超能力者がボディーガードとして働く話   作:goldMg

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見たいもの、見たかったもの

 

 

『疾走ぉぉぉおお! ──リトルココンとスペシャルウィーク、肉眼では差がわかりませんでした! 写真判定となります!』

 

 その光景を、呆然と見る。

 

『──これは!? …………しゃ、写真判定ですら2名のゴールは全く同時! 2勝2敗、押しも押されぬ激闘を演じた最後に待っていた結果がこのようなものになると、誰が予想したでしょう! ランキングの1位と2位であるチームファースト、チームスピカ! アオハル杯同時優勝ぉぉおおおお!』

 

 歓声が巻き起こる。

 打ち付ける音の嵐の中、スペシャルウィークがリトルココンにVサインを見せた。

 レース前はあれほどに張り詰めた空気だったリトルココンも、控えめにVを出した。

 なんとも微笑ましいはずの光景が、白黒に見えた。

 

「──ウィンド!」

 

 共に駆け抜けた相棒(幼馴染)の名前を叫び、そばに駆け寄る。

 他のトレーナーがそうであるように。

 

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ!」

 

 息は絶え絶え。

 膝に手をやり、周囲を見る余裕すらない。

 それでも結果だけは理解して、強く歯を噛み締めていた。

 

「っ……ごめんね……お姉ちゃん…………勝てなかった、よ……」

 

 憎らしくて、生意気で、反発ばかりで……それでも、愛おしくて頼もしい妹を抱きしめた。

 

「わっ……はあ……疲れてるんだけど〜?」

 

「よく頑張ったよウィンド! 本当に、よく頑張った! お姉ちゃん見てたよ!」

 

「……へへ」

 

 仮復活であったアオハル杯は、通常と違い4月〜同年7月末までと期限付けられていた。

 とんでもなく短いけど、樫本理事長代理の管理方針を早く実施するためでもあったんだと思う。

 デビュー1年目のウィンドでは仕上がりが足りなかった。

 まだ、G1勝者達を蹴散らすには地力が足りなかった。

 

 それでも……本当に、よく頑張ってくれたんだ。

 

『──今一度、激闘を戦い抜いた全てのチームに拍手を!』

 

 勝者への祝福。

 転じて敗者への慰め。

 これが、今の私たちの実力だった。

 

『私が間違っていました。全てを管理するのではなく……トレーナーがウマ娘その絆を信じ、その目指すところに向けて最善を尽くす事──その過程がたどり着く先の一端をあなた達に見せつけられました』

 

 樫本理事長代理は全面的に方針を転換した。

 

『お騒がせしてしまい……いいえ、違いますね。この度はご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。私は、今回の騒動のケジメとして──』

 

『トレーナー! 待ってください!』

 

『水臭いなあ、絆の話はどこ行ったんですかー?』

 

『リトルココン!? ビターグラッセも一体何をしに──』

 

 私たちは、これまで通りに自由な教育方針をとることができる。

 嬉しいことのはずなのに気分が浮かび上がってこなかった。

 そのテンションのまま、8月に突入。

 

「──今日はここまでにしよっか」

 

「分かった」

 

「みんなもストレッチしてから上がってね!」

 

 全員が全員アオハル杯の為ってわけじゃないけど、それがきっかけで集まった4人+ウィンドで立ち上げたチームラケアニア。

 オールウィンド、ハピネスリアル、ピアッシングアイ、ネオンハーツ、ソラノムコウ。

 1年目で5人の面倒見るの、正直言って頭おかしくなりそうだけどお兄ちゃん(ヒビキくん)にも助けてもらいながらなんとかやってる。

 あ、お兄ちゃん(ヒビキくん)じゃなかった。

 浮気ガードさんだ。

 

「まだ言ってんのかよ……」

 

 私達のことを1番に見ててくれるはずなのに、樫本理事長代理の勝利を心底から祝福してるのが浮気じゃなくてなんなんだろう。

 ラケアニアのみんなもちょっとビックリしてたもん、お兄ちゃんが嬉しそう過ぎて。

 

「俺は全ての競技ウマ娘の味方だから……」

 

 ルドルフちゃんとかやよいちゃんみたいなことを言い出した。

 でも実際そうだから困る。

 うわきしょー、うわきしょー。

 

『うわきしょー、うわきしょー、うわうわうわうわうわきしょおー』

 

「最低なカエルの歌の合唱やめろ。しかも上手いのもなんなんだ……お前らなんのトレーニングしてきたんだよ」

 

「坂路でした」

 

「お、おう……ちゃんと筋肉ほぐすんだぞ?」

 

「! ──はいはい! マッサージお願いします!」

 

「え? でもほら……トレーナー、やってあげろよ」

 

 つーん。

 そんな呼び方されても応えてやりませーん。

 

「担当ウマ娘のマッサージをトレーナーが投げ出すのは前代未聞だろ」

 

 そんな前代未聞なんてあるわけない。

 私達トレーナーだって軽いマッサージならできるし勉強してるけど、そもそも男女ペアが多いんだから不用意な接触を避けるためにも普通は専門のプロに頼むに決まってるじゃん。

 

「俺俺、俺も男だよ〜」

 

 だからお兄ちゃんじゃなくて専門のプロに頼むと(ry

 

「この前の電気マッサージ、すっごく体ほぐれました! あれと指圧マッサージお願いします!」

 

「そりゃよかったけども」

 

 なにそれ、私知らないんだけど。

 人の担当ウマ娘に対して何してくれてるの? 

 エッチなこと? 

 

「えっ? …………電気マッサージと聞いて『エッチな』って考えるほうがよほどエッチだと思うんだけど」

 

 それで何したんだろう。

 拘束して変なところに微電流を……

 

「…………まあいいか。ちょうどEMS室がパンパンで、しかも負荷的にすぐマッサージしないとダメージが残りそうだったから電流調整して人間EMSやった」

 

 超能力をなんてバカな事に活用するんだ、この人は。

 そもそも加減をミスったら黒焦げのウマ娘が一つ出来ていたわけなんだけど。

 

「電圧と電流は体で試したから大丈夫だ」

 

 自分が他の生き物と同じ電気抵抗だと思ってるのかな……

 

「大丈夫」

 

 ……まあ、信じるけど。

 

「ハヅキトレーナーも受けてみたらいいじゃないですか」

 

 え──

 

「いつも私達のために頑張ってるの、知ってます! だからトレーナーも偶にはゆっくりしてください!」

 

 ……ええ〜? ここで〜? 

 みんなに見られながらってすごく恥ずかしい気がするんだけど……

 

「おお、ノリ気だ」

 

「迷いないね……」

 

「そりゃあヒビキさんだからじゃない?」

 

 うるさいうるさい! 

 私が1番偉いんだい! 

 余計なこと言うんじゃない! 

 

「あーこれ疲れてますね。ヒビキさん、マッサージ1人お願いしまーす」

 

「ウマ娘に管理されるトレーナーとは一体……」

 

 

 ──────

 

 

 海外への挑戦。

 それは一定以上の強さを証明したウマ娘であれば、誰もが選択肢として持つようになること。

 容易ではない。

 レース場そのものから、ライバル達の気質、求められる走り方に至るまで、培った全てを捨てて再出発する程の覚悟と努力が求められる。

 それでも求めずにはいられない。

 

 だから、彼女達もまた目指すのだ。

 

 シンボリルドルフとそのトレーナーが海外挑戦を表明したのは、学園生徒や他トレーナー達からすれば当然に映ったらしい。

 俺は生徒会の運営どうするんだろうとしか思わなかった。

 とはいえ、応援はする。

 海外にもまた強大なウマ娘達はひしめき──むしろ、人口を考えると外の世界の方が日本よりも魔境である可能性はある。

 襲撃をかけてくる企業連の中にも海外からっぽい奴らはいるし、侮ることはできないだろう。

 

「──うむ! そういうわけだ! 故に、君には彼らの警護を頼みたい!」

 

 嫌でござる! 

 

「そう言わないでくれ! 海外でも問題なく警護を行える者となれば、警備部からまず名前が上がるのは君だった! 正直なところ、この話が出た時点で半ば決まっていたんだ!」

 

 嫌でござる! 

 

「今回は彼らにとっても本番じゃない! あくまで下見だ! 一ヶ月程度の遊興だとでも思ってくれればいい!」

 

 嫌でござる! 

 

「手当もつく!」

 

 嫌でござる! 

 

「そこをなんとか!」

 

 嫌でござる! 

 

「わあ!」

 

 嫌でござる! 

 

「ま、まあまあ……お二人とも、一旦冷静になって話しましょう?」

 

 たづなさん! 

 いや、理事長! 

 もし海外行くってなったら、2人に万が一のことがあった時に誰が責任を取るんですか! 

 襲撃者の命だけじゃすみませんよ! 

 それにシンボリルドルフとそのトレーナーが海外挑戦するとして、誰が襲うってんですか! 

 普通のボディーガードで十分じゃないですか! 

 

「そ、それは……たづな……」

 

 ……なんだ? 

 たづなさんがどうしたんだ? 

 何か、反応が妙な……

 やっぱり隠し事があったのか! 

 

「2人の個人的な事情も関わってくるんです」

 

 それで許されるなら俺も個人的な事情なんですが? 

 

「…………ここだけのお話にしてくださいますか?」

 

 ──なんと。

 なんとなんと。

 シンボリルドルフとトレーナーの中が大変睦まじいことは知っていた。

 しかしそれが……そうか、そういうことか。

 普段頑張っているシンボリルドルフの慰安旅行的な側面もあると……

 

「ええ、そういうわけなんです。ですから、付いて行く人数はなるべく減らしたいというわけでして……」

 

 ここって婚活会場だったっけ……

 

「あら、それに関してはヒビキくんも人のことを言えないんじゃありませんか?」

 

 鬼のクビを取ったみたいに……というか俺は仕事上の付き合いがほとんどだ! 

 

「私は遊びだったんですか……ぐすん……」

 

「2人とも、話が飛んでいる気がするぞ!」

 

 海外に行ったことはない。

 それがいいとも悪いとも思わないけど、まさか旅行じゃなくて仕事で行く可能性が出てくるとは。

 それにしても……話を聞いた後だと断り辛くなってしまった。

 事前に話をしとかないといけないやつも色々いるし。

 

 ①アグネスタキオン&マンハッタンカフェ

 

「海外出張の話が出ている? ……ああ、生徒会長の例の件か。困るねえ、君にはやってもらわないといけない実験がたくさんあるのだから」

 

「もしも海外に行かれるようでしたら……こちらのお店でコーヒー豆を買ってきてほしいのですが……ネットで買うと高いので……もちろんお金は払います」

 

「…………モルモットくん、そういえば今日の昼食はまだかい? フリーハンドなのが気になるところだが……そら、弁当箱はそこだ。早く代わりのものを…………作ってない!?」

 

 ハヅキ達に作った余りを一度分けただけでこの図々しさ。

 痛み入るね。

 マンハッタンカフェのコーヒーについては……海外決定したらの話だな。

 というか、そんな事でお金なんか気にしなくて良い。

 アグネスは金払え。

 

 ②樫本理事長代理(チームファースト)

 

「──ええ、私も話は伺っています。これも良い機会でしょうから、行ってみることをお勧めしますよ。それに……お土産には期待していますからね?」

 

 カッシーは概ねそんな感じである。

 かわいい。

 

「ちょっと待って。うちのトレーナーさんのこと狙ってます?」

 

「ココン? あなた何を……」

 

 狙ってるって言ったら面白いことになるんだろうなあ……。

 

「アナタは悪ノリしないでください」

 

 チームファーストは概ねこんな感じである。

 

 ③チームラケアニア

 

「やだやだやだ! ヒーくんそうやってすぐどっか行っちゃうじゃん! 絶対断って!」

 

「パリ……凱旋門?」

 

「ボディーガードってすごいんだな〜」

 

「生徒会長って凄いんですね! 観光どこ行こっかな〜!」

 

「フランスですよね? 美味しい葡萄のお菓子とか食べましょう!」

 

「私はこの子達のトレーニングがあるから行けないけど……ヒビキくん本当に行っちゃうの? ──ん? なんか今、誰か変なこと言ってなかった?」

 

 気のせいじゃなく、付いてくる気満々の子達がいた。

 ハピネスリアルとネオンハーツだ。

 ちなみにニンジン調理の日に連絡先を交換した2人でもある。

 ここまでフットワークが軽いとは思わなかった。

 俺もフットワークの軽さには自信があるけど、まさか学生が一般成人男性の仕事についてこようとするとは思わんやん? 

 

「一般……」

 

「成人……」

 

「男性……?」

 

「ヒーくんがおかしくなっちゃった」

 

 超能力を持ってようがなんだろうが、サラリーマンとして普通に働いている以上は一般成人男性に該当するだろ。

 そもそも決定した話でもないのに皮算用を進めないでもらいたい。

 

「でも理事長から直々のお願いなんでしょ? 断れるわけなくない?」

 

 ニヤニヤしやがって……俺が何の為にトレセンに就職したかわかってるくせに意地の悪い幼馴染だこと。

 ゴネ得が社会の心理なので取り敢えずゴネてみたけど、実際のところ断るのは無理だと思う。

 いや、俺のこれまでの功績を考えると断れるんだけど、そうすると通常業務にも色々支障が……

 

「そんな長くないんでしょ? 私たちはちゃんと待ってるから帰ってきてよ」

 

「トレーナー! ヒビキさんのことは任せてください! 私たちがついていきますから!」

 

「やっぱり付いてく気だった!? リアルもハーツもこれからジュニア戦忙しくなるんだよ!?」

 

「うっ……そ、それは……」

 

「とにかく、トレーナーとしては認められません!」

 

 ハヅキもトレーナーとしてしっかりしてきたんだなあ(涙ホロリ)

 俺の海外警護業務はこうして決定したのでした。

 

 

 ──────

 

 

 乗ってる飛行機を撃墜されそうになったり、野良ウマ娘とセーヌ川のほとりで競走したり、スリをとっちめたり、2人の練習風景を見たりと色々あった。

 結論から言うと、少なくともウマ娘という界隈においては日本と大差ない。

 これも比較対象がシンボリルドルフだけだからなのかもしれないけど、試しに出たレースを見ても彼女の実力は海外で通用しそうだった。

 しかし、目的を果たさなければ彼女達にとっては通用したと言えないだろう。

 

 凱旋門賞制覇。

 

 未だ果たされぬ前人未到を成し遂げることこそがシンボリルドルフの最終目標だ。

 来年は必ずと息巻く2人にホッコリしつつ、俺も土産を物色しなきゃいけない。

 

 マンハッタンカフェ用のコーヒーと、それに合いそうなお菓子。

 アグネスタキオン用のおつまみ。

 たづなさん用のお菓子。

 理事長用のお菓子。

 チームファースト用のお菓子。

 カッシー用のお菓子。

 キシちゃん用のチョーカー。

 チームラケアニア用のお菓子。

 ウィンドとハヅキのお揃いのアウター。

 ハピネスリアルとネオンハーツのパリ製の蹄鉄。

 

「いつも土産物を探してないか?」

 

 お土産屋さんで買っても意味ないので、個人店やスーパーに入って自分で探してる。

 フランス語は憶えた。

 Si tu me traites encore de Chinois, je te tue ! 

 

 意外と探すのは楽しかった。

 お土産を選びつつ自分が欲しいものも探せたからだ。

 マフラーと靴買った。

 使うかは分からない。

 

 そして10月。

 凱旋門賞だ。

 前日から浮き足立っていた2人は、当日になってもまだソワソワしてる。落ち着ける為に、俺も浮き足立たせることにした。

 

「気のせいじゃなければ浮いてないか?」

 

 3mmだけなので問題ない。

 

「気のせいじゃないのか……」

 

 凱旋門賞は確かに素晴らしいレースだった。

 今がウマ娘全盛期と言われても信じられるほどに。

 ……本当に、素晴らしかった。

 目を閉じるだけで思い出せる。

 己の限界に挑んだウマ娘達が最後に辿り着く場所の一つであると、心から理解することができた。

 いずれは、ウィンドを始めとしてチームラケアニアのみんなにも出てもらいたい。

 

「ルドルフ、後ろに」

 

「トレーナー君……?」

 

 だからこそ、この日に来ることも理解できていた。

 パレード──凱旋門賞を勝ち取ったウマ娘が受け取るに相応しい名誉とは、すなわちパリを自らの影響の支配下に置くということに他ならない。

 街は日常から乖離し、あちこちで花火が上がっている。

 少々の騒ぎなど誰の耳にも残らないだろう。

 

 路地を一本外れた彼らを囲んだのは、見覚えのある集団だった。

 もちろん、俺に限っての話だ。

 2人は初見としての反応が非常に素晴らしい。

 

「予め聞いていたとはいえ、本当に来るなんて……」

 

「トレーナー君、これは……彼らは一体何者なんだ」

 

「説明はあとだ。この場は──彼に任せるぞ」

 

「何を言ってるんだ!? 1人になどできるわけが…………私もウマ娘だ、それなりに鍛えてもいる。プロのボディーガードには敵わないかもしれないが、人間1人を残すよりは余程──」

 

「ルドルフ!」

 

「っ……」

 

 あ、終わりましたよ。

 

「ええっ!?」

 

「な、何が起こったんだ……」

 

 サーモスシステムだから炎効かないんよ。

 散々やられたからか雷への対策も少しだけしてるんよ。

 時間掛けると応援もくるし街にも被害が出るんよ。

 機関部を捻り潰すのが早いんよ。

 

「こ、こんなひしゃげ方……」

 

「サーモスシステムっていうのは?」

 

 俺の超能力を解析して作られた耐熱システムだな。

 とはいえ、解析しても超劣化模倣が限界だから相手にはならない。

 さて、こいつらは河に捨て──じゃなくて放って早くこの場を離れようか。

 増援まで相手してたら流石に誤魔化しきれない。

 

 人混みをかき分けて戻ってきたのは宿泊先のホテルだ。

 俺の費用はトレセン持ち、2人はトレーナー持ちなのを考えると、いかにプライベートなのかが分かる。

 ウマ娘に人生捧げてるよなあトレーナーって。

 

「…………」

 

「…………」

 

 ショックで半ば放心している2人は兎も角、トレセンに出来事を報告しないといけない。

 仕事してますアピールとも言う。

 

 …………本当に襲撃されるなんて、と何故俺を派遣したのか分からない驚き方だった。

 そもそも、こういうときって普通はトレセンが真っ先に襲撃の情報をキャッチして、お前達逃げるんだ的な指示を出すものじゃないのかな。

 襲撃されるのが普通じゃないと言われればそうなんだけど。

 まあトレセンは諜報組織じゃなければ秘密結社でもないんだし仕方ないか…………俺は何で異世界くんだりに来て秘密結社と戦ってるの? 

 

 取り敢えず2人には同じ部屋に寝泊まりしてもらうとして……うるせえ! 男女があーだこーだとか言ってる場合じゃねえんだよ! 

 別の部屋にいられたら対応するの遅れるでしょ! 

 大人しく同じベッドで寝てろ! 

 

 モジモジしながら部屋に入っていく2人を見て、今夜は進展しないだろうことを確信した。

 帰国は明日じゃ。

 日本に帰ったら秋、秋華賞が近い。

 ウィンドはまだ出られないから、出バ表確認して応援先決めよう。

 

『トレーナーさんとウィンドちゃんが元気無くて……明日は早く帰ってきてくれると助かります』

 

 

 ──────

 

 

「一ヶ月とか長すぎてばよえんだよお……」

 

「アイスストーム……」

 

 俺のことを全消ししようとひっついてくる2人からは汗ばんだ匂いが漂っている。

 というかびっしょりだ。

 さっきまでトレーニングしてたんだから当然か。

 見てたし。

 ラケアニアのみんなもただいま。

 

「チームでまとめないでください」

 

 お、おう……ただいま、ネオンハーツ。

 

「はいっ!」

 

 ただいま、ハピネスリアル。

 

「お帰りなさい!」

 

 お土産は後で渡すから、一旦汗流してこーい。

 

「私たちは無視」

 

「ソラ、これが『格差』だよ」

 

 ピアッシングアイ! 

 ソラノムコウ! 

 お前達は……これでも喰らえ! 

 超高級マシュマロ! 

 超高級ニンジンスモークチーズ! 

 超高級ニンジン生搾りジュース! 

 

「一生ついていきます!」

 

「みんな、これが『格差』だよ」

 

 俺の栄光の輝きは輝きすぎて全てのウマ娘を輝きの中に収めてしまうらしい。

 あっ、ちょっと待て! ポケットまさぐるな! 

 輝きが漏れてるとか言ってんじゃねえ! 

 おいリュック漁るな、下着が──あーあ…………痛い! 

 なんでおれがビンタされなきゃならないんだ! 

 ……セクハラ!? 

 俺がセクハラされてる側だろコレ! 

 

 …………いや確かにハーツの脚は触ったけども! 

 …………リアルの脚も触ったけども! 

 誤解を招く言い方やめろ! 

 ふう……帰ってきたって感じだな。

 

 シナシナになってるかと思いきや全然だったけどな。

 

「さっきまで萎びてましたよ」

 

 

 ──────

 

 

 渡欧前に植えた芋が、既に収穫できるまでに成長していた。

 ヒビキの畑って看板立ててあるから誰も手をつけなかったらしい。

 一つ一つ丁寧に、引きちぎらない様に採取していく。

 取り方一つで味が変わる。

 見た目が味に影響するわけないなんて綺麗事はいいんだ。

 どれだけ丁寧に取ったか、その満足感が腹をも満たしてくれるんだから。

 

 ……あれ、スペシャルウィークのところの。

 これは芋を採ってるんですよ。

 少し前に植えたのが立派に育ちましたからね。

 ん? ああ、まあいくつかなら大丈夫……かな? 

 ラケアニアの子達や他にもあげたい子がいるんで、あんまり持ってかれるのは勘弁ですけど。

 

 キシちゃんどったの? 

 これ? 

 芋掘り。

 やる? 

 あ、そう。

 見てるだけじゃ面白くないと思うけど……

 いや趣味悪いな!? 

 俺が苦労してるのを見ると心がスッとするか……減るもんじゃないし勝手に見てりゃいいけどさ。

 

 キシちゃんにちょっかいを掛けられたりちょっかいを掛けたりしていたら、いつの間にか芋は全部掘り出されていた。

 じゃあ食べるよね。

 

 キシちゃん、落ち葉集めよっか。

 なんでって……分かってるくせに〜! 

 焼き芋だよ。

 や、き、い、も! 

 折角なんだし食べようぜ。

 そこで気まずくなるなら手伝ってくれりゃ──気付かなくてごめん、ネイルしてたんだな。

 ま、まあいいさ! 

 じゃあ焼こうか! 

 

 落ち葉を集めるところまでは俺がやって、芋の焼き加減はキシちゃんに見てもらうことにした。

 しかし芋が焼けるのを見ているだけだと暇なので、あんな事があったこんな事があったと近況報告をしていたら、どうしても話したい事があようでモニョモニョし始めた。

 話を打ち切って促すと、俺がいない間にスプリンターズステークスでサクラバクシンオーがバクシンしたらしい。

 挨拶ができる子だったと思う。

 サクラバクシンオーのことを語る時のキシちゃんはどこか嬉しそうで、それでいてどこか儚げだった。

 

「あーっと……その、別に関わりがあるわけじゃないんだが……なんか、その、応援したくなるような、そんな子で……元気なんだ! とにかく!」

 

 しかし今の感情を説明するのが難しいようで、耳を目一杯引き絞ったり尻尾をパタパタさせたりと忙しない。

 ウマソウルからも大きな動揺が伝わってくる。

 どうやらサクラバクシンオーの大ファンになってしまったようだ。

 俺も彼女のことは好きだ。

 目が、綺麗だから。

 

「もしかして走りたいのか?」

 

「…………走る……うん、そうだな。久しぶりに目一杯走りたい気分だ」

 

「それなら走ればいい。幸い、ここはトレセン学園だからコースは用意されてる。ターフでもダートでも……服はウィンドに借りればいいだろ!」

 

「な、何バカなこと言ってるんだ……」

 

 理事長のところに引っ張っていくと快く許可をもらえた。

 ……ブツブツ文句を言うな。

 

「焼き芋で釣っただけだろう……そもそも走るなんて言ってないのに……」

 

「尻尾をそんなに跳ねさせといて走りたくないは通用しないな。それに聞いてるぞ、昔はトレセンに通ってたって。久しぶりにちゃんとターフで走ってみりゃいいじゃん。1人だと恥ずかしいなら俺も走るし」

 

「ふん……いい、一人で走る」

 

 準備体操をこなし、軽く足を動かしてヨシと呟く。

 周囲に本当に他のウマ娘がいないかと何度も聞いてくるけど、いないわけがない。

 普通に生徒が来るはずだ。

 

「そんなの聞いてない!」

 

「──おおっと逃がさないぞ? ここを置いて今後、学園のターフで走れる機会なんて何回あるか分からないんだから」

 

「……やっぱり走らない」

 

「いいや、走る。走らせる」

 

「なんでそんな……」

 

 ウマソウルは今も輝きたいと言っている。

 どこまでも先へ進みたいと叫んでいる。

 心が叫んでいるのに身体だけ逃げるなんてことはできない。

 それに、俺が見たかった。

 

「今だから言える。キミがウマ娘とトレーナーを見ていたのは、そういうことなんだろ?」

 

「っ……」

 

 どうしても──諦めても諦めきれないから、だから彼女は懐かしい運動服を身に纏ったはずだ。

 

「そもそも、私よりお前の方が……」

 

「俺の走りがどうとか現役に比べたらとか、そんなチンケな話じゃないぞ。もっと根源的な話だ。キミが走りたいと願って、その環境が今整っている。……ほら、靴だってちゃんと履いてるじゃないか。いつもの革靴じゃなくて……いつでも使えるようにしてたから、それを履いてるんだろ?」

 

「私は……」

 

 

 ──────

 

 

 衆目がある場所で、男は真剣にウマ娘に向き合っていた。

 勘違いされてもおかしくない様な真面目な顔で、顔を逸らそうとする彼女の肩を掴んでいる。

 

「キミが走りたいと思ったなら……俺はその手伝いがしたいんだ」

 

「っ……と、トレーナーみたいなことを、言うんだな……」

 

「なんでもいい。ただ、見たいんだ。どうすればキミは走ってくれる? 何をすればいい? キミは、何故走らない?」

 

 長い沈黙があった。

 二人が手に持っていた焼き芋もいい加減に冷めている。

 

「…………諦め、たんだ」

 

 それで漸く開いた口から放たれたのは、諦めだった。

 

「もう、終わったんだから。私の世代はとっくの昔に終わってて……そもそも私なんて、トレーナーすら見つけられなかった劣等ウマ娘だった。今思い出しても……はは……惨めな記憶だよ」

 

「本当に?」

 

「……そう、だよ」

 

 どこまでもチグハグだった。

 服装が全てを表しているにも関わらず悲しそうに瞳を伏せる走りたがり(ウマ娘)を前に、だから男は覚悟を決めた。

 

「……お、俺には……従姉妹が……いた」

 

「…………?」

 

「桜色の瞳で、流れる様な長髪で…………目が合うとハッと微笑む人だった。一緒にランニングする時も、ヒビキくんって名前を呼んでくれたんだ」

 

「なにを…………」

 

「彼女がトレセンのことを話す時は……1番綺麗だったんだ」

 

 こんな時に、男はなんとも朗らかに、嬉しそうに昔の女の話を始めた。

 

「この学園に来て、同じものを見た。とんでもなく早い子。とんでもなく強い子。勝てなくとも決して諦めない子。飯を大量に食べる子。いつだって元気な挨拶をしてくれる子。そして……勝てなくて折れてしまう子」

 

「……」

 

「きっと、彼女自身どこかで折れた部分はあったんだと思う。あ! 彼女が遅かったっていいたいわけじゃないぞ? そうじゃなくて……トレセンに来たからって、全員が活躍できるわけじゃないんだよな」

 

 そんな、あまりにもわかり切ったことを寂しそうに言った。

 その上で希望を持った瞳だった。

 

「だけど、一つだけ共通している事があった」

 

「一つだけ……」

 

「みんな、最初は走るのが楽しかったんだ。好きで好きで仕方なくて、自分だけで走っているのじゃ我慢できなくて、それで……勝手に身体がここを目指しちまったんだよ。俺は、この学園に来てから何度も実感した。どれだけ変なことをやってても、どれだけクセのあるやつでも、走りたいって思いだけは一緒なんだ」

 

「──」

 

「彼女も……ここの話をするだけで嬉しそうだったんだ。こんなレースで負けちゃったって、こんなレースで勝ったって……だから…………キミもそうなんだろ?」

 

 何度か躊躇い、それでもと真っ直ぐに見つめてくる男の視線を、ウマ娘は唇を噛んでなんとか堪えた。

 そんな彼女の手を優しく握り、男は尚も続ける。

 

「どれだけ辛かったのか俺には分かってやれない。何かを諦めるって事が……本当に好きなことから離れるのがどれだけ苦しいのか俺には想像もできない。それでも……だからこそ、俺だけは言わなきゃいけないと思うんだ。余計なものが見えちゃう俺が…………キミの側にいる俺が」

 

「っ!?」

 

 その瞳には映っていた。

 深々と生え揃う稲穂の様な黄金の輝きを湛えた彼女の魂が。

 そんなものとは関係なく、脚が疼いて仕方ないウマ娘が。

 それしか見えていなかった。

 彼女がどんな人間であるかなどお構いなしだった。

 どんな風に彼女が受け取るかなどまるで考えていなかった。

 どんな顔をしているか、まるで見えていなかった。

 ただ、熱に浮かされて言葉を紡いでいた。

 

「俺はトレーナーでも何でもないけどさ。それでも、キミのウマソウルが泣いているところなんか──」

 

「もう……いい、から……」

 

「え?」

 

「一回……だけ…………一周、だけ、なら……」

 

「!」

 

「それなら…………」

 

「──ああ! ああ、もちろんだ! ちゃんと見ておく!」

 

「そんな見なくて、いい……」

 

 

 ──────

 

 

「ふむ……」

 

「ふふ、楽しそうですね」

 

 一人のウマ娘が──学生ですらないウマ娘がターフを蹴っていた。

 脚は流れている。

 腕も泳いでいる。

 凡そ整った走り方とは言えない、競技的ではない走り方だった。

 まだトラックの半分しか進んでいないのに息も絶え絶えで、ここから末脚が伸びる未来が見えない。

 これがレースなら一位を取ることはあり得ない。

 

 それでも、ただ一人の観客は大喜びだった。

 

「いいぞキシちゃん! そこから上りだ!」

 

 当然、何をしているのかと人が集まってくる。

 何せここは練習場。

 学生ウマ娘とトレーナーが、休日でもトレーニングをする為にやってきたのだ。

 そんな彼女らは、男と同じものを見た。

 

『はあ……はあ……はあ……!』

 

 ヘロヘロになりながら、もうジョギング程度の脚しか残っていないのに、それでも最後まで走ろうとするウマ娘。

 彼女たちの方がよほど速いだろう。

 フォームもよほど綺麗だ。

 客観的に、負けているところなど何もないと彼女たちは判断した。

 

「カーブ終わるぞ! 直線だ!」

 

 それなのに目が離せない。

 最後の直線だ。

 本来ならば、ここで誰かが仕掛ける。

 自分なら少し後か、もう少し早いか。

 いずれにせよ、どんなタイミングであろうと、目の前にいる彼女に負けることはあるまい。

 

「脚止めるな! もっとピッチ回せ!」

 

『っ!』

 

 それなのに、目が離せない。

 

「そうだ! ゴールだけ見ろ!」

 

 声を張り上げているのはトレーナーですらない。

 紫水ハヅキとオールウィンドの尻に敷かれていることで有名なボディーガードだ。

 何をしているのか、何故いるのか。

 そんなのはまさしく愚問でしかない。

 

 ファンがウマ娘を応援している。

 それだけのことだった。

 

『はぁっ……はぁっ……はぁっ…………っ!』

 

「キシちゃん!」

 

 真っ青な顔で芝生に倒れ込んだ彼女の元へ疾風が如く駆け寄ると、慌てて飲料を渡す。

 しかし当の本人には飲む余裕すらない。

 男はさらに慌ててウマ娘を背負うと、一目散に学園へ駆けて行った。

 




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