TS転生した元おじさん一般村娘。将来結婚相手になるだろうからと優しく接していた幼馴染が村を出た。そして十年後、立派になりすぎて帰ってきた。   作:パンデュ郞

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話の流れ的に描写不足だなと感じたので、前話(現28話旧27話)の前に、ダイナ君とアルカナ様の会話の回を正式な27話として挿入しています。
この注記は現28話、現27話の冒頭にも入れているものと同じものです。


第29話

「――やだなぁ。何のことを言ってるの?」

 

 我ながら、空っぽな言葉だな、と思ってしまった。

 

「……カメリア。十年前の事を、覚えているか」

 

 十年前。何の事を言っているのかは、すぐにわかった。

 ダイナ君とおじさんの二人にとって、十年前という単語が指し示す意味は一つしかない。

 

「うん。覚えてるよ」

 

 あくまで、笑顔を作ったままで。

 気にしてないよとアピールをする。

 ――そんな態度が、ダイナ君は気に入らなかったみたい。

 

「なぜ、お前は俺を責めない!」

 

 彼は、とても苦しそうだ。

 

「俺のせいで、お前は右肩に傷が残った。なぜ、あの時に俺を庇ったんだ!」

 

 もはや慟哭にもにたその叫びは、きっと十年間抱え続けてきた葛藤だったに違いない。

 

「……私よりも、ダイナ君の未来の方が大事だったからだよ」

「俺は……お前の方が大事だった」

 

 ああ、そういうすれ違いが。

 

 ダイナ君は何かを決心したようにこちらを向く。

 その腕は、何かしらの強い思いからか、震えていた。

 

「……俺は、お前に拒絶されるのが怖かった。お前に合わせる顔がないと、何も言わずに出て行ってしまった。期限だなんて、ただの言い訳だ」

「そう、だったんだ。でも、私は気にして――」

「それが問題なんだ!」

 

 叫ぶ。あの、ダイナ君が。

 その表情はどこまでも悔しそうで。苦しそうで。

 これから罪を裁かれる、罪人のように。

 

「どうして恨み言を言ってくれない。責められないのがこれほど苦しいならば、俺は拒絶された方がマシだった」

 

 恨み言。ないわけじゃない。

 でも、それを言って何になるというのか。

 誰も幸せにならない。言った方も気分が悪くなるし、言われた方もきっと気分が悪くなる。

 だから全ての不平不満を飲み込むのだ。その方が、丸く収まるのだから。

 

「お前の十年間は間違いだらけで、お前の判断は全て間違いで、お前の努力は見当違いだったと。お前に言われれば、いっそ、全てを投げ捨てられる」

「そんなこと――っ!」

「だが、お前はそうはしてくれないのだろう」

 

 諦めが多分に含まれた言葉だった。

 ダイナ君は大きく深呼吸をする。

 ゆっくりと呼吸を吐き終えた次の瞬間には、強い決意を湛えた、鋭い眼光が目に宿っていた。

 

「カメリア」

「……なぁに、ダイナ君」

「話をしよう。俺の、俺たちの、話を」

 

 これまで避けてきた話を、と。

 

「避けてなんか――」

「いいや。避けていた。少なくとも、俺はそうだ。お前も、そうなんじゃないか」

 

 咄嗟に言葉が出てこなかった。

 無自覚ながら、図星だと理解してしまったから。

 この間ダイナ君と軽口を言った時もそうだ。

 

「これから話すことは、俺の我儘だ。いや、先ほどまでの言葉もそうだ」 

 

 ――だから、カメリア。どうか、お前にも我儘を言ってほしい。

 と、ダイナ君は言う。

 真剣な面持ちで。冗談の欠片もそこにはない。介在する余地などない。

 

 我儘を。

 アルカナ様にも、あの日言ったような我儘を。ダイナ君に?

 胸の奥が、ずくんと痛んだ。

 

「カメリア。聞いてくれ」

「――嫌だ」

「頼む。聞いてくれ」

「やだ、やだ、やだ!」

 

 聞けば本当に全部壊れる気がしてしまうから。

 何を言おうとしているのかわかっているから。

 だから、耳をふさごうとして――その手を、ダイナ君に掴まれた。

 

 さっき子爵に掴まれたときよりも、遥かに優しくて。

 少しだけ、安心感をくれる温かみがある手だった。

 そのごつごつとした感触が、印象に残る手だった。

 

「俺は、お前を傷つけた罪滅ぼしがしたくて、強くなった」

「――そんなの、罪滅ぼしにならないよ」

「ああ。だが、俺が強くなり、お前を全ての災いから守れるようになる。それが、あの日お前を傷つけた罪滅ぼしなんじゃないかと思ったんだ」

 

 本当に我儘だ。勝手な理論だ。

 おじさんはそんなこと望んでいない。

 ただ健やかに。健康に、元気でいてくれれば良かったのに。

 それでいて――二度と姿を見せないでくれれば、忘れられたのに。

 

「村に帰って、お前の苦労を知った。結婚相手の話など、俺は想像もしていなかった。お前の苦労など、想像しようともしていなかった」

 

 違う。違う。

 苦労したことなんてどうでもいい。

 結果的に上手くいかなかったことだけが問題なだけで。

 最終的に丸く収まったから、それで笑えると思ったのに。

 

「俺は拒絶されると思っていた。今は拒絶されるべきだと思っている。だが、お前はそうしない。なぜだ。教えてほしい」

 

 あまりにも率直で、他に言葉を知らないから出てくる愚直な言葉は。

 けれども、おじさんの心の奥底に封じ込めていたそれらを直接叩いてくる。

 

「だって」

「だって。どうしてなんだ」

「……だって」

 

 ああ、駄目だ。先ほどの恐怖と、救われた安心感と。

 今、目の前のダイナ君の吐露で感情がぐちゃぐちゃになっている。

 なら、いっそのこと。

 もう、全部感情に身を任せてしまおうか。

 

「ダイナ君は、おじさんと違って輝かしい未来がある子だから」

 

 ダイナ君の瞳が、大きく見開かれた。

 気がつけば、おじさんの目からは大粒の涙がこぼれ落ちている。

 自覚したのは、頬を伝った涙が、ぽつりと地面に落ちてからだった。

 

 これは、この感情は。

 醜い、嫉妬の感情だ。

 泥のように汚い、押し殺してきた感情だ。

 

「おじさんはね、ただの凡人なんだ。主役にもなれず、特別にもなれない。だから、せめて求められた役割だけはこなして、誰にも迷惑をかけたくないって、思って」

 

 本当はもっと活躍したかった。

 本当は英雄みたいになってみたかった。

 本当は魔法使いになって色々な人を助けたかった。

 本当は探検家のように未知の場所を切り開いてみたかった。

 

 前世も含んだ望みが、様々な形であふれ出してくる。

 でも、それは叶わないんだ。自力ではどうしようもないんだ。

 だって、おじさんは凡人だから。

 

 涙が止まらないおじさんを前にしても、ダイナ君は静かに、ゆっくりと話しかけてくれる。

 

「お前は、いつも俺を助けてくれていた。それは、求められていたからか?」

 

 違う。それは違う。

 誰かに求められたから、ダイナ君に近づいたわけじゃない。

 

「いつか、おじさんは村を継いで結婚しなきゃだから。せめて、親しい人と結婚したいなって」

 

 そう。それがきっかけで、ダイナ君に話しかけるようになったんだ。

 おじさんはダイナ君が思うような綺麗な人じゃない。

 打算と自己都合で動く、汚い人なんだ。

 

 それが分かったのに。

 どうして、ダイナ君はそんなに安心したように笑えるの?

 

「……それが聞けて、良かった」

「どうして?」

「お前にも、望みはきちんとあるんだな」

 

 ダイナ君は、すっかり力の抜けたおじさんの手をそっと掴んで。

 その場に、跪いた。

 ちょうど、おじさんを見上げるように。

 

「カメリア。俺と一緒にいる時間は、苦痛だったか?」

「ううん。楽しかったよ」

「カメリア。俺を庇ったことを後悔したことはあるか?」

「ううん。一度だってないよ」

「カメリア。俺が再び姿を現して、憎たらしかったか?」

「……うん。やっぱり特別だったんだって、嫉妬した」

 

 何度も何度も。

 一つ一つ丁寧に。

 おじさんたちのすれ違った十年間を縫い合わせるように。

 言葉を、交わしていく。

 

 ぽつりぽつりと。

 おじさんの目から零れ落ちる涙のように。

 胸の奥から言葉が静かに溢れ出していく。

 

「カメリア」

「うん」

 

 そして、きっとこれが最後になるんだろうと。

 確信が持てる、間があった。

 

「俺は、これまでの人生を強く後悔している。お前は――後悔しているか?」

 

 ああすればよかった。こうすればよかった。

 そういう積み重ねは幾らでもある。

 でも、もしも過去に戻れたとして、おじさんはどういう選択をするんだろう。

 

 ああ、でも。

 全ての始まりが、ダイナ君と仲良くなったことならば。

 それが、歯車が狂った瞬間ならば――。

 

「ううん。後悔してないよ」

 

 この言葉だけは、確信をもって言い切れる。

 お父さんの子供として生まれて、お父さんの子供として育って。

 ダイナ君と仲良くなって、彼を庇いながら崖から落ちて。結婚に苦労して。

 町を出て、色々な場所を見れる可能性を得た。

 

 これまでの選択に後悔なんて、ない。

 些細な選択の数々に未練はあれど。

 全体を通して崩れてしまうというのなら、もう一度同じ選択をするだろう。

 

「ならば、どうか聞いてほしい」

「――うん、聞くよ」

 

 これまでの選択が間違いでないと思えるのなら。

 きっと、今こうしているのにも意味があるのかもしれない。

 正しいかどうかなんてちっともわからないけれど。

 今は、正しさなんかどうでもよく感じた。

 

「俺は、お前のためだけに強くなり、お前のために剣を捧げたい」

「――うん。気が付いてた」

 

 ダイナ君のその思いは、途中で気が付いていた。

 やっぱりか、と照れ臭そうに笑う姿は、六歳の頃の彼を思い出させた。 

 

「カメリア。これは一番自分勝手な言葉だ。だから、どうか自分勝手に返してほしい」

「うん。わかってる」

 

 本当に、わかっている。

 ずっと見て見ぬふりをしていた。

 なんて悪い大人なんだろうね、おじさんは。

 

「好きだ。愛している」

 

 当然、何て言われるのかわかっていたのだから。

 どう返すかも、決めている。

 

 涙を拭いて、少しでもはっきりとダイナ君の目を見て。

 おじさんは、答える。

 

「――ごめんなさい。今は、その気持ちには応えられない」

 

 恋愛感情がわからないから。

 ダイナ君を大事に思っているけれど。

 ダイナ君と同じぐらい好きとは思えないから。

 だから、今はその気持ちには答えられない。

 

 断りの言葉を入れたのに、ダイナ君の表情はどこか清々しくて。

 むしろ、受け入れられなかったことを喜んでいそうな節すらあった。

 

「答えてくれて感謝する。今日になってやっと、お前の言葉を聞けた気がした」

「ごめんね」

「どうして謝る? むしろ、清々しいぐらいだ」

 

 清々しい?

 どうしてだろう。

 

「新しい今後の目標ができた」

「と、言うと?」

 

 確かに。ダイナ君は夢を叶えたわけだもんね。

 その次の目標を見失ってたのかな。

 

「『今は』と言っただろう? ならばいつか、お前に振り向いてもらえるよう、後悔ではなく改善する日々を送るよ。……少しずつな」

 

 思わず、噴き出して笑ってしまった。

 そのぐらい、ダイナ君の言ってることと、表情が不釣り合いだったから。

 

 ダイナ君。

 それは、そんな決意に満ちた表情で宣言することじゃないよ。

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