超能力者がボディーガードとして働く話   作:goldMg

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アオハルと謹慎

 

 植えてから2〜3か月経った野菜は順調に生育し、もう収穫しても問題ないだろう可食部を見せつけてくる。

 まずはニンジンからだ。

 何故ニンジンが夏に……などと考えてはいけない。

 トレセンの土はすごいのだ。

 あの理事長が大金を使って、私費で整備した畑なのだから。

 狂気過ぎる。

 あの子の狂気に比べたらアグネスが可愛く見えるぞ! 

 

 しかし収穫だ。

 ぜひ美味しく食べよう。

 量が量なので、ただ料理に使うだけでは勿体無いし処理しきれない。

 週末、2人のためにニンジンチップスやドリンクを作ることにした。

 許可を得て食堂のキッチンの一角を借り、人参をせっせと下処理。

 大鍋に油を入れて、適温になったらホイホイと薄く切った人参をぶち込む。

 

 時間は無駄に使えない。

 ニンジンの他にケール、大葉、リンゴなどをミキサーにかけ、牛乳と冷凍バナナで味の調整をして謎の飲み物を作った。

 ジュースと呼んで良いのかは知らないけど、美味いからいいだろ。

 

 そんなことをやっていると人参が揚がり始めたので、取り出して軽く塩を振った。

 時間ぴったりに完成だ。

 一般成人女性20人分だけど、ウマ娘なら適量に──なんか多いな? 

 ひのふのみの……ふを超えた時点でおかしいけど、両手の指に収まらない数だぞ。

 これは一体……!? 

 

 どうやら匂いに釣られてやってきたらしい。

 自分で作れば良いのでは? 

 

 ──ウィンドにみんなの分も作って欲しいと頼まれて断れる人間はこの世に存在しないので、出来たチップスとジュースを片っ端からさらに追加していった。

 俺も一緒に食べようと思ってたのになあ……あ、おかわりね。

 

『良い匂いですね』

 

 やばい! 

 ウマ耳がどんどん集まってくる! 

 こっそりやるつもりだったのに、こいつら鼻が良過ぎるんだ! 

 ……ん? 君たちは……手伝ってくれるのか? 

 

 ウマ娘の反応は3分された。

 早く来ないかなーって待つ雛鳥タイプ。

 興味が無くてスルーするクラウドタイプ。

 そして手伝ってくれる世話焼きタイプだ。

 いまのところ、8割が雛鳥で1割がクラウドで残りが世話焼き。

 世話焼きが2人とした時、全体の人数は何人でしょうか。

 

『すいませーん、おかわりくださーい』

 

 揚げても揚げても終わらないニンジンチップス作り。

 皿に載せた瞬間。暗黒星雲が如き広さを有するウマ娘達の胃の中に吸い込まれていくのを見ると諸行無常を感じる。

 しかし終わらないからと言って世話焼きの2人が食べられないのは不公平なので、椅子を持ってきて揚げたてのものを食べてもらった。

 世の中、縁の下の力持ちに気付いてる人もいるんだからな。

 縁の下に入る必要すらなくて上から持ち上げるタイプの俺みたいな力持ちは気付かれるけど、だからこそ俺は縁の下タイプには気付いていきたい。

 

 それにしても、この2人……どこかで見た顔だ。

 聞いても2人して微笑むばかりで答えないので全く見当もつかないけど、もしかしてニンジンチップスの妖精だったりするのか。

 ……ナンパじゃないからね? 

 

 和気藹々、2人と料理を楽しんだ後は連絡先を交換することになった。

 可愛い女の子と交換できてラッキー! とか思うよりも先に困惑が来る。

 俺、トレーナーじゃないんだけどな……

 

 ボディーガードは不用意にウマ娘やトレーナーと接触することは禁じられている。

 例えばアグネスタキオンは向こうが自発的に許可を取り、かつトレーニングやレースの為という大義名分があって漸く俺も接触していいか……ってなっている。

 今回のは建前も何もない、本当にただ女子学生と連絡先を交換した社会人だけがいる。

 急いでたづなさんに確認しなきゃ! 

 直属の上長はボディーガードのチームリーダーだけど、嫌われてるからお話にならん! 

 

 ──なんと、確認に一週間も要した上で問題ないという判決が下った。

 

 あんまり推奨される事ではないから気を付けてね? みたいな柔らかい注意とともに解放された。

 怖すぎて震える。

 とはいえ、ダメだったら2人には謝罪した上で消すしかなかったので安心だ。

 

「──何これ?」

 

 メ。──幼馴染のハイライトについて──

 

「ナニ、コレ?」

 

 トレーナー室で、放置していたスマホの中身を見られてしまったのが発端だった。

 ……人の携帯を覗くなんて、良くないぞウィンド! 

 

「で?」

 

 こわいっ! 

 ウィンドも成長して、一端の怖さというものを身につけはじめたんだ! 

 風に愛され、風と流れ行くばかりだったウィンドが風を起こすほどに! 

 ええい! 何もやましいところなんてないんだから堂々としてやる! 

 

「ふーん……あの日、手伝ってた2人ねえ……」

 

 冷たい雨のような表情。

 窓も空いていないのに頬を撫でる風。

 薄く開かれた唇は弧を描き、俺のスマホを握りしめたまま出ていった。

 扉がピシャリと閉められる。

 思わず手を伸ばした俺と、ずーっと睨んでいたハツキだけがその場に残された。

 

「──許します」

 

 ウィンドは複雑な表情で戻ってきたかと思えば、お許しの言葉を吐いた。

 理由を聞こうにも、ハヅキと2人でコソコソ話しながら部屋を出ていくので止める暇すらない。

 取り敢えず、1人になった部屋で神妙に頷いた。

 ──後頭部を何かに叩かれた。

 振り返るとウマソウルが一つ浮かんでいたので、もみくちゃにしてやった。

 

 だからねハヅキ、トレーナー室がメチャクチャになったのは俺のせいじゃないんだ。

 

 

 ──────

 

 

『あなたですね、例のボディーガードは』

 

 樫本理事長代理はツンとした表情の女性だ。

 規律に厳しく、過度なまでの管理を求める完璧主義。

 彼女は秋元理事長不在の中央トレセン学園を運営するにあたって不整合な規則運用や緩い管理環境を一新すると宣言し、ウマ娘と不用意に関わっている俺には謹慎が言い渡された。

 ワロタ。

 

 ウィンドとハヅキとの接触も禁じられ、生きる気力がなくなっていたところを先輩ボディーガードのダイワレキシントン

 ──キシちゃんに誘われて水族館に行くことになった。

 学園の門前で待っていると、現れたのは普段のボディーガード用スーツを着た姿じゃなくてフワリとしたガーリーな装いをしたキシちゃん。

 ウマ耳がぺたりと垂れ、尻尾は落ち着きなく揺れている。

 これは緊張のサイン。

 気を紛らわそうと手品を見せると、驚いてからクスッと小さく笑う、そんな姿に目を奪われた。

 

 照れた頬のまま、早く行くぞといつもの男勝りな口調で催促してくるキシちゃんと横並びで目的地へ向かう。

 仕事中や仕事終わりの飲みでは何度も一緒に歩いたことあるけど、完全なプライベートで一緒に出かけるのは初めてだ。

 10時、土曜日ということもあって人の出入りの激しい水族館に到着した。

 

 キシちゃんは物珍しげに水族館全体を観察している。

 水族館とかあまり来ない感じ? 

 ……人生で2回目? 

 

 いつも、上司や他ボディーガードに厳しい目で見られがちなところを、キシちゃんが折衝役に就いてくれるので本当に感謝してもしきれない。

 だから目一杯盛り上げようとしたんだけど、水族館や魚について詳しいわけじゃないので小学生並みの感想を述べることしかできなかった。

 ちょっとは調べてきたんだけど、それも水族館の解説看板に勝るものじゃない。

 俺のポテンシャル低いな……

 

 とはいえ流石水族館。

 俺ごときの力が無くても十分にヒトを楽しませる設計になっている。

 アシカショーやヒトデコーナー、ラッコの渡り水路など多くのアトラクションを堪能した。

 昼飯は水族館内のレストラン。

 ニンジン多めハンバーグランチセットを頼むかと思いきや、明らかに量の少ないニンジンのサラダつき海鮮丼。

 レース選手じゃないけど、ボディーガードも身体が資本だ。

 少なくて心配になったので俺の頼んだハンバーグランチセットと半々にすることにした。

 

 水族館を周り終え、気付く。

 昨日までは絶望感しかなかったけど、水族館のことを考えている間、水族館にいる間は楽しかった。

 本当に良い先輩を持ったな。

 

「ヒビキ君、おかえりー」

 

 トレセンの寮の敷地に帰ると、お出迎えだ。

 キシちゃんは後ろに隠れた。

 ハヅキが何故、接触禁止の令を破ったのか。

 

「あの話は無くなったよ」

 

 だそうだ。

 どうやら俺の功績がデカ過ぎたらしい。

 まあ、2人と会えないならボディーガード続ける意味無いか

 ら辞めるつもりだったしな。

 向こうとしてはそうなるか。

 しかし、これで学園公認で2人の部屋に入り浸れるわけだ。

 良かった良かった。

 

 ──2人で話がしたい? 分かった、じゃあトレーナー室で待つよ。

 

 

 ──────

 

 

 私もなりたかった。

 最も早いウマ娘に。

 最も幸運なウマ娘に。

 最も強いウマ娘に。

 お母さんに連れて行かれたレース場。

 煌びやかな衣装に身を包み、総身を包む覇気が数十mの距離を超えて肌を叩く。

 最も鮮烈で強烈な、あまりにも刺激的な光景は私を虜にした。

 

 次の日からは早く起きて、太陽が昇るのを見ながら走り続けた。

 あの光景を思い出すだけで心臓が鳴り止まなくて、眠ってなんていられなかった。

 一番速いウマ娘になるって宣言もした。

 お母さんは喜んでくれた。

 そして背中を押してくれた。

 

 無邪気に、無垢な万能感に包まれながら……私はただ、走り続けた。

 

 突き動かされるままに走って、走って、走り続けて、地元のジュニアレースなんかでちょっとだけ成績を残せたりして。

 必死に勉強して、なんとか中央トレセン──日本ウマ娘トレーニングセンター学園にも入学した。

 

 希望に満ちていた。

 私の日々が始まると信じていた。

 素晴らしいトレーナーと出会い、メキメキと頭角を表す私の姿が夢にすら現れるほどだった。

 芝生の匂いが、好きだったんだ。

 全てが順調で、全ての出来事が自分の為にあると信じて疑わなかった。

 

 ──選抜レースで叩きのめされるまでは。

 

 最強最高のウマ娘を目指す。

 それはウマ娘にとって当たり前の欲求で、誰もが通る道だった。

 それに従って走りたくなるのも普通だし、走り込むのも普通。

 私が通っているのは選ばれた才能の輝ける軌跡ではなかった。

 凡才が少しだけ頑張っているだけの話だった。

 

 私はトレーナーに見つけてもらう事ができなかった。

 泣きながらお母さんに電話して、何度も謝って……お母さんから謝られた。

 それが悲しくて、辛くて、またずっと泣いた。

 

 辛かったなあ。

 世界からいなくなってしまいたかったんだ。

 夜空を見上げて、また泣いた。

 そこに煌めく星に至れないことが悔しかった。

 

 中等部3年を経てトレセン学園を退学した私は普通高校に進学し、高校を卒業するまであと一ヶ月というところでまたもや転機が訪れた。

 

 トレセン学園がボディーガードを募集し始めると、テレビで大々的に放映されたことだ。

 夕飯の時間だったのに、いつの間にか走っていた。

 河川敷を遮二無二、メチャクチャな走り方で体力がなくなるまで走った。

 そうして息も絶え絶え、汗ビッショリになったところで芝生に寝転んで叫んだ。

 

 諦めていた。

 夢は叶わないって知っていた。

 分からされた。

 ギッタンギッタンにされていた。

 もう、あそこには行きたくないって思ってた。

 

 それなのに……トレセンに関われる仕事があるって分かっただけなのに……

 

『また……あそこに行きたい!』

 

 あの、みっともなく藻搔いていた苦しい時間がどうしようもなく愛おしかった。

 靴がボロボロになって、それを買い替えに行く時間が楽しかった。

 並走をして、最後の最後までどちらが勝つか分からない瞬間のひりつきが堪らなかった。

 トレーニングを終えた後に入るお風呂の心地良さが、毛繕いをしている瞬間の微睡が何物にも替え難かった。

 

『みんなに会いたい!』

 

 みんなと、また一緒に走りたかった。

 夢に向かって歩いていたかった。

 それを投げ出した自分が、まさかそんなことを望んでいいわけもないのに。

 

『会いたいよ……』

 

 立ち上がると背中は湿っている。

 妙な気分だった。

 穏やかなのに、やる気が満ちていた。

 帰ったらお母さんは夕食を用意してくれていて──口を開こうとした私に微笑んだ。

 だから、その日からやる事は決まっていた。

 

 要項には、ボディーガードを務めるにあたって目安となる資格や身体能力検査がある事が書かれていた。

 そこに突き進む為、一年を費やして鍛え直した。

 お金のことは心配しないでいいからってお母さんは言ってくれたけど、相当家計を切り詰めているのは分かっていた。

 だから私も、あの頃の情熱に負けないくらいの気持ちで頑張った。

 お母さんと2人チームになった気持ちで勉強も運動も頑張って、それでボディーガードの試験合格をもぎ取った。

 

 学園の掲示板に張り出された番号を見てからずっと、通り過ぎる学生ウマ娘にドン引きされながら泣き続けた。

 一生でこれ以上泣くことはないんじゃないかってくらいに泣いた。

 だって止まらなかったんだもん。

 

 最初は何も分からないままトレーナー達のレースについて行って、憧れていたトレーナーとウマ娘のタッグがどんな風に日々を過ごしているかを少しずつ知って行った。

 羨ましいと思うと同時に微笑ましかった。

 少しだけ年下の女の子達が、今も希望に満ち溢れた目でターフを踏んでいる。

 

 中には若いトレーナーと()()()()仲になっている子もいて、私はとんと縁がないウマ生だったから悔しいというか虚しい気分もあったけど、それでもあの頃の気持ちを思い出せた。

 時折、心が揺れ動くようなレースを魅せるトレウマの警護に当たることもあった。

 そういうチームには熱狂的なファンというのも当然いるもので、私たちの出番だ。

 男も女もウマ娘も、警護対象に近づくやつは平等に排除した。

 

 2年経った。

 仕事も卒なくこなせるようになったと自負し始めたタイミングで大事件が起こった。

 

 男が面接にやってきたというのだ。

 ウマ娘以外は書類で弾かれる程度には前提条件がウマ娘寄りになっていたのに、その男は書類をパスした。

 面接で話したという上司は、思い出しただけで顔を真っ青にしていた。

 一体どんな奴なのか気にならないわけがない。

 

 面接も通り、試験も通り、そして配属になったのはやっぱり普通の男だった。

 顔は悪くないけど、全身を筋肉で覆われたような怪物じゃなければ、何か特別なものを有しているようにも見えない。

 

 コネ。

 理事長の親族、あるいは寄付を行なっているどこか名家の出なんじゃないかと噂された。

 というか、それ以外に考えられなかった。

 なんであんな奴が……そう思う人が出るのは、早計だとしても仕方ないことだった。

 私も当然、同じように考えていたわけだし。

 

 だけど、一緒に任務に着いた先輩がまた顔を青くして戻ってきた。

 話を聞いてみても首を振って、今日は寝るの一点張り。

 次に同行した先輩も、その次も──そうして私の番がやってきた。

 態度は悪かったと思う。

 私たちは努力した。お前はどうなんだ? なんて……バカなことを聞いたと今なら言える。

 

 任務中、襲ってきたのは謎のサイボーグ達だった。

 私は驚いて動けなかった。

 だって……そんなこと一度たりともなかったから。

 やってくるのはレースやウマ娘、トレーナーの魅力に狂った人達。

 私たちがちょいと捻ってやればすぐに倒れてお縄についた。

 だけど、一発殴っただけで理解した。

 ビクともしない。

 それどころか、こちらの手が痛くなる。

 機械腕をもぎ取ろうとしても敵わない。

 

 ようやく気付いた。

 私がその場において無力な、ただ獣耳が生えているだけの女でしかないことに。

 背筋が凍りつき、目の前で振り上げられた腕に身を竦ませた。

 

 ──ピシャリ。

 

 雷鳴が響いた。

 空は晴天。

 雷なんて降るはずもないのに。

 

 ──ピシャリ。

 

 また、鳴る。

 

 ──ピシャリ。

 

 彼が、いた。

 影になって見えない表情。

 掲げた左腕。

 人差し指の先から稲妻が生じ、撒き散らされる。

 ロボットは稲妻に犯されて煙を上げ、炎上し、そして最後の一体は手ずからバラバラにされて動かなくなった。

 

 私は正気を疑った。

 目の前で起きたこと全てが信じられなかった。

 それでも周囲に広がる惨状は現実で、私を助け起こしたのは彼だった。

 ヒビキ──奇妙なことに、彼には苗字がなかった。

 まるで私たちウマ娘みたいだ。

 だけど彼の体にはウマ耳も尻尾もなくて、正真正銘の男でしかなかった。

 

 そうして私はようやく、先輩達が困惑し、彼を扱いあぐねている理由が理解できた。

 どうしようもなく異質で、恐ろしい存在に思えてしまったからだ。

 

 それでも何度か一緒に任務をこなすうち、彼の人となりも分かっていく。

 彼は同じ任務に就くとき、私がボソッと言っただけの好物をわざわざ持ってきてくれた。

 少し脚が痛いと思っていたら、あっという間に手当をしてくれて、それで痛みがなくなった。

 夏場の暑さに耐えているところ、最初から持っていたクーラーボックスから清涼飲料水をこっそりと渡してくれた。

 現れるストーカーや謎の襲撃者達に対する苛烈な姿勢は、私たちに対しては全く向かなかった。

 

 彼には2人の幼馴染がいて、その2人のためにボディーガードとして就職していた。

 好きで好きで仕方ないんだと、2人のことを話す彼の顔はいつもよりも幼く見えて、可愛いところもあるんだと知った。

 その為だけに生きてるんだって大真面目に語る姿に、2人が羨ましくなった。

 

 だから樫本理事長代理がやってきて、ウマ娘と良く彼が話しているという話だけから処遇を決定したとき、すぐに彼に連絡した。

 だけど電話に彼が出て、なんて声を掛ければいいか全く考えていなかったことに気付いた。

 廊下に貼ってあったパンフレットを見て、勢いで水族館に行こうなんて……対面だったら勢いがあっても無理だったと思う。

 

 久しぶりにオシャレなんかして、待ち合わせの瞬間までは心臓が破裂しそうだったけど、唐突に彼が手品なんかするから露骨過ぎて気が抜けた。

 余計なことは何も考えず楽しめたと思う。

 アシカショーで水を掛けられそうになったのを彼が超能力? で庇ってくれたこととか、ラッコにずーっと見つめられていたこととか、変な体験が多くて……とにかく飽きない1日だったな。

 きっと彼も楽しんでくれていたはず。

 

 だから、背筋が凍りついた。

 

「──ふふ」

 

 紫水ハヅキ。

 トレセン学園まで戻ってきた私たちの前に現れた彼女のことは当然知っている。

 

 最年少で中央トレーナーのライセンス試験に合格した、トレセン学園始まって以来の稀代の天才。

 担当ウマ娘であるオールウィンドも地方で圧倒的な成績を残し、中央に編入してきた紛れもない傑物。

 すでにメイクデビューを終え、OPやGⅢを荒らし始めている。

 紫水ハヅキとオールウィンドは幼馴染同士であり、話題性も相まって入学当初から新聞やニュースに取り上げられている。

 

 そして──彼の幼馴染でもある。

 彼が愛してやまない、隙を見せたら語り始める2人のうちの片割れだ。

 彼女への世間的な印象は、明るく、人当たりが良く、欠点がない。

 警護したこともあるけど、その印象は変わらなかった。

 

 だけど今、すべてが揺らいでいる。

 

「お兄ちゃんはね、優しいの」

 

 その声は、凍て付く鉄針のような鋭さで心を突き刺してくる。

 

「何でもできて、何者にもなれるはずなのに……私達のためにあんな仕事に就いてくれた」

 

 その瞳の冷めた色が全て、私を向いているという事実が信じがたかった。

 唇は三日月に歪んでいるのに。

 

「本当に、何でもしてくれるんだよ? いつだって電話すれば来てくれて、我儘も聞いてくれて、何も言わなくても尽くしてくれるの! ほら、見て? これ……お兄ちゃんが作ってくれたネックレス。私たちが最高のコンビになれますようにって、ずっと思ってくれてるの! ちょっとおめでたい事があっただけで抱きしめたり……私たちが望めば、もっとずっと先にも進んでくれるんだ! でもね? 今は……ウィンドと成し遂げなくちゃいけないことがあるから待ってくれてるの!」

 

 矢継ぎ早に押し出される言葉。

 その狂気に圧倒されて一歩後ずさった瞬間、紫水ハヅキは詰め寄ってきた。

 

「ねえダイワレキシントンさん、許してあげる。あなたがお兄ちゃんとデートしたことを許してあげる。お兄ちゃんに女の顔をしたことを許してあげる。お兄ちゃんの傷心に付け入ろうとしたことを許してあげる」

 

 満面の笑みで、そんなことを宣った。

 

「お兄ちゃんは魂の──ウマソウルの美しさでしか人を判断しないから、だからトレセンにいる子達のことが大好きなの」

 

 話が飛んでいるようにも思えた。

 ウマソウル。

 それは彼と話していると良く出てくる単語だ。

 私達ウマ娘やトレーナーの多くに共通しているらしい。

 ソウル──精神の意味ではなく、魂の意味で使われるその言葉を、まさか彼女からも聞くなんて。

 いや、幼い時から同じ時間を過ごした彼女たちが影響を受けていることは何もおかしくないか。

 

「お兄ちゃんは探してる。世界で最も輝けるウマソウル──一番速くて、一番強くて、お互いに最高の絆で結ばれた最高のコンビを。そして、私たちにそうなって欲しいって願ってくれてる。他の子達にそう願うのよりも強く」

 

 心底から嬉しそうに、紫水ハヅキは頬を抑えた。

 

「私たちが、一番愛されてる」

 

「いなくなったあの2人なんかよりも」

 

「絶対に、揺るがないの」

 

「だから許してあげる。1番でも2番でもなくて、3番になれるかすら知らないけど……お兄ちゃんを元気付けようとした事には感謝してるから」

 

「3番争いなら好きにやっていいから。その果てが愛人なのか友達なのか知らないけど……でも──」

 

 空気が張り詰める。

 自分の唾を飲み込む音がうるさく聞こえた。

 

「1番は、私だから」

 

 

 ──────

 

 

 三女神。

 ウマ娘のご先祖様とか言われているらしい。

 どういう概念かよくわからないけど、品種的な話かな。

 あるいは、ウマソウルが初めて宿ったのがこの3人だったのか。

 そんな三女神の石像はトレセン学園の正門から入って正面、最も目立つ位置に置かれている。

 入ってくる生徒を見守るような配置だ。

 

 又聞きした噂によると三女神像の前では時折、不思議なことが起きるらしい。

 噂ばっかりだな、この学園。

 

 今日はそんな三女神像が横目に見える場所、ちょうど正門で立っている。

 警備員の真似事だ。

 趣味というわけじゃなくて、お偉いさんが来るから施設全体を最も警護しやすい場所に配置されたというわけだ。

 それなら隣にいた方が守りやすくね? と思うじゃん。

 お偉いさんが可愛いウマ娘じゃないとイヤだってゴネたらしい。

 そんなこと言うなら、今からウマ娘の勝負服着てパッツパツで隣に立ってやってもいいんだぞ。

 というか、謹慎解けたのってこれの為だったりする? 

 

「あれ……ウィンドちゃんの……おはようございまーす……?」

 

 ──はいおはよう。

 

「お、おはようございます……男の人だ……」

 

 ──はいおはよう。

 

「おはようございます! バクシンバクシンですよ!」

 

 ──はいバクシン。

 

 登校ウマ娘たちに挨拶をかましていると、少し違う雰囲気のやつが近づいてきた。

 何だっけ、あのアマチュアだけで集まってレースするやつ…………そうだ、フリースタイルレースだ。

 そこで見たことのあるやつが制服を着ていた。

 トレーナーもトレセンもくだらねえ! 自分の力で自由に走ってやるぜえ! みたいな奴らの集まりだったけど、速ければトレセンでだって自由に走れるんだよね。

 それにトレーナーもいないから、質はうーんって感じだった。

 素質一辺倒の勝負みたいな。

 磨かれてないから珍しさはあったけど、だからと言って美しいかどうかは……

 

「ごちゃごちゃうるせえなコイツ」

 

「やっちゃいましょうよ!」

 

 背後に控えていたたづなさんに引き渡した。

 逃げようとしたけど、首根っこを掴めば猫同然よ。

 雰囲気も猫に似てるし。

 たづなさんはご満悦、俺もたづなさんの美人ウマソウルを見られてご満悦。

 ウィンウィンだな。

 

 何故かウマ娘の寮長がやってきて謝罪された。

 うちのポッケが悪かったね、だってさ。

 日本語でおk。

 

 ポッケというのはさっきのウマ娘のあだ名らしい。

 弟子や直接の後輩のようなもので、いずれ頭角を表すはずだと寮長は豪語していた。

 それなら待とう。

 風の吹く時、きっと結果が定まるはずだ。

 

「……ヒーくん?」

 

 ウィンド! 

 今日もちゃんと朝起きれたな! えらい! 

 朝飯はちゃんと食べてきたか? 

 食べてないなら──ほら、朝ごはん作ってきたからな。

 食べ残したら昼飯にして食べろ。

 

「重箱!?」

 

 ウマ娘の活動量を考えると妥当な筈だ。

 あと……気をつけろよ。

 今日は何とかっていう家のお偉いさんが来てるんだ。

 ウマ娘好きの変態らしいから、もしも近寄られたら大声出すんだぞ。

 俺がチリに変えてやる。

 

「うん」

 

 ウィンドの後にもウマ娘はやってくる。

 アグネスタキオンも、生徒会長と良く似たトウカイテイオーも、最近実力を伸ばし始めたメジロマックイーンも。

 いつもはたづなさんだけだから珍しいんだろうな。

 ちょくちょくと話しかけてくる娘がいた。

 

「ヒビキくん、お料理上手なんですね」

 

 そういえば苦手じゃない。

 昔から2人のために色々と料理を作っていたからだろう。

 今日はこれ食べたい! を全部聞いた結果、和洋折衷一通り作れるようになった。デザートもいける。

 

「まあ! ぜひ食べてみたいです!」

 

 たづなさんはニコニコと、期待するように手のひらを合わせている。

 そうまで言われて応えない男はいるめえ。

 ハヅキ達の分と一緒に作ろう。

 

「本当に紫水さん達中心の生活なんですね」

 

 そこまで中心だろうか。

 

「最近、噂になってますよ。紫水さんとオールウィンドさんにはもう1人幼馴染がいて、それが例のボディーガードなんじゃないかって」

 

 そこまで特定されたのか。

 喧伝したことはないけど自然と広まるものなのかしら。

 人事部にちょっとお話がありますわよ。

 

「ああいえ、オールウィンドさんが広めているようでして」

 

 何をしてらっしゃるの? 

 変な目立ち方すること分かるじゃん……というか、トレーニングしっかりやってるんだよな? 

 

「はい、それは私も良く目にします。理事長室から見えますから。…………理事長室から…………あの、ヒビキくん」

 

 なんでしょうか。

 ……その目は良く見るぞ。

 人が俺に頼み事をするときの目だ。

 

「ちょ、超能力が見てみたいなあ……なんて」

 

 無理ですねえ。

 

「あ、そ、そうですよね……ごめんなさい、私ったら変なこと言って……」

 

 今は登校時間中なんで、子供の登校の邪魔になっちゃいますからね。

 落ち着いてからにしましょうか。

 ……あ、たづなさんも通常業務ありますよね。

 昼休憩の時か業後でよかったら。

 

「はい!」

 

 お偉いさんは結局、問題を起こさなかった。

 もしもウィンドとハツキになんかしようとしたら、両乳もいでやるところだったぜ。

 そして、お偉いさんに対しても何も問題は起きなかった。

 侵入者はいたけど、先手で潰し回ったから無問題だ。

 キシちゃんの話だから間違いない。

 ちなみにお偉いさん、今は夕食中らしい。

 早よ帰れ。

 

 もう警戒体制は緩めていいよという話なので、練習場でたづなさんを待っていたら樫本理事長代理もついてきた。

 気まずそうな顔をしている辺り、理不尽な物言いで干そうとした事は理解しているらしい。

 俺がその気になれば、この学園潰す事だってできるんだぞって! 

 

 見せるのは基本的な念動力のつもりだった。

 その為に、ウマ娘達が特訓に使う巨大タイヤもいくつか用意していた。

 盛大に空をタイフーンさせるつもりだったんだけどな。

 肝心のたづなさんが少しだけがっかりした様子だったので、パイロキネシスに変更だ。

 

「ファイアーダンスみたいですね!」

 

 たづなさんは謎すぎる感想をくれたけど、炎を操って形を作るのはイメージの力を多く必要とするので反応できなかった。

 攻撃性の強い高温大体積の火球を作るだけなら簡単なんだ。

 モテる男は辛いね。

 

「──」

 

 樫本理事長代理は目の前の光景が信じられなくて顔を真っ青にしている──のかと思いきや、火球が熱くて具合が悪いだけだった。

 鉄面皮なだけで人間味強いんだよなあ、この人。

 トキワジムのリーダーと同じ匂いを感じる。

 

 2人とも楽しんでくれたようで、折角なので夕飯でも行こうかという話になった。

 ハヅキとウィンドも現れて一緒に行きたいと言ってきたけど、樫本理事長代理とたづなさん(理事長秘書)2人の『未成年は休む時間です』コンボで撃沈した。

 

 だから2人とも、そんな目で見ても無理なものは無理なんだって。

 理事長代理がダメって言うんだから。

 明日はちゃんとトレーナー室行くから、それでいいだろ? 

 ……いや昼間は仕事だけど…………昼から来いなんて言われても前日の、しかもみんな仕事終わった時間に有給申請を出す勇気はないかな……まあ聞いてみるけど。

 明日は警護の仕事はなかった気がするし、ワンチャン行けるかもしれない。

 

「──びっくりしました。あの2人、ヒビキくんに対してはあんな感じなんですね」

 

 トレセン近くの個室居酒屋は関係者が良く使っているらしい。

 実際、個室前に置いてある靴を見ると警護についたことのあるトレーナーの物があった。

 取り敢えず牛タンと生中を頼んで待っていたら、話は俺の能力のことに移った。

 と言ってもズケズケと踏み込んでくるわけじゃない。

 オズオズと立ち入る感じだ。

 

 いつからとかどうしてとか、そういう事は避けて警護でどう使っているかという──ものすごい気を遣った結果のチョイスなんだろうけど、逆にまずい。

 相手がパンピーだけじゃないもんだから……俺のせいじゃないよなあ!? 

 まあ、うまいこと誤魔化しつつよね。

 そんで樫本理事長代理は堅苦しいことに、例の謹慎時のことを改めて謝罪してきた。

 メシが不味くなるので、指パッチンでグラスに氷を追加して手打ちの雰囲気を作っといた。

 俺、マジシャン目指そうかな。

 

「──私の酒が呑めないのですか?」

 

 開始30分でゆらゆらし始めた樫本理事長代理は、真っ赤な顔で自分のグラスを差し出してくる。

 私の酒が呑めないって、私の(グラスに入った)酒が呑めないって意味だったっけ? 

 俺の知らない物語だ。

 でも、これ以上呑ませると明日の仕事に響きそうなので預かっておこう。

 たづなさんはニコニコと余裕の笑みを崩さず。

 俺もアルコールは効かない体質なので酔いという概念はない。

 

「ボディーガードにはトレーナー達を警護する職責があります。そんなあなた達がルールをいたずらに破るようなことがあれば、近くで働く彼らにも考え方や行動が映る可能性のがあるということを私は常に憂慮してですね──」

 

「樫本理事長代理、お刺身届きましたよ。はい、あーん♪」

 

「むぐ……お酒とあじがまざっておいしくないです」

 

「でしたら──はい、生姜もありますからね」

 

「…………超能力など……眉唾物だと思っていました」

 

「そうですね」

 

「きれいでした。本当に」

 

 彼女は、鋼鉄のような光沢とガラスの儚さを併せ持った美しい心を持っている。

 担当している2人のウマ娘も、それぞれが闘争心に満ちた激しさと冷静で棘のある理性を光として放つウマソウルだ。

 良いトレーニングを受けているのは見れば分かる。

 

「……ひっく……私は嫌われ者ですから」

 

 どんな思いがあるにせよ、どんなやり方であるにせよ、ウマ娘との絆が無ければあれほどの輝きは出せない。

 俺とは関係ないところで一悶着あったのも知ってるけど、そこだけは揺らがない真実なんだ。

 

「…………あなたは……」

 

 あなたが思う形で、あなたが思うやり方で、彼女達の魂を引き上げてやって欲しい。

 ついでに、ハヅキ達にはちょっとだけ贔屓してくれると助かる。

 

「それは出来ません」

 

 きびち〜w

 

「…………ですが、結果はお見せしましょう」

 

 お? 

 

「アオハル杯。1ヶ月後……最後を締め括る決勝にて……必ずや勝利を……あなたに…………くぅ」

 

 かっこいい雰囲気かと思えば赤ちゃんの雰囲気になった。

 壁にもたれて眠り込んだ彼女を運ぶのは当然俺だ。

 たづなさんもまだまだ元気だけど、流石に2人きりで次の店にというのは変な噂が出てもおかしくない。

 はっはっは! 全身噂人間だねえ! とかまた言われない為にも、俺に関する噂をこれ以上たくさん流させるわけにはいかないんだ! 

 

 そういえば、アオハル杯で樫本理事長代理が優勝すれば今後はアオハル杯も無くなるしウマ娘の管理の基本方針を彼女が定めて管理ガチガチでやることになるらしいけど……秋元理事長が戻ってきたらどうなるの? 

 そこまでの大きな変革は流石に理事長の許可得てるんだよな? 

 そうじゃなきゃ戻ってきた理事長が一発で白紙に戻すことだってあり得るんだし。

 

「ヒビキくんはトレーナーになりたいと思った事はないんですか?」

 

 俺がトレーナーに……? 

 

「ウマ娘に対する知識や情熱は並々ならぬものがあると紫水さんから聞き及んでいます。それにウマ娘の性質を読み解くことができるんでしょう?」

 

 そんなのはトレーナーにだって出来るし、定量的に読み取っている分あっちの方が上だ。

 仮に俺がトレーナーになるとしたら……いや、俺がトレーナーになる意味はないな。

 

「え?」

 

 ウマ娘のトレーナーになるって事は、そのウマ娘に対して最速であることを求めなければならないし、最速になれるように導かなければならない。

 だけど、どんなウマ娘を育てたとしても俺が走ったほうが速いんだから、そこの前提が崩れてしまう。

 

 それに、ウィンドとハヅキへの浮気にもなっちゃうからなあ……

 

「浮気……」

 

 俺にはあの2人が至るゴールを見届ける義務がある。

 それが、俺があの2人よりも少しだけ先に生まれて、あの2人に出会ったことの意味なんだ。

 だから……やっぱり俺がトレーナーになる事はないかな。

 

 それに、あの2人だけじゃない。

 色々なトレーナーがいて、誰もが違うやり方でてっぺんを目指そうとしている。

 そんな彼らを守るのは、誇りを持つにふさわしい仕事だと胸を張って言えた。

 

「……ふふっ♪」

 

 何かおかしかったかな。

 

「いいえ? 何も……本当に何も、おかしくなんかありませんでしたよ!」

 

 ツンツンしないでください。

 

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