ヒトの強さを無礼るなよ ─ウマ娘プリティーダービー─ 作:嵐牛
『ちょ、何これ!? 何なのこのトレーナー!? ウマ娘なのに力で敵わないんだけど!!』
『ここにいる、いるはずなの!! なのに影も形も音も無いnうぎゅ』
『訳わかんない!! 訳わかんない!!! お
「・・・・・・お札って何なのさ・・・・・・」
動きも状況も硬直した生徒会室の中に、状況把握のためグループ通話を繋げっぱなしにしているトウカイテイオーの携帯電話からパニック状態の声が届き始めた。
その中のなんかお札だバリアだという別の世界観に巻き込まれているような悲鳴に困惑する彼女に、シンボリルドルフは落ち着いた様子で告げる。
「《特能枠》が動き出した。アラートは発令できなかったが、鎮圧も時間の問題だぞ」
「その《特能枠》って20人もいない程度の人数しかいないやつだよね? 流石に何十倍じゃきかない頭数の差を埋められるとは思わないけど」
「何十倍と数で負けようと彼らは1人で一騎当千。彼ら全員の戦力を合わせれば、他のトレーナーがいなくともこの学園の全生徒を容易に制圧し得るだろう」
「えー。カイチョーってもしかしてファンタジー系の物語好きだったりする?」
「たわけ、ここに来てそんな希望的観測を私達が信頼する訳が無かろう。彼らを単純に他より強いトレーナーだと考えているならそれは大きな間違いだ。
一般の物差しでこの計画を実行したのが貴様らの敗因だ。言葉を選ばず言ってしまえば、彼らは能力が優れているのではなく・・・・・・能力が既存の枠組みから
うーん、と首を傾けるテイオー。
思えば人間に力負けするだの姿が全く確認できないだのお札がどうのという妄言が現場から悲鳴となって届いている以上、もうファンタジーもクソも無い。
しかし彼女は焦ってなどいない。
2人が得意げに話した事は、そもそも何も特別な事ではないからだ。
「つまりさ。2人が言いたいのは、《特能枠》は他と比べておかしな方向に強いって事だよね」
「? それがどうし─────」
「それ、別に人間だけの特権じゃなくない?」
そう言った。
生徒会室の空気が止まる。
激動の校舎外に反して澱むように滞る時間で、ただ1人テイオーだけが状況を動かす力を持っていた。
「何だかよく分かんない事する人もいるみたいだけど、《特能枠》のトレーナーだって超能力者って訳じゃない。それは何かしらのトレーニングで身に付けた力のはず。だったらボク達にも同じ事ができるのは当たり前だよね」
「バカな! 訓練による技術だろうとあの異常さは純然たる才能、アレと同じレベルの戦闘員を揃えるなど専門の機関や背景の無い生徒には不可能な筈だ!!」
「そもそもボクらは『ウマ娘』ってだけで大きな才能だよ? トレーナーは専門の機関でとんでもない訓練を重ね続けてようやくボクらと互角なんだから、ウマ娘自身が努力してればそれだけで差は元通り。欲しいものを手に入れる為に死に物狂いで頑張るのは競走ウマ娘にとって当然の事だしね」
「・・・・・・っ!」
「とはいえ普通のウマ娘じゃ《特能枠》のトレーナー達には到底敵わないから、その人達は今ボクが言った
今ちょうどそっちの虎の子が動き始めたみたいだから、そろそろ《特化戦力》の子たちとぶつかる頃なんじゃないかな」
「《特化戦力》は」
静かに話を聞いていたルドルフが口を開く。
「その《特化戦力》という分類には、誰が入っているんだ?」
「別に困る事じゃないし、それは教えてもいいかな。何人かいるんだけど、まずはそうだなぁ・・・・・・」
テイオーは顎に指を当てて考える
考えているのではない。
2人により強い衝撃を与える為の演出だ。
宙に泳がせていた視線をルドルフとエアグルーヴに戻し、彼女は悪戯っぽく微笑んでみせた。
「今この部屋さ。誰か1人足りなくない?」
ここに足りない誰かの存在。
それを少しだけ考えた。
そして。
直後に戦慄した。
「「「全員でかかれーーーーーっっ!!」」」
叫び、一斉に走り出す。
ウマ娘たちが身の丈2メートルを優に超える大男に蜂の巣をつついたような勢いで少女達が群がり、脚や身体にしがみついていく。
そこに襲いかかるのはトレーナーが装備しているザイルロープを持った者達だ。
彼女らはトレーナーを拉致する際に彼らが持っている装備などを強奪している。それらは捕らえた標的の捕縛に用いる他、こうして襲撃そのものに使われる場合もあった。
人間を遥かに凌駕する膂力の群れに拘束され、捕縛の加減も知らない彼女らに縛られる。
一般的なヒト目ヒト科の身体なら文字通り八つ裂きになるシチュエーションだが、にも関わらず『彼』は動じない。
組み付いたウマ娘達の脳裏に過ぎったイメージは、全容すら掴めない想像上の巨大生物だった。
「おっっっらぁぁあ!!!」
思い切り身体をブン回す。
それだけで全てが吹き飛んだ。
ガッシリと身体を掴んでいたはずのウマ娘達がポップコーンのように空を飛び、ロープで縛ろうとしていた者も逆にロープを掴まれてハンマーのように投げられた。
そして彼女らは地面に激突する前に他のトレーナーに受け止められ、迅速に捕縛されていく。
「よーし捕まえたぁ! いいぞカズ!!」
「いいペースいいペース!!」
「ちょっと黙っててくんねえかなァ!?」
ついさっきまで地獄で会おうぜとか言ってたトレーナー達に野次を飛ばされ叫び返してしまう『カズ』。
現在、何とか逃げ延びて状況を察した
突き抜けた強さの彼を主砲に据えた、連携プレーの結束で完成する人間の要塞である。
生徒側ももう彼は無視して周りのトレーナーを捕まえたいが着々と集結しつつあるトレーナー達の連携を攻略することは難しく、まして『彼』がそれを許すはずもない。
挑んだ者が逆に受け止められて捕縛される鉄壁さにウマ娘達が段々と尻込みし始めているのを察したトレーナー達の間に反撃の機運が高まってきた。
その時だった。
「おい。
ざあっ、と集団が割れる。
急変したウマ娘達の様子に警戒するトレーナー達。
さながら海を退かせた預言者の如く分たれた群れの間を闊歩してくる彼女は、他の者など目に写さずに真っ直ぐ『彼』の元へと向かっていた。
白と薄紫の『勝負服』。
胸のサラシに咥えた枝。
その姿を見た彼は眉間に皺を寄せて双眸を研いだ。
「お前そっち側かよ。そんな無かったけどな」
「フン、存外アンタも節穴だな。だがこの格好でここに来れば私がやりたい事は分かるだろう」
「分かるけどさァ。お前こういう流れに乗っかるタイプだったか? やるとしたらいきなり鍵閉めて詰め寄ってくる方じゃねえか?」
「持ちかけられた話が色々と好都合だっただけだ。他の奴等の都合は知らん」
どうでもよさそうに鼻を鳴らした彼女は慣らすように首を回し、そして彼女の瞳に炎が灯る。
レース前と似た雰囲気だと彼は思ったが、それとは決定的に違う事も彼は理解していた。
それは焼け付くような闘志の中に澱む、どろりと白濁したような重い澱。
「渇望も信頼も恋慕もアンタに教わった。だがまだ足りん。私はアンタの全てが欲しい。いつものように応えてくれ」
表情は笑み。
剥き出すは牙。
ぱしんと軽快な音を立てて手のひらに拳を打ち付けながら、彼女は彼に欲する全てを要求した。
「痛みも敵意も殺意も、私はまだアンタから貰っていないぞ」
長く長く息を吐いた。
頭痛を堪えるような渋面で腰に手を当て、事情を詳しく答えてほしいのはこちらだとばかりに天を仰ぐ。
しかし祈ったところで現状は変わらない。
彼女に向き合うべきなのは、彼女を担当するトレーナーである自分をおいて他にいない。
「・・・・・・そうだな。火を点けた責任は最後まで取るって言ったもんなァ」
対する彼は笑わない。
いつしか争いそっちのけで2人の趨勢を固唾を飲んで見守っているトレーナーとウマ娘達の視線の中心で、彼は両手の指の骨をごきりと鳴らした。
「付き合ってやる。
別の場所。
広い上に逃げ場のないトレーナー達の袋小路にして超常現象が巻き起こるグラウンド。
梵字の呪符が意思を持つように宙に踊るたびに障壁がウマ娘達を弾き返し、電気のようなエネルギーを身体に流され、そして呪符自らが張り付き動きを封じていく。
腕力とか種族の差とか、そういった常識の範疇から完全に外れている現象だった。
対処方法が分からず狼狽えるウマ娘達に、ホーステールのトレーナーはさらに懐から呪符を取り出して───
爆炎に包まれた。
ただしその色は燃え盛る赤ではなく、全てを飲み込むような黒。
たった今まで彼が行使していた術とは明らかに異質なものだった。
予想外に次ぐ予想外。
あのトレーナーに攻撃したという事はあの炎の主はこちらの味方なのか?
判断に惑い動きが止まったウマ娘達の中心、砂煙の向こうから彼の姿が現れる。
周囲を囲む呪符から展開された青白い障壁のドームが、彼を黒炎から完全に護り切ったのだ。
しかし彼はやや険の寄った目でその呪符を見る。
直撃を喰らい黒炎に覆われた場所の呪符が燃え落ちたのだ。
この『術』の遣い手は、恐ろしく強い力を持っている。彼にはそれが一目で分かった。
そして彼女が歩いてくる。
漆黒のジャケットに黒いストッキング。
黒で統一された影のような『勝負服』。
彼女は右手に黒いカンテラを提げていた。
ただしそこに燃えているのは灯火ではない。
まるで心臓のように不気味に脈動する、命持つような紫色の炎だ。
見間違えるはずもない。
それは担当ウマ娘。自分の愛バ。
目を疑う思いも隠せずに、彼は彼女の名を呼んだ。
「・・・・・・・・・・・・
「おハナさん今何人捕まえた!?」
「知る訳ないでしょう!」
「だよな!!」
チーム《リギル》東条ハナにチーム《スピカ》の沖野、それぞれのチームを束ねる2人のトレーナーは叫ぶように言葉を交わした。
彼らは不幸にも自分達以外のトレーナーとの合流が叶わないままウマ娘達と交戦することを余儀なくされていた。
押し潰すように沖野に襲いかかる生徒達。
恐ろしい速度と勢いで迫る彼女らの隙間をすり抜け、沖野は何かを求めるように手を横に差し出す。
そこに一切のタイムラグ無く東条ハナのザイルロープが投げ込まれた。
ノールックでそれをキャッチした沖野とロープを投げ込んだ東条ハナ、2人の腕が複雑に閃く。
6人纏めて縛られた。
お互いのあちこちを結び合わされ絡まりまくったイヤホンのようになったウマ娘達がくぐもった悲鳴を上げて地面に転がった。
「何本使った?」
「私が来てからは3本」
「使わせていこう。大人数でいっちゃ駄目」
「(おハナさんマズい。あの子たち消耗戦しようとしてるぞ)」
「(他と合流できなかったのが辛いわね)」
交わされる会話に苦虫を噛み潰す2人。
ロープの数にも限りがある以上、人数のゴリ押しでロープを使わせる戦略を取られるとキツい。
そしてそれを打開する策はない。
あるけど、無い。
《最終想定》の発令がない以上、トレーナー達はいつも通りに戦うしかない。
「さーてどうすっかなぁ。結構やばいぞコレ」
「なに呑気してるの。狙われてるの殆ど貴方よ」
「おっ、そうだ。今から俺が女になれば」
「捕まってしまいなさい」
ジリジリと包囲を狭めてくるウマ娘達を前に若干現実逃避が入り始める沖野。
トレーナーへの思慕を根源とした騒乱である以上、男性である彼に狙いが集中するのは自然な事だった。
しかし彼女らが再び襲いかかってくる寸前、破裂するような状況の中に静かな声が滑り込んできた。
「トレーナーさん」
それだけで空気がリセットされた。
トレーナー達にギラついた目を向けていたウマ娘達が一斉にそちらを見る。
2人にも見慣れた『勝負服』だった。
白の基調に緑のライン。平原のような色彩が誰よりも先頭でゴールする姿を、沖野は誰より目に焼き付けている。
何故ここに、とは思わない。
この状況で彼女の目的を察せない程、彼のトレーナーの勘は鈍くなかった。
「・・・・・・お前もか。
「はい。トレーナーさんは大人気ですね」
普段と変わらない様子でチーム《スピカ》筆頭、サイレンススズカは柔らかく微笑んだ。
周囲で沖野と東条を囲んでいるウマ娘たちを見回し、彼女は状況にそぐわない穏やかな声で言う。
「皆、ここは私がやるから別の場所に行ってもらえないかしら。他の所をサポートしてほしいの」
「いやスズカ先輩、皆でいきましょうよ! 強いんですよこの人達、ここをすぐ済ませて一緒に他の所に回った方がいいです!」
「大丈夫だから」
「何が大丈夫なんですか!? スズカ先輩は大丈夫かもしれないけど、私達は絶対に失敗できな─────」
「分かった、任せる。ここはお願い」
「え!? 何言って」
「(いいから行くよ・・・・・・!!)」
スズカの同級生と
それを合図として他のウマ娘も後ろ髪を引かれるようにこちらを気にしながらではあるが、スズカの言う通りにその場を後にした。
そしてサイレンススズカと沖野、そして東条ハナだけがその場に残される。
理由は分からないが、数で有利な今が好機。そう考えた東条ハナがロープを握り身構える。
「捕縛するわよ。理由は分からないけれどスズカは特殊な立場にいるみたい。何か情報を聞き出せれば反撃の役に立つかもしれないわ」
「・・・・・・おハナさん。多分これおハナさんもどこかに行った方が─────」
「東条トレーナー。どうしてまだここにいるんですか? 私、別の場所に行ってほしいって言ったと思うんですけど・・・・・・」
首を傾げるサイレンススズカ。
東条ハナとしては首を傾げたいのは自分の方だろう、彼女はスズカの言葉を『この場は私が引き受ける』と言葉通りに解釈しているのだから。
ついさっき先輩に腕を引かれていったウマ娘は幸運だった。
何故ならその彼女は、あの場で唯一彼女が言った言葉の裏を正しく読み取っていたからだ。
表情を動かさないサイレンススズカの瞳に、毒々しい光が瞬く。
「『
その瞬間。
白と緑の装束を纏ったウマ娘が、2人の視界から消え去った。
ジェット機が突っ込んできたと思った。
肉眼で追えない速度で飛び込んできたスズカの拳を、間に割り込んだ沖野が横に逸らしたのだ。
動きに少し遅れて轟いた音は、スズカの動きによって巻き上げられた空気の叫び。
どれだけの速度を出せば平均的な少女の体格でこんな爆音で空気が逆巻くのか、沖野が割り込んでいなければ首から上が吹っ飛んでいたかもしれない東条ハナには想像すら出来なかった。
「行ってくれ。俺が引き受ける」
「最悪死ぬわよ」
「トレセンに来た時から覚悟してるよ。なーに平気だって、俺も末席に近いけど《特能枠》の1人だぜ?」
食い下がるよりもやるべき事がある。
彼の覚悟を受け取った彼女は、必ず戻って来なさいとだけ言い残してその場を去った。
やはりスズカはそれを追わない。
2人きりになった彼女は嬉しそうに目を細めた。
「これで私達2人だけ。やっぱりトレーナーさんは私の全てを理解してくれるんですね」
「落ち着けスズカ。お前は人を殺す気か」
「そうするしかないのなら」
諭す沖野にスズカはそう言い切った。
後ろに跳んで間合いを取った彼女は、明確な意志を持った構えを取る。
腰を落とし、左足を下げての
拳を上げて顎をガードする左手に対して、右腕はだらりと脱力してぶら下がっている。
攻撃すると誓いを立てたその構えとは裏腹に、彼女の顔にはただ、愛する人の胸に飛び込める喜びだけが存在していた。
「余計なものはいらないんです。私が見たい景色にも、私とトレーナーさんの間にも」
ヒットマン、あるいはデトロイトスタイル。
相手を殴り倒すことを突き詰めた『ボクシング』という技術に目一杯の恋を詰め込んだ異次元の逃亡者が、溢れる愛をトレーナーに叩き付けようとしていた。