ヒトの強さを無礼るなよ ─ウマ娘プリティーダービー─ 作:嵐牛
『脱がない。押し倒そうとしない。アグネスタキオンからその手の薬を貰わない。いいな?』
『ぐえええええごめんなさぁぁぁあい!!!』
「おやおや、今日も元気だね。あのポニーちゃんは今月で何回目かな?」
「4回目さ。やめとけって口を酸っぱくして言ってたんだけどねえ。地下のお仕置き部屋行きだ」
常習犯はいるものらしい。
校舎の陰から聞こえてきた関節技で返り討ちに遭った逆ぴょい未遂のウマ娘の悲鳴に、フジキセキは笑いヒシアマゾンは呆れたように首を振る。
「それにしてもここでまでタキオンの名前が出てくるのかい。フジ、同じ栗東寮ならキツく言っといておくれ。このままじゃお仕置き部屋が溢れちまうよ」
「うーん、言ってはいるんだけどね! どうも中々やめてくれないんだよ」
「この頼み事も何回目かねえ。フジ、まさかあんたも惚れ薬の類いを融通してもらってる訳じゃないだろうね」
「自分の手で振り向かせてこそさ。薬を盛るっていうのなら、毎日トレーナーにお弁当を渡してるヒシアマの方がお世話になってそうだけど?」
「んな事する訳ないじゃないか。食べてもらえなくなったらどうするんだい、今からアタシの味に慣れて貰わなきゃならないのに」
捕縛されたウマ娘が校舎の陰から現れた。
服を脱ぎかけた所で制圧されたのか、ロープでぐるぐる巻きにされて肩を落とした彼女がトレーナーに連れられて生徒会室へと連行されていく。
見慣れたどころか何ならいつもの光景だった。
しっかり反省するんだよー、とその背中に声をかけ、ヒシアマゾンは難しい顔で腕組みをする。
「しかし例年に比べて多いねえ。新入生ならいざ知らず、もう皆『トレーナー』の腕っ節は骨身に染みてる頃だろうに」
「けどそれでも搦め手を使う子って案外少ないんだよね。トレーナーにスッポン鍋やマムシのドリンクを振舞って無防備な格好で挑発し続けた子がいるって聞いた時は流石に舌を巻いたけど」
「あー、あれはかなり惜しい所までいったんだけどちょっっっと待て誰から聞いたんだいその話」
「外泊届けまで出してたね」
「フジぃぃぃいいいい!!!」
よりによって1番厄介なイタズラ好きに秘密を握られている事を知ってしまったヒシアマゾン。
情報の出どころを掴まんと必死の形相で追いかけてくる彼女からフジキセキは笑いながら逃げ回る。
・・・・・・ちなみに『大切なレースに勝ったお祝い』という名目で実行されたこのお泊まり作戦、手を出してもらうという目標こそ達成できなかったものの、トレーナーに自分を女として認識させるという大きな成果を挙げていた。
それを知る者はほぼいないが美浦寮の寮長ヒシアマゾン、彼女はこの学園で最もトレーナーとのうまぴょい行為に肉薄したウマ娘である。
「ははは、まあそれはともかくとして。・・・・・・正直、みんなの気持ちは理解できるんだ。『トレーナー』達はみんな大人で、彼らにとって私達は守るべき子供。その壁の分厚さは私も嫌になるほど知ってるから」
「・・・・・・違いないね。どれだけ対等に振る舞おうとしても子供の背伸びで片付けられる。頼りになる、頼りにしてるとはトレ公にもよく言われたもんだけど、そういうアイツはアタシに寄りかかっちゃくれない。
間違いだと否定しなきゃならない立場だけど、そりゃ襲ってでも分からせたくなるってもんだ」
フジキセキは栗東寮、ヒシアマゾンは美浦寮の寮長。それぞれの寮に住む生徒達のまとめ役。
故に2人はトレーナーを腕力でモノにするという考えは否定する立場を取っているが、しかし『ウマ娘』としての本能がそんな考えを持つ者達に示す理解と共感を否定する事は出来なかった。
教職者と生徒。大人と子供。
最初こそ策を弄してアタックしていたウマ娘も、立場と年齢の壁と距離に焦って強硬手段に打って出る。
・・・・・・自分だって、子供扱いするなと何度トレーナーに掴みかかりそうになったか。
かつての憤りを遠い眼差しで思い返すヒシアマゾンに、それでもさ、とフジキセキは語る。
「腕っ節で勝てなくても、私達にはこの脚があるじゃないか。トレーナーさんの目に自分以外が映らないくらい、数年ぽっちで手放したくないと思わせればいい・・・・・・走りで魅せるのは私達の本懐だろう?」
輝きに満ちた顔だった。
自分ならそれが出来るという圧倒的な自信。
エンターテイナーの道をひた走る彼女が説いた訝る余地もない正道に、しばし目を丸くしていたヒシアマゾンは大きな口を開けて笑った。
「あっはっは!! そうだね。アタシ達がそうやってトレーナーをモノにしちまえば、皆もそれに
流石トレーナーに『サプライズ♡』とか言ってコートの下の全裸を見せつけた女の言う事は違うねえ!」
「ヒシアマぁ!!!」
(凄いことしてるな・・・・・・)
逆にヒシアマゾンを追いかけ始めたフジキセキとすれ違いながら、丸聞こえの会話を聞いていた『ハル』は複雑な顔でタキオンの待つ実験室へと向かう。
そういえば彼女らのトレーナーが何やら頭を抱えていた日があったような気がするが、もしや前の日にやられたのだろうか?
あまり考えたくないビジョンを頭から追い払う。
今回の実験は薬の臨床試験かそれとも服用後の効果量の測定か、いずれにせよ同室のマンハッタンカフェに迷惑は掛けられない。
副作用で全身から金の産毛が生えてくるのを見られてから、彼女にはタキオンと一緒にうっすらと敬遠されている節が─────
「っ・・・・・・、」
そこで足を止める。
進路が塞がれていたからだ。
通行停止や清掃中の看板にではない。
必死に制止しようとするトレーナーの前で激しく言い争っている3人のウマ娘に、だ。
「だからしつこい! 私のトレーナーだっつってんじゃん!!!」
「アンタには聞いてない!! トレーナーさん、あたしの事担当して下さい! 君には才能があるって言ってくれたじゃないですか!!」
「私の走りも見てくれましたよね!? 私の末脚褒めてくれましたよね! 絶対活躍してみせますから私を選んで!」
「お、落ち着いてくれ! 僕はもう彼女と契約してて・・・・・・!」
・・・・・・彼女らの叫びには胸が痛くなる。
トレーナーが付いている者といない者では実力に明確な差が生まれる。教官による一律の指導ではウマ娘それぞれに充分な効果があるとは言えない以上、トレーナーに付いてもらうにはある程度の実力を独力で身に付けねばならない。
だが、だからといって誰彼構わず担当に迎えればいいという話ではないのだ。
ウマ娘の性質上、増え過ぎたメンバーは余程上手くやらなければ必ずどこかで不和が生まれる。
トレーナー側だって自分の能力やキャパシティを超える人数を抱えれば満足なトレーニングを行えないし、最悪潰れる。そうなれば誰も救われない。
慢性的なトレーナー不足の割を食うのはいつだって彼女達なのだ。
じりじりと思い詰めた目で距離を詰めてくる2人に牙を剥く彼女、1人では手に余る一触即発の状況を前に彼は覚悟を決める。
さっきの今で同じ事を繰り返す訳にはいかない。
素早くポケットに手を入れて錠剤を取り出し、口に投げ入れながら彼女らに向けて走り出す。
彼の行動を見たトレーナーが慌てて目を覆って背を向け、突然の乱入に面食らった彼女らの前で白衣のトレーナーは噛み砕いた錠剤を胃袋に落とし込む。
結果は迅速に訪れた。
「「「目がぁぁぁあああっっ!?!?」」」
カメラのフラッシュの比ではない。
サングラスすら役に立たない
ウマ娘は唐突な強い光が苦手だ。彼女らはしばし保健室のベッドで横たわる事になる。
「・・・・・・すまん。助かった」
「・・・・・・お互い様だよ」
───沖野さんや東条さんなら、もっと上手くやれるのに。
頭に尊敬すべき大先輩の姿を思い浮かべても、彼らの力が自分に宿る訳ではない。
手荒な制圧をしてしまった事に、ごめん、ごめんね、と謝りながら白衣の『ハル』は呻く彼女らを捕縛し、そして2人がかりで大急ぎで保健室へと運んでいくのだった。
◆
「む、あれは・・・・・・」
生徒会室、視界に収まる窓の片隅で瞬いた閃光に、前髪に白い三日月を持つ生徒会長・シンボリルドルフはそこで何が起きたのかを理解した。
何百万カンデラという地球上あらゆる生物が膝を折る規模の光を発生させる人物など、この学園には1人しかいない。
「アグネスタキオンのトレーナーか。|光輝燦爛
「・・・・・・私はその者らの搬送と巻き添えとなった者がいないか確認に行って参ります。もし二次被害が生まれているようであれば、アグネスタキオンとあのマグネシウムの化身には警告を発さなければなりません」
「ああ、頼むよエアグルーヴ」
そう言って席を立った副会長を見送るルドルフは、そういえば彼女は強い光が特に苦手だったなとエアグルーヴのうんざり顔を見て思い出していた。
パタンとドアの閉じる音と共に人数を1人減らした生徒会室で次に口を開いたのは、生徒会のメンバーでもなければ客ですらない遊びに来ているだけのウマ娘だった。
「カイチョー。またトレーナーが襲われたの?」
「そうだな、最近は特に多い。日頃から粉骨砕身してくれているトレーナー達には迷惑をかけているよ。・・・・・・そしてテイオー、今は仕事中だ。もてなす事は出来ないぞ」
「えー」
ふくれっ面をしたのは奇しくもシンボリルドルフと似た特徴、前髪に白い三日月を持つウマ娘のトウカイテイオーである。
来客用のテーブルに置いてあるお茶請けのお菓子を堂々とつまみつつ、彼女はこてんと首を傾げた。
「ボクもよく見るから最近トレーナーが襲われる事が多いっていうのは分かるけどさ、マックイーンのとこの《スピカ》は平和そうなんだよね。チームトレーナーって危なくないの?」
「チームトレーナーは何れもベテランの中から選ばれる。ベテランとはつまりその実力に加えて、ウマ娘との距離の保ち方を誰より心得ている者だ。無論絶対とは言えないが、彼らがそういうトラブルに陥る事はそうそう起こり得ないだろうな」
「カイチョーのとこの《リギル》も?」
「そもそも東条トレーナーが女性だろう」
「あ、そっか」
「テイオーはどうなんだ? 君とトレーナーの仲睦まじさは語り草だし、強固な信頼関係を築けている事は喜ばしく思う。しかし教職者と生徒という立場を忘れてはならないぞ?」
「だいじょーぶ!」
口の中のお菓子を飲み込み、テイオーは力強いVサインをルドルフに向ける。
白い歯をニカッと見せた太陽のようなその笑顔は、ルドルフに自分の心配が杞憂であると思わせるには充分だった。
「カイチョーが心配するような事なんてないない! ボクとトレーナーは
「・・・・・・ふふ、それなら良かった。しかし比翼連理は使い方が違うな。君達の場合なら|肝胆相照
「かんたん?」
「肝胆相照。お互いに心の奥底まで・・・・・・」
聞き慣れない言葉にまた首を傾げたトウカイテイオーに、優しく言葉の意味を説くシンボリルドルフ。
まるで親と子の会話のようにも見える風景が、他に誰もいない穏やかな空気に乗って時間の上を流れていくようだった。
用事を済ませて戻ってきたエアグルーヴは、ドアの向こうから漏れ聞こえてくる2人の声を聞いて少しだけ入室を待つ事にした。
『皇帝』として気を張り続けているルドルフが、久方振りに力の抜けた優しい声色をしていたから。
「おかしい」
業務が終わってテイオーも帰り、エアグルーヴも退室した生徒会室。
ルドルフは1人テーブルの上に散らばるいくつもの機会を静かに睨んでいた。
───
全て今日一日でトレーナーから届け出られ、生徒達から押収した物たちである。
「多い時期はあるとはいえ、トレーナー絡みの事件がいくらなんでも多過ぎる」
トレーナーに対する盗聴や居場所の把握。
一般的には重大事件で、学園でも悪質さ故に発覚すれば即お仕置き部屋行きの重罪だが、実のところこの学園ではままある事だったりする。
だが、いくら何でも多過ぎるのだ。
生徒会長として長く活動してきたルドルフが、それでも我が目を疑う件数だ。
───これは、まるで。
ぎゅっ、と組んだ指に力が篭る。
「まるで誰かが・・・・・・何者かが生徒達を扇動して暴挙に追い立てているような─────・・・・・・」
願わくば杞憂であるように。
頭に過った最悪の想定に、ルドルフは頭を下げる思いでそう願う。
しかし彼女が幼少より叩き込まれた統べる者としての帝王学は、その疑念をより深く掘り下げるべきであるという厳重注意をしきりに繰り返していた。