TS転生した元おじさん一般村娘。将来結婚相手になるだろうからと優しく接していた幼馴染が村を出た。そして十年後、立派になりすぎて帰ってきた。   作:突発性でべそ症候群

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第5話

 ◇ ◇ ◇

 

 それじゃあ、これで一旦失礼するね。

 そんな風に、気まずい雰囲気に耐えられなかったのか、カメリアは行ってしまった。

 残されたのは、俺と親父。後は厨房に立つ母さんだけだ。

 

「……ともかく、お前は十分自分がしてきたことの重さを理解できたようだな」

「……ああ。十分すぎるほど、よくわかった」

 

 冷静に考えれば、そうであるはずなのだ。

 それを見ないようにしてきたのは、俺自身だ。

 目の当たりにしてしまった以上、認めないのは現実逃避であり、戦場で現実逃避をすれば死ぬ。

 この十年間で、散々見てきた光景だった。

 

「そもそも出だしが最悪なんだ。お嬢さんが異常なほど優しすぎるからお前がここにいるのが許されてるが、本来すぐ追い出されてもおかしくないんだからな?」

「わかっている」

「他の村人だって、本当はお前にムカついている。みんな村長やお嬢さんには世話になってるからな。全員、お嬢さんの顔を立てて大人しくしているだけだ。それもわかってるんだろ?」

「……わかっている」

 

 俺が歓迎されていないことなんて、よくわかっている。

 この十年、冒険者として様々な場所を巡った。

 時には村にも行った。そこで、嫌と言うほど村社会の現実を知ることにもなった。

 俺が彼女にしたことが、どれほど重い罪だったかも。

 

「お嬢さん相手だと恥ずかしがって口数が露骨に減る癖は治ったようだが……本当にどうするつもりなんだ、お前」

 

 本当は、俺だって気持ちを伝えるべきだったとわかっている。

 逃げ続けたのは俺の弱さだ。俺の弱さを、全て彼女に押し付けてしまっている。

 それすら背負って、笑ってくれている。どれほどありがたいことか、わからない程馬鹿ではいられない。

 

「立派になったら戻ってくる。約束にこじつけて、意地になってたんだろ」

「その通りだ」

「道中一回でも面見せりゃ良かったんだ。しなかったってことは、怖かったんだろ」

「……本当に、その通りだ」

「馬鹿なやつだよ。騎士を目指すならあの日に出てかなきゃいけない理由があったにしても、大馬鹿野郎だ」

 

 怖かった。彼女に拒絶されるのが、怖かった。お前のせいでこんなことになったんだと、非難されるのが怖かった。

 そんなことはないとわかっていながら、ただひたすらに俺の弱さから向き合えなかった。

 あの日がタイムリミットだったから、なんでただの言い訳だ。謝りたかった、無事を確認したかった。でも、怖くて逃げてしまったんだ。

 

 だから、剣の実力さえ、強ささえ手に入れられれば、俺の心も強くなれると信じて、ひたすらに時間を重ねた。

 俺が強くなれば、狼どもを蹴散らせた。彼女にあんな選択を取らせずに済んだ。

 俺の弱さが悪いんだと。だから強くなるんだと。

 

 盲目だった。時間は平等に過ぎ去っていく。いつまでも、待ってくれるはずがないんだ。

 だから不安をかき消すように更に強さを求めた。悪手だと気づいていながら、逃げ続けた。

 そして今、現実を目の当たりにして、夢から目覚めさせられた。

 俺は本当に最低の男で、いつまでも弱いままだったと思い知らされた。

 

「……で、諦めんのか?」

 

 親父は静かに問う。

 責めるというよりも、確認するために。

 

「諦めるってんなら、早々に村を出て、二度と戻ってくるな。竜殺しの騎士様だ、外では引く手あまただろうさ。生活には困らんだろう」

 

 その通りだ。実際、道中引き留める声や式典を一部無視して、この村に戻ってきた。

 騎士という称号を得たならば、ようやく自信をもって彼女に会えると思ったからだ。

 声をかけてくる女性もいたにはいた。結婚するだけならばどうとでもなる。

 ある程度の力も地位も手に入れた。彼女にこだわらなければ、俺は自由だ。

 

「ニギルにも手紙を書いてやる。お前には教えんかったが、俺やあいつは文字の読み書きができる。向こうで暮らしていく分には、あいつの養子扱いにでもなれば不自由せんだろう」

 

 ニギル。俺に剣を詳しく教えてくれた師匠だ。

 親父のかつての冒険者仲間でもある。

 騎士として認められるために必要な事、力を持つもの必要なことを、散々と教えてくれた。

 

「お嬢さんの結婚相手候補も見つかっている。調査中だが……おそらく致命的な問題はないはずだ。どこか遠くの村の出で、三年前に流れてきたのをサンダク村で保護した子のようだ。おっと、これはまだ村長には内緒だぞ。俺が勝手に動いてるだけだからな」

 

 つまるところ、俺が諦めて大人しく出て行けば、全てが丸く収まるということだ。

 俺が諦めるだけで。最初から全て悪かったと認めて出て行けば。

 すべてが、丸く収まるんだ。

 

「――で、諦めんのか」

 

 これが、最終通告だ。

 回答次第で、今後の親父の行動はガラリと変わるだろう。

 

 状況は全部整ってる。

 冷静に考えれば、答えは一つしかない。

 初手から間違えてた人間に、挽回のチャンスなんてそうそう巡っては来ない。

 この世の常だ。

 

「――嫌だ。諦めたくない」

 

 だとしても、だ。

 そうだとも、これはただの我儘だ。

 理性では理解している。俺は身を引くべきだと。

 全て間違いだったと謝罪して、姿を消すのが最善だと。いや、それすら必要なく、ただ消えるのが良いのかもしれない。

 

「てめぇがどれだけの事やらかして、今後挽回するのにどんだけ必要なことがあるのか、分かってんのか」

「わからない。だとしても、諦められない」

 

 俺は彼女の苦労の十年を知らない。

 俺は彼女の抱えた苦悩を理解しきれない。

 辛い目に遭っても、笑って許してくれて――そんな優しさに甘えてしまいそうな自分が最低だと理解している。

 

 だとしても、この思いだけは、唯一この思いだけは、捨てられない。

 

 最初は鬱陶しかった。ずっと近くにいて、話しかけてきて、邪魔だと思った。

 でも、彼女の所作がどれだけ相手を気遣って、どれだけ相手の事を考えてるのか、時間はかかったが理解できた。

 嬉しかった。他の人とは違う。俺を受け入れてくれたのが。

 俺は、自分が間違ったことをしているという自覚があったからこそ、肯定されたのが何よりも嬉しかった。

 

 そんな彼女にずっと笑顔でいて欲しいと思った。俺が守りたいと思った。

 だが、違ったんだ。

 

 あの日、崖から飛び降りて大けがを負ってなお、彼女は笑っていた。俺が無事でよかったと。

 彼女を守るというのは、笑っていてほしいというのは並大抵の事では達成できない。

 ――カメリアは、平気で自分の身を犠牲にできてしまう人だから。

 俺は、彼女に本当の意味で幸せに、笑顔になってほしい。

 

 心の底から拒絶されたのならば、それはもはや受け入れよう。

 その時までは、その瞬間までは、どうか。

 この心こそが、俺がここまで強くなれた原点ではあるのだから。

 

「諦められるならば、そもそも戻ってきやしない」

 

 呆れたと、大きなため息が聞こえた。

 

「……大馬鹿だよ、お前は」

「知っている」

「同時に、お前は俺の子だよ。まったく、同じ馬鹿は二人もいらないんだがなぁ」

 

 台所の方からクスクス笑う声が聞こえた。

 そういえば、親父が母さんを口説いた時の話は具体的に聞いたことがなかった。

 とにかくアタックした、とだけは聞いている。

 

「一つだけ、誓え。今のお前は最低だが――惚れた女泣かす男は最低以下だ」

 

 ふと、空気が変わったのが分かる。

 この感じは地竜と相対した時の、いや、それ以上の――。

 

「何があろうと、絶対に泣かすんじゃねぇぞ。お嬢さんを泣かしたら――俺が全力でお前を殺す。今度は脅しじゃねぇぞ」

 

 カメリアがいた時は冗談めかして言っていた言葉が、今になって重みが増す。

 俺自身が強くなったから分かる。肌を突き刺すピリピリとした感覚。一瞬動きを間違えただけで、次の瞬間には首が宙を舞っているであろう錯覚。

 幾つもの死線死闘を繰り広げてなお慣れない、死の気配。

 これが、親父の本気の殺気――っ。

 

 思わず、口角が吊り上がる。

 怖くないと言えばウソだ。さっきも手加減されてたことぐらいわかっている。

 だとしても、ここは笑えと本能が言っている。

 

「絶対に、そんなことはさせない」

 

 俺の答えに満足したのか、少しして殺気は収まった。

 そして、挑発するように親父は笑う。

 

「上等だクソガキ。おら、さっさと鎧脱いでこい。準備するぞ」

 

 そう言い放つや否や、親父は席を立ち、軽く伸びをする。

 まるで、これから運動を始める前のように。

 

「準備? 何を準備するんだ?」

「何をたわけたこと抜かしてんだてめぇ。まず最初にやるべきことがあるだろうが」

 

 最初にやるべきこと? わからない。

 なにせ、俺がやるべきことはあまりにも多い。

 どれから手を付けるべきかなんて、わからない程に。

 

 そんな俺の様子を見て、親父は再び、いや先ほど以上に大きなため息を吐いた。

 

「相手に怪我させたらごめんなさい、だ。人として当たり前の行事をまだしてねぇだろ?」

 

 俺に話しかける様は十年前と何も変わらなく、言うことを聞かない子供に言い聞かせるように。

 それでいて、見守ってやると言わんばかりに優しい目をしていた。

 

「十年越しだが、一緒に頭下げに行くぞ。言っておくが、簡単に許されるだなんて思うなよ」

 

 ああ、その通りだ。

 まずは、彼女に謝らなければ。

 例え、それで拒絶されることになったとしても。

 それは、俺が受け入れるべき咎だからこそ。




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