5月1日。入学から一ヶ月が経ち、生徒たちも学校生活に慣れてきた頃合いだろう。
友達とより親睦を深めたり、異性との恋愛に積極的になる生徒が見られるようになってきた。ああしたい、こうしたい。さまざまな感情が芽生えてくる。
一 ーーーそんな日々が続くのなら。
いつもより早く登校した俺は、早めに席につく。ほとんど生徒がいない中、本を読んで時間が過ぎるのを待つ。そうしている間に徐々に人が集まり、ある会話が聞こえてきた。
「なぁ、ポイント少なくねえか?」
「月初めに貰えるって話だよな」
誰が発したのか、そんなことを考えても仕方がない。
ポイントは間違いなく受け取っている。
そこから分かることはーーーー
「あんたもポイント貰った?」
いつの間にか隣の席に座っていた伊吹が声をかけてきた。
「あぁ、49000増えてたな」
俺の返答に納得いかなかったのか、伊吹が再度確認する。
「10万ポイントの話だったはずだろ?」
その問いに俺は言葉を返さない。伊吹も、違和感自体はあったのか、それ以上聞いてくることはなかった。
生徒たちが困惑とざわめきに満ちている中、坂上先生が入ってきたことで、一気に視線が集まる。
「皆さん、今から朝のホームルームを始めたいと思いますが……その前に、先に質問を受け付けましょうか」
十中八九、ポイント絡みの質問だろう。
しかし、それを龍園が遮る。
「御託はいい。さっさと本題に入れ」
「龍園くん、まずは敬語を……と言いたいところですが、私も遠回しな言い方は好きじゃありません。まずはこれを見てください」
そう言うと坂上先生は一枚の紙を取り出し、黒板に貼り付ける。その紙には、こう書かれていた。
Aクラス 940ポイント
Bクラス 650ポイント
Cクラス 490ポイント
Dクラス 0ポイント
突如としての発表に加え、自分たちのポイントが減っていることに、クラスは驚きが隠せないようだった。
「ポイントが減っていることに驚きましたか?この学校は実力で生徒を評価する。その結果がこれです」
続けて坂上先生が口を開く。だが、いまだに理解できていないのか、質問が飛んでくる。
「10万ポイントだったはずじゃ……」
「そ、そうだぜ。俺らに分かるように言ってくれよ」
立て続けの質問を、坂上先生は一蹴する。
「さっき言ったはずです。実力で生徒を評価した結果がこれだと。ポイントが減っているのは、学校生活を過ごす上で当たり前のことができていなかったからでしょう」
「ですが、分からないままだというのも酷なもの。今から詳しい説明をしてあげましょう」
そういって、坂上先生はSシステムの概要について説明を始める。
AクラスからDクラス。この並びは、生徒の優秀さを表している。Aクラスだけが、この学校の特権の恩恵を得ることができること。
説明が終わる頃には、静寂が場を支配していた。特に、この学校の特権がAクラスしか得られないという点だろう。別の理由があるかもしれないが。とにかく、ろくな状況じゃないことは確かだ。
生徒たちが息をつく暇もなく、坂上先生は、さらにもう一枚の紙を張り出す。
「先日行った、小テストの結果です。このテストで赤点はいませんでしたが、中間テストや期末テストで赤点を取った場合は退学となります。赤点の算出方法ですが、平均点の半分が赤点となっています。」
退学。という言葉にまたもやざわめきが起こる。特に、学力がない生徒にはなおさらだ。
石崎が「あぶねぇ……」と言っていたので、小テストの結果を俺も見てみる。
結果は75点。微妙、の一言に尽きる。間違いなく落としたのは数学だろう。数学とかどこで使うんだよ、と心の中で言い訳をしていた。
「私達は現状Cクラスですが、挽回できる可能性はたくさんあると思ってもらって構いません。まずは、Bクラスを目標に入れるのが現実的でしょう」
「以上で私からの説明は終わりとなります」
そう言うと坂上先生は教室を出て行こうとするが、
ーーーー龍園が引き止める。
「待てよ。坂上」
「どうかしましたか?龍園くん」
一瞬、坂上先生の表情が変わる。
まるで、龍園の言葉を予期していたかのようだった。
「話がある。時間を寄越せ」
「分かりました」
許可を貰った龍園は、教壇へと上がる。
どんなことが行われるのか、生徒たちは戸惑っているようだった。
「単刀直入に言ってやる。今日から俺がこのクラスのリーダーだ。異論は認めねぇ」
あまりの暴君っぷりに、一瞬教室が静まり返るが、すぐに反論の声が上がる。
「勝手に決めんじゃねぇよ!」
「そうだそうだ!」
すぐさま反論が飛ぶ。
だが、龍園はもろともせず、決定事項だと言わんばかりに微動だにしない。
「ならてめぇらがやるか?」
「そ、それは……」
「だ、だからってお前が……!」
「口だけの奴は黙って聞いてろ。話は後だ」
「俺がこのクラスのリーダーとなることに問題があるか?坂上」
坂上先生に問う。どうやら、考えなしにリーダー宣言をしているわけではないらしい。
「……問題ありません。ただし、責任はつきますよ」
「なら話は簡単だ。文句がある奴は後でかかってこい。徹底的に叩き潰してやる」
しかし、我慢の限界なのか石崎が龍園へと殴りかかる。
「調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
そう言って、龍園の顔面に右ストレートを放つ。が、あまりに単純な動きに龍園は軽々と避ける。
「はっ。てめぇの脳みそは筋肉でできてやがんのか?」
龍園の挑発に石崎は怒り心頭と言った様子だった。
もう一度同じ構えで拳を放とうとするが、それより早く龍園が膝に蹴りを放つ。
「グッ……」
石崎は膝をついてしまい、そんな隙を龍園が見逃すはずもなく、今度は顔面へと蹴りを放った。
声にならない声をあげる石崎。
あまりの光景に、周囲は見ていられないと言った様子だった。
仰向けになった石崎の腹に足を載せ、クラスを見下ろす龍園。
「これでもまだ俺に文句がある奴はいるか?」
そこである生徒が立ち上がる。
俺は龍園が暴力で統制するにあたり、アルベルトをどうするんだ?と内心考えていた。
生半可な覚悟や根性では、到底倒せないだろう。
アルベルトが無言で龍園の前に立ち、一触即発といった空気になる。龍園もやる気満々なのか、どちらかが手を出せばとんでもないことになるだろう。
「そこまでです。龍園くん」
これ以上は看過できないのか、坂上先生が待ったをかける。
「やりすぎです。それに、校則上暴力は禁止されています。私があなたを報告すれば、退学は免れませんよ」
「それもそうだな」
急に龍園は大人しくなる。
坂上先生を止めたのは、ストッパーが欲しかったからか。
アルベルトも、龍園が引いたことで動きを止める。それにより、生徒達は逃げるように出ていくのだった。
龍園のリーダー宣言から一週間。
クラスには傷を負った生徒が多くいた。
もちろん、龍園自身も例外ではない。
「お前も龍園に反抗したんだな」
顔が腫れていた伊吹に声をかける。
「そりゃそうでしょ、あんな奴がリーダーなんて冗談じゃない」
伊吹の言っていることも理解できるが、リーダーがいなければ纏まらないのも事実だ。あいつ以上に的確な奴は、この場にはいないだろう。
「あんたはあいつでいいわけ?」
「少なくとも、今は龍園に任せるしかない。結果なんて、あとから考えればいい」
龍園をチラッと見てみるが、かなり怪我を負っていた。間違いなく、アルベルトとやった結果だろう。
肝心のアルベルトは、まるで傷を負っていない。
……どういうことだ?
会話に戻ると、イラッとした伊吹がこちらを見つめる。
「私が言いたいのは、あいつじゃなくてあんたの方がマシってこと」
「それこそお門違いって奴だ。俺にはそもそも能力がないし、龍園を退かせるほどの力はもっとない」
「……あんたをまともな奴と思った私がバカだった」
ぶっきらぼうにそう言い捨てた伊吹に、なんともいえない顔で見返すことしかできなかったのだった。
放課後、またもや龍園に呼び出された俺は、憂鬱な気分で特別棟へと赴く。
「今度は遅刻していないんだな」
「おせぇよ。道草でも食ってたか?」
俺が遅れようものなら、この有様だ。
こいつには人の心が……いや、ないか。
「はぁ……で、今度はどういう用件だ?」
「芝居はいい。分かってんだろ?」
「普通に分かんねぇよ。殴りに来たとか?」
「半分正解だ。てめぇに拒否権はねぇ、俺の駒になれ」
半分正解……?
「拒否する。と言ったら?」
「その時は無様にてめぇが転がるだけだ」
「俺を駒にしたところで何か意味があんのか?」
「何のためにてめぇを一番最後にしたと思ってやがる。間違いなく、お前は従わねぇからだ」
……やっぱりアルベルトは倒してるってことか。
マジでどうやったんだ?
「その前に聞きたいんだが、アルベルトをどうやって倒した?何回やっても、お前が勝てる未来が見えないが」
「答えが聞きたいなら駒になってからだな。アルベルトがてめぇに一目置いてるのも気になるが……」
「従わない前提のとこ悪いが、俺はお前がリーダーになることに意義を唱える気はない」
「それはハッタリだな。てめぇは間違いなく俺と同じ匂いがする」
その言葉に、俺は眉を潜める。
「お前が言いたいのは、同じ暴力性のある奴が従う訳がないってことだろうが、本質は違う」
「俺がお前を似ていると感じたのは、もっと別の理由だ。暴力を振るうことに快楽なんて覚えねぇよ」
「物は言いようだ。だが、お前の目は間違いなく暴力をしている目だぜ?それも、血に塗れているような感じだろうなぁ」
「……」
龍園は少し黙るが、すぐにニヤつく。
「その表情が物語っているぜ?」
「茶番は終わりだ。何回も同じやりとりをするつもりはない。従うつもりなのは本当のことだ」
そう言うと、今度は龍園が呆れた表情を見せた。
「チッ、つまんねぇ野郎だ。どうやら本当に違うらしいな」
「今日からてめぇは俺の手下だ。喜べ」
「最初から従うって言っているんだがな」
「てめぇは脳筋だらけのクラスで、数少ねぇ頭のキレる奴だ。存分に使ってやるよ」
そう言って龍園は過ぎ去ろうとするが、一応呼び留めることにする。
「今後の方針は決まってんのか?」
俺の問いは虚空に消えていくのだった。
午後6時、俺は寮で石崎と向かい合っていた。
「どうしたんだ?」
「滝谷、勉強教えてくれ!赤点取ったら龍園さんに殺される……」
石崎の表情から見るに、本気で死を覚悟しているようだ。
「もうちょい順を追って説明してくんねぇか?あまりに突発的すぎてよく分からん」
「そ、そうだな。少しテンパってたぜ」
そう言うと石崎は落ち着いたのか、説明し始めた。
龍園が間違いなく石崎は赤点を取るだろうと確信して、脅したこと。そして、その責任を俺に擦りつけたこと。
大まかに言うのならこのくらいだ。
本来なら文句を言いたいところだが、小テストの結果は俺より上が一桁しかいなかった。Cクラスの学力の低さが窺える。
もとより、頼み事には弱いこともある。赤点をポンポン出されたらたまったもんじゃない。
「俺でいいなら別にいいんだが……小宮とか近藤は大丈夫なのか?石崎だけしたところで、って感じがするけどな」
「た、たしかにあいつらもやべぇな。でもよ、3人も教えれるのか?」
「流石に10とかなら話は変わるが、一人や二人なんてただの誤差だ。石崎達が良ければ問題ない」
「ま、まじかよ。ならさっそく明日小宮と近藤を呼んでやろうぜ!」
本心としてはやりたくないが、ここまで前向きだと流石に断ることはできないな。
「じゃあ16時30分ぐらいで。場所は図書館でいいか?」
「もちろんだ!また明日な滝谷」
そう言って、石崎は足早に出ていった。
翌日。俺は言った通りに図書館に来ていた。
少し早いが、席を取っておこうと思ったためだ。
何の教科を教えようか考えていると、思ったより早くに石崎達が集まった。
「今日は頼むぜ、滝谷。点取らねぇとヤベェからよ」
「俺も頼んだ」
「さっそくやろうと思うが、教科は何がやりたいとか希望あるか?」
「全部に決まってんだろ?まぁでも、頭使わないものからやりてぇな」
全部、という言葉に唖然とする。
いや、分かるんだが……全部ってどこまでだ?
「一応確認するが、どのくらいからやるつもりだ?」
「どのくらいってなんだ?とりあえず分かんねぇの全部じゃないのか?」
「なるほど。理解した。じゃあ聞きたいんだが、例えば数学ならどこの範囲が分かる?」
「因数分解とかならできるぜ。あとは解のなんたらとか」
「俺はさっぱりだぜ。まぁ感覚でなんとかなるだろ」
「正直ノリじゃねぇか?」
「そ、それだけってことか」
あまりの少なさに絶句してしまう。
もしかしたら他の教科はできるものも……いや、過度な期待は止しておこう。基礎的な小テストで赤点ギリギリだったんだ、とにかく、俺は勉強を教えたらいいだけだ。不穏なことは考えないようにしよう。
数学からやるのは流石に飽きそうだと思ったので、日本史をとりあえず教えてみることにした。
「頭使わないって言ってたが、なら日本史とかがいいんじゃないか。ただ覚えるだけに加えて、日本の過去という観点から意欲も湧いてくると思うぞ」
「なら決まりだな!さっそくやろうぜ」
「一旦基礎を確認しようと思うが……まずは有名なところからやっていくか」
「645年。中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我氏を倒して、大きな変革を築きあげたことを何という?」
「大化の改新だよな?」
「流石に分かるぜ。もっと難しいの頼んだ」
「舐めすぎじゃないか?」
「なら、少し捻るぞ。尾張の大名で、家臣の明智光秀に裏切られ、最終的に自害した人物とは?」
捻るというか、長くしただけだし、流石に分かるか。
「誰だよ。それ」
「ハゲた奴だったよな」
「織田信長だよな。流石に分かるぜ」
絶望の表情を浮かばせそうになったが、何とか思い留まる。が、3分の2が不正解という事実にまたもや絶望してしまう。それに、大化の改新が分かって、織田信長が分からないのはどういう覚え方をしてるんだ?
「そんな奴いたよな」
「問題が悪いって。だれも解けねぇよこんなの」
答えが分からなかった二人は何か言っているようだったが、引き続きやることにした。
その間では、珍回答が連発していた。
鎌倉幕府が開かれたのはいつだと思う?という問いに、
ーーーー1800年ぐらいじゃねぇのか?
他にもある。
江戸幕府を開き、初の征夷大将軍となった人物は?
ーーーー聖徳太子だよな。知ってるぜ。
……どうしたらいいんだ。というか、問題が悪いのか。いや、比較的誰でも分かりそうな問題を出したつもりなんだがな。
石崎達の領域に呑まれそうだったが、時計を見てみる。
キリが良かったので、この場から逃げたかった俺は素早く終わることにした。
「まったく分からなかったぜ。で、でもやんなきゃ龍園さんに……」
一体何をされたんだろうか。
考えるだけ無駄か。それより、励ましてやるか。
「お前達は基礎がなってないだけだ。多分中間までこのペースでやっておけば何とかなると思うぞ。それに、龍園のは脅しだろ?気にしたところで意味ねぇよ」
「確かにそうだよな。ちゃんとやればいいだけだよな?」
「急にやる気でてきたぜ。明日もよろしくな」
「次はもっと簡単なのくれよな」
反応はそれぞれだが、やる気があるのはいいことだ。といっても、やる気だけだが。
まるで自分を見ているようで、どこか親近感すら湧いてくる。何かに対して取り組む姿勢というのは、必ず実を結ぶ。
この場を作ったのは不本意だったが、気づけば俺自身もあいつらの姿勢に悪くはないな、と思っていた。
ただ先は思いやられるが。
石崎達が立ち去った後も、俺はなんともいえない顔で立ち尽くすのだった。
ヒロインは今のところ伊吹にしようかなと。