陥没とグラウンドの壊滅も地下空洞とそこのガス溜まりのせいって事にしたんだっけ? ・・・・・・けど、彼女はどうなるのかな」
「彼女?」
「いるだろ、一人。どれだけ温情をかけたくてもかけさせて貰えない子が」
再び、沈黙。
しかし思いを巡らせようとそれが彼女の救いになるはずもなく、自分達が出来ることなど何も無い。ただ彼女の周りに彼女の笑顔を願う者が一人でも多く寄り添っていることを祈るだけだ。
独りで項垂れても道は続かない。悔悛と再起に必要なのは、他者の支えと温もりに他ならないのだから。
「・・・・・・彼女の栄光を途絶えさせたくない人は絶対にいる。きっと彼女は支えてもらえる。きっと大丈夫だ」
「そう信じよう・・・・・・それはそれとして私はそろそろ追窮しなきゃならない事があるんだけど」
「そういえば僕、実験薬の立て続けの服用と強心剤で心臓にかなりダメージが入ったからさ。今回の臨床試験で得られた知見を元にいま新しい心臓を培養してるんだよね。もし移植が上手くいけばもしかしたら僕はモヤシを脱却できるかもしれないぞ」
「そうなんだ。それはそれとして」
「あと僕は今までウマ娘の肉体の限界の先にアプローチするために循環器系に着目してたんだけど今回君の力を借りた結果あの薬の副作用が劇的に改善されたんだよねつまり今まで重要視してこなかった三女神像の前で想いを受け継ぐといった謂わばオカルトの方面にこそブレイクスルーがあると考えていてつまり今後ミカド君の知識と技能で是非とも協力してほしいんだけど」
「いや誤魔化されると思うなよ。君の腕に抱き付いてる彼女の説明をしろって言ってるんだ」
いよいよ逃げられなくなった彼がペラペラと回していた口を閉じる。
マンハッタンカフェのトレーナーが強く遮ると共に指差したその先に───
───トレーナーの腕に抱き付いたアグネスタキオンがケミカルな色の液体が入った試験管をちゃぷちゃぷ揺らして、赤く火照った身体を擦り付けるようにトレーナーの顔を見上げていた。
「トレーナーくーん。今日も君の(自主規制)で私の(自主規制)を(自主規制)まで(自主規制)って夜が明けるまで(自主規制)しておくれよー。(自主規制)して抱き締めて上も下も君の(自主規制)で(自主規制)させて失神するまで(自主規制)させて私に(自主規制)の(自主規制)を(自主規制)ながら(自主規制)(自主規制)(自主規制)(以下聞くに耐えない猥褻な表現)」
「オイここからどうやって巻き返す気でいるんだよもうギロチンの上だぞ君がいるところ」
「待ってくれ。話を聞いてくれ」
「いま全部彼女が口に出したけど」
「頼むから」
冷え切った『ミカド』の眼差しは変わらず、ただ彼は無言で顎をしゃくって促す。
釈明の機会が与えられただけ破格の有情だろう。ラストチャンスのプレッシャーをひしひしと感じながら『ハル』は慎重に口を開く。
「覚えてるかな。騒ぎが起きる前、タキオンが僕に向精神薬を飲ませたのが発覚した時のこと」
「あああの媚薬か」
「向精神薬を
「媚薬」
「向精し
「媚薬」
「こ
「媚薬」
「それなんだけど、どうやらアレの原液は流石に僕の体質でもすぐには分解しきれなかったみたいで。それで僕の免疫機能はあの薬を吸収せず体内にストックして、成分を分解するための酵素を産み出すためのサンプルにしてたようなんだ」
(人間の身体って絶対にそうじゃないよな)
「けどこの騒ぎで僕は立て続けに薬を取り込んで吸収した。そのせいでストックしてたソレまで一緒に吸収してしまったんだよ」
「それで?」
「身体を変質させて代謝が跳ね上がってた時はまだ良かったんだけど、薬が切れてからは処理し切れなかったソレの薬効がモロに出てきちゃって・・・・・・僕も疲れてたから、制御が出来る状態じゃなくて・・・・・・、それでタキオンも自分から申し出てくれたし・・・・・・・・・、実験のプランCも並行して行うことになったっていうか・・・・・・」
「プランCっていうのは」
「・・・・・・ウマ娘の子孫における形質の遺伝・・・・・・そこに愛情という外的要素を加えることによる、成長と発展の展望・・・・・・というか・・・・・・・・・」
マンハッタンカフェのトレーナーがそっと彼から距離を取った。
その目はゴミを見るような眼差しをしていた。
「待ってくれ。話を聞いてくれ」
「喋るな祓うぞ教職のクズめ。もしこれが何かの拍子に発覚してみろ、今度こそトレセン学園がメチャクチャになるからな」
「ふぅン、なかなか刺激的な学園生活になりそうだが・・・・・・やはり『トレーナー』としてもそう思うかい?」
「どういう事かな」
「同じ様な事がまた起こり得るという事さ」
恋の熱を奥に引っ込めたタキオンの瞳が霧の先を見通そうとするように細められる。
視線の先は荒地となったグラウンドで少しでも自らの罪を
「今回の騒ぎはその規模こそ学園という箱庭に収まっていたが、その本質は『ウマ娘』という種族レベルでのフラストレーションの発露だ。しかし原因は明らかとはいえ、トレーナーとの自由恋愛が認められる事は残念ながらこの先もないだろうねぇ。
つまり生徒達が入学と卒業を繰り返し、学園がこの動乱の結末と教訓を知らない者たちばかりになる数年後か十数年後───、再び《レッドアネモネ作戦》は発動するだろう。そのとき君達はどうする?」
「また向き合うさ」
迷う事なく彼女のトレーナーは答える。
見下ろす先はタキオンと同じ。しかしその目にあるのは懸念と疑心ではなく、どこまでも純粋な覚悟と信頼。
感覚が違う。価値観が違う。
そもそもにおいて種族が違う。
たとえどこかで歪みが起こるのが必然の関係だとしても、人とウマ娘はそれを乗り越えることが出来るのだと彼は心から確信していた。
「何度でもぶつかって受け止める。その為の大人で、その為の『トレーナー』だ」
信念を胸に戦った。
命を懸けて彼女らを守ろうとした。
彼だけではない、全員が。
行動に裏打ちされたその言葉の重みを
皆いずれ自分達の手を離れてそれぞれの未来を歩き始め、自分達の道はこの場所を真っ直ぐに続いている。
いずれ別れる運命。しかし同じ道を歩く今だけは彼女らの手を取って導こう───苛烈に生きる彼女らと共に在ることを選んだ者として。
その言葉に惚れ直したらしい担当ウマ娘が、未成年淫行という大人としてトレーナーとしてツーアウトをやらかした男の腕にしなだれかかるようにぶら下がっていた。
◆
ウマ娘の寮にトレーナーが許可なく立ち入る事は禁止されている。
とはいえいつでもどこでも誰かと繋がれるこの現代、大抵の用事はメッセージアプリで事足りるし、そもそもトレーナー寮にウマ娘が出入りするのは自由であるため余程特殊な事情が無ければそんな許可を取る必要がない。
つまりこの場において異物たるそのトレーナーはその"余程"を抱えているという事だ。ほぼ全員が社会奉仕活動で出払っている栗東寮の中、彼は事前に確認していた場所に向かう。
彼が辿り着いたのは部屋のドアの前。誰も入寮していない余り部屋で、そして今はとある生徒が処分が下るまで謹慎させられている部屋。
扉をノックして無反応。
そこからもう何回か扉を叩いてようやく扉の向こうから反応が返ってきた。
『・・・・・・誰?』
「テイオー」
トレーナーが彼女の名を呼ぶ。再びの無音。
息を呑むくらいの間を開けて扉越しに返ってきた声は、少なくとも耳に聞こえる分にはいつもの溌剌としたエネルギーに満ちていた。
『なーんだトレーナーかぁ! ボクの処分が決まったのかな? まあどうやっても退学だろうけどしょーがない! 最初から覚悟はしてたもんね!』
「・・・・・・・・・・・・」
『ごめんね迷惑かけちゃって。きっとトレーナーも今まで通りにはいられなくなっちゃったよね。勝手だけどさ、トレーナーがボク達を見捨てないでくれたのはスッゴく嬉しかったんだ』
「・・・・・・テイオー」
『ダイジョーブ、トレーナーはまたいい
「テイオー」
『だ、だから、さ! たまには、ぼっ、ボクの事、お、思い出してくれたらっ、嬉しいな! いっぱい迷惑、かけちゃっだげど! ごん゛な゛ごどにな゛っぢゃっだげど! ボクっ、とっ、ドレ゛ーナ゛ーの゛事は、ほ、ほん゛どに゛、本当に゛っ!!』
「テイオー!!」
遮るように名前を叫ぶ。
扉の向こうから聞こえてくる嗚咽と鼻を啜る音。厚さ五センチもない木の板に断絶させられた二人の間を、トレーナーが先に踏み出した。
「理事長と話してきた。・・・・・・条件は学年成績トップを一年間維持、春から冬にかけて計四回のドリームトロフィーリーグで優勝。ついでに優勝賞金の半分を没収。この条件を満たせなかったら即退学だ」
『・・・・・・えっ?』
思いもよらない内容が聞こえた。トウカイテイオーが感じたのは安堵ではなく困惑。条件は極めて厳しいがそんな事は問題ではない。
────ボク、まだ走れるの?
夢ではないのかと聞き返そうとした瞬間、彼女は一つの考えに至った。
複数のG Iを獲得させたトレーナーとはいえ一職員の嘆願で覆る罪とは思えない。『話した』というのであれば何らかの交渉があったはず。
───ならば、トレーナーは何を差し出した?
『ね、ねえ・・・・・・たぶん、いや、絶対それだけじゃないよね? トレーナーにも何かあるよね?』
「・・・・・・君には隠せないな。そうだよ。君が退学になった時、俺は同時にトレーナーのライセンスを永久的に返納する」
『・・・・・・え?・・・・・・えっ!?!?』
テイオーは耳を疑った。
実質的な退学通告とすら言える条件をクリアできなけばトレーナーを廃業。彼は担当ウマ娘と心中するというのだ。一方的な想いで最悪な暴走を起こした、信頼など置けるはずもない自分と。正気の沙汰を捨てた選択に彼女は大慌てで扉を開ける。
「ダメだよ、何やってんのトレーナー!! なんでキミのトレーナー人生まで賭けてるのさ!? ボクが終わるのは仕方ないとしても、キミがその巻き添えになるなんて間違ってる!!」
「巻き添えじゃないッ!!」
本気の叫びだった。
驚いて固まったテイオーの肩を掴み、トレーナーは尚も吼える。
「俺は君の夢を叶えると決めて契約した、自分が望んで賭けたんだ! 君が追い詰められてるいま支えないで何がトレーナーだ!!」
「自分から破滅したボクに言う事じゃないでしょ!? 中央のトレーナー試験スッゴく大変だったんでしょ!? 君がトレーナーになったのは自分の夢のためで! 初めての担当と心中するためじゃないでしょ!??」
「弱気になるな、君はやれる! 俺は君を終わらせないし君はこんな所で終わらない! 俺が憧れた君の物語をこんな形で終わらせてたまるか!!」
心が折れる事もある。
夢が叶わぬ事もある。
競技者としての絶対のリアル。
しかし『トレーナー』は諦めない。ウマ娘よりも諦めない。
彼女らが挫けて蹲っても、自分の憧れが煌めく姿を彼らは何より信じている。
「たとえ折れても叶わなくても、立ち上がって強くなる! 君はそんなヒーローだろ、トウカイテイオー!!!」
人との絆で強くなれると信じられて存在するのがトレーナーで、誰かの願いを背負って走るのが競走ウマ娘の本懐ならば、その本質はここにあるだろう。
錆びた刃と化したプライドを血塗れになって握り締め、骨を軋ませ立ち上がる。走る道はあまりに険しく、その先の光はあまりに小さい。
だけど二人なら走っていける。
導く光が消えない限り、立ち上がる意思が消えない限り、ウマ娘の歴史は終わらない。犯した罪すら分かち合って人とウマ娘は進んでいく。
人のいない寮の廊下、縋りついたトウカイテイオーの泣き声が、目一杯の力で響き続けていた。