TS転生した元おじさん一般村娘。将来結婚相手になるだろうからと優しく接していた幼馴染が村を出た。そして十年後、立派になりすぎて帰ってきた。   作:パンデュ郞

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第10話

 おじさんはとてももやもやしている。

 そう、嫌な気分になっている。

 なぜ嫌な気分になっているのか。

 それは、きっと誰も悪くないからだ。

 

 ヒッポ君は人を殺せるような人じゃない。見れば分かる。

 演技だとしても、おじさんが腕を引っ張った時の軽さを考えれば、簡単に人を殺せるような筋力はない。

 ダイナ君はおじさんに嘘を吐くような人じゃない。

 だから、きっとあの発言は本気で言ってる。

 

 ダイナ君が勘違いしている?

 その可能性も考えたけれど、あの目は本気だった。

 彼は冗談ができるような人間じゃない。

 だからと言って、初対面の人に剣を向けないでほしい。それは後で怒る。

 

 うーん。うぅ~ん。

 よし、こういう時は早々に疑問を解決するに限る。

 じゃあ聞いて正直に答えてくれそうなのはどっち?

 ヒッポ君はあの怯えようじゃ無理だと思う。なら、ダイナ君だ。

 

 その前に、ヒッポ君へ必要な情報は伝えておかないと。

 というわけで少し急ぎ足で家の間取りの案内をした。

 

「――って感じの間取りになってて、ここがヒッポ君の部屋ね」

「う、うん」

「歩いてきて疲れてると思うから、ゆっくり休んでね! 私は少し外に出てるから!」

 

 そう言って、家をもう一度出る。一応、念のため、家を出る前に後ろを振り返ってついてきてないかだけ確かめる。

 そして家を出た瞬間――扉の真ん前に立っていたダイナ君と目が合った。

 

「ぎゃぴっ!?」

「そんな驚くな……。何かあったら踏み込めるように待機してただけだ」

 

 心臓が止まるかと思った。

 本当にびっくりした。おじさんそういうの苦手なんだよ。

 後ろ手で、そっと家の扉を閉める。

 

「それで? あいつの面倒を見るんじゃないのか?」

「あっ、うん。聞きたいことがあって」

「俺にか?」

 

 黙って頷く。

 ダイナ君は少し意外そうな顔をしてから、少しだけ考える素振りを見せた。

 

「何が聞きたいんだ」

「えと、なんであんなにヒッポ君に敵意を向けてたの?」

 

 いきなり、剣先を首元に突き付けるぐらい。

 これについては大分怒りたいんだけれど、今はぐっと我慢する。

 

「……獣と人の血の臭いは違う。あいつからしたのは、人の血の臭いだ」

「間違いって可能性は?」

「ない。誓ってもいい」

 

 ダイナ君は本気でヒッポ君を危険視している。

 わかってはいたけれど、これは再確認できた。

 じゃあ、次の確認だ。

 

「でも、ヒッポ君が人を殺せるような人には見えないよ」

「それは、体つきを見て俺も思った。血の臭いの割には貧弱すぎる」

 

 確かにダイナ君に比べたら身長も低いし体つきも細いけれど。

 でも、農村で暮らしている子供らしいと言えばらしい体型ではある。

 

「それに、サンダク村に彼が居ついたのは三年前だよ?」

「――ここ数年の間に、サンダク村の面々が変わったりはしていないか?」

 

 ダイナ君は何かに思い当たったようだ。

 ただでさえ厳めしい顔なのに、さらに眉間に皺が寄る。

 

「ううん? 十年ぐらい前から少しずつ親交を深めているけれど、人が変わった感じはしないよ? お父さんはもっと前から関わってるけれど、そういうのもなさそう」

「人は変わっていない。ならば乗っ取られてはいなさそうだな」

 

 の、乗っ取られ?

 随分と物騒な単語が聞こえた気がするぞぉ~?

 

「血の臭い、当時十一歳……カメリア」

「な、なに?」

「お前から見て、彼はどう見える」

 

 どう見えるって。 

 そうだなぁ、なんて言えばいいんだろう。

 

「うーん。印象論だけれど、ずっと不安そうだよね。知らない村に来たからかな? って思うんだけれど」

「それに加えて、周囲をずっと見まわしていたな」

「それも不安からくる行動じゃないの?」

 

 不安な子供が周囲をきょろきょろ見回すのはよくある光景だ。

 町中で迷子になった子供なんかは、親を探して周囲を見回してる。

 安心できる何かを、あるいは周囲の安全を確認してるのかな? って思う。

 

「いや、おそらくあれは地形の把握だ」

「ちけいのはあく?」

 

 把握して何が?

 と、ここまで考えて、前提がまるで理解できていないことに気が付いた。

 

「――ダイナ君は、ヒッポ君を何だと思っているの?」

 

 おじさんのこの問いに、ダイナ君は数秒の間をおいてから答えてくれる。

 その言葉には、確かな実感と確信がこもっていた。

 

「推定だが、盗賊の手先だな」

「そんな悪い子には見えないよ!」

 

 しまった、思わず声を大きくしてしまった。

 家の方を見るけれど、とりあえずヒッポ君がこっちに来る気配は感じない。

 ほっと、胸をなでおろす。

 

「……落ち着け。手先であって、仲間ではない」

「どう違うの?」

「お前が悪人ではない、というのなら俺は信じる。そのうえでの話になる」

 

 ――これは過去に見た事例だが。

 そう切り出したダイナ君の話は、実に凄惨な話だった。

 どうして平然とそんな話ができるのか、と思わざるを得ない程に。

 

 曰く、それは盗賊の手法の一つだそうだ。

 襲った旅人や、村の子供を捕まえて手先にする方法。

 肉親を人質に取り、人質とは別の親しかった人を子供自身の手で殺させる。

 そうすることで、殺人の罪悪感を植え付け、肉親を失う恐怖心も植え付けるのだと。

 手ごまにした子供は、おとりにするなり、ヒッポ君のように潜入させる駒にも使うのだと。

 子供に抗えるはずがない。相談もできない。もしもバレれば、最後の肉親さえも失ってしまうから。

 

 聞くだけでもおぞましい。悪魔の所業。

 何よりも驚いたのは、それが当然という顔で語るダイナ君の姿だ。

 君は、一体どんな世界を見てきたの……?

 

「血の臭いも、もしも元々住んでいた村が襲われて村人が殺されていたのなら、それを浴びた可能性もある」

「待って、じゃあなんで三年も何もなかったの……?」

 

 そうだ。手ごまとして使うのなら、サンダク村はもっと早く襲われてたりしてたのでは?

 答えはすぐに返ってきた。

 

「大所帯になった賊は、襲う獲物を厳選する傾向にある」

「逆じゃなくて? 大所帯なら、いっぱい襲うんじゃないの?」

「相手は農民だろうが、武器を持てば殺されることも怪我をすることもある。採算が合わない戦はしない。大国が、貧しい小国を襲わないように、だ」

 

 三年間も駒の一つを放置する余裕があることが、規模の大きさを裏付けていると。

 具体的には、他にもヒッポ君のような刺客を送り込んで、そちらを襲っている可能性がある、と。

 淡々と、事実を告げるだけ。

 ダイナ君の感情の揺れは本当に感じられない。

 

 そんなことはない。きっと大丈夫だよ。

 口にしたい言葉は幾らでもあったけれど、言葉にできない。

 理性の部分で、きっとダイナ君が正しいと理解してしまっている。

 

 村長の娘としても、そのリスクを知ってしまった以上、ただかわいそうだからと弁護してあげるわけにもいかない。

 

「……ダイナ君の見込みでは、相手の賊は何人ぐらいいるの?」

 

 この質問には少しだけ考える素振りを見せて、それでも顔色は一つも変わらない。

 

「最低で四十、多くて五十だな。それ以下ならばサンダク村が襲われていただろうし、それ以上ならば動きが遅すぎる」

「うちの村が、代わりに狙われてるってこと?」

「その認識で間違いない」

 

 ヒッポ君がこちらに移ってきたということは、やっぱりそういうことらしい。

 ということは、あの付き添いの人は賊の人?

 そう考えたとたん、背筋が凍るような寒気がした。

 でも、待った。それでもまだおかしい。

 

「うちの村にはダンギさんがいるのに、襲うと決めたの?」

 

 そうだ。ダンギさんは熟練の冒険者だったわけで、それを向こうが知らない可能性は低い。

 だって、ヒッポ君が三年間もサンダク村で情報収集していたわけで。

 その間も交流があったわけだから。

 よっぽど弱みでも掴まないと――あっ。

 

 ダイナ君はおじさんの表情を見て、ゆっくりと首を縦に振る。

 

「そう、結婚相手として忍び込めば、お前を連れ出すことも可能になるだろう」

 

 本格的に血の気が引いていく。

 ひょっとして、おじさんの交流が裏目に出た?

 おじさんが結構村々の交流にも出てたから、おじさんが村の重要人物だと思われて。

 それで、今回の作戦に踏み切られた?

 

 おじさんの頑張りが全部空回りして。

 全部、悪い方向に出てしまってた?

 もしもそうなら、みんなに申し訳ない。ヒッポ君にも、村のみんなにも。 

 

「……でも、今のは全部ダイナ君の想像の話、なんだよね」

「ああ。今すぐ立証する方法はない」

 

 ただし、と彼は繋ぐ。

 

「――もしも、任せてくれるのなら」

 

 今度は、しっかりとおじさんの目を見て。

 

「俺に、一つ案がある」

 

 真剣な面持ちで、問いかけてくる。

 受け止める覚悟はあるか、と。

 

 ヒッポ君は、ようやくできた結婚相手候補で、これが嘘なら大変なことだ。

 それでも、村のみんなを危険に冒すリスクがあるのなら。

 

 おじさんは……ゆっくりと、首を縦に振った。

 本当は、これが全部被害妄想で。

 何事もなければいいと、願いながら。

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