ヒトの強さを無礼るなよ ─ウマ娘プリティーダービー─ 作:嵐牛
「入った! あの部屋!」
「絶対に逃がさないんだから!」
勝ち目のない絶望の鬼ごっこ。
数人揃って教室に駆け込んだトレーナー達を追って、4人のウマ娘が一斉にドアへと殺到した。
嵌め込まれたガラス窓が割れる勢いで引き戸を開き、獲物が袋の鼠になっているはずの教室へと雪崩れ込む。
「「「ぎゃふんっっ!?」」」
そして全員同時にスッ転んだ。
彼女らを転倒させたものの正体はザイルロープ。
トレーナー達がドアの向こう側すぐ
先頭のウマ娘が頑丈なロープに躓き、それにぶつかった後続のウマ娘達も一斉に転ぶ。
それと同時に動いたトレーナー達が、トラップに使ったロープを目にも止まらぬ速さで操った。
「待って、待ってよトレーナーさん!」
「ちょ待って、足縛られてる私達!!」
「なにこの結び方ぜんぜん解けないんだけど!? しかもこのロープ頑丈すぎ・・・・・・っ!!」
「痛い痛い痛いってば引っ張らないで!」
引っ掛けた縄でそのままウマ娘達を纏めて縛り上げ、その隙にトレーナー達は再び逃走を開始した。
またある所では隠れながら移動していたトレーナーがうっかり葉を揺らしてしまい、50メートルは離れていた所にいたウマ娘に存在を察知されてしまった。
「いた! あそこに1人! 手伝って!」
「誰のトレーナーか知らないけどあんたもうまぴょいするんだよ!!」
弾かれたように走り出すトレーナーとウマ娘達。
距離はあっても身体能力の差は歴然。瞬く間に距離を詰められていくトレーナーは、捕まるまで残り僅かのところでギリギリ逃げる場所を見つけた。
走る勢いは落とさないまま教室の窓を開け、突っ込むようにサッシを飛び越えて教室の中に逃げる。
無論ウマ娘たちもそれを追う。
開かれた窓にトレーナーと同じ様に飛び込もうと地面を蹴ったその瞬間、彼女の眼前を灰色が覆った。
ロッカーだ。
トレーナーが教室に飛び込むと同時に引き倒した教室の角のロッカーに、続いて飛び込んできたウマ娘が顔面から激突した。
「ぶふぇえっ!?」
「わーちょっと何!?」
「ちょっとちょっと箒が、うわー!!」
派手な音を立ててロッカーが吹っ飛び、空中でバランスを崩したウマ娘が床に墜落。その様子に驚いて後ろのウマ娘が慌てて急ブレーキをかけ、別の窓から飛び込んだ者はロッカーから撒き散らされた箒を踏んで転ぶ。その間にトレーナーは辛くも逃げ
「? あれ!? ここに逃げ込んだはず・・・・・・きゃあっ!?」
逃げ込んだトレーナーを追って教室に入ったウマ娘が背後から捕縛された。
教室に入った瞬間に壁を駆け上り四肢を突っ張って天井付近の部屋の角に張り付いていたトレーナーが、遅れて入ってきた追手のウマ娘の背後に音もなく着地して縛り上げたのだ。そして彼女が状況を理解するより前にまた逃走を始める。
ウマ娘達の電撃的な奇襲によって既に多くのトレーナーが捕獲されてしまったが、いち早く事態を察知するか運に恵まれて初動を乗り越えたトレーナー達はこうしてギリギリの攻防をウマ娘達と繰り広げていた。
「よかった。無事だったか」
「合流できてよかった」
そして彼らは逃げ隠れして続ける中で幸運にも合流できた者達の中の一部。
声を聞かれて居場所がバレる恐れがあるため、限りなく声量を抑えて顔を寄せて情報を交換する。
しかし彼らのひそひそ話が伝えてくる情報は、お世辞にも明るいものとは言えなかった。
「どれだけやられた」
「初手で相当持って行かれた。校舎の中は思いの外静かだな」
「ほとんどが逃げるなり追うなりで外に出てるからだろ。無事なやつも合流してそれぞれ対策を進めてるだろうし」
「機動力でウマ娘に敵う訳がない、隠れるにも限界がある。生き残りがいるとしたら上階の部屋に潜んでるはず。屋内ならある程度は機動力を殺せるし、階段があれば侵入経路を絞れる」
「逃げ切るんじゃなくて
「そうだな」
そうして彼らは進み始めた。
前後と窓の外を警戒しながら隊列を組んで階段を目指すが、今のところ周辺にウマ娘の気配はない。
やはり推測通り殆どが外にいるらしい。
校庭からは幾人もの少女達の叫びと足音が怒号のように鳴り響いてきていた。
「そろそろ取り返しが付かなくなるぞ。最終想定はまだ発令されないのか?」
「電気が落とされた上に何の対応も取られてない。方法は分からないが恐らく生徒会が制圧されたんだ。出張に行っている理事長達に連絡を取れるのはあそこのメンバーしかいないからな」
「真相がどうあれ、発令がないならそれに準じて動くしかない。厳しい状況だ」
「上階に数が集まっていれば生徒会の奪還も視野に・・・・・・、いや、希望的観測が過ぎるか」
僅かな沈黙が挟まった。
好転する兆しのない状況を改めて認識し、思わず思考が他所に飛んだのだ。
自分達はどこで間違えた?
いや、その答えはもう知っている。
「・・・・・・誤魔化してる自覚はあったんだ」
ぽつり、と1人が小さく囁くようにそう零した。
「ウマ娘の性質とかじゃない。あの子が本心で好きだって言ってるのも分かってた。だけどあの子の未来を思えば同じ言葉で受け流すしかなかったんだよ」
「俺もだ。向けられるべきじゃない好意にどう向き合えばいいのか分からなかった。受け入れる訳にはいかないのに、傷付けるのが嫌で拒絶もしなかった。
結局、この騒ぎはそんな俺達の煮え切らなさが重なり続けて起きちまったんだろうな」
「過ぎた事に
窓から姿を見せないよう低く身を屈めて進む彼らは一様に沈黙した。
大人として教職者として子供に対して求められるのは、拒絶ではなく受け止めた上で教え導く事だ。
人を好きになる気持ちは尊重しつつ、相手に気付かせるように受け入れられない理由を優しく説く。
年齢の差。立場の弊害。そして環境による心理的な錯覚などの言い聞かせ。『トレーナー』はそれを繰り返すしかないのだ。
たとえ彼女らが納得しなくても。
たとえ彼女らに、それを片手間の誤魔化しだと糾弾されたとしても。
「いた! トレーナーさん見つけた!!」
「捕まえろーーーっっ!!」
弾かれるように振り向いた。
校内を探りに来たウマ娘たちに見付かったのだ。
廊下は一本道。教室の中に入って脚を封じたいが、それをやると間違いなく外のウマ娘に勘づかれる。
しかし少しでも鎮圧の可能性を上げるために、ここは何としてもこの場で切り抜けたいところだった。
相手は7人、こちらは3人。
「いくぞ」
「おう」
全力で走ってくるウマ娘達。
時速60キロ超で走る自分達を前に逆に突っ込んできたトレーナー達を前に面食らった彼女達だが、ならば好都合と全力でトレーナーを捕まえにかかる。
まずは1人のトレーナーが屈んだ。
走ってくるウマ娘が片足を地面に付けた瞬間、その足元に石のように丸まった彼に躓いた彼女の身体が空中に投げ出される。
それを2人目のトレーナーがキャッチ。
捕まえた彼女を彼は間髪入れずに自分を捕らえようとしていたウマ娘にパスした。
突然投げ渡された仲間を咄嗟に減速して受け止めた彼女を、3人目のトレーナーが纏めてロープで縛る。
時間にして1秒という埒外の早業。
その間に1人目と2人目は次の行動に移っていた。
先端を括ってリング状に括ったロープを、突進を回避され勢い余って通り過ぎたウマ娘に投げる。
さながらカウボーイのように2人のウマ娘を捕まえたトレーナー達は手元のロープを引いて彼女らの動きを制御。
勢いを操られた2人がお互いに衝突してくぐもった悲鳴を口から漏らした。
───残り3人。
ぶつけた彼女らを彼らが縛りに行く間に、3人目のトレーナーが残りの制圧にかかる。
先に重ねて縛った2人を盾にするように前に出て突進してくる彼女らを牽制。
彼女らが怯んだ隙に『盾』の影から飛び出したトレーナーが手近な1人を捻り落とした。
直後に襲いかかってくる残り2人のウマ娘。
すぐに迎え撃つなり回避するなりせねばならない窮地だが、彼はそうせずに地面に投げたウマ娘を拘束することを選んだ。
何故なら、自分がそれをする必要がない事を理解しているからだ。
ぶつけた2人を迅速に縛り終え戻ってきたトレーナー達が、彼女らを背後から捕まえて投げ落とした。
「・・・・・・え?」
あっという間。あっという間にやられた。
ウマ娘が人間に、それも2倍以上の頭数を揃えているのに一瞬にして返り討ち。
この恐るべき練度の連携こそウマ娘を御する『トレーナー』の真髄である。
綺麗に拘束されて呆然と転がる彼女らを尻目にトレーナー達は一目散に駆け出した。
今の叫び声で居場所がバレたかもしれない。
ここから先はスピード勝負だ。
向こうが追いつくのが先か自分達が逃げ込むのが先か、いずれにせよ上階で体勢を立て直している他のトレーナー達には負担を強いてしまうが。
「いたよ! 何か音がしたと思った!!」
「やっぱり校舎の中に隠れてるんだ!」
「「「・・・・・・・・・・!!」」」
すぐに見付かった。
埒外の聴力を誇るウマ娘の耳が今は恨めしい。
それも最悪なことに前方と後方、廊下という一本道でウマ娘の集団に挟まれてしまった。
もはや上階を目指している余裕はない。
3人は即座に窓を開けて飛び出し、僅かな希望に賭けて彼らはウマ娘のひしめく校舎の外へと脱出した。
案の定、望みはなかった。
夢中で走り始めた彼らを出迎えたのは、より大勢のウマ娘達だったからだ。
トレーナーを探して走り回る者達。
トレーナーを担いで走り去る者達。
4人で固まって抵抗するトレーナーが十数人以上で取り囲んで強引に装備を奪われている姿は、数分先の未来の暗示にも見えた。
背後から窓のサッシを踏む音が聞こえる。
完全に囲まれていた。
腰に提げたザイルロープの残数を指先でカウントしながら、3人は背中合わせに立って構える。
「どこに連れて行かれると思う?」
「わからん。公共の交通機関は使えないだろうが、ウマ娘のフィジカルなら実家も無い話でもないか」
「漏れ聞こえた話じゃ地下がどうとか」
「凄い絶望感だな」
窮地にあっても彼らは笑った。
ザイルロープを両手に握り、距離を詰めてくるウマ娘達にそれぞれ正面から向かい合う。
怯えはしない。
自分より遥かに強いウマ娘達に身一つで向き合い、そして彼女らの夢を叶える為に彼女らよりも心折れる事を許されない。それが『トレーナー』なのだから。
「地獄で会おうぜ!」
「「おう!!」」
「地獄なんかじゃないですよ! トレーナーさんの事が大好きな子と一緒なんだから!!」
雪崩れるように襲ってきた。
愛を超えた執念を人を遥かに超えた力で叶えるため、爛々と目を光らせる種族の隣人。
磨いてきた技術が役に立たない力と物量を前に、それでも彼らは意気軒昂に立ち向かい、そして。
「悪いがそうはいかねえなァ!!!」
吹っ飛んだ。
全方向から襲いかかってきたウマ娘、その最前列がいきなり宙を舞う。
何か不可思議な現象が起きた訳ではない。
埒外の速度で駆けてきた人間の男性が両手の指1本ずつにウマ娘達の服を引っ掛け、そのまま両手合わせて10人まとめて強引にブン投げたのだ。
仰天したウマ娘達に投げられた者達がぶつかってボウリングのピンのように集団が崩れる。
全員が彼を見上げていた。
並のウマ娘を凌駕するフィジカルを持つ、身長2メートル30超えの大男。
怪物揃いの『彼ら』の中でも、最強格と囁かれているトレーナー。
「
「お前、
「悪いなァ。捕まった奴助けてたり厄介そうな集まりを散らしてたら遅くなっちまった」
大きな背中だった。
これの後ろにいればもう大丈夫と安心させる圧倒的な存在感。
自分より大きく力が強い生物に対する原始的な恐れにウマ娘達が怯む中、彼は1歩前に出た。
『カズ』と呼ばれたトレーナーは、歯を剥き出して笑い指の関節を鳴らす。
「さー全員大人しくしやがれ。今なら全員ケツ引っ叩くだけで済ませてやるよ」
◆
ある所では全員が血眼で周囲を見回していた。
「こっちに逃げたわよね!?」
「どこにもいないじゃん!」
「隠れられる場所も無いのにっぁっ」
「え? 何か言っt・・・・・・」
「どうしたの、何が・・・・・・え?」
言葉が途切れた事を訝しんで振り向いたウマ娘が見たのは、ぐったりと地面に身体を横たえて気絶している仲間達だった。
何が起きたのか分からない。
とにかく自分では対応できない何かが起きた。
総毛立った彼女がとにかく大声を出して応援を呼ぼうとしたその瞬間、衝撃と共に彼女の意識も闇へと落ちていった。
「本来、今の段階ではここまでやってはならないんだが・・・・・・、状況が状況だ・・・・・・。怪我はさせない程度に、独断で動かせてもらおう・・・・・・」
そう
獣のようなその
◆
学園の中庭。
手を変え品を変え逃げ続けてとうとう追い込まれたトレーナー達が、やはり大勢のウマ娘に囲まれて行き場を失っていた。
人海戦術の単純な強みだった。
これで終わりだと舌舐めずりして襲い来るウマ娘達に、それでも最後まで抗おうと前に出たその時。
「「「きゃああっっ!?」」」
バチィィィイイン!!!と光と衝撃が爆ぜた。
正体不明の何かに弾かれたウマ娘達がもんどり打って後ろに転がった。
彼女らを阻んだそれの正体が何かというと、本当に正体不明だった。
いきなり出現した違う世界観の御技に全員の目が点になっているその中心にその男は降り立った。
「ここまでの術を使うのは
黒いホーステールを揺らして男はぼやく。
未だ思考が追いつかないウマ娘達の前でジャケットの懐からさらに何枚かの符を取り出しつつ、彼は彼女らに静かに問いかけた。
「
トレセン学園《特能枠》。
技術と身体を鍛え尽くしたトレーナーの中においても、なお怪物じみて異質な者達。
ウマ娘達の数と力の大渦に呑まれ崩れる学園の中に、反撃の灯火が少しずつ光り始めた。