少しだけ頻度を上げます。
石崎達との勉強会から一週間程が経ち、少しずつだが、学力の向上が見られるようになってきた。特に、暗記科目は目に見えて成長していた。
なんだかんだ石崎達の熱意にやられ、俺も勉強を教えようと積極的に取り組むようになったからだろうか。
いずれにしても、いい兆しなのは間違いない。
憂鬱な朝。いつもの時間に登校した俺は、席に座る。
すると、石崎に声をかけられる。
「できたぜ!昨日のやつ。ムズすぎんだろ」
ずっと勉強していてもつまらないだろうし、自分達の今の実力を確認させるために模擬テストを出した。全教科は流石に無理だったので、優先的にやった数学や日本史を出していた。
「なんとかやり遂げたけどよ。まったく分からなかったぜ」
そう言ってテスト答案を見てみる。数学が24点で、日本史は42点だった。少し難しめにしたので赤点ラインではあるだろうが、あの感じから一週間でこの点数なら、上出来と言っていいだろう。
「ど、どうだ?中間までこの調子でなんとかなるか?」
「普通に余裕だと思うけどな。50、60ぐらいなら取れるんじゃないか?もちろん全教科でだ」
「ま、マジかよ。じゃあもうやんなくていいってことか!?」
「残念だが、このペースでやってもらう前提だ。これを機に勉強を疎かにしたら、赤点まっしぐらだろうな」
そう言うと石崎は落胆する。
一ヶ月以上経ったが、表情の切り替わりが激しい奴だと思う。まぁ悪いことではないが。
「ただ、Cクラスの学力はそこまで高い訳じゃない。俺の予想じゃ、赤点のラインは36点ぐらいだと思う。」
「それに、俺自身も下げれる教科は下げる。もっと赤点のラインが下がる可能性だってあるだろうし、そんなに悲観する必要はない」
石崎は半分聞いていない様子だったので、改めて言い直す。
「……最後の一週間ぐらいなら、最悪やんなくてもいい。自分達で学習しろってことだな。最終日はやるがな」
「なんだよ。それを先に言ってくれって」
「言うほどでも……」
「皆さん。中間テストについての変更がありました。」
気づけばホームルームになっていたらしい。さり気なく言っていたが、変更だと?
「日本史の範囲から近世以降は出題されません。範囲を勉強していた生徒には申し訳ありませんが、変更とします」
「それに、赤点を回避する方法は何も勉強だけではありません。皆さんの健闘を祈ります」
含みのある言い方に気にはなるものの、先にクラスの反応を見る。
クラスの反応を見てみたが、大体が気にしていない様子だった。単純に範囲をやっていなかったんだろう。幸い、俺もそこは教えていない。近世はあまり好きではないので、後回しにしようと思っていたからだ。
「な、なぁ。俺らがやったのは無駄ってことかよ?」
「いや、その範囲をそもそもやってないから関係ないな。そんなに重要じゃないと思って放置していたからな」
横目に見ると、安堵の表情を浮かべていた。そりゃそうか。範囲外を勉強していたら、モチベーションが下がるよな。
「まぁ関係ないからいいだろ?それより、基礎を上げることに取り組んだ方がいいぞ」
「そっちの方がやべぇもんな……なら、今日も頼むぜ!」
石崎のやる気が高まったことはいいのだが……隣から視線を感じる。
「ねぇ。私も教えてくんない?あのバカがあんな点数取れるわけないでしょ」
「急にどうした?お前も石崎に感化され……」
「なわけないでしょ。私はただ、迷惑かけるのがダルいだけ。あいつらが取れるならあんたの教え方がよっぽどってことだろ?」
意外にもクラスのことを考えているらしい。
速攻で否定されたが。
「仮にだ。俺がどんなに教えるのが上手でも、結局やる気がないと話にならないと思うぞ。お前の場合、高く見積もっても3分。いや、実際は30秒ぐらいで飽きると思うんだが」
「……私をなんだと思ってるわけ?」
真面目に答えたつもりだったが、当の本人はイラッとしているように見える。
「冗談だ。やるとしても、18時ぐらいになる。それに、石崎達を教えている都合上どうしても遅れることになるぞ」
「それがなんなの?そのぐらいなら別に問題ないでしょ」
「俺と二人きりでやりたいか?間違いなく、石崎達とやった方がいいと思うがな」
「あんな奴とやるなんて死んでもごめんだ。それに、頭いいのあんたぐらいしかいないんだからしょうがないでしょ」
嫌そうな表情をしているものの、勉強することに対しては前向きな感じを受ける。確かに、Cクラスは学力が抜けている生徒はほとんどいない。そう考えれば、消去法で俺になるのか。
「お前がいいなら別にいいんだが、場所はどうすんだ?部屋でやる訳にもいかないだろ?そこんとこどうなんだ」
「カラオケが一番いいんじゃないの。私は静かな場所か、あいつらがいないならどこでもいいけど」
どこまでも拒絶されている石崎達に涙を流さずにはいられない。気持ちは分かるが。
「ならカラオケで決まりだ。俺も準備したいから明後日の18時ぐらいからでいいか?都合が悪いようなら変えるが」
伊吹は小さく頷いた。
了承を得ると同時に、ショート時間のチャイムが鳴る。
気づけば自身の時間が少しずつ減っていくことに、簡単に受け入れてしまっていた自分を責めていたのだった。
放課後。図書室に行って勉強を教えるのが日課となっていた俺は、飲み物を買ってから移動する。
すると、既に座っていたいつものメンツを見つける。
「珍しいな。なんかあったのか?」
いつもより早く集まっていたので、一応聞いておく。
「そりゃ自由の為だ!」
「早くやろうぜ」
「今日は別の教科を頼む。同じだと飽きてきたからな」
くだらない理由だろうと思ったが、朝に言ったことか。結局最終日にはやるんだけどな。
妙にテンションが高い3人を横目に、さっそく取り組んでいく。
しばらくして、図書室には似つかわない怒声が響き渡る。
俺は、騒動の最中であろう人物に視線を向ける。
「あ?なんだテメェ。俺らがDクラスだから何なんだ」
「いや?お前達と一緒の場所で勉強しているこっちの身になれってだけだぜ。俺はCクラスの山脇だ。じゃあな」
「聞いてねぇよテメェ。喧嘩売ってんのか?」
同じクラスの山脇と、知らない奴が揉めていた。
俺が呑気なことを考えている内に、さらにエスカレートしていく。
「おいおい、止してくれよ。俺は事実を言っているだけだろ?お前らが落ちこぼれ、なんてのは誰もが知ってるぜ。みんな表情に出してないだけで、嫌がってるだろうなぁ。特にお前みたいなのがいるとよぉ?」
「上等だテメェ。やってやるよ!」
いかにも殴り合いに発展しそうだったが、周りにいる生徒が止めに入る。
「止しなさい。貴方がここで私情を挟んだところで、不利になるのは私達の方よ。退学だってあり得るわ。それに、貴方達はCクラスでしょう?私から見れば、何も変わらないと思うのだけれど」
「おいおい。0ポイントを叩き出した奴らが何いってんだ?笑えてくるぜ」
「私は貴方の器の小ささの方が気になるのだけれど。時と場合を考える、ということができないそうね」
「……なんだと?」
山脇は憤っているものの、それでも一貫して挑発する。
「い、言ってろ。お前らはDクラスなんだからよ」
「そこの赤髪の奴は退学だろうが、Dクラスは何人が赤点で消えるだろうなぁ?現にテスト範囲外のところをやってんだから、退学したいってことだよな」
「範囲外?どういう……」
「いいぜ。殴られてぇなら思う存分やってやるよ!」
流石に暴力沙汰にはならないと思ったんだが……これじゃあ言われても仕方ないな。
俺は立ち上がり、胸倉を掴まれている山脇と、掴んでいる奴の両方をじっと見る。
「い、いいのかよお前。どうなっても知らねーぞ?」
「テメェをやった後に考えりゃいいだけだろうが!」
なんで俺がこんな役目を負わないといけないんだ。
そう嘆いていたが、止めようとしている奴がいることに気付く。
そいつの挙動を見て、いつでも割って入れるように立ち位置を変える。
時が過ぎるのを待つ。
しかし、新たな人物が介入してくる。
「ちょっと落ち着いて!」
ピンク色の髪の女が割って入る。
「なんだテメェ。引っ込んでろよ、関係ねぇヤツは」
「関係ないとは言えないと思うな。勉強している生徒に迷惑だし、目の前で暴力沙汰なんて私は見過ごせないから」
「それに、君達も度が過ぎてると思うよ。これ以上は教師を通さずにはいられないよ」
「す、すまん。俺達もカッとなってたぜ」
山脇はそう言って、そそくさと立ち去ろうとする。
「もう行こうぜ。これ以上は意味ねぇし」
「そ、そうだな」
そう言って、過ぎ去っていった。
ピンク髪の少女も去ろうとしていたので、跡をつける。
「お、おい。どうしたんだよ滝谷?」
止めに入ろうとした奴も気になるが、いかんせんタイミングが良すぎる。
俺は石崎に目もくれず、去っていった女を追う。
少し移動した後、角を曲がったところで立ち止まっていた。
思ったより音を立てていたようだ。そりゃ気付くか。
「えっと……何の用かな。さっきいた子だよね?」
あの短時間で覚えていたらしい。それも相まって、相手の顔をじっと見る。
「そ、そんなに見られると恥ずかしいな……私の顔に何かついてるかな?」
「お前、どうしてあのタイミングで止めた?」
「え?」
俺の言葉にピンと来ていない様子に見える。だが、確信を持って再度聞く。
「もう少し早く止めても良かっただろ。逆も然りだ。殴り合いになっていたらどうするつもりだったんだ?」
「それは……このままじゃダメって思ったからだよ。何かおかしいかな?」
しばらく無言になる。納得はあまりしていないが、今も戸惑っている様子から察するに、俺の思い過ごしのようだ。
「……ただのお人好しか。今のは忘れてくれ」
無駄足だと判断した俺は背中を向けるが、呼び留められる。
「待って」
「もう用件はないが……何かあんのか?」
「君の言い方だと、まるで止めない方が良かったって聞こえるんだけど……どうしてかな?」
「それをお前に言う必要はあるのか?それに、大したことないことだぞ」
「大したことないって言った割には、追いかけてきたよね?」
「気になったんだけど……ダメかな?」
このままじゃ埓があかないと思い、言葉を返す。
「あそこで殴らせておけば、いいようになるだろうと思った。それだけだ」
「私には、いいようにはなるとは思えないよ」
「それはお前がそう思うだけだろ?俺にはメリットがあった。これ以上は意味がないと思うんだがな。まだ何かあんのか?」
「そう、だね。でも、私にはやっぱり見過ごせないかな」
話を終わろうとするが、納得していない様子。
こいつとは、根本的に認識が違うようだ。
「はぁ……俺も暴力行為そのものは好きじゃない。殴られた瞬間に止めに入るつもりだった。これで満足か?」
目の前の少女は、考えるように視線を落とす。
「……そっか」
「君が本当に止めるつもりだったってことは分かったよ」
そう言うと、気持ちを切り替えたのか顔を上げる。
「この話はここまで!お互い名前も分からないよね?」
「あぁ、そうだが……」
「私は一ノ瀬穂波。君の名前を教えてくれないかな?」
急な切り替えに少し戸惑ったが、端的に述べる。
「滝谷廉だ。好きに呼んでくれ。じゃあな」
そう言い捨てて、背中を向ける。
「うん。じゃあね。滝谷くん」
背後から聞こえてきた声に目もくれず、寮へと向かうのだった。
一ノ瀬穂波。
正反対と言っていい人間に、面食らっていた。というより、妙に居心地が悪かった。
その違和感が何なのかは知らないが、少なくとも自分から関わりに行くようなことはしない。
この時の俺は、そう思っていた。
今更ですが、主人公の名前はたきやれんです。