不変か、転機の訪れか
7月1日。本来なら、クラスポイントに応じてプライベートポイントが毎月支給される手筈となっている。
残念なことに、俺達Dクラスはクラスポイントを0にしてしまった。よって、5月と6月ではプライベートポイントが支給されていなかった。
今月も貰えないのかと思っていたが、Dクラスの仲間達はどこか騒がしい様子だ。ようやくポイントが貰える、のか?
「俺たち今日も0ポイントなんすかー?あんまりっすよ」
「落ち着け、池。お前達は確かに、入学してから変化はしている。授業中の私語や、遅刻欠席も見られなくなった。お前達がこの2ヶ月の間頑張ったのは事実だろう。そして学校側はそれを評価している」
「えっとぉ……つまりどういうことっすか?佐枝ちゃん先生」
「見てもらった方が早いだろう。これが今月振り込まれるポイントだ」
茶柱先生は大きな紙を取り出し、黒板へと貼り付ける。俺達Dクラスのポイントは、確かに増加していた。
Aクラス 1004ポイント
Bクラス 656ポイント
Cクラス 510ポイント
Dクラス 87ポイント
「え、え?ふ、増えてる……増えてるんだよな!?」
池が中心となって、周りも騒ぎ始める。
「お前達にもようやくポイントが支給されるようになった。喜ばしいことではあると思うが、あくまでこのポイントは中間テストを乗り切った褒美、いうなれば初回特典のようなものだ。お前達のクラスポイントが上がっているように、他クラスもまた同じような額を貰っているということだ」
隣人の堀北を覗き見るが、他の生徒達のように喜びはせずに納得した様子を見せる。
「結局、今までと変わらないってことね……」
87ポイントとはいえ、クラスポイントが増えたのだから快挙だと思うが、堀北は表情一つすら変えない。
「そう悲観することでもないんじゃないか。未だに他クラスとのポイントの差は大きいが、ポイントの増え方が一番高いのは、どうやら俺達Dクラスのようだぞ」
「そうね。それに、得たこともあるわ。けれど、ポイントが振り込まれていないというのは不思議ね」
それは俺も気になっていたこと。何か特別な事情でもあったのだろうか。
「クラスポイントが87ならなんでポイントが振り込まれていないんですか。先生の話なら8700ポイント貰えるはずじゃ?」
「トラブルがあってな。Dクラスだけでなく、一年生全クラスのポイント支給が遅れている」
「そんなの知らないって先生。せめていつポイントが貰えるとかも分からないんすか?」
「これは学校側の問題だ。私個人ではどうにもできんし、知る由もない。大人しく待つことだ。それまでにポイントが残っているかは分からないがな」
何やら茶柱先生が意味深なことを言っているが、やはり何かあったと見るべきなのか。……山菜定食にも飽きてきたし、たまには刺激がほしいなぁ。
昼休みに入り、大方の生徒が昼食を済ませる。
そんな中、しばらくして須藤が茶柱先生に連れて行かれる。
「さっきの茶柱先生の発言。あなたはどう思うの?」
ポイントが残っているか、か。87ポイントとは言え、増えるのなら素直に嬉しい。それがなくなれば、また0ポイントか。ただのジョークであることを期待しよう。名付けて茶柱ジョーク。…………悲しくなってきたな。
「どう思うも何も、学校側の問題なら俺達は待つことしかできないだろ」
「そうだといいのだけれど。須藤くんが連れて行かれたこと……本当に学校側の問題なのか、少し疑問だわ」
茶柱先生のあの発言に加えて、須藤が連れて行かれた。そこに関連性があると思うのはおかしいことではないと思うが……心配しすぎなだけであってほしいな。
しばらくして寮に戻る。
さっきの話だが…………嫌な予感は、的中していた。
須藤と櫛田が俺の部屋に集まる。須藤によると、Cクラスの生徒に殴られたから殴り返した。そのことで停学になると言われたので、俺に助けを求めてきたという。
「ってことだぜ綾小路……なんとかならねぇのか?」
「来週の火曜日までに向こうが仕掛けてきたことを証明するのは正直厳しいな」
須藤は正当防衛だと主張したいようだが、事はそう単純ではない。
「須藤が相手を殴り相手は殴れなかった。その部分は大きいと思う。どんな状況だったにせよ、だ」
「ならどうすりゃいいんだよ!このまま訴えまで待つことなんてできねぇ」
「そうなってくると確実な証拠が必要だ。写真や録音、もしくはその場を見たっていう情報を探すしかないだろう」
「もし確実な証拠があるなら嬉しいけど……タイミングよくその場に居合わせ人なんているのかな?」
「そんなのあるわけ……」
「いや、待てよ。あのとき、誰かの気配を感じた気がするんだよな……気のせいかもしんねぇけどよ」
「あの場に誰かがいたってことなのかな?」
「分かんねぇって。けど、今はそれを確かめるしか方法はねぇよな」
目撃者がいるかもしれない。一見すると須藤が有利になるように思えるかもしれないが、タイミングによって変わる。どちらにせよ、今は情報を集めていくしかないだろう。
翌日。俺達は現場の目撃者を探しに、Bクラスの教室へと来ていた。
さっそく櫛田はBクラスに入り、あっという間に馴染んでいく。毎度のことながら、櫛田のコミュニケーション能力の高さには羨ましく思う。
とてもだが、俺は教室に入れそうにない。入り口にいるだけでも、ソワソワしてしまっている。教室に入ってしまったら最後、俺は地蔵のように固まってしまう。それだけは避けなければならない。
櫛田から成果を聞いてみるものの、結局情報は得られなかった。ただ、悪いことばかりでもない。以前図書館で仲裁をしてくれた一ノ瀬が、Bクラス全体で俺達Dクラスに協力したいとのこと。
俺達だけで協力の提案を受け入れるわけにもいかない。それに、普通は裏があると考える。善意で行動していそうではあるが、完全に信用することまではできない。
俺に決定権はないため、一度教室へと戻ることにする。
「ということなんだが、堀北はどう思う」
「……なぜ私なのかしら。平田くんや、その場にいた櫛田さんにでも許可を取れば良かったじゃない」
「平田や櫛田だとすぐに了承するだろ。冷静に物事を考えれるお前に頼みたい、ってことだ」
「分かったわ。このままだと埓があかないでしょうしね。……協力してもらいましょう、綾小路くん」
俺としても、協力の提案を受け入れた方がいいと考えていた。仮に一ノ瀬が意図して協力したいと考えていたとしても、人数が多いに越したことはない。
「それで、今からBクラスに行くのかしら」
「あらかじめ一ノ瀬と連絡先を交換しておいた。結果が決まったら連絡しておいてくれとさ」
「早めに連絡しておいてくれる?私も気になることがあるもの」
「あぁ。すぐにでも連絡しておく」
一ノ瀬、と書かれた名前にメールを送る。
返事はすぐに返ってきて、明日から本格的に行動に移してくれるようだ。
少しずつだが、連絡先も増えてきた。その中には、女子の名前もある。
遂にモテ期が来たのかもな。
「あなた今……凄くくだらないことを考えなかった?」
堀北から冷たい目で見つめられた俺は、明後日の方向を見つめる。
__________
Dクラスが目撃者探しを始めている頃、Cクラスに動きはあったのか。否、クラス全体に動きは見られなかった。少なくとも、表向きには。
俺はというと、他クラスの偵察をしていた。
それぞれAから順に回っていき、内情がどんなものなのかじっくりと見ていた。
結果としては、Aはカーテンのようにクラスが2つに分かれ、Bクラスに関しては予想通り。Dクラスはまだ見れてはいないが、予想はつく。
偵察のため時間をかけるつもりはなかったのだが、Bクラスの教室を見ていたときにDクラスの生徒がいたのが目に入った。俺達が起こした問題の情報を集めているんだろうが、はたして意味はあるのか。
俺が考えるに、今後の展開でCクラスが負ける可能性は低いと思われる。懸念点はBクラスに見ていた奴がいた時だが、それに関しては一応手は打ってはいる。受け入れてくれる奴がいるかどうかは分からない。DクラスがBクラスに聞いている感じからすると、あの場にいたのはBクラスじゃなさそうだが。
とにかく、普通にやっていれば問題はないはずだ。…………普通にやっていれば、な。
「そこで何してるのかな?」
声をかけられ、意識をハッとさせる。
「一ノ瀬か。別に何もしてない。単純にBクラスの雰囲気が気になったから来ただけだ」
「その割には長いこといたよね?気になっただけなら、長居する必要はないと思うな」
少し前から視線を感じていたが、気にするほどのことでもないと放置していた。
「途中で目的が変わった。それだけのことだ」
「目的?それってもしかして……Dクラスのこと、じゃないかな?」
「来た理由はただの興味本位。それ以上でもそれ以下でもない。そもそも、なぜDクラスの話になるんだ?」
「あれ?ホームルームで伝達されなかった?DクラスとCクラスの問題で、ポイントの支給が遅くなるって」
俺がCクラスとDクラスに関与していると思ったのではなく、純粋に気にしているだけだろうか。そういうわけでもなさそうに見えるが。
「滝谷くんはCクラスだよね。Dクラスについて何か知ってることとかないかな?」
一ノ瀬がDクラスを気にしているのは謎だな。わざわざ他クラスが自ら情報を探しに行く理由もないだろうし、何かしらがあったと見るべきか。
「知ってるも何も、俺は当事者だぞ」
「えぇ?そうなんだね。じゃあ、何が起きたか知ってるってことかな?」
「もちろん知っている。だが仮に知っていたとしても、他クラスには関係ないだろ?」
「そんなことはないと思うよ?もしかしたら困ってるかもしれないしね」
なるほど。ただの善意による行動なのか?だとしたら…………反吐が出る。
「さっきDクラスには聞いたんだけど、よかったらCクラスの話も聞かせてくれないかな?」
「大まかでいいか」
「うん。全然オッケーだよ」
俺は特別棟で起きたことの一部を捏造して、あたかも須藤が理不尽に暴力を振るってきたと述べた。
「Dクラスの言ってることと真逆だね。うーん、どっちが正しいのかな?」
「もちろん俺達ではあるが、先にDクラスから聞いてるんだよな?お前はどっちの立場なんだ」
「ありゃ。そ、そうなるよねー。今回の件は、Dクラスに協力を頼まれたから……Dクラスになるのかな」
Dクラスに協力を頼まれたとなると……それこそCクラスの俺に聞く意味が分からないな。普通は知っていようがいなかろうが、聞いたところで何も得ることはできないと考える。こいつがそこまで頭が回っていない奴だとは思えないし、やはり個人的な狙いでもあるのだろうか。
「最後に聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「問題ない」
「ごめんね。時間を取らせちゃって。話は変わるんだけど、前に呼び留められた時に暴力は嫌いって言ってたよね。それって本当だったのかなぁーって」
「嫌いではある。それがどうかしたか?」
「やっぱりなんでもない!少し気になったから聞いてみただけ。私はこれからやることが……『ちょっといいか』どうかしたの?」
教室に入ろうとする一ノ瀬を制し、横で立ち止まる。
「さっき言ったことは訂正しておく。お前だけに言っておくが、あの件は全てCクラスが計画したことだ。Dクラスに協力するようなら、いろいろ試行錯誤すればいい」
「……んーと?」
一ノ瀬は固まって微動だにしない。
体感10秒ほど経ったあたりで、ようやく動き出す。
「Cクラスが起こした問題って認めるってこと?それを私だけに言うのはどうして、かな?」
「さぁな。理由が必要か?仮にあったとしても、それをお前に言う義理はないがな」
困惑した表情で見つめる一ノ瀬に背を向けながら、Bクラスを去っていく。
自クラスに戻り、放課後になる。
生徒達がそれぞれ立ち、教室を出ていく。俺も出ようとするが、石崎から声をかけられる。
「な、なぁ。大丈夫なのかよ俺達」
「須藤の件か?……今更だと思うが」
「そりゃそうなんだけどよ。龍園さんからは言われた通りにしろってことだったけど、もし俺達がやったってことがバレたら……殴られるだけじゃすまねぇよなぁ」
審議の結果に疑問を抱いているのかと思ったが、どうやら龍園による制裁を気にしているようだ。
「その時は甘んじて受け入れるしかないんじゃないか。最も、そんな状況にはならないと思うけどな」
「だといいんだがよぉ……さっき学食に行くときに、DクラスとBクラスの奴らの話が聞こえてきたんだよな」
「どんな内容だったんだ?」
「確か目撃した奴?を見つけてるって言ってたぜ。それが本当だとしたら、ヤバいんじゃねぇのか?」
このタイミングで聞いてきたのは、そういう経緯から不利になると考えたからか。それでも、龍園からの制裁を真っ先に思いついているのは石崎らしいが。
「そんなに不安なのか?」
「龍園さんは怖ぇけど、そういう訳でもないんだよな。なんつーか……このまま何もしなくていいのかって」
「そう言ってる割には放課後遊び放題してたような気がしていたんだが、それはどうなんだ?」
中間テストが終わって以来、石崎達が遊び放題しているのは知っていた。何より当の本人に聞かされていたし、俺も誘われたことがある。
「そ、それとこれとは別って言うだろ?滝谷はどうなんだよ。何も思わねーのかよ」
「この件に関してそこまで深く考える必要はないと思うが。それでも気にしているなら……念のため、事前に特別棟にある仕掛けをしておいたが、それでも見るか?」
「な、なんだよ仕掛けって。見せるもの……ていうか、いつの間にそんなことしてたのかよ」
そこで俺は、石崎にある写真を見せる。
「……写真だよな、これ」
それには、俺自身が殴られる瞬間が映っている。
石崎達と特別棟へと行く前に、教室から見える形で撮れるようにタイマー式カメラを置いていた。
場所に関してはどの場所に呼び出すのかを聞いて。タイミングは、動画にしておけばなんとでもなる。問題はそれを任せることができる人物が少ないことだが。
「どうやって撮ったんだよ……もしかしてお前が誰かに頼んだのか?」
「全部自分でやったことだ。それよりも、その写真は使いたいか?」
「そりゃそうだろ。使わないならなんで撮ったんだよ」
「……それを証言してくれる奴はいるのか。俺は状況が危なくなったら使おうと考えていたんだが」
「金田あたりに頼めばいけるって。お前も知ってるよな」
「そういうことじゃないんだが……まぁいいか」
本来は他クラスにどうにかして協力してもらおうと考えていたが、そんなに変わらないか。
「何にせよ、今俺達が出来ることは相手の出方を警戒するだけだ。相手が不利な以上、何もしてこないとは考えにくいだろうからな」
「よくわかんねぇけど、俺は金田に頼んでくるぜ」
石崎が教室から出ていく。
真意はともかく、俺が須藤に殴られているのは事実だ。Cクラスから情報を出すなら、そこを重点的に責めるべきか。結局、あの場にいた奴は分からず仕舞いだったが……すぐに分かるか。
一ノ瀬にもある程度印象つけただろうし、やるべきことはやった。CクラスとDクラス。訴えが成立しようがしなかろうが、俺のスタンスは変わらない。
審議は明後日。どんな展開になるのやら。