6月中旬。中間テストが終わり、そろそろ夏休みが近くなってきた。大半の生徒達は気が緩んでいるように思える。かくいう俺も、例外ではない。
俺はスマホを取り出し、現在のポイントの残高を確認する。5月と6月の振り込みでは、変わらず49000。俺の現時点でのポイントは146000。入学当初よりは増えているようだ。と言っても、ポイントを使う機会があまりないからだが。基本的に自炊のため、食費は毎月20000程しかかからない。たまに本や映画などの娯楽に消費したりするが、それだけだ。
このままポイントの変動が行われないということはないだろうが、今の時点でもかなりの差ができている。Aクラスの半分が俺達Cクラス。順当にいったとしても、追いつくのは至難だろう。しかし、Dクラスというイレギュラーな存在があると他3クラスにこれといった差はないようにも見えるかもしれない。
0ポイント。逆に感心させられる。どうやって叩き出したのか、好奇心をくすぐられずにはいられない。歴代で唯一のクラスともいっていいかもしれない。本来なら喜ぶべきかもしれないが、ここまで酷い有様だと何も抱かない。
そんな事を考えていたら、昼休みになっていたらしい。食欲もないので、最近気になっている本を探しに図書室に行くことにした。
散策すること数分、ようやく目的の本を見つけた。
本棚から取り出して読もうとするが、声をかけられる。
「怪人二十面相ですよね?」
思わず驚くが、すぐに切り替える。
「そうだが……って、椎名ひより。だったか?」
「知ってくれているんですね。それよりも、です。その本は今から読まれるのですか?」
「あぁ。昼休みは特にやることもないからな。そういうお前は何を読んでるんだ?」
「山月記です。滝谷くんは読んだことありますか?」
同じクラスではあるが、一言も喋ったことはない。なのに、お互い名前を知っている。当たり前だ、と言われたらそこまでかもしれないが、どうにも引っ掛かる。
「読んだことはないな。話の流れならなんとなく分かるが」
そう告げると、哀愁漂う表情をする椎名。
「そうですか。少し残念です。本は好きなのですか?」
「どちらとも言えないって感じだな。お前は見るからに本が好きそうだが、いつもここにいるのか?」
「昼休みは来ていますね。ここは落ち着くので」
なんかアレだな。会話がしづらいな。
そのやりとりを最後に、お互い本に集中する。
しばらく経って、席を立つ。
「もう行かれるんですか?」
「いざ読んだら急激に読む気が失せてしまったからな。寮で読まないと集中できない性質らしい」
「気分屋なんですね。滝谷くんは」
「間違ってはない」
「感想はどうでしたか?」
「……面白くはあった。じゃあな」
独特な雰囲気に俺は、逃げるようにして出ていった。
ある一室。そこでは、奇妙のメンツが揃っていた。
同じく珍しいと思ったのか、石崎が確認する。
「りゅ、龍園さん。なんかするんですか?」
「落ち着けよ、石崎」
「は、はい」
石崎が疑問に思うのも当然だろう。
この場には、比較的石崎と関わりがある人物が軒並み集まっている。
龍園やアルベルトは常にいるイメージだが、俺含めて近藤や小宮も呼ばれていた。当の本人達は、よく分かっていない様子。
「やっぱ気になりますよ龍園さん。なんでこの…………ゥッッッ」
「大人しく黙っていろ」
アルベルトが石崎の鳩尾に拳を叩き込む。石崎は立つことすらままならなかった。
近藤や小宮はいつ自分達に矛先が向くのか、気が気でなかった。
「……俺も石崎に同意なんだがな。いつ終わるんだ?これ」
「テメェも食らいたいのか?」
「誰がまともに受けたいと思うんだよ。もういいだろ。これ以上は無意味じゃないのか」
おそらく見せしめといったところか。成果を出せなかった場合はこれが行われる。どうせそんなことだろう。
「分かってんなら御託はいい。アルベルト、戻れ」
俺の目前まで迫っていたアルベルトが定位置に引く。
「近いうちDクラスに仕掛ける。お前らはアイツを挑発して黙って耐えていればいい」
石崎が動ける様子でもないので、俺が聞く。
「アイツって誰なんだ?聞く限り喧嘩っ早い奴なんだろうが。ってーーそういうことか」
単なる挑発かと思っていたが、ようやく山脇とアイツの騒ぎを理解した。聞かされるだけではその人物像はありきたりでしかないが、実際に目にしたのであればアイツなら簡単に行けるだろうと思わせられる。これから行うことに支障を起こしたくなかったのか。
「お前が考えている通り、狙いは須藤だ。少しの挑発でもアレは黙っちゃいられねぇよ」
「けどよ、アイツを狙ったところでなんか意味があるのかよ。だってDクラスだぜ?0ポイントの奴らを陥れても効果がないんじゃないのか?」
「確かにそうかもしれねぇなぁ近藤。だが俺の狙いはそこじゃねぇ。話は終わりだ。お前らは言われたことだけをやればいい。もししくじった時は……さっきの石崎のようになるだけだ」
「や、やればいいんだろやれば」
やりたくはなさそうだったが、目の前で見せられてしまった以上はやるしかないのだろう。
「場所はどうするんだ。白昼堂々やるってわけにもいないだろ?誰かに見られるのはもってのほかだ」
「特別棟だ。あそこには監視カメラがねぇ。テメェもどうせ知ってんだろ?」
「人気もすくねぇ。誰かが来てもあそこなら丸分かりだろうよ。万が一トラブルがあるかもしれねぇが、そんときはテメェがなんとかしろ。いいな?」
「できる範囲のことはするつもりだが、保証はできないぞ」
「好きにしろ」
龍園は話を切り上げ、アルベルト共に出ていった。
「チッ、なんなんだよアイツ。言いたいことだけ言いやがって」
「俺達は負けたんだろ?なら大人しく従うしかないだろ」
「それは分かってるけど……気に食わねぇってだけだ」
「そこまでにしとこうぜ。俺らがなにか言ったところでどうにもならねぇだろ」
近藤はまだ言いたりなさそうだったが、押し留まる。
「それより滝谷。お前は大丈夫なのかよ」
「なにがだ?」
「だってお前喧嘩得意じゃないんだろ?俺達は慣れてるから大丈夫だけどよ、マジの怪我するんじゃねぇのか」
「それも龍園の手の内だろ。俺が酷い有様だったら須藤は停学、もしくは退学もあり得るはずだ。問題があるのは俺自身だろうが、メリットになるのなら別にそれぐらいどうってことでもない」
俺はそれっぽい理由をつけて、石崎を納得させる。
「そ、そうか?ならいいんだが。お前ならいけそうだしいいってことにしとくか」
何がいいのかはハッキリしないが、とりあえず問題はなさそうだ。
数日後。実行の日がやってきた。
俺は石崎達より早い段階で、特別棟へと来ていた。
確かに特別棟に行ったことはある。そして監視カメラの有無も確認した。だが全体までは見ていなかったため、改めて確認しにきた。
とりあえず一周して完全にないことは分かった。教室に少しだけ入って、終わりにする。
「帰るか」
放課後になり、石崎達と一緒に特別棟へと向かっていく。
「なんか緊張してきたな」
石崎が一言を発する。
「あの場の方がきつかったって。なぁ小宮」
「言われた通りにするだけだろ、結局」
「そうかもしんねぇな」
そうこうしているうちに、須藤を呼びつけた場所へと着く。当の本人はまだいないようだ。
「なんだよ。ビビって逃げたのか?」
「そんなはずはねぇけど…………さっそく来たみたいだぞ」
……第三者の気配を感じる。
さっきはいなかったはずだ。
気配は感じるが、位置がハッキリとしない。
(どうしたものか)
考えては見るものの、須藤が目の前に立ったことで後回しにすることにした。
「こんな場所に呼んで何のつもりだ?」
「逃げなかっただけ偉いじゃねえか。須藤」
「あ?誰だテメェ」
「よく来たじゃねぇか、須藤。言いたいことは分かるよな?」
「……バスケのことだろ?いい加減認めろよ」
「俺達はお前みたいな奴を認めるわけにはいかねぇ。今日はそれをハッキリさせにきたってことだ」
「なにがいいてぇ」
「おいおい。まだ分かんねぇのかよ。とんだマヌケ野郎だなぁ?」
石崎が須藤を煽るが、以前とは違って冷静なようだ。
何かキッカケでもあったのかもしれないが、人の本質はそう簡単には変わらない。長くは持たなそうだと思い、傍観に徹する。
「言いたいことがあるならハッキリ言えよ」
「痛い目をみたくなかったら今すぐバスケを辞めろ」
「は?なんだそれ。辞めるわけねぇだろ」
「お前には辞める選択しかねぇってことわかんねぇのかよ。笑えてくるぜ」
「テメェが誰だか知らねぇが、部外者は引っ込んでろよ」
近藤に小宮が須藤と関わりがあったのは意外だな。口ぶりから察するに、前から揉めていたのか。龍園からは呼び出しのことしか聞かされていなかったため、本当にバスケを辞めてほしいのか、適当な理由付けなのかはイマイチ分からない。
「お前に拒否権はねぇよ。もし辞めないっていうんだったら……分かってるよな?」
石崎は拳をぶつける。
挑発って話だったはずなんだが、まぁそっちの方が手っ取り早いか。
「喧嘩がしてぇなら他所でやってろ。話は終わりだ」
「帰れると思ってんじゃねぇぞ!」
思ったより動きがない須藤に痺れを切らしたのか、石崎が須藤へと殴りかかる。肝心の須藤には効いてはいなさそうだった。
それを開戦と捉えたのか、本格的な殴り合いに発展する。
「上等だテメェら。かかってこいよ!」
俺はその間にも、今もなお潜んでいる奴を探していた。
(音が一つもなんねぇな。どこに潜んでーーーー)
そこで、人影が一瞬だけ映った。
「ク、クソが。タダじゃ済まさねぇぞ……」
「ハッ。口だけかよテメェ。これに懲りたら諦めろ」
須藤が石崎を弾き飛ばして、3対1となる。そこで次に近藤と小宮が動く。
だが、すぐにどちらも吹っ飛ばされていた。
俺はその間、頭をフルで回転していた。
階段の下に行く足音が聞こえた。おそらく今そこに、誰かがいる。狙いがイマイチ分からんな。なんだって俺達が来る前からいるんだ?
このことを須藤に言われて様子を確かめに来た?
……それはないか。こいつがそこまで予測できるわけがないだろうし、何よりこんな奴に付き添ってくる用心深い人物はそういない。
ますます意味が分からない。
考えれば考えるほど、ドツボにハマっていた。
(今はいる意味なんて考えてる暇はないか。理由なんてのは後回しだ。結果を考えろ)
まず潜んでいるのがDクラスやAクラスなら問題ない。だが、Bクラスとなると話は変わってくる。この後、おそらく教師もしくは生徒会が裁量を下すと考えれる。
そうなったとき、厄介なのがBクラスだ。Dクラスは同じクラスだから問題はない。Aクラスに関しても、俺達がどうなろうが関係がない。現時点でポイントを大幅に上回っている。わざわざ下位の奴らを気にする必要性がない。だが、Bクラスとなると話が変わる。
一ノ瀬穂波。後で知ったが、Bクラスのリーダー。あいつがリーダーの時点で、助け合いが当然のような雰囲気になっていると考えられる。とすると、間違いなく見たままを言うはずだ。もしこの場に潜んでいるのがBクラスなら、後々不利に強いられるのは確実だろう。
打てる手は打っている。けれど、微妙なラインだ。
(言われたからにはなんとかしたいんだが、状況が状況だ。気にしていても仕方ないか。……いっそ割り切ることにするか)
「これで終わりかよ。数を揃えれば勝てると思ったか?」
「待てよ、落ちこぼれ。お前にバスケなんて向いてねぇ。それを分からせてやる」
石崎達と同じように、愚直に殴り掛かってみる。
俺はただ須藤へと突進していき、飛んでくる拳を真っ向から受ける。
「……ッ!」
盛大に吹っ飛んで、動けなくなるーーフリをする。
「どいつもこいつ勢いだけかよ。つまんねぇ野郎どもが。二度とくだらねぇことほざくんじゃねぇぞ」
「精々自慢でもしておけよ。結果は目に見えてるぜ?」
「勝手に言ってろよ雑魚共が」
須藤は立ち去り、満身創痍(仮)の俺達が残っていた。
「後悔すんのはお前だっつ―のにな。ヘヘッ、ざまぁねぇぜ」
近藤と小宮は満足した様子。
「これで良かったのか?龍園さんが満足いかなかったら……気にしてもしゃあねぇか」
「……龍園がどうかは知らないが、俺は少なくとも問題ないと思う」
「じゃあ問題ねぇってことだな。早く出ようぜこんな場所。さっきから暑くて堪らなぇ」
近藤が出ていき、小宮もそれに続く。
「行かねぇのか、滝谷。先に行ってるぜ」
石崎が出ていったことで、俺一人が残された。
(すぐ目の前にいるのは分かってはいる。正体を知っていた方がいいのか……いや、今更か)
確認をするのであれば、さっきの段階でするべきだった。最も、そんなことをしてしまえば場は混乱していたと思うが。
陰でコソコソされるのは好きじゃないが、龍園からは好きにしろと言われている。放っておくことはできたが、それだと後々めんどくさいことになる。だから気にしていたものの、結局俺は静観を貫いた。後は龍園に任せることにしよう。
よくよく考えて見たが、Bクラスなら止めに入るか。実際の雰囲気が分からないために予想の域しかつかないが、そう気にすることでもなかったかもしれないな。
石崎達とは遅れて、この場を離れる。
俺は、流れに身を任せる選択をした。
他クラスの実態を少しぐらいは知っておかなければならない、そう考えを改めるのだった。
次から2巻の内容です。
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