TS転生した元おじさん一般村娘。将来結婚相手になるだろうからと優しく接していた幼馴染が村を出た。そして十年後、立派になりすぎて帰ってきた。 作:パンデュ郞
◇ ◇ ◇
「やあ、君がダイナだね?」
「……誰だ?」
誰とも知れぬ奴が、気軽に声をかけてきた。
こっちはカメリアが危険な目に遭えば駆け付けられるように、気を立てていたというのに。
それにも関わらず声をかけてくるとは。
豪胆なのか、無謀なのか。
はたまた、気を立ててたことすら理解できない雑魚か。
「私はヒンリ・ハルグート子爵。王都より来た貴族さ」
面構えを見る。見るからに戦士の顔つきではない。
肉体を見る。贅肉だらけのだらけ切った肉体だ。戦士の体つきではない。
足運びを見る。素人以前にカメリアでももう少しまともな足運びをする。
総合的に、こいつは脅威ですらない。ただの雑魚だ。
とはいえ、貴族と言っていたな。
王都から来たと言っていたから、アルカナの傘下でもあるまい。
面倒ごとは起こすと……怒られるだろうな。
それ自体は構わんが。
「お前の名前などどうでもいい」
「なっ! 尋ねたのはそちらだろう!」
「俺は誰だと聞いたのであって、お前の名前になど興味はない」
見るからに毒にも薬にもならぬ輩だ。
アルカナの言葉を借りるならば、明らかに無能だ。
この手の奴と話すと良いことは何もないと経験則で知っている。
「どうせ、くだらん勧誘活動にでも来たのだろう」
「く、くだらないだと……?」
「ああ。俺ですらおおよその内容が予想できてしまうものを、くだらないと呼ばずしてなんと呼べばいい」
こうしてアルカナが第一王子の応対をしている時に接触してきたということは、まあ功名心が行動原理と見て違いないだろう。
そのくせ、大手を振るうことはできない小心者だ。
……少し腹立ってきたな。いっそ切るか?
いや、流石に罪人以外を切り捨てたとなるとカメリアにどういう顔をされるかわからん。
「まあそういうな誓わずの騎士。悪い提案ではないはずだ」
「どうだかな」
無視してやってもいいが、さてどうするか。
一応このまま引き付けておいて、後でアルカナに言うのが丸いか?
とはいっても、こいつの名前なんてもう忘れたが。
「なあに、束縛されるのが嫌いなのだろう? ならば、自由にしてもらっても構わない。その権力をやろう。その代わりに――」
「――やはり戯言だったな」
ここまで予想通りと来ると、呆れ果てることすらできない。
「権力? そんなものに興味はない」
「何だと」
「そもそも、権力とは暴力あってこそだ。お前は、俺を止められるだけの暴力を保持しているか?」
これは、アルカナから学んだことだ。
かつて未熟だった俺が、ニギルに拾われ戦を学び。
アルカナから、我儘を通したければ通せるだけの力を手に入れろと教えられた。
あいつがそれを目指して達成したように。
俺にも、その高みまで登って見せろと。
……まあ、俺に必要だったのは強さよりも先に行動することだったらしいが。
さてはて、今後どうしたものか。
いつまでもカメリアの優しさに甘えたままというのも、格好付くものではない。
「故に、俺を従えられるのは――あいつだけだ」
そう。俺が従う気になるのは――カメリアだけだ。
俺だってわかってる。あの日、あの事件の日。
カメリアが庇ってくれなければ、俺たちは狼に食い殺されていただろうことは。
あの日から、俺の命はあいつのものだ。
だから、どんな窮地も乗り越えてきた。
俺の命ではないから、俺の独断では捨てられんと。
俺だけの命であれば、下手したら野垂れ死んでいたかもしれんな。
そういう意味では、何度命を救われたかわからん。
「あ、あいつ? 何、つまりお前を従えてる奴がいるってことか!?」
「お前呼ばわりされるのは心外だな」
「答えろ!」
ため息を吐く。
見るからに愚鈍な奴だったが、想像の倍以上は愚鈍だった。
「――後にも先にも、俺が剣を捧げるのはあいつだけだ。これで満足か?」
そう、俺は誓わずの騎士なんかではない。
十年前から誓っている。俺の剣は、あいつのためにあると。
……反省点は数多くあるが。
「なんだ。そ、そんなの詐欺じゃないか!」
「詐欺も何も、俺は誓わずの騎士を自称したことはない」
周りが勝手にそう呼んでただけだ。
都合がよかったから、放置はしたが。
ここら辺の入れ知恵は全てアルカナによるものだから、恨むならそっちを恨んでほしいものだ。
「騎士の称号すら、必要だったから手に入れただけだ。今となっては手放しても構わんと思っている」
「な、なんて奴だ! 我らが国の栄誉ある称号を何だと心得る!」
「なんと心得る、か。難しいな……」
少しだけ考える。
思えば、この考える必要もない気がするが。
まあ、時間つぶし程度にはなっているのだから会話は続けてやるか。
カメリアの方は特に何も起きていないようだしな。
「都合のいい道具、だな」
「な、な、な」
「なんだ。言葉も出ないか? お貴族様?」
流石の愚鈍さでも、俺の皮肉には気が付いたらしい。
俺にとって、国から与えられる称号なんざ、都合のいい道具に過ぎない。
それは騎士の位も、貴族の位も同じく、だ。
なんたら子爵はみるみるうちに顔を真っ赤に染めて、聞く気にもならない捨て台詞を吐き捨てて、どこかへ立ち去っていく。
まったく。最初から来なければいいものを。
「くだらんな。本当に、くだらん」
アルカナから、中央の貴族について知らされている。
第一王子派閥と第二王子派閥の二つがあり、政争をしているのだとか。
今回こちらを訪れているのは第一王子。ともなれば、それを妨害しようとしているあいつは第二王子側ということか。
アルカナから簡単な説明はされている。
ようは、第一王子側は協力者。第二王子側は敵だと思えと。
実際にはもう少し複雑な関係らしいが、俺には理解できないだろうからと要約された。
理解する気は確かに起きないから、まあ正しい。
「こんなくだらんことに、巻き込むつもりはなかったんだが」
アルカナがカメリアを村から連れ出したのは、全くの想定外だった。
本来なら、騎士の位を返上して村に戻るつもりだったんだが。
きっかけとしてほしかっただけの位に、未練などないしな。
物事はそう思い通りになってくれないらしい。
「……まあ、最近は随分と楽しそうだ」
少なくとも、ここ数日は。
明らかに、以前よりも明るくなった。
カメリアが喜べば、俺も嬉しい。あいつが楽しいのが、俺も楽しい。
ここがあいつにとって良い環境ならば、俺はそれだけでいい。
「後でアルカナに確認しておくか。そろそろ落ち着いたころだろうしな」
俺にできることがあるなら、さっさと指示を仰いでおこう。
カメリアにも色々背負わせるつもりだろうが、可能な限り負担は減らしたい。
こちらで動いて、あいつの負担が減るのなら。あいつの笑顔の時間が増えるのなら。
幾らでも働いてやるさ。
「そのためにも。他にも第二王子側の貴族がどんなものか探っておくか」
もしも、他に来ている奴がさっきのみたいだったら非常に困る。
なにせ、無能は何をしでかすかわからん。
最悪の場合は事前になんかしらの対処をしておくことも視野に入れなければ。
戦場では無能な味方が最も恐ろしいからな。
無能の恐ろしさはよく知っている。
「カメリアの方は――いや、行くべきか?」
向こうはちょうど終わった頃合いのようだ。
しかし、カメリアは何かに驚いたのか腰を抜かしている様子。
近くに寄って、安心しろと言うべきか?
……いや、俺が下手に接触すれば、カメリアの負担が増えることになる。と、アルカナは言っていた。
表立っての接触は控えた方がいいだろう。
「なら、俺にできる範囲の事をやるとするか」
さっきの無能を含めた、阿呆共の拠点の把握。
そして手勢の把握だ。
最悪の場合は……暴力とは、どういうものなのか。
骨の髄まで、叩き込んでやることとなるだろう。