TS転生した元おじさん一般村娘。将来結婚相手になるだろうからと優しく接していた幼馴染が村を出た。そして十年後、立派になりすぎて帰ってきた。   作:パンデュ郞

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第24話

 それは、完全に偶然の遭遇でした。

 

 おじさんは、気晴らしをと庭園を散策していたわけで。

 この時間は殆ど人がいないからとアルカナ様が仰っていたので、たまには外に出るのもいいかなと。

 綺麗な庭園だなぁ。とは、遠目から知っていたわけで。

 結構楽しみだったんですよ。

 

「おや、偶然ですね。()()()()()

 

 咄嗟に頭を下げ、姿勢を低くしたうえで言葉も出さなかったおじさんを褒めてあげたい。

 どうしてこのタイミング、この場所に第一王子殿下がいるの?

 

「……」

「ふむ。礼儀としては完璧、と。狼狽えて言葉で応じてしまう人は多いんだよ?」

 

 王族に対峙した場合の礼儀として、普通は発言権がそもそもない。

 王族の方々が発言を許可するまでは、言葉を発することは許されない。

 特に、おじさんは平民だ。

 一つ間違うだけで首が軽く跳ぶ。

 

「良し、発言を許可しよう。少しお話に付き合ってもらえるかな?」

「……光栄です、殿下」

「顔を上げて立ち上がることも許可するよ。というか、もう楽にしてほしい」

 

 少しの間、発言の意図を色々考えたけれども。

 この方の言葉に裏はなさそうだった。

 だから、すっと姿勢を正して立ち上がる。

 

「顔をしっかり見るのはこれが初めてだね。名乗りは必要かな?」

「お手数には及びません。エルビム・デア・エルンベルスト第一王子殿下」

 

 名前は事前にアルカナ様から教えてもらっている。

 というか、ダイナ君が覚えないだろうから何かあった時用に一通り頭に入れてある。

 顔まではまだ一致させる自信はないけれど、重要人物は入念に暗記したから間違っていないはず。

 

「へぇ……。新しい拾い物と聞いていたけれど、中々利口そうじゃないか」

「アルカナ様には大変よくしていただいております」

 

 言外に、アルカナ様に教えてもらっていたおかげだと添える。

 何か大変まずいことに、殿下の視線が好奇のそれになってるって。

 都会の子供がカブトムシを見つけた時みたいな、そんな視線。

 珍しい物、面白いものを見つけた時の視線だ。

 

 本当なら、あんまり接触したい相手じゃないのに。

 

「だろうね。彼女は実力主義だから」

 

 それは身に染みて知っている。

 いや、言外に褒めてもらってる? のかな?

 実力主義のアルカナ様に良くしてもらえているのなら、お前の実力も確かなものだろうと。

 

 本当にまずい。

 一個でも発言の意図を読み違えたら大変なことになるかもしれない。

 緊張が凄い。

 前世の社長面談でリストラの危機にさらされたときよりも緊張してきた。

 

「つい先日、彼女は僻地の村に行ったらしいね」

「……そのようですね」

「誓わずの騎士を追いかけての行動だったみたいだけれど、本当にそれだけだったのかな?」

 

 ……?

 やばい、何を言おうとしているのかさっぱりわからない。

 

「彼女は忙しいからね。使者を出して呼び戻すだけでも十分なはずだ。いや、それとも自分がいかなければいうことを聞かないと思っていたのか。あるいは――自分の目で確かめておきたいことがあったのか」

 

 よくわからないけれど、背筋を冷汗が伝っていく。

 ひたすらにこちらの内側を探られている感覚。

 おじさん、さっぱりわからないけれど、なんかやばいってことだけは分かるよ。

 

 じっくり見られても、笑顔だけは絶やさない。

 少しぎこちないかもしれないけれど、困ったら黙って笑っとけとアルカナ様に言われたから。

 下手に言質を取られるよりも、向こうが都合よく解釈してくれる可能性に賭けた方がよいと。

 

「――なるほど、確かにこれは上等だ」

「お褒めいただき、ありがとうございます」

「そうだね。うん、私も興味がわいたよ」

 

 んん?

 なんか、まずい方向へ話が転がって行ってない?

 

「そうだね。お互い庭園を散策していた仲だ。少しの間、一緒に庭園の景色を楽しまないかな?」

「――喜んでお供いたします」

 

 拒否なんてできるわけないじゃんこれ!

 いち早く離れたいのに。

 

 おじさんの返答に殿下は喜ばしそうに頷いて、先導するように歩き出した。

 おじさんは黙って、その斜め後ろをついていく。

 

「この庭園は、昔はもっと簡素なものでね。アルカナ嬢の意向でここまで豪華になったんだ」

「そう、なんですね。それは何故でしょう」

「現エンビローグ伯は実務に傾倒した人でね。貴族の見栄とかは苦手なんだ。そのままでは舐められると、彼女が、ね」

 

 そう語る声は、どこか懐かしむような。慈しむような。

 そんな声色だった。

 

「他にも、彼女の意向で様々な改革が行われた。間違いなく、この領がここまで発展したのは彼女の功績だろう」

「お詳しいんですね」

「元婚約者だからね」

 

 驚いた。

 確かに、二人は親し気だと思ったけれど。

 まさか、そんな関係だっただなんて。

 でも、元……?

 

「ああ、今のだと誤解が生じるな。元婚約者候補、と言った方が正しいか」

「今は、違うんですか?」

「違うさ。特出戦力となった彼女を、中央に縛り付けるわけにはいかないからね」

 

 そうなんだ。

 特出戦力。いざという時の戦闘力を、次期王妃にするのは確かに危ないってのは分かる。

 だから婚約者候補から外れたってのは、道理にかなっている。

 でも、この語り口からは、別の何かを感じる。

 

「殿下、質問をお許しいただけますか?」

「ん、なんだい? 気にせずに聞くといい。会話は弾んだ方が楽しいからね」

 

 気になる花を見つけたのか、横を向いて花を眺めている王子殿下。

 その横顔は明るいものの、どこか憂いを帯びているように見える。

 

「アルカナ様と殿下は、どのようなご関係なのですか?」

 

 踏み込み過ぎたかもしれない。

 でも、聞かずにはいられなかった。

 

「……そうだね。少し昔話をしよう」

 

 ああ、わかった。

 この表情は、もう戻らない昔を懐かしんでいる人の表情だ。

 

「昔の彼女はね、今みたいに豪胆な性格ではなかったんだよ」

「想像もできません」

「だろう? ある一つの事件を機に、彼女は変わったんだ」

 

 ある、事件?

 それは一体何だろう。

 気になる。と、同時にそこまで踏み込んでいい物なのか不安になる。

 これ以上踏み込んだら、戻ってこられない。そんな気がして。

 

「それまでの彼女は、臆病な子でね。引っ込み思案で、何をするにしても人の影に隠れていた」

「……想像も、できません」

 

 アルカナ様は、おそらくおじさんたちと年は大きく変わらない。

 少し年上に見えるけれど、一年か二年の差だろう。

 それなのに、そんな風に変わる機会があっただなんて。

 一体、何が。

 

「平民の君には難しい世界かもしれないね」

「…………」

 

 答えられなかった。

 実際、おじさんの感性では貴族たちの境遇はよくわからないし。

 知識も足りていない。

 何もわからないのなら、黙るしかない。

 

「未だに私の中には当時の彼女の姿が残っていてね。こうして庭園を散歩するたびに思い出すんだよ」

「この庭園を作り変えたのは、アルカナ様の指示、なんですよね」

「そう。彼女が今のように変わってから、真っ先に作り替えたものなんだ」

 

 だから、こうして散歩をすると当時の事を思い出すのだと。

 寂しげな表情で、殿下は語った。

 

 どうして殿下はこの話をおじさんにしたんだろうか。

 それだけが、わからない。

 

「ははっ。どうしてこの話をされたかわからないって顔をしているね」

「っ!」

「立場上、人の顔色を見るのは得意でね。君は特段読みやすい方だ」

 

 じゃあ、さっきまでの考えもずっと筒抜けだったってこと?

 いや、でもこちらを見ていた素振りはなかったのに。

 

「今の君は、当時の彼女に良く似ているよ。だからこそ、彼女が放っておけないのがよくわかる」

「え……?」

 

 ここで、初めて殿下が正面からおじさんの方を見た。

 悲しそうな表情。

 おじさんを見て悲しんでるんじゃない。

 この人は、おじさんを通じて――。

 

「本当に、聡明だね、君は」

「こ、光栄です」

「おっと、そろそろ護衛が追いついてくるころだ。楽しい時間は過ぎるのが早いね」

 

 少し距離が離れていた中、殿下は静かに距離を詰めてくる。

 おじさんはそれに対してリアクションを取れない。

 

 そっと、殿下はおじさんの右手を手に取って――そっと口づけをした。

 

「なっ!」

「今度は町をめぐる予定なんだ。その時には、また誘わせてもらうよ。カメリア嬢」

 

 な、名前も知られてた。

 あっけにとられるおじさんを見て、楽し気に笑った後、そのまま遠くから聞こえてくる声の方へと歩いて行ってしまう。

 声の内容は、殿下を呼ぶ声だった。

 

 手の甲へのキスは、貴族の間ではよくある挨拶だと、講師の人は言っていた。

 でも、それを平民へ行うなんて、あり得ない。と、おじさんは思う。

 その意図は? どうしてまた誘うなんて?

 

 殿下の意図はまるでつかめず、おじさんは悶々と悩むしかないのでした。

 気晴らしに庭園に来たはずが、余計に疲れてしまった気さえする。

 そんな日だった。

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