ヒトの強さを無礼るなよ ─ウマ娘プリティーダービー─ 作:嵐牛
「・・・・・・事後処理もやっと一段落だな。これで明日からは通常業務に戻れるだろう」
「ブライアンがいればもう少し楽でしたが」
傾いた日の差し込む生徒会室、目頭を揉みながら流石に疲労の色を隠せない様子のシンボリルドルフとエアグルーヴ。背凭れに身体を預けて伸びをしたルドルフは、脱力と共に吐き出される息に乗せて己の至らなさを悔やむ。
「・・・・・・私達がやれる事はこれだけか。事前に構えるには余りにも突然だったとはいえ、今回の件は完全にトレーナー達に頼りきりになってしまったな」
「初手で主電源を押さえられたのが致命的でした。スイッチには破壊された時の対策が仕込まれていましたが、今後は設備の強度を見直さなければなりません。それにしてもテイオーめ、まさか隠しカメラがただのハッタリだったとは・・・・・・」
「覚悟は決めても最後まで良心を捨てきれなかったのだろうな。それで良かった。実行していればトレーナーの嘆願も聞き入れては貰えなかったはずだ。・・・・・・・・・・・・、」
「どうしました?」
何かを思い出すようにルドルフが目を伏せているのにエアグルーヴが気付いた。指摘されるまで自分の様子に気付いていなかったらしい彼女が、少し驚いたように身体を跳ねさせる。
「すまない。昔のことを思い出していたんだ。今回の件で少し思う所があってね」
「昔を、ですか」
「ああ」
ふ、とどこか遠くを見るルドルフ。
「まだ私が幼い頃、兄のように慕っていた人がいた。将来はシンボリ家を支える立派なトレーナーになると当時の私が見ても分かる程に努力していてね。私も彼を兄さんと呼んで懐いていたよ。・・・・・・だが、それを良く思わない者がいた」
「・・・・・・何があったのですか」
「立場の向上を目論んだ分家の者が彼を陥れたんだ。同じ分家の筋の彼が邪魔だったんだろう」
「っ!!」
「無論その家はとうにシンボリから追放されているし、冤罪と分かった彼を迎え直す動きもあったが・・・・・・彼はそれを拒んだ。信用の置けない組織に身を置く訳はないが、当然彼は帰ってくるものと思っていた私の落胆は相当なものだった」
窓の外から聞こえてくる重機の駆動音が独白の下で低く唸っている。
それは彼女の原初の喪失、人格形成の一因。シンボリルドルフというウマ娘が皇帝に至る道、その一歩目だった。
「家を去る時に彼が残した『お前達の助けは受けない』という言葉が忘れられなくてね。今も心のどこかで期待しているんだよ。こうして頂点の座にいれば、いつかまた彼と会えるんじゃないかと。・・・・・・ふふ、我ながら幼い初恋を引き摺っているものだな」
「・・・・・・身の置き場を不条理に追われてなおその言葉が出るのなら、必ずレースの世界に来るでしょう。いずれ再会は叶います。・・・・・・それより先にあのたわけと会うことになりますが」
「ああ、近く《リギル》に新人トレーナーがサブトレーナーとして着くと言っていたな。君の母上が手ずから教鞭を執っているという」
「喰らいつく根性は認めてやってもいいのですが、いかんせん他の全てを後回しにするので私が定期的に掃除や食生活の指導をせねば・・・・・・ハッ!?」
「ふふ、これはこれは。
「揶揄わないで下さい・・・・・・!!」
「すまないすまない、つい楽しんでしまった。それで、その彼が顔を見せにくると」
「はい。この騒ぎで職務にあたるのは先延ばしになりましたが、着任の挨拶はさせておこうと。この時間に来るように言いましたのでそろそろ───」
エアグルーヴの言葉を遮るようにドアがノックされた。入ってくれ、とルドルフに促されて生徒会室に入室したのは精悍な顔立ちの青年。胸に付けた金色のバッヂは彼がトレーナーである事を示していた。つまりは彼がそうである。
エアグルーヴが改めて簡単に彼を紹介しようとした瞬間、彼は訳の分からない事を口走った。
「久し振り。
軽い口調に砕けた態度、そして知らない名前。
どこから叱り飛ばせばいいか分からず硬直したエアグルーヴを更なる衝撃が襲う。
目を見開いてゆっくりと立ち上がったルドルフが、呆然と彼の呼び名を口にした。
「・・・・・・・・・兄、さん・・・・・・?」