TS転生した元おじさん一般村娘。将来結婚相手になるだろうからと優しく接していた幼馴染が村を出た。そして十年後、立派になりすぎて帰ってきた。 作:突発性でべそ症候群
おじさんはおじさんではなくなってしまった。
何を言っているのかわからないと思うが、いわゆる転生という奴を果たしたらしい。
よくはまあ覚えていないけれども、死んでしまったものは仕方がない。
おじさんは前世で学んだのだ。人生において、諦めと妥協が肝心なのだと。
そんなおじさんが転生したのは、森に囲まれた素朴な村の村長の家。一人娘として、育てられてきました。
村長の一人娘ということで、将来的には婿を取って村の存続をさせるのが役目となっております。
うーん、妊娠と出産かぁ。大変そうだよね。
でも、おじさんが拒んだら村の人たち全員が困ってしまう。だから、受け入れるしかない。
まあ、そんな人生を受け入れられたのは四歳のころ。
今は六歳なので、二年前のことだ。
現実を受け入れたおじさんにできることは、せめて将来婿になるであろう子といい関係を築くことである。
狭い村なので、ちょうど同じ年に生まれた男の子とくっつくことになる、と思う。
幸いなことに、おじさんはおじさんであったが故に、少年心に理解があるおじさんである。
彼と打ち解けるのは何ともないことであった。
「こんにちは。今日も頑張ってるね」
「……おう」
……うんうん、今日も不愛想だね。おんなじ村の同年代なんだから仲良くしようよ~。
とは言っても、これでも打ち解けた方である。
最初の方――二年前はそもそも返事すらしてもらえなかった。
「今日も素振り?」
「……ああ」
この口数が少ない気難しい少年はダイナと言う。
少年らしく、この子自体は村を出ていくつもりでいる。
名の馳せた剣士になるのを夢見ているのだとか。周りの大人たちからは無理だと馬鹿にされてしまっている。
私としても、村を出て行かれると非常に困る。だって、年が近いのはこの子ぐらいなのだ。
もしもダイナ君がいなくなれば、近くの村から入り婿を取らないといけない。
同じ村の人と、近くの村の人とでは勝手が違う。
村のために受け入れる覚悟をしているとは言え、あまり詳しく知らない人と結婚は嫌だなぁ。
せめて大事にしてくれる人と結婚したい。
なので、彼と仲良くなりたいと思い、二年間からアプローチしているわけだ。
「…………」
「…………」
ひたすらに木の棒で素振りをするダイナ君と、それを近くで座って見守る私ことおじさん。
もはや、この村の日常風景となっていた。
村の人たちもまたやってるなぁぐらいで、生暖かい目で見てくれている。
何が楽しいのかわからないとも思われてそう。おじさんも楽しいわけではない。
ただ、こういう子とは一緒にいる時間の長さが大切だと思うのだ。
おじさんは前世で気難しい子と何回か相対したことがある。
そういった時、細かく気にかけてあげるのも悪手だし、かといって完全に放置するのも悪手なのだ。必要なのは、向こうが必要としたときに助けてあげること、そして助けてあげられるように準備しておくこと。
今は、ほら、暇だよアピールでいつでも話しかけていいよって示してる。
会話は一切起こらないけれども。
「村を出るって言ってたけれど、どこか行く当てはあるの?」
時折、こうやっておじさんの方から話題を振ることもある。差し入れとかも。
決まって、ダイナ君の手が止まった時や、集中力が途切れた時に、だ。
邪魔するのではなく、息抜きさせてあげる。そして、それを悟らせない。
おじさんが社会で身に着けた処世術なのだ。
「……当ては、ある。父さんが昔、冒険者をやっていた」
「へぇ、冒険者。いろんなところ旅してたって聞いてたけれど、そうなんだねぇ」
彼の父親がこの村の村娘であった彼の母に一目ぼれしたことで、家族として村に居ついたと聞いている。
その前は本人から色んなところを旅していた話を聞いていたけれど、冒険者だったとは。
冒険者って言うのは、まあ色んなところを旅したり、危険な害獣を駆除したり、なんでも屋さんだ。山賊退治とかで、この村にもちょくちょく来てくれていたりする。
「その時の父さんの仲間が、騎士をしている。その人に、弟子入りしに行く」
これまた凄い。騎士は立派な爵位で、国から功績を認められた人が手に入れられるのだ。
つまるところ、現実的な範囲で平民からなれる最高の貴族位と言っても過言ではない。それ以上の男爵位だと、大量のお金か戦争での栄光が必要になってくる。
「立派だねぇ」
おじさんとしては困るけれど、これほどまでに将来設計を考えている若者を止めるのは酷だろう。
最近は、もう彼の事を応援する方向へ考えが変わってきていた。
諦めが肝心なのだ。まあ、隣村との交流を増やせばいいだけだから、そんな致命的な問題になるわけではない。
「……お前は、笑わないんだよな」
「笑わないよぉ。だって、本気じゃなかったら何年も訓練なんてできないでしょ?」
そう、何年も彼の努力を目の前で見てきた人間として、応援したくなってしまったのだ。
これが人の情というもの。おじさんは村の跡継ぎを産むという役目があるけれど、彼の未来は自由なのだ。
定められた役目もなく、成し遂げたい夢があり、それに奔走する人をどうして止められようか。止められるはずがない。
「見てきたからね。ずっと、二年間も、すぐ側で」
「…………」
あれぇ、おじさん変な事言ってしまったかな。
また木の棒で素振りに戻ってしまった。
どこが悪かったのかなと、反省会しつつ、また見守る。
そうして、日が暮れ始めてきた頃合いだった。
そろそろ家に帰って準備をしなければと思い、ゆっくりと腰を持ち上げる。
あいたたた、ずっと座ってたから体が強張っちゃってるよ。
前世よりかはマシだけれど。
「それじゃ、また――」
「なあ」
また明日。その言葉に被せるように、ダイナ君が話しかけてきた。
おじさんが知る限り、彼が話しかけてきたのはこれが初めてだった気がする。
「ん、なあに?」
「……少し、ついてきてくれないか」
おやおやおやおや?
これは一体?
「どこか行きたいところがあるの?」
黙って頷かれた。
これは……大人を呼んだ方がいいのかな? でもそういう雰囲気じゃなさそう。
うーん。うーん。
「わかった。連れてって」
ここは、一緒に行っておこう。
普段何も要求してこない子が何かをお願いするときは、きっと勇気を出したときだ。
成功体験が重要。この子の今後のために、コミュニケーションで積極的になれるように受け入れましょう。
「ん」
「ん?」
「ん」
ん。と言われて、手を差し出される。
掴めと? ちょっとそれは急接近しすぎなのでは?
まあ、言われた通りに手を差し出します。
すると、力強く引っ張られる。わあ。
森の中へと進んでいくおじさんら二人。
普段村のみんなには、森の中には入らないように言われている。
森の中には危険な魔物がいて、危ないからと。
今からでも止めようか迷った。
でも、この子の意思を、行動を否定したくなかった。
――おじさんの甘さが招いた大きな過ちだった。
「……わぁ、綺麗」
崖の上から見える夕焼けが、非常に美しい場所だった。
緑生い茂る木々の上に、山の向こうに隠れようとしている赤い円が空を紅に染めている。
村の近くにこんな場所があるなんて知らなかった。
「……もう少しで村を出るつもりなんだ」
「そうなの?」
「ああ。次の行商で村を出る」
だから、これでお別れだと。そう、彼は言った。
「……そっか。そうなんだ」
――うん、やっぱり引き留めることなんてできないな。
こんな決意を決めた表情、引き留めることなんてできないよ。
苦労はおじさんがすればいいさ。おじさんが楽をするためにこの子に苦を背負わせてはいけない。
「また会えるかな?」
「……いつか、立派になったら帰ってくる」
「そっか。楽しみにしてるね」
その時には、もうおじさんは結婚していることだろうけれども。
彼は自由だから。この村に縛られている私と違って。
二人でしばらくの間、夕焼けを眺めていた。
これ以上一言も交わさず。ただ、ただ手を繋いで、二人で。
しばらく時間が経って暗くなり始めた頃。
そろそろ帰ろうか。そんなことを言い出そうとしたときに、異変に気が付いた。
「ダイナ君」
「……俺の、後ろに」
おじさんたちが来た方角、森の方に狼の群れ。いつの間にかに、取り囲まれてしまっていたらしい。
暗闇に光る赤色の瞳が、お前らは逃さないと叫んでいる。
どうする? 逃げ場は、ない。後ろは崖。前には狼。挟み撃ちだ。
ああ、やっぱり言いつけを守るべきだったのだ。
これは、止めなかったおじさんの罪だ。
「ダイナ君」
「俺が何とかする、だから――」
「ごめんね」
「何を――」
この狼の数、ダイナ君じゃとてもじゃないけれど何とかできない。
このままでは、二人とも食べられて死ぬだけだ。
だから、こうするしかない。
そっと、後ろからダイナ君を抱きかかえて、崖を飛び降りる。
下には木々が茂っている。それらがクッションになって、落下の衝撃を和らげてくれることを祈るしかない。
ぎゅっと、自分の体を下にして、ダイナ君の頭を抱えて守る。
バキリベキリと枝が折れ、それでも必死に彼を守る。
どさりと地面に落ちた時、おじさんたちはそれでも無事に呼吸ができていた。
「おい、いきなりっ――!」
おじさんの腕の中から解放されたダイナ君が文句を言おうとする。
ああ、良かった。目立った傷はなさそうだね。本当に、良かった。
「おい! 大丈夫か、おい!」
視界がぼやける。
うっすらと視界の右端には、太い木の枝が空に向かって生えてるように見えた。
軽く顔を動かして確認すれば、その木の枝は、私の右肩から生えているようだった。
いや、貫かれてるのかな? じわりじわりと痛みが湧いて出てくる。
「待ってろ、くそ、今すぐ抜いて」
「ダメ。抜くと、血が」
ああ、駄目だ。意識が保てない。
薄れゆく意識の中で、最低限の注意をする。こういう時刺さった異物を抜くと、出血で死ぬ可能性の方が高くなってしまう。
崖の上の狼はどうなっただろうか。今なら、ダイナ君だけなら逃げられるだろうか。
「……夕日、綺麗だったよ」
「ふざけるな! ふざけるな!」
べきりと鈍い音が響く。おじさんの肩に刺さっていた木の枝の先端をへし折っていた。
そのまま、ダイナ君はおじさんを背負う。
「約束しただろ。立派になって戻ってくるって。なんで、なんで……っ」
「そりゃあ、おじさんよりもダイナ君の方が大切だからだよ」
「もう喋るな!」
ああ、怒鳴られちゃった。
段々と眠気に抗えなくなってきた。
揺られる背中の上で、鈍痛に苛まれながら、おじさんはゆっくりと意識を手放していった。
色々と言いたいことはあったけれど、ああ、怒らせてしまったから。
ごめんよ。と、心の中でつぶやいた。
――後日談になるけれども、無事に私たちは生きて村に帰ってこられたらしい。
ただ、おじさんは何日も気絶していたらしく。
目覚めた時には、ダイナ君はもう、村を旅立った後だった。
それから十年間。おじさんと彼が会うことは、一度もなかった。