ヒトの強さを無礼るなよ ─ウマ娘プリティーダービー─ 作:嵐牛
組織作りには時間を掛けるが、仕掛けて奪う時は最大の力で一気に攻める。
そこに闘争は存在せず、ただ独占だけがある。
表に出てこない組織、例えばマフィアの抗争などにはそんな流儀があるらしい。
いつも通りの日だった。
生徒達の授業が終わりトレーニングの時間。トレーナーはトレーナー室で担当ウマ娘が来るのを待つ。
彼女は時間通りに現れた。
いつも通りの簡単な体調チェック、いつもと同じ簡単なミーティング。
そしてこれもある意味、いつも通りの光景。
「トレーナーさん」
囁きと後ろ手にドアを施錠する音。
思わずこめかみを押さえそうになる手を抑え、トレーナーは慣らすように手首を回し携帯しているザイルロープの位置を確かめる。
机や椅子、ロッカーなどの障害物。激突したらケガをさせてしまうものをざっと確認して無傷で制圧する方法を脳内にリストアップしつつ、トレーナーはまず言葉による説得を試みる。
「どうした? もうトレーニングが始まるぞ」
「好きなんです。もう抑えられません」
「そうか。じゃあ今日のメニューは厳し目にいっても大丈夫そうかな?」
「誤魔化さないで下さい」
「何度も言うけど、それは1番身近な異性に錯覚を起こしてるだけだ。卒業して外に出れば俺より素敵な人が沢山いる」
「トレーナーさんはいつもそうですね」
彼女はそう言った。
静かな声だ。しかしそれは平静な状態だからではなく、感情が昂り過ぎて出力が上手くいっていないからだ。
爆ぜる寸前のポップコーンなんて可愛いものではない。潰され続けて破裂する寸前の金属のような、危機感が警鐘を鳴らす軋み方。
口から飛び出した叫びには、彼女のこれまでの怒りと焦燥が嫌という程に込められていた。
「そうやって台本みたいな台詞で目を逸らして!
後ろに絞った耳を震わせて、彼女は瞳に暗い火を宿してトレーナーに飛び掛かる。
本気で激突したら骨の破断は免れないウマ娘の両手を前にトレーナーは冷静だった。
鉤爪のように迫る左腕は横から手を添えて力と向きを逸らして回避し、同時に空いた手で右の上腕部を掴みつつ一歩前に出る事で彼女の手のひらから逃れる。
───そして捻り落とした 。
人類を優に超える瞬発力から放たれた突進が脆弱な人体に激突しようとするその刹那、トレーナーは身体を回転させながら彼女の二の腕を掴む手を外側に捻りながら斜め下に引く。
後はこのまま説得すればいい。
担当ウマ娘も不貞腐れながら納得する。
それがいつもの光景だった。
轟音。ドアが開け放たれる音。
音だけ鳴らして実は施錠などされていなかった出入口から、何人ものウマ娘が雪崩れ込んできた。
仰天するトレーナー。
一斉に侵入してきた彼女らも同様に彼を捕らえようと手を伸ばしてきた。
トレーナーの咄嗟の判断と行動力は驚嘆に値するだろう。彼は動揺しながらも彼女らの手を掻い潜り、群がるウマ娘達の僅かな隙間からすり抜け、時に床に投げ落として出入り口から脱出しようとする。
だが、流石に数には勝てなかった。
彼がトレーナー室からの脱出が叶うかという瞬間、後ろから追いかけてきたいくつもの腕がトレーナーの服や身体を掴んで再び室内へと引っ張り込んだ。
────『ウマ娘には絶対に掴まれるな』。
トレーナー達が一律に教わる対ウマ娘捕縛術には、第一に破られてはならない鉄則がある。
ウマ娘の膂力の前には人間の身体など、握り込まれただけで破壊されてしまうからだ。
「捕まえた! 捕まえたよ!!」
「縛って! はやく! 腰にロープ着けてるから!!」
「猿轡巻くから押さえてて!!」
何人かがトレーナーを床に押さえ込み、その間に他のメンバーが用意していた、あるいはそこにあるものを使って捕縛。
こうなってしまっては戦う技術もクソも無い。
明らかに入念な準備と計画に基づいている統率の取れた行動に、トレーナーの全身から血の気が引いた。
それにいま自分を捕まえているウマ娘達は自分の担当を除いて全員自分とは関わりのない顔だった。
いくら友達の頼みだろうと、自分と関係ないトレーナーを捕まえるのにここまでの人数がこの規模で協力するとは考えにくい。
何らかの取引と協力関係があると見るべきだが。
「縛った! これで大丈夫なはず!」
「ありがとう、運び込んだら合流するね!」
「メッセージはちゃんと確認して。見張りの子から連絡入ってるかもしれないから」
短いやりとりをしてトレーナーを担ぎ上げた担当ウマ娘はトレーナー室から飛び出した。
自分が携帯していたザイルロープで手足を縛られたトレーナーは、上下に揺れつつ高速で流れる景色から今の状況を把握しようとした。
『運び込んだら合流』。
『見張りの子』。
それらの言葉から推測される事実は、目に飛び込んできたその光景と共に想像以上の真実として叩きつけられた。
あちこちから飛び出してきた自分と同じように縛り上げられたトレーナーを担いだウマ娘が、一斉に他のトレーナー室などからも飛び出してきていた。
それもてんでんばらばらに走っているのではなく、皆が同じ方向へと駆けている。
手段と目的が共有されている。
これだけの大人数、ここまでの規模で。
(マズい。何人捕まった? どこへ向かってる? 一体いつからこの暴動は計画されてたんだ?)
学園のあちこちから悲鳴が上がる。
歩いている所を四方八方から飛びかかられそのまま折り重なるように下敷きにされる者、異様な光景に絶句する油断を突かれ拘束される者、決死の形相で数人投げ転ばすもおしくらまんじゅうのように動きを封じられる者。
徹底して多対一の形を作っていた。
トレーナーを攫うという目的を果たすのに、それはこれ以上なく適切な作戦だと言えるだろう。
数に
2000人弱ものウマ娘を抱え、万年トレーナー不足に悩まされているこの学園では!!
「大丈夫です、トレーナーさん」
どろり、と。
先程とは打って変わって、湿った熱を帯びた声が自分を担ぐウマ娘の口から吐き出された。
それは目的が果たされようとしている悦びと果たされた後のこれからに対する期待に他ならない。
その瞳も光無く澱んでいるのではないかと思ってしまうような煮詰めた砂糖水のような感情が、空気の震えとなってトレーナーの背筋を舐め上げた。
「きっと幸せになります。これからじっくり私を見てくれたら、トレーナーさんもきっと私を好きになりますから」
(どうする)
この暴動は余りにも唐突だ。
学園側は初動で大きく遅れを取っている。
ここまでの騒ぎになればまだ攫われていないトレーナー達も事態を把握しているだろうが、他のトレーナーと合流して対応に当たれる者がどれだけいるだろう。
完璧に不意打ちとして成立した電撃戦は、個々の戦力が劣っていても相手を壊走せしめる破壊力がある。
それが数で大きく勝っているのなら尚更。
(まずい、躊躇っている場合じゃない。すぐにでも全力でかからなきゃ────学園が丸ごとひっくり返るぞ!!!)
「え、え? ナニコレ? ナニコレ!?」
「何だ、何が起こっている!?」
この暴動は生徒会室でも確認ができた。
突如として窓の外から聞こえてきたいくつもの悲鳴や叫び声にエアグルーヴといつものように遊びに来ていたトウカイテイオーが泡を食って外を見てみれば、拘束したトレーナーを抱えて走る何人ものウマ娘がいた。
何が起きている?
ロープを使えばウマ娘を2人はあしらえる実力を持ったトレーナーが何故?
浮かび上がる様々な疑問に混乱に陥りそうになったエアグルーヴだが、同じように窓から外を見ていたシンボリルドルフは流石に冷静だった。
トレーナー達が逆に拘束されている理由を察知して彼女らの目的と今発生している暴動の規模を類推し、この非常事態のレベルを推定。
平時の対応では到底手に余るものだと即座に判断し、彼女は即座にエアグルーヴに指示を飛ばす。
「最大レベルの発令を出す。エアグルーヴは理事長に連絡を。
「了解しました」
「会長逃げて下さい! 生徒達がここにも押し寄せてうぎゃっ!」
ルドルフが会長用のデスクの引き出しを開けてエアグルーヴが電話の受話器に手を置いた瞬間、叫びながら生徒会室に入ってきた生徒会庶務のウマ娘が雪崩れ込んできた生徒達に弾き飛ばされた。
本棚にぶつかり鈍い悲鳴を上げた生徒会庶務を一顧だにせず突撃してくるウマ娘たちの一部がまず受話器に手をかけていたエアグルーヴを押さえ込み、そして残った者が引き出しから何かの箱を手に取ろうとしていたルドルフに飛びかかる。
一度も立ち止まらずどこにも引っかからないスムーズな動きだった。
想定以上に統率の徹底された襲撃に一瞬面食らったのが命取りだった。
ルドルフの行動が僅かに遅れた隙に数人のウマ娘がその腕に取り付き、彼女が開こうとしていた箱を奪い取ろうとする。
「くっ・・・・・・・・・!」
「ぅええっ!?」
箱を奪われる前に、ルドルフは咄嗟に手首のスナップで近くにいたテイオーに箱を投げ渡した。
畳み掛けてくる展開に混乱していたテイオーはわたわたとジャグリングのように取りこぼしそうになりながらも何とか箱をキャッチした。
まだ襲撃してきたウマ娘たちの標的になっていないテイオーを身を呈して庇いつつルドルフは彼女に向けて叫んだ。
「テイオー! 箱を開けて中に入っているスイッチを押してくれ!」
「え、スイッチ、え、これ? 何の!?」
「最終想定の発動アラートだ!! それによって学園の対応レベルを最大まで引き上げる!! 奪われる前に早く! テイオー、君のトレーナーまで被害に遭ってしまうぞ!!」
「う、うん分かった! 中のスイッチだね!」
ついうっかりで開かないよう厳重に戒められたプラスチックの箱の中に入っているのは赤色のスイッチが付いた台座だ。
それを押すことによって学園は最終想定のアラートが発動され、対応レベルを最大まで・・・・・・つまりは本気で戦う状態にシフトするのだ。
ルドルフの叫びに蹴飛ばされるようにテイオーはプラスチックの箱を開く。
そしてルドルフに言われた通りに。
テイオーは箱を開けて。
中から出てきた赤色のスイッチが付いた台座を。
「・・・・・・は?」
その光景は酷くスローモーションに見えた。
思考が止まり呆けた声を出したルドルフとエアグルーヴの前で、テイオーは何食わぬ顔で砕けたスイッチを念入りに踏み躙っていた。
やがて機能ある装置が完全に金属とプラスチックの破片に成り下がったところでようやくテイオーは足を動かすのを止めた。
「ありがと。上手くいったよ」
「う、うん! テイオーさん本当にスゴいよ、これでもう安心だよね!?」
「ダメだよ、カイチョーとエアグルーヴは最後まで押さえておかないと。まだボクの知らない手段を持ってるかもしれないんだから」
呆然とするルドルフとエアグルーヴの前で、襲撃犯のウマ娘達と彼女はそんな会話をしている。
信じられないし信じたくもない。
しかし彼女が暴挙に走った側であることを胸のどこかで納得している自分もいた。
彼女らとの会話を終えたトウカイテイオーは、その双眸を2人に向ける。
「というワケで。ボクもまあ、そういう事だから」
その言葉と瞳に迷いは無く。
どこまでも澄んだ2つの水色が、言葉を失ったルドルフとエアグルーヴを見つめていた。