TS転生した元おじさん一般村娘。将来結婚相手になるだろうからと優しく接していた幼馴染が村を出た。そして十年後、立派になりすぎて帰ってきた。   作:パンデュ郞

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第14話

 外では子供たちと村人たち、そしてアルカナ様が連れてきた騎士の方々が話し合っているのが聞こえてくる。

 そして、家の中では机を挟んでどういうわけかおじさんとアルカナ様が対面させられていた。

 

「思ったよりかは立派な家ね」

「ありがとうございます。村のみんなのおかげです」

「ふぅん……? 確かに、この村は中々規模が大きな村だものね」

 

 なあにこれ。圧迫面接か何かですか。

 おじさん、上司に怒られた時よりも怖いんですけれど。

 領主様の娘様ですよ。下手したらおじさんの首どころか村ごと滅びますよ。ええ。

 お腹、お腹が痛い……っ!

 

「それで? カメリア、あなたはどうしてこの村にとどまっているの?」

「はえ?」

「私はね、こう見えて人を見る目はあるつもりなの。そして、その私の目はこう言っているわ。『この子は使える』って」

 

 つ、使える? それは一体どういう意味でですか。

 怖い。怖いよぉ。誰か助けてぇ。

 

「……我らが領について、カメリアはどのぐらい知っている?」

「えっ。えと、すみません、この村周辺のことぐらいしか知りません……」

「いえ、いいのよ。文官ならともかく、村娘の無知を責めることはしないわ」

 

 良かった。

 ダイナ君の発言も許してくれてたし、ひょっとするとアルカナ様はかなり寛大な方なのかもしれない。

 よっぽどの失礼がなければ、だけれど。

 こういう人ほど怒らせたときが怖いのだ。

 細心の注意を払わないと。

 

「我らがエンビローグ領は東方に魔境――魔物たちの住処の事ね――を抱えている、いわば最前線の一つなの」

「……その、魔境から魔物たちが?」

「ええ、日々こちらへ漏れ出してきているから、定期的に征伐が必要になっているわ」

 

 それゆえに、エンビローグ領は能力を貴ぶ傾向が強いのだと。アルカナ様は語る。

 

「だから、こうしてあなたを口説いてるってわけ。少しでも有能な人材は欲しいもの」

「有能な人を口説いてるって。そんな、私なんて大したことは……」

「ない、とは言わせないわよ」

 

 アルカナ様の黄金の瞳が、真正面からおじさんの瞳を射抜く。

 有無を言わさぬ為政者の気迫。目を逸らすことすら許されない。

 いや、できない。

 

「見れば分かるわ。この村はあなたを中心に回っている」

「まさか、村長は私のお父さんですよ」

「でも、村民の大半はあなたを見たわ。私が登場した瞬間にね」

 

 それはすなわち、緊急時の意思決定権を持っているのが誰かを指し示しているという事実。

 もしくは、村民たちが誰を頼りたがっているのかという証左。

 無意識の行動で人は嘘を吐けないと。

 

 軽いやり取りを見て、少しだけ軽く見ていた節があったのかもしれない。

 この人は、やっぱりお貴族様。為政者の器なのだ。

 

「意思決定しているのは村長でも、心の底で村民たちが頼りにしているのはカメリア、あなたってことね」

「……そんな、恐れ多いです」

 

 おじさんはただ、みんなの困りごとを見過ごせないで、色々していただけで。

 他にやることも、できることもなかったし。

 言葉にするならば、きっと、そう。

 

「みっともなくあがいていただけですよ。私は」

 

 これが、きっと適切な言葉だ。

 目の前の事に全力になって、とりあえずできることをして。

 周りに困ってる人がいれば助けて。周りの人から良く話を聞いて。

 辛い人がいれば寄り添ってあげて。喜んでいるなら一緒に笑ってあげる。

 そのぐらいしか、できないから。できることだけはやろうとしていただけだ。

 

「そのあがきで救われた人間が、それだけいるっていう事よ」

「……それなら、嬉しいですね」

 

 前世を思えばこそ。何もできない人生だったから。

 今回こそは、せめて役割ぐらいはこなそうと。

 どうせ、自分は何かを成し遂げられる人間ではなかったのだから。

 

 ――そんな、私の諦観を。アルカナ様が、見抜けないはずもなかった。

 

「それを嬉しいと思える感性があるならば、どうして妥協している?」

「え?」

「アルカナ様にはね。どうしても許せないものが二つあるの」

 

 それは、ダイナ君との会話でも言っていた。

 無能と――愚か者。

 

「馬鹿は許すわ。頭が働かなくてもできる仕事は幾らでもある。能力の低さもまあいいでしょう。適材適所、使えるところで使ってあげる」

 

 アルカナ様の瞳は真剣そのものだ。

 一切の不純はなく、ただただひたすらにおじさんに真摯に向き合ってくれている。

 

「――でも、愚か者はどうしようもない」

「その、愚か者っていうのは、一体……」

 

 無能は分かる。きっと、味方に被害をもたらすような人の事なんだと思う。

 でも。それなら。

 愚か者とは、一体。

 

「何が正しいのか、自分がどうするべきか、わかっていながら何もしない奴の事よ」

「っ!?」

「はっきり言うわ。今日はちょっとはマシになっていたけれど、数年前のダイナは度を越した愚か者だった。だからあいつのことは嫌いよ」

 

 目は口よりも雄弁に物を語る。

 つまり、アルカナ様はこういいたいのだ。

 今のおじさんは、その昔のダイナ君並みの愚か者だと。

 

 彼が何をしていたのかは、わからないけれど。

 アルカナ様は思い出して露骨に不機嫌になっているのだけ分かる。

 

「本当は、わかってるんでしょう? アルカナ様は自分に正直でない奴は嫌いよ」

 

 その一言は、おじさんの心の空隙を突っつくような一言だった。

 自分に正直でない。この言葉を聞くのは、一度目ではなかったから。

 

『お前、本当は何がしたいんだい?』

 

 問われたのは、前世での話だ。

 確か、大学三年生だった気がする。

 当時、いろんな人の相談に乗ったり、勉強を教えてあげたりしている中で、研究室の教授に言われたんだっけか。

 

『時々は自分に正直になってやれよ。じゃねぇと、人生辛いぞ』

 

 言われたのはたった一回だった。一回だったけれども、その後の人生三十年が経とうとも忘れたことはなかった。

 ……絵を描くのが、好きだった。ぼんやりと風景を眺めて、それを描くのが好きだった。

 親に反対されて、勉学に集中されてからは、すっかりやらなくなってしまった。

 おじさんの、心の底にしまっていた本音。

 

 誰かの言う通り、望み通りの方が楽だから。考えることが少なくて済むから、と。

 怠惰に進んで、いつのまにかに戻れなくなっていた。

 今世は? まだ、戻れる道があるというの?

 

 いいや、ない。

 おじさんは、村長の村娘としての義務を果たさないといけない。

 今後の村のため、身を捧げるという、お役目がある。

 だから、これは駄目なんだ。断らないと。

 

「私は――」

「――いいや、その問題は解決したよ。カメリア」

 

 おじさんの声を遮るように響いたのは、お父さんの声。

 その傍らには、ヒッポ君がいる。

 

「……淑女二人の歓談中に割り込むなんて、随分と不作法ね」

 

 冗談めかした口調だった。

 

「どうかお許しを」

「いいわ。親子の用事なのでしょう? 存分に語り合いなさい」

 

 アルカナ様は椅子の背に体重を預けて、そっと目を閉じた。

 話が終わるまで、自分は口を挟まない。そういう意思表示に見えた。

 

「寛大な対応、感謝いたしますアルカナ様。それじゃあ、カメリア。もう、問題は解決したよ」

「お父さん。問題は解決したって、どういうこと?」

 

 ここで指し示す問題というのは、村の跡取り問題の事だと思う。

 それが解決した? どうやって?

 

「村のみんなで話をしたんだ。カメリアを、行かせてやろうって」

「じゃあ、この村は今後誰が支えるって言うの」

「全員で、だよ」

 

 何を、言ってるの?

 これまでだって、全員で村を成り立たせてきたのに。

 お父さんは少し悲しそうな眼をして、首をゆっくり横に振った。

 

「みんな、カメリアに甘え過ぎていたんだ」

「そんなことない。私は、やりたくてやっていたよ!」

「ああ、そうだろうね。だからこそ、今度は本当に自分のためにやりたいことをやってほしいと、みんな共感してくれたんだ」

 

 おじさんが、おじさんのためにやりたいこと……?

 でも、それをしたら、村の今後は?

 

「ヒッポ君を、私の養子として取ることにした。そして、村の全員でサポートして、今後の村長として育てていこう、と」

「え……?」

「村人全員から、合意は貰った。みんな、お前が望むなら、と言ってくれていたよ」

 

 それって、つまり。

 

「もちろん、お前が嫌がるのなら、この話はなかったことにする」

 

 選択権は、おじさんにあって。

 

「だから……選びなさい。カメリア。お前は、自由になってもいいんだ」

 

 おじさんの一言で、今後が決まるって、こと?

 

 心臓の鼓動が激しくなる。呼吸が浅く、早くなる。

 これまでは、支える役割に徹していた。

 今後も、そうあれば楽だった。

 

 でも、今は違う。

 先頭に立って、決めなければならない。

 私が、全てを。

 

「……カメリア」

「アルカナ、様」

 

 それまで目を閉じていたアルカナ様が、うっすらと目を開けて、語りかけてきた。

 視線は、机の上に落とされている。

 

「人生とは、選択の連続よ。決定には責任が伴う、だからそれを放棄すれば楽かもしれない」

 

 重みがある言葉だった。

 まるで、アルカナ様自身が体験したことがあるかのような。

 激しい、後悔の伴う言葉だった。

 

「でもね、選択を放棄した人生は、本当にその人の人生なのかしら?」

 

 誰かの言いなりになるのなら、それは人形と何が違うというの?

 言い切ったアルカナ様は、再び目を閉じる。

 今度は、きっと、おじさんが何かを言うまで、何も言わないつもりだ。

 お父さんも同じ。おじさんの言葉を待っている。

 

 自由にしていい。立場に縛られなくてもいい。役目に固持しなくてもいい。

 その時に。

 おじさんが、したいことって。

 いったい、何だろう?

 

『お父さん、世界ってどのぐらい広いの?』

 

 三歳のころ、お父さんに何気なく聞いたことがある。

 純粋な疑問。

 

『うちに地図はないからねぇ』

 

 でも、と。

 ポンと頭の上に手を置かれて、優しい目で教えてくれた。

 

『きっと、私たちが思うより、遥かに広いさ』

 

 覚えてないなんて、本当に嘘。ずっと、ずっと覚えている。

 忘れるわけがない。

 転生して、未知の世界に、興奮した瞬間を。

 

「私は……」

 

 みんな、おじさんの言葉を待っている。

 本当に口に出していいのか迷う。これを言って困らせないだろうか。

 おじさんの我儘のせいで、みんなが大変な目に遭ってはしまわないだろうか。

 視線が自然と下へ落ちていく。机の上の一点を、じっと見つめる。

 

「私、は」

 

 それでもと言い切れるだけの、情念が、あるのだろうか。

 他の人に苦労を背負わせてまで、やりたいだけの。

 心の中に、燃える何かが。

 今の、おじさんにも。

 

「私っ、は!」

 

 言葉にするのに時間はかかった。

 苦痛すら感じた。

 でも、みんな待ってくれている。

 誰一人として、急かすような真似はしない。

 

「私は! 世界を見てみたい!」

 

 一度口にしてみれば、止まらなくなってしまっていた。

 

「魔法を目にしてみたい。見たことないものを見てみたい。知らないことをもっと知りたい!」

 

 自分ですら、驚くほどに。

 こんなにも、ため込んでいたんだと知らなかった。

 まるで、ダムにたまった水を放出するときのように勢いよく。

 言葉が、とめどなく溢れてくる。

 

「後悔したくない。全てが終わってから、それでもよかったって言ってみたい」

 

 前世の終わりがどうだったかは、本当に覚えてない。

 でも、これだけは分かる。

 

「いい人生だったって、言い切れるのなら――言い切ってみたいよ」

 

 きっと、前世のおじさんは。何一つとして、満足できていなかった。

 決められた人生に、他人のために費やした人生。

 嫌いではなかったけれど……楽しかったかと言われれば、きっと別だ。

 

 ああ、言ってしまった。

 言い切ってしまった。

 もう、戻れない。

 でも、後悔はしていない。

 すがすがしい気持ちでいっぱいだ。

 

「なら、決まりね」

 

 顔を上げると、みんな笑顔でこちらを見つめてくれていた。

 ガタリと音を立てて、アルカナ様が椅子から立つ。

 

「準備なさい――アルカナ様が、世界というものを教えてあげるわ」

 

 真っすぐとこちらへ伸ばされた手。

 おじさんはそれを……しっかりと、握りしめた。




これにて第一章終了となります。

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