TS転生した元おじさん一般村娘。将来結婚相手になるだろうからと優しく接していた幼馴染が村を出た。そして十年後、立派になりすぎて帰ってきた。   作:パンデュ郞

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第22話

 地獄のような日々だった。

 と、形容するのは簡単なことなのだけれど。

 どう地獄だったのか簡単に説明すると……まあ、お貴族様を前にして失礼が起きないようにマナーを徹底的に叩き込まれていたのです。

 

 とにかく疲労感、倦怠感が凄い。普段使ってない筋肉をとにかく酷使した気がする。

 農作業を手伝ってはいたから基礎体力はある方だと思っていたのだけれど。

 そういう問題ですらなかった。

 精神力がみるみる減っていく。

 都会怖い。貴族怖い。

 

「おい、大丈夫か」

「ちょっと……大丈夫じゃないかも」

 

 数少ない休憩時間にて、ふかふかのソファーの上で横たわっているおじさんを心配してくれるのはダイナ君。

 ありがとう、今のおじさんの味方はダイナ君だけだよ。

 講師の人たちは呑み込みが早いって嬉々として難題ぶつけてくるし。

 アルカナ様は頑張って! としか言ってくれないし。

 ルピガナさんはほっぺたを突っついてくるし。

 

「そもそもおじさんがこんなに頑張る必要があるのかな……」

 

 ずっと裏方にいればいいのでは?

 表に出る必要はないのでは?

 

 アルカナ様曰く、緊急時に備えるのは当然のこと。

 必要になるかもしれない、かつ準備できるのならするべきだと。

 もっともでございます。反論の余地もございません。

 

「うぅ……ご褒美の時間もあまりもらえてないし……」

 

 一応、褒美も無しではおじさんのやる気が持たないだろうってことで、言うことを聞く対価として書物庫の入室を許可してもらえた。

 そこで色々と本を読むのは楽しいんだけれど。だけれども!

 結局いろいろの訓練の時間が多すぎて、足を運べる機会の方が少ない。

 

「……すまん。面倒ごとに巻き込んだ」

「ううん。ダイナ君は悪くないよ」

 

 元々の原因を辿ればダイナ君に行きつくのかもしれないけれども。

 それでも、村を出る選択肢を選んだのはおじさんだ。

 ならば他の誰かのせいにするというのは間違っている。

 

「それよりも、おじさんはダイナ君がそんなに凄い人になってたってことの方が嬉しいよ」

 

 こうして、色々と必要とされればされるほど。

 ダイナ君がどれほど重要人物なのかってのが身に染みる。

 幼くして都会に出た幼馴染が大成したのを、どうして喜ばずにいられようか。

 

 だからほら、そんな申し訳なさそうな顔しないで。

 おじさんは嬉しいんだからさ。

 

「……また、その一人称が出たな」

「あっ。いや、まあ、二人っきりだからね」

 

 気を緩めると、ふとした時に出てしまう。

 前世では若い子相手にするときは、おじさんおじさん言ってたからなぁ。

 頻繁に言い過ぎたせいで、なんかもう癖になってたんだよねぇ。

 

「どこで覚えてきたんだって村長も不思議がってたぞ」

「そうなの?」

「ああ。親父にお前が教えたのかと尋ねてきたことがあった」

 

 ああ、ごめんよダンギさん。

 いらぬ濡れ衣が……。

 

「まあ、なんだろうね。よくわからないや、あはは……」

 

 普通に変だから辞めないとなぁ。とはずっと思ってる。

 前世からの癖だからなかなか治らないし、意識しないとだけれど。

 理由の説明すらできないのは、何かと不便だしね。

 

「……別に悪いとは思っていない」

「え?」

「お前がその方が楽ならば、俺はそれでいい、と思う」

 

 思わずソファーから起き上がって、ダイナ君の顔をまじまじと見つめてしまう。

 

「な、なんだ」

「いや、ダイナ君は、変だと思わないの?」

 

 よくよく考えれば、おじさんのおじさん呼びをダイナ君もちょくちょく聞いている。

 なのに、一度も指摘されたことがないな、と。ふと、気が付いた。

 

「それも含めてお前だろう。無理に変わる必要はない、と思う」

 

 ダイナ君は少しだけ戸惑いつつも、淡々と言葉にしてくれる。

 気休めでもなく、ただの本心だと。

 普段から不器用な彼だからこそ、信頼できる言葉が。

 

「少なくとも、俺はお前が自然体でいられる方が、望ましいと思っている」

「……そっかぁ。じゃあ、二人っきりの時は甘えちゃってもいい?」

「っ!? ――ああ、一人称のことか」

 

 一瞬だけ凄い戸惑ってたけれど、すぐに冷静さを取り戻してた。

 何を戸惑っていたのか。かは考えないことにする。

 どう反応していいか、さっぱりわからないから。

 

「そうだな。相手が俺の時なら、好きにするといい」

「そっかぁ。それは……嬉しいかな」

 

 細かいあれこれはあれど。

 純粋に、受け入れてくれることが嬉しい。

 何だろうな。

 少しだけ、楽になった気がする。

 

「あーあ。でもマナーの先生には怒られるんだろうなー!」

「そこは……俺ではどうしてやることもできん」

「あはは。大丈夫だよ。少しだけ元気でてきたから」

 

 少なくとも、もうひと踏ん張りしてみようかなってぐらいには。

 

「本当にぜーんぶ嫌になったら。ダイナ君に馬に乗っけてもらって村に帰ろうかなー!」

「ははっ。らしくない軽口だな」

「ありゃ、軽口だと思う?」

 

 ダイナ君はどこか嬉しそうに微笑んでいる。

 その瞳は温かい視線をたたえていて。

 こんな表情ができる子だったんだと、新発見させられた。

 

「お前が途中で投げ出せる人間なら、俺はここまで困っていない」

「あれ、何か困らせるようなことしてた?」

「ああ。だが、気にしなくていい。俺が勝手に困っているだけだ」

 

 勝手に困っているってのも、また変な言葉で。

 困ってるように見えないぐらい、ちゃんと笑っているのもまたおかしくて。

 思わず、声を出して笑ってしまう。

 おかしくって。おかしくって。

 

 そこまで笑って、なんだか、この世界に来て始めて何も気にせずに笑えた気がした。

 ふと、冷静になってみれば。

 今のおじさんはすごい自由な立場なんじゃないだろうか。

 目の前の事ばかりに目を向けていたけれど。

 やろうと思えば、本気で村に帰ることだってできる。

 

「ああ、そういうことだったんだ」

 

 何となく、自由という言葉の意味をはき違えていたのに気が付いた。

 これまでは、目の前の出来事に対して受け入れる形で動いていたけれど。

 今は、自分自身の意思で行動を決めても良いのだと。

 アルカナ様についてきたから、その指示に従っていた面はあるのだけれど。

 立場的に難しくても、拒否する権利だけはあるのだ。

 

 アルカナ様としては残念がるだろうけれど、きっと彼女なら無下にはしないと思う。

 そうした時に、今したいことは何だろう。

 おじさんが、今一番に考えてるものは――。

 

 ちらりと、もう一度ダイナ君の方を見る。

 不思議そうな表情を浮かべている。

 きっと、急におじさんの表情がすっきりしたものに変わったからだ。

 

「……んー! 休憩終わり! さてさて、もう少し頑張ってみようかな?」

「本当に大丈夫か? 無理なようなら、俺からアルカナに言ってもいいんだぞ」

「うん、大丈夫。ダイナ君のおかげで、色々と頭の中が整理できたから」

 

 これまでは考えないようにしていたこと。

 これまでは忙しくて気づけていなかったこと。

 それらを、今気が付けたから。

 

 自分が今、何をしたいのか。その本質を。

 そっか。自由って、こういうことなんだ。

 

「ちょっと、やる気出てきたかも」

「そうか?」

「うん。ダイナ君と話したおかげだよ。ありがとう」

「ならば、良かった」

 

 思えば、ダイナ君とゆっくり二人っきりで話す機会は十年越しだとこれが初めてかな?

 村だと用事もなく会いに行くのは憚られる感じだったし。

 十年前、おじさんが最も二人でいた時間が長いのはダイナ君だ。

 結婚相手として親しくなりたいから始まった付き合いだけれど、今となっては純粋に気心の知れた幼馴染だ。

 

 その幼馴染が、大成してなお問題にぶち当たろうとしている。

 なら、その問題をどうにかしてあげたい。

 これが、今のおじさんの本音だ。心の底から、これは願ってると思える。

 

 自由というものが、何をしてもいいというのなら。

 おじさんはやっぱり、自分が気持ちいいと思えることをしたい。

 したくもないことをしなければならない辛さは、よく知っているから。

 自分の心に嘘を吐かずに、正直に。

 

「ダイナ君、応援してるよ」

「急にどうした?」

「ううん? 確認しただけ」

 

 言葉にしてみても、何一つとして違和感がない。

 ならば、これは心の底からの本心に違いない。

 

「さーて! 頑張るぞー!」

 

 ソファーから立ち上がり、精一杯伸びをする。

 憂鬱だと思っていた作業も、望みを叶えるために必要な勉強だと思えば、少しだけ楽しくなる。

 その未来に、望むものがあると信じられるからこそ。

 

 お父さん。

 やっぱり、村を出てみて良かったよ。

 都会は怖いところだけれど、人生二週目でも気づけなかったことに気が付けた。

 

「それじゃあ、おじさんにできる仕事を頑張りますか」

 

 中央からお貴族様が来るまでに。

 ダイナ君に被害が出ない程度に、仕上げ切らないとね。

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