TS転生した元おじさん一般村娘。将来結婚相手になるだろうからと優しく接していた幼馴染が村を出た。そして十年後、立派になりすぎて帰ってきた。   作:パンデュ郞

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第32話

 結論から言ってしまえば、指輪は見つからなかった。

 少なくとも、庭園には落ちていないことが確認された。

 これはアルカナ様が使用人たちを使って確認してくれた結果。

 ほぼほぼ確実に他の誰かの手に渡っただろうと、確信させるには十分だった。

 

「……はてさて、どうしたものかしらね」

 

 今、部屋の中には四人の人間が集まっている。

 おじさんと、ダイナ君。

 アルカナ様と、どういうわけか王子殿下。

 

 王子殿下は何故呼ばれたのか、とか色々聞きたいことはあるだろうけれど、壁際でこちらの様子を静観している。

 それが、少しだけ不気味に思えた。

 

「まずは、完全にこちらの落ち度よ。ごめんなさい、カメリア」

「頭を上げてください! そんな、アルカナ様が謝るようなことじゃ……」

「いいえ。これは私の采配ミスよ」

 

 一歩も引かぬ様子を見せるアルカナ様。

 おじさんとしては、貴族に頭を下げられるだなんて恐れ多くて仕方がないのだけれど。

 王子殿下も何も言わないあたり、非公式の場だから許されてる、みたいな?

 

「……で、だ。十中八九あの豚が持っているとは思うが、どうやって取り返す?」

「気絶してる間に持ち物検査できればよかったのだけれど、運んでる途中で起きてしまったみたいなのよね。本当に間の悪い豚だこと」

 

 二人の間であの子爵の呼び方は豚で統一されたらしい。

 可哀そう。でも太ってはいるからなぁ……。

 一定の年を越えるとやせる努力しないと太る一方だもんね。

 うんうん、大変なんだよ。中年太り。

 

「俺が無理やり取り戻してくることはできるが――」

 

 ダイナ君とアルカナ様の視線が第一王子殿下の方へと向かう。

 

「なるほど。だから私がここに呼ばれたわけ、か」

「ええ。中央との軋轢を生みたくない。でも、あれは返してもらわないと困るのよ」

 

 中央側の人間として、政治的に話ができる人間。

 その取りまとめとして、第一王子殿下を呼びだした、と。

 

「十中八九、向こうは元から自分の持ち物だと主張してくることでしょうね」

「そして、それを否定する方法もない。持ち物検査なんて軽くしかされていないからね」

 

 たかが指輪の一つぐらいなら、検査漏れもあるだろうで言い逃れできてしまう。

 つまり、このままではあの子爵にお母さんの形見の指輪をまんまを奪われてしまう可能性が高い、ということだ。

 

「強制的に奪う、というのなら流石に見過ごすことはできないかな」

「例え、向こうが先に奪ったということが分かっていても、か?」

「そうだね。それを証明することができないのだから」

 

 アルカナ様とダイナ君の発言があったとしても、二人が親しすぎるのが問題なのだと。

 つまり、発言力がある二人が結託して中央貴族の持ち物を奪おうとしている、という図式が完成させられてしまう。

 そうなると周りからの反発は避けられず、中央とエンビローグ領に軋轢が生じるのは免れない。

 

「一つだけ穏便に済ませる方法があるとするならば、向こうから差し出すように仕向けることだね」

「……何か案はないわけ」

 

 アルカナ様の態度が先ほどからとげとげしい。

 やたらと第一王子殿下へと強く当たっているように見える。

 二人は親しい間柄ではなかったの……?

 

「私に聞かれても困るよ。なにせ、現場を少しも見ていないのだから」

「――はぁ。とぼけるのも大概にしなさい。今回の件、仕組んだのはあなたでしょ、エルビム」

 

 ――え?

 それは、いったい、どういうこと?

 第一王子殿下の目が、鋭く細められる。

 興味深く、アルカナ様を観察するように。

 

「おかしいと思ったのよ。あれほどの無能が使者として紛れ込むなんて、どっちの陣営も得しないもの」

「だとして、どうして私が仕組んだことになるのかな?」

「あなたがあの豚を唆したんでしょう? ここで手柄を立てれば第二王子に気に入られると。そして、入れ知恵までした」

 

 アルカナ様は断言する。強い確信があると、言わんばかりに。

 殿下は……黙って様子を伺っている。

 

「あそこまで酔っぱらうなんて、誰かがお酒を進めたりいい気にさせない限りないでしょう。あり得るとしても、そこから庭園へ向かうカメリアを追うだけの注意力が残っているはずがない」

 

 すなわち、あの子爵は酔う前からおじさんへ目をつけていて、酔わせて判断能力を落としてから追いかけさせた……?

 それが作為的にできるとしたら――使者側にしかいない。

 

「まさか。私も大半は君と同じ時間を過ごしていたはずだよ?」

「大半は、ね。私がカメリアのところへ行っていた時、あなたは何をしていたのかしら」

「…………さて、どうだったかな?」

「因みに、俺はうざったい連中に絡まれていた」

 

 力になれず済まないとダイナ君が頭を下げる。

 気にしてないよと宥めて、頭を上げてもらう。

 うん、本当に素直になったね君。

 

「第一、それをして私に何の得が? 利益もないことはしないさ」

「利益ならあるわよ。あなたと、第二王子両方へ」

 

 第二王子側にも利があると言われて、殿下もピクリと反応する。

 まさか、本当に?

 

 アルカナ様の追及は続く。

 

「問題を起こさせるのが、そもそもの目的だったんでしょう?」

「どういうことですか?」

 

 問題を起こさせるのが目的?

 それっておかしくない?

 だって、今回の式はダイナ君が問題ないって示すための式のはずなのに……。

 

「カメリア。よく聞きなさい。要するにこいつは、ダイナに問題を起こさせて王都へ連れていくつもりだったのよ」

 

 特出戦力を無理やり動かすのは難しくとも。

 政治的に理由付けされては、アルカナ様も協力せざるを得ない。それを狙ったのだと。

 そのための要因として、おじさんは扱われていたってこと?

 

「じゃあ、王子殿下が私に接触してきたのも……」

「カメリアがどれほどダイナにとって重要なのか計っていたのでしょうね」

 

 そして、利用価値があると踏んで、今回の事に及んだ。

 

「カメリアに何かあればダイナが動く。そこで問題を起こせば……」

「計算が狂ったのは、誰も見ていない庭園でことが起きたことかしら。それと、酔いすぎて子爵の記憶が半分飛んでそうだったのも影響しているわね」

 

 本来は子爵の独断として罪を押し付けつつ、ダイナ君を危険人物に仕立て上げるつもりだったのだと。

 アルカナ様は語る。

 

 もしもその推測が正しいのなら、何て恐ろしい話なのだろう。

 同時に、これらが全て正しいということを、殿下の沈黙が語っている。

 

「――わかった。それで、私は何を協力すれば見逃してもらえるのかな?」

「本当に、昔っからあなたのそういうところ嫌いよ。エルビム」

「光栄だよ、アルカナ」

 

 嫌悪の視線を向けられても、殿下は毛ほども気にしていないようだ。

 かつてのアルカナ様を愛おしそうに語っていたのも、全部嘘だったってこと?

 いや、おじさんには、そうは聞こえなかった。

 知らないだけで、入り組んだ何かが二人の間にはあるのだろう。

 

「言っておくけれど、僕から返すように言うのは不可能だ。弟との契約違反になる」

「あくまでも子爵は処分させたいってわけね」

「その通り」

 

 無能な味方は時に有能な敵よりも厄介な敵となる。

 今回の件で罪を着せて、子爵を飛ばすのが第二王子の利益になるのだとか。

 平然と、人の将来を駒のように扱っている。

 なんて恐ろしい世界なのだろう。

 

 おじさんは、とてもじゃないけれど平然とそういう話をできるようになれる気はしない。

 そんな時、そっとダイナ君がおじさんの右手を握ってくれた。

 

「大丈夫だ。お前はお前のままでいい」

「ダイナ君……」

「無理だけはするな」

 

 そう、だよね。

 無理はしない。できることだけをやるんだ。

 

 条件を整理しよう。

 まず、強引に取り戻す手段はとれない。

 そうなると殿下たちの思惑通り、ダイナ君が中央へ無理やり連れていかれる口実になってしまうからだ。

 そして、先ほどの殿下の発言から、指輪があの子爵の手元にあることが確定した。

 だから――総合すれば、何とかして子爵から指輪を返してもらうしかない。穏便に。

 

 考えろ、考えろ考えろ。

 これはおじさんの問題だ。だから考えろ。

 あの子爵から指輪を返してもらうとして、どうすればいい?

 

「……ダイナ君。あの子爵さんって、どんな人に見えた?」

「あの豚か? そうだな……功名心に目が眩みやすく、先の事を考えず目先にばかり引っ張られる人間だ。それでいて、小心者だからこそ、上位者にはめっぽう弱い」

「私も同意見よ」

 

 アルカナ様も賛同してくれた。

 なら、それで間違いないと思う。

 

 功名心、小心者、目先の事ばかり。

 そんな人が、奪った品を返したくなるような状況――っ。

 

 一つ、思いついた。

 けれど、いや、本当に言うの?

 あまりにもあまりにも過ぎる。

 

「心配するな言え」

「ダイナ君」

「何か思いついたんだろう? そういう顔をしている」

 

 迷っている。これを言って、本当に大丈夫か。

 ダイナ君を傷つけやしないか。

 おじさんは、不安で仕方がない。

 

 そんなおじさんの手を取って、ダイナ君はゆっくりとその場に跪いた。

 まるで、昨日の再演のように。

 

「言え。どんな我儘だろうと、俺が叶えてやる」

「……わかった。ダイナ君。今から凄い酷いこと言うね」

「ああ。言ってくれ」

 

 大きく息を吸う。そして吐く。

 あまりにひどい。人の心をもてあそぶような言葉。

 でも、きっとこれなら指輪を取り返せる。

 

「ダイナ君の気持ちには、変わらず応えられません。でも、ダイナ君の誓いだけください!」

 

 場が、沈黙に包まれる。

 殿下も、アルカナ様も、ダイナ君でさえも、まるで想定外だったと言わんばかりに固まっている。

 

 やがて、おじさんが何をしようとしているのか理解したのか、アルカナ様が笑い出した。

 続いて、殿下がとんだ悪女もいたものだと笑う。

 最後に、ダイナ君が笑う。

 

「最高の申し出だ。俺の誓いを捧げられるなら、それを上回ることはない」

「……いいの?」

「何がだ? むしろ、俺の方こそいいのか、と聞きたいぐらいだ」

 

 ダイナ君はおじさんが何をしようとしてるのかは理解してないみたい。

 でも、純粋に喜んでくれているみたいだ。

 それがなんだか申し訳なくて、余計に今回の事を成功させないといけないって気になる。

 

「アルカナ様、第一王子殿下」

「なあに、カメリア」

「やれやれ。中央に戻った時にどういう言い訳をしようかな」

 

 二人はもう全てを察している。

 笑顔が、その証明だ。

 

「叙勲式の、形式変更を提案いたします」

 

 さあ、嘘を吐きに行こう。

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