TS転生した元おじさん一般村娘。将来結婚相手になるだろうからと優しく接していた幼馴染が村を出た。そして十年後、立派になりすぎて帰ってきた。 作:突発性でべそ症候群
その日の夜の天気はやや曇り。月明りが雲間から射す、暗い夜だった。
一つの人影が、イチノシ村の中を動いている。
彼は周囲の様子を伺いながら、村の出入り口へと向かっていた。
村の見回りも、事前に聞いていた。だから、彼の行動は成功するはずだった。
――おじさんが、ダイナ君の案を受け入れていなければ。
「――どこへ行くつもりだ?」
「っ!?」
ちょうど、出入り口に差し掛かったところで、外からダイナ君が彼を引き留める。
暗闇の中、彼の表情はわからない。
でも、きっと怖がってるだろうなと想像はつく。
そうだよね――ヒッポ君。
「……まさか、本当に起こるとはね」
「おいおい。じゃあダイナの言うことが正しかったってのか?」
ダイナ君が引き留めている間に、隠れていた村の人たちが姿を現す。
もちろん、その中にはおじさんもいる。
「ヒッポ君……」
「あっ、カメリア、さん」
こちらを向いた彼は、何か必死に言い訳を探そうとしている。
けれども、もう遅い。遅いんだよ、ヒッポ君。
とても、悲しいけれど。
ダイナ君が語った案はこうだった。
ヒッポ君が手ごまなら、イレギュラーが起きた時の伝令役も兼ねているはずだと。
そして、ダイナ君はほんの数日前に村に到着したばかり。
それまでの交流で、彼の存在は知られていない。
もしも賊の手ごまであるならば、人目に付かないようにダイナ君の存在を報告に行くだろう、と。
同時に、その素振りを一切見せなければヒッポ君は白の可能性があるとも。
もっとも、ダイナ君は確信していた様子ではあったけれど。
「聞いてください! これは――」
ああ、そうだろうね。
ヒッポ君から見れば、この中で一番聞く耳を持ってくれそうなのはおじさんだ。
当然だよね。おじさんからすれば、喉から手が出るほど手に入れたい結婚相手なんだから。
それでも、おじさんはそっと首を横に振って拒絶の意思を示す。
彼の絶望の表情が、暗闇にうっすらを見える。
「ううん。大丈夫」
本当に悲しい。
結婚相手がとかではなく、純粋に。
十四歳という若い子が、何年前からかはわからないけれど。
盗賊に脅されて、肉親から引きはがされて、怯える日々を過ごしていたという事実が。
「全部、分かっているから」
おじさんの一言にヒッポ君の体から力が抜け落ちていく。
そっと、ダイナ君が近づいて形だけ取り押さえるような動きを見せるけれども、実際には殆ど力を入れていなさそうだ。
「……で、どうする?」
村の誰かが、声を上げた。
「どうするって言ったって、放っておくわけにもいかんだろう」
「閉じ込めておくか?」
「――殺すのが早いんじゃないか」
これもまた、誰かが言った。
「こいつがカメリアちゃんを連れ出さなければ、ダンギさんを恐れて手を出せないんだろ? なら、こいつが死んだって示せば、終わる話なんじゃないか?」
「サンダク村からの来客扱いだぞ? 向こうへの説明はどうする」
「そりゃあ……食糧庫へ火をつけようとしたとか、後は正直に話すとかだな」
「良好な関係を築けているのを崩すのはなぁ」
「じゃあサンダク村に戻すのか? それは流石に反対だぞ」
議論が紛糾する。
あちらこちらから様々な意見が飛び交っている。
どれもこれも、村の事を思っての発言だ。
でも、誰一人としてヒッポ君の事は考えてない。
当たり前だ。みんなにとって、彼は外敵になってしまったのだから。
「生かしておいて、サンダク村に害が及ぶ方が問題だろ」
「それは確かにそうだ」
「詫びの品を幾つか包めばいいだろ」
「うーむ。まあそれが良さそうか」
やがて、議論は一本筋へとまとまっていく。
――ヒッポ君を殺してしまおうと。
心臓の鼓動がうるさいぐらいに響いてる。
今、おじさんの目の前で、若い子が殺されようとしている。おじさんは彼を見殺しにしようとしている。
理性ではわかってる。みんなが正しい。村を守るために最善なのは、きっとヒッポ君を殺してしまうことなのだ。
でも、本当にヒッポ君は悪いことをしたのかな。
おじさんだって、お父さんを人質に取られたら、逆らえないかもしれない。
何か一つが掛け違えば、おじさんと彼の立場は逆だったかもしれない。
それでも、彼はおじさんではないし、おじさんは彼ではない。
そう言われてしまえば、終わる話だ。
理性ではわかっている。これは、意味のない考えだと。
いつも通り、割り切ろう。諦めてしまおう。
そうすれば、楽だから。
「――待って!」
その場の注目が、一斉におじさんへと集まる。
村の人たちはもちろん。ヒッポ君も、ダイナ君も。
この場の誰も彼もが、おじさんを見ている。
呼吸が上手くできない。
どうしておじさんは声を上げた? おじさんにできることは何もない。
言うべきだ。ごめん、やっぱり何でもないって。
いつも通り、みんなのためを考えて――。
『余裕がなくなっていた私は、お前に夢を見続けることを許してあげられなかった』
耳の奥に、お父さんの声がよみがえる。
『何歳になろうと、どれだけ大きくなろうと――親にとって、子供は子供なんだよ』
お父さん。苦しそうにしてたお父さん。
おじさんが、自分を抑えて、それが辛そうだったお父さん。
我儘を言うことが、一体何になるというの?
諦めた方がいいじゃない。自分を押さえつけて、みんなの事を考えて。
それで丸く収まるなら、やっぱりそれが一番いいんだよ。
どうしようか迷った視線は、ふと一点を捉えた。
――ダイナ君だけは、じっと、真剣な瞳で、おじさんを見ていた。
『お前が悪人ではない、というのなら俺は信じる』
他の人たちは、なんだろうと様子を伺っているだけなのに。
彼だけは、おじさんの心の内を覗いているような、そんな気がした。
そっと、後ろを見る。
すぐ後ろにいるお父さんを見れば、全く同じ目をしていた。
好きにすればいい。そう、そっと背中を押すような。
ぐっと唇を結ぶ。
理性が叫ぶ。感情が叫ぶ。まったく正反対の答えを、それぞれが。
そして、おじさんは――。
「殺す、必要はないんじゃないかな」
――ああ、口にしてしまった。
おじさんの声と共にどよめきが広がる。
「カメリアちゃん。それはどういうことだい?」
考えろ、考えろ考えろ考えろ。
なんでもないって濁して笑わないのなら、周りに流されないのなら。
じゃあ、おじさんが何とかできる案を考えるしかないじゃないか。
それが、口を出した責任というものだから。
「あと、えっと」
ダイナ君の言ってたことを考えろ。
ヒッポ君の境遇を考えろ。
なんでもいい。なんでもいいから考えろ。
だって、諦めたくなかったんだから。
「……ダイナ君、が言う通りなら。村の外には、盗賊の仲間がいるはずだよね」
「だろうな」
「じゃあ、さ。その人を使って、盗賊の人たちのアジトを暴けないかな」
問題点は、盗賊たちとヒッポ君が繋がっていることなんだ。
だから、ヒッポ君を殺すことで、盗賊とのつながりを無くそうとしている。
逆に、盗賊たちを何とかできれば、ヒッポ君を救えるんじゃないかって。
「……方法はどうするんだ?」
「それは――」
アジトの場所を話してもらう? 交渉できるような相手ではない。
じゃあ、捕まえて質問して……最初にバレて逃げられたら終わりなのにどうやって捕まえるの?
「――案内、してもらえないかな」
「はあ?」
複数人が、疑問の声を上げた。
そりゃそうだ、おじさんだってわけわからない。
素直に案内なんてしてもらえるはずがないんだから。
……あっ、でも、この方法なら。
ごくりと唾を飲み込む。
思いついた。思いついたけれど、実際に上手くいくかはわからない。
だって、おじさんの力じゃどうにもならない。
最終的な部分は人任せだ。
彼ができないって言えば、それで終わり。
……なら、せめて言い切ってから。
無理だって言われてから、諦めても遅くはないんじゃないかな?
「……ヒッポ君には、予定通り、ダイナ君の事を伝えに行ってもらいます」
「おいおい! 開放しろっていうのかよ! せっかく捕まえたのに!」
「そうすれば!」
意図的に声を荒げて、発言権を引っ張り込む。
おじさんはこういうのが苦手なんだ。
でも、どうすれば会話のイニシアチブを握れるかは知っている。
やるしかないんだから、苦手でもやらないと。
これまでと同じだ。やるべきことを、やろう。
「間違いなく、その待機している人は、アジトへ向かいます。きっと、盗賊の親玉に、情報を伝えに行くはずです」
そして、親玉がいるということは――そこが彼らのアジトだ。
「ヒッポ君に、伝令をさせて。相手を追いかければ、盗賊たちの根城が分かります。そこを叩けば――盗賊たちを、何とかできます」
これが、おじさんが何とか引きずりだした、最大限のアイデアだ。
場を沈黙が包み込む。みんな考えている。
おじさんの言うことが正しいか、実現可能か。
「……カメリアちゃんの話は分かった。でもよぉこいつを殺す方が簡単なんじゃないか?」
「盗賊どもを退治するよりかは、確かに、そうだよな」
……ああ、足りなかった。
それは、その通りなのだ。
ヒッポ君をこの場で殺せばすぐ終わる話なのに、不確定要素が多く危険な要素も多い作戦を実行する必要はない。
思わず、下を向いてぎゅっと目を瞑る。
悔しい。おじさんは、やっぱり無力だ。
「――いや、考慮する価値はある」
声が、上がった。
顔を上げる。そこにいたのは、ダンギさんだった。
「ダンギさん。どういうことですか?」
「こいつを殺したところで、盗賊たちが俺らの村に目をつけてるって言う潜在的脅威は変わらねぇ。なら、根本を潰してしまおうってのは、理に適っている」
確かに。おじさんはそこまで考えていなかったけれど、それはそうだ。
これは乗っかかるしかない。
「ヒッポ君の役目が私を攫う事なら、今後私は村の外に出るたびに狙われる危険性に晒されます」
「だな。お嬢さんの自由を奪うことになる。お前らもそれは望むところじゃねぇだろ?」
「それは……そうだけどよぉ」
空気の流れが変わった。
これは畳みかけるべき流れだ。
みんなが、聞く気になっているうちに。
「幸いにも、今この村には二人の強い戦士がいます」
「俺と――ま、そこの馬鹿だな」
「馬鹿じゃない」
「黙れ馬鹿」
そう、ダイナ君とダンギさんが村に揃ってる。
この偶然を、好機と見なくてどうするか。
「とはいっても、俺は村の守りをしないとだな」
「えっ」
「だから――おい、ダイナ。お前一人でお嬢さんの案を使って盗賊どもとっちめてこい」
――え?
おじさんとしては、ダイナ君とダンギさんの二人なら何とかなるかなと思っていた。
もちろん、二人が無理と判断すれば、頑張って村の人たちも説得するつもりだった。
なのに、ダンギさんはダイナ君一人にやらせようとしている。
「それともなんだ? たかが盗賊の三十や四十、どうってことないだろ?」
いやいやいや、普通に考えたら無理だよね?
一人でどうにかできる量を越えてるよね?
ダイナ君へ視線を向ける。
夜闇に慣れてきた目は、ダイナ君の表情をはっきりと見ることができた。
「何をふざけたことを――百いようと余裕だ」
いつも通りの、何事もないという顔で。
彼は、断言した。