TS転生した元おじさん一般村娘。将来結婚相手になるだろうからと優しく接していた幼馴染が村を出た。そして十年後、立派になりすぎて帰ってきた。 作:パンデュ郞
叙勲式が無事に終わり、三か月という日々が過ぎた。
その間おじさんはアルカナ様の元で代筆官としてだけでなくて、写本家としても仕事をしていた。
魔法がある世界なら魔法で何とかならないのかな? なんて思ったけれども。
なんでも、インク材料には魔法と相性が悪いものが意図的に使われているらしい。
なんでそうなったのかというと、魔法でインクを自由自在に操れたら文書偽造が簡単にできてしまうからだとか。ごもっともである。
貴族間では頻繁に文書のやり取りをしないとなのに、その都度文書の信頼性を疑っていては困る。結果、魔法を妨害する材料や手法が発達したのだとか。
便利さと危険利用は紙一重ということなんだねぇ。
なので、書物とかは基本的には手書きの世界みたい。
『あなた……本当に平民やってたの? 文官の生まれとかでなくて?』
と、驚かれたのも今となっては懐かしい話。
何でも文字の丁寧さと書く速度が大分早い方なのだとか。
このあたりは前世取った杵柄、ありがたく使わせてもらいます。
もう、ずるいとか考えるのはやめた。
この世界で仕事して生きる以上、仕事で手を抜くのは相手に失礼だ。
ずるいだのなんだの考えるよりも、おじさんにできる最善を尽くす。
これが重要だと気が付きました。
仕事をする上で重要な心得ですね。
「カメリア、今いいか?」
「ダイナ君。うん、大丈夫だよ」
おじさんがいる、アルカナ様から与えられた部屋の扉が開かれる。
この部屋には幾つかの仕事のための機能と、おじさんの私室としての機能が併合されている。
待遇が良すぎるんじゃないかなぁ。と思うけれど、元より写本家は貴重らしい。
まあ、大変だからね。
写本作業を一旦止めて、座ったままダイナ君の方へ体を向ける。
インクが本や紙につかないように気を付けるのも、身に染みてしまった。
アルカナ様は気にしなくていいというけれど、この世界の紙、結構高いんだよ。
いや、前世が安すぎただけなのかな……?
保存が利く紙を使ってるから高いだけなのかな……?
「アルカナが呼んでいる。俺たち二人を名指しで指名だそうだ」
「アルカナ様が?」
なんだろう。
ここ最近は、ダイナ君とセットで動くこともめっきり減っていた。
というか、ダイナ君が部屋の中でじっとしていることが多いおじさんとの相性がすこぶる悪いのだ。
じっとしていられない男の子の性分って言うのかな。
なんというか、ひたすら写本しているおじさんを眺めているだけでも最初は楽しかったらしいんだけれど。
長時間じっとしていてかつ気が緩むのが嫌らしい。
おじさんは座り作業慣れてるから……前世で。うん。
因みに必要なら一週間ぐらいは不眠不休でじっと見張りはできるそうなので、気のゆるみが一番問題視してるっぽい。
本当に戦士なんだねぇ。
「おじさんたちをセットで呼ぶって、何だろう?」
「わからん。だが、有事なのは間違いないだろう」
心当たりはないけれど、厄介事だと嫌だなぁ。
せっかく色々と整ってきたタイミングなのに。
「厄介事よ」
そんな思いで向かったアルカナ様の執務室。
開口一番がこれでした。
「厄介事か」
「ええ、厄介事よ」
非常に深刻そうな表情で、二人がやり取りをする。
アルカナ様の傍らにはルピガナさん……ルピガナさん?
なんでここにいるんだろう。
彼女は普段雑事とかを担当していて、方々の調整に駆け回っているはずなのに。
「状況を説明するわ。ギャーリドラ――ダイナはなじみがあるでしょうが、魔境最前線の都市から支援要請が入ったわ」
魔境最前線の都市から、支援要請?
それは結構な緊急事態なのでは。
でも、ダイナ君が呼ばれるのは分かるけれど、おじさんが呼ばれた理由がわからない。
「具体的には異変が生じている。という報告よ」
「――異変?」
異変とはどういうことだろうか。
おじさんの様子に気が付いたアルカナ様は、申し訳なさそうに微笑んで注釈をしてくれる。
「ごめんなさい、気が急いてしまっていたわね」
「いえ、こちらこそ無知で。魔境での異変って、何があったんです?」
異変というからには何かがあったのだろうと思うのだけれど。
驚くことに、これへの返答が中々返ってこない。
「カメリア、魔境における異変というのは、そもそもわからないことが前提なんだ」
「そうなの?」
「ああ。地元の冒険者たちが、何か普段と違う。という気配を察知して、“異変”という現象の発令がなされる」
なるほど。危険注意報みたいなものなのかな?
ダイナ君は流石に詳しいね。なじみがあるって言われてたし、向こうの都市にも長いこと滞在してたのかな。
「詳しくはわからないけれど、わからない何かが起きている――それが魔境における異変よ。今回は、その異変の原因を調べるために人員を要求されているわけ」
ここまで説明されて、ようやく事態が飲み込めた。
ダイナ君は二年間魔境で生き残ってたらしいし、確かに魔境を調べるのにうってつけの人材だろう。
じゃあ、おじさんはなんで呼び出されたんだろう?
「カメリア様には、ダイナ様の補佐の文官として向かってもらう事となっております」
「現地の情報を逐一こちらへ報告するための補佐役、ってところね」
「それは私でなければならないのですか?」
アルカナ様は静かに首を振る。
顔色を見るに、結構おじさんを動かすのは不本意そうだ。
「あの叙勲式にいたヴェールの女性は誰だっていう、中央からの追及が結構厳しいのよ。あの馬鹿子爵は案の定暗殺されるし、次の窓口を求めて各中央貴族が競っているの」
「そこで、一旦カメリア様もギャーリドラへ避難してもらおう。という目論見なのです」
ヒェッ。あ、暗殺?
話を追加で聞くと、表向きは事故死らしいけれど、十中八九事故に見せかけた暗殺らしい。
貴族の世界、恐ろしい。
「後は、お父様が優秀な筆記官を要求しているのもあるわ。異変にどう関係あるのかはわからなかったけれど」
「お父様? って言うと……エンビローグ伯爵様ですか!?」
アルカナ様が頷く。
「お父様にはカメリアの顔通しもしておきたかったし、ちょうどよい機会だと思ったの」
「随伴には私、ルピガナがおふた方についていく予定となっております」
つまり、武力面での追加人員がダイナ君。
筆記官として何するのか知らないけれどおじさんが一人。
二人をまとめて補佐する役目としてルピガナさんが一人。
合計三人で向こうの都市に行くってこと?
「馬車の手配はつけてあるわ。以前よりかは快適な旅を約束するわよ」
「うっ」
以前のおじさんの醜態を思い出したのか、他の三人が笑う。
「なあに、イチノシ村からここほどは遠くないわよ」
「なら、いいんですけれど」
確かに、おじさんが今やっている業務も緊急性があるわけではないし。
代筆官としての仕事は一通り終わって、複写の方がメインになりつつもある。
お金も結構な額お給金としてもらえているから……大丈夫、かな?
魔境の近くの都市ってのがちょっと怖いけれども。
「大丈夫よ。あなたの隣にいる男が誰だと思ってるの?」
「あっ、そうですよね」
「例え天竜が襲ってこようが、俺がお前を守るさ」
天竜は竜種の中でも最強とされている竜だ。国一つ程度なら軽々しく滅ぼす、大災厄とされている。
とはいっても、歴史上のおとぎ話としてしか出てこない存在だけれども。
「と、いうわけで基本的にあなたの身の安全は確実よ。少なくとも、この城にいるよりも、ね」
「ダイナ様のホームとしては、こちらよりも向こうの方がやりやすいでしょうからね」
何なら、向こうにはダイナ君が買った家もあるらしい。
ダイナ君、土地持ちだった。おじさんそんな事実知らなかったよ。
「俺が留守の間、全体の統制はニギルが取るのか?」
「こちらに関してはそうよ」
「暗殺者の危険性は?」
「――このアルカナ様の目をかいくぐれると思って? この、エンビローグ城で」
愚門だったな、とダイナ君が引き下がる。
え、何。暗殺者の危険性って何。
一体おじさんの知らないところで何が進んでるの。
お前は知らなくても大丈夫? いや、知らないから怖がってるんですけれど!
「とりあえず、俺たちが離れることで問題が起きない。むしろ都合がいいというのは分かった」
「そういうこと。じゃあ、後はルピガナの指示に従いなさい。二人とも、下がっていいわよ」
そう締めくくられて、おじさんたちとルピガナさんの三人で、アルカナ様の執務室を後にすることとなった。
「では、後程移動の日程などを通達いたしますね」
「ああ、頼んだ」
拒否権はないよねぇ。そうだよねぇ。
馬車、嫌だなぁ……。
そして案の定、道中の馬車の旅はとても辛いものでした。
流石に前よりかはクッションあって楽だったけれど。揺れが……。
向こうから戻ってきたら、衝撃吸収材的な何かをアルカナ様に提案してみようかな……。
と、いうわけで第三章は魔境とそのすぐそばの都市での話になります。
この章もどうかゆるりとお付き合いください。