超能力者がボディーガードとして働く話   作:goldMg

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年の瀬

 

 保健室に運び込んだキシちゃんは、ベッドでしおらしく寝ているばかりかと思えば既に唇を尖らせている。

 先程まで真っ青にしていた顔も、横になったおかげで回復した。

 

「もうやんないからな」

 

 それは困る。

 非常に困る。

 とても良いものを見られたのだから、是非とも定期的に開催してもらいたい。

 

「私は見せ物じゃないんだが」

 

 何を今更。

 ウマ娘が走ることがそもそも興行的側面を持っているんだから見せ物になるのは当然のことだ。

 文句を言う暇があったら鍛えて、もっと素晴らしい走りを見せてくれることだな。

 

「…………あの、さ」

 

 なんだろう。

 

「……私、本当はライブとかやりたかったんだ」

 

 ライブ。

 ライブか。

 ライブは良いぞ。

 

「勝って、綺麗な衣装着てさ……堂々と踊りたかったなあ……それで更衣室に戻って、トレーナーに報告するんだ。勝ってやったぞって。それでトレーナーも大声で褒めてくれて…………そういうの、想像してた」

 

 確かにそれは夢足り得る。

 女の子なら誰だって憧れるだろう。

 アイドル性満点で実質女の子の俺も憧れる。

 

「…………何言ってんだろ私。忘れろ」

 

 いいのだろうか。

 このままだとそれを実現させることになるが。

 

「やめろよ」

 

 やめろと言われて止まるなら、そもそもボディーガードになんかなっていないという。

 高校の先生にも言われたんだから。

 お前は世界のスポーツを背負って立つ人間なんだから馬鹿なこと言ってねえで働けってな。

 

「働くのかよ……」

 

 企業所属のアスリートってことだよ。

 

「どうでもいーわ……」

 

 さーて、フリフリの衣装を着たキシちゃんが見られるようになるのはいつかな〜? 

 

「ふん…………」

 

 おやすみ、キシちゃん。

 

「……」

 

 耳で挨拶してきたからモミモミしたら顔面に蹴りを入れられた。

 そして、俺は今……! 

 

「煮るか、焼くか……」

 

「煮ても焼いても殺せないからなあ」

 

「ドンナちゃんは? 鉄球圧縮できるんでしょ?」

 

「アレは錯覚っていうかなんていうか……」

 

 本気で超能力者を殺そうとしている二人の目の前にいた。

 こんなことをしている場合じゃないのに……人間は基本的に天地無用ですよ! 

 

「このまま吊るし切りにしてあんこう鍋にするのは?」

 

「ワンチャン不老不死になれそうだね」

 

「うん! じゃあヒビキくん、安心してね! 私たちの中で生き続けられるから」

 

 お、俺はそういう猟奇的で暴力的で偏執的な愛には興味ないんだ! 

 まっすぐな愛が1番! 

 純愛最高! 

 ハーツ! 見てないで助けてくれ! 

 

「うう……ごめんなさいヒビキさん、美味しく食べますから……でもヒビキさんが悪いんです……結局同世代にしか興味ないんだって……」

 

 リアル! 

 俺たち友達だよな!? 

 

「このままじゃ友達止まり……でも、きっと心臓を食べれば…………!」

 

 俺を食べる方向で話がまとまっていく……! 

 どうなってるんだチームラケアニア! 

 このままじゃチームカニバリアになっちまうぞ! 

 

「こんちわ〜──何やってんのこれ……ヒビキさん大丈夫?」

 

 ソラ! 

 コイツらおかしいんだ! 

 

「それは見れば分かるけどさ。何したの? 吊られるなんてよっぽどでしょ。絶対ヒビキさんが悪いじゃん」

 

 ソラは比較的正気を保っていそうなのに俺の味方をしてくれそうになかった。

 

 ──ピアッシングアイ。

 最後の希望は君に託された。

 この黒く冷たく鉄のように重い雲に閉ざされた空間から、俺を晴天の元に連れて行ってくれ! 

 

「…………?」

 

 意訳! 助けてくれ! 

 

「……自分で、縄解けるでしょ?」

 

 …………! 

 

「アイちゃんってそうなんだ……」

 

「え? ……なに?」

 

「そりゃヒビキさんは解けるだろうけど……ほら、さ」

 

「……ああ、そういうノリだったんだ」

 

 やめろ! 

 そんな目で俺を見るな! 

 みんな居た堪れないじゃん! 

 

「トレーニング始めたいから、終わりってことで……いいよね? トレーナー」

 

「……アイ。今日はウマレーターを使って練習するから急がなくても大丈夫だよ」

 

「…………そうでしたっけ」

 

 VRウマレーター。

 通称ウマレーター。

 世にも奇妙な技術の一つだ。

 完全なる没入型ヴァーチャルリアリティ。

 人の脳波を読み取り、干渉することで現実と寸分違わぬ電脳世界に意識を送り込み、活動させる技術。

 しかもその効果は単なる意識のやり取りにとどまらず、内部で起きたことが現実の肉体にもフィードバックされる。

 とはいえフィードバックがあるだけなら普通に走ればいいだけなので、主な使い方としては正確な記録の計測や悪天候時の練習だ。

 

 俺が試してみたら、肉体と比較した時のスペックが低くなり過ぎて重力を久しぶりに感じた。

 でも内部で鍛えれば外部に反映されるという都合上、今よりも強くなれるのかと少しやってみたけど意味なかったので使ってない。

 人間の感覚を取り戻すってところでは使いようもあるけど、人間として生きることに何の未練もない。

 そもそも環境が許さないからな。

 

 そんなウマレーターを使って何をしようってんだろう。

 しかもトレーニング。

 記録の計測じゃなしに? 

 天候も悪くないぞ。

 

「はい! 説明するからみんな聞いてね! 今日やるのは普通のウマレーターと違うから!」

 

 サトノ家やメジロ家の協力を経て莫大な量のウマ娘データをぶち込んだ『メガドリームサポーター』なるものを開発した結果、データの集積によって3つの自律AIが誕生したらしい。

 ウマ娘の祖──三女神とも呼ばれるダーレーアラビアン、バイアリーターク、ゴドルフィンバルブを名乗り、トレーナーたちのサポートをしてくれるとか。

 

 女神。

 何とも奇妙な縁を感じる。

 

『──んぎぎぎぎ!』

 

 あのわずかな時間を思い出してみると、彼女からは威厳のようなものは感じられなかった。

 それが悪かったとかじゃない。

 女神『らしさ』というものはほぼ無かったという話だ。

 精々が、俺を繋ぎ止めようとした光の縄を無から作り出したくらいのものか。

 それでも──彼女が世界を愛しているのはすべての所作から伝わってきた。

 

 三女神像というのがどんなもんか。

 本人ではないのだろうけれど、是非見てみたい。

 

「え? あ、はい。確かに誰でも使えるのがウマレーターの特徴ですけど……」

 

 サトノダイヤモンドにメガドライブ……じゃなくてメガドリームサポーター使用の可否について尋ねると、使用そのものは問題ないと答えを得ることができた。

 

「うむ! トレーナー達の邪魔にならないようにしてくれるのであれば、メガドリームサポーターについて使用の制限を設けることはない!」

 

 理事長は悪意さえなければスルーみたいなものだ。

 

「ヒビキくん、何故メガドリームサポーターを使いたいんですか? 変なことに使わないとは思うんですけど……」

 

 そりゃ気になるか。

 一応接続申請欄にも理由は書いてあるんだけど、流石に誤魔化せないらしい。

 ちなみに申請上の理由は『海外業務を経て、トレーナー及びウマ娘のボディーガードをするにあたっての職務遂行能力を感じたため』となっている。

 

「あまり親交がない相手ならば兎も角、流石に私たちは分かってしまうので……」

 

 しかし女神などと言っても苦笑されるのは目に見えているので、キシちゃんに走ってもらった事がちょっと気に掛かっている的なことを言っておいた。

 個人的で繊細な問題なのでツッコミ辛いだろう、という目算ありきだった。

 

 当然、たづなさんは女神級に優しいので──

 

「ああ、そういうことなんですね」

 

 神妙な顔で頷いてくれた。

 そういうわけで、護衛任務を終わらせて書類も作り終わった6時、誰も使っていないことを確認してウマレーターを起動させた。

 もちろん事前に使用者がいない時間を確認していたけど、トレーナーたちが突発的に使用したくなってもおかしくない。

 邪魔はしたくないからな。

 それにボディーガードがトレーニングの邪魔をしたなんて話が流れれば迷惑がかかる。

 

 リンク、スタート! 

 

 

 ──────

 

 

 久しぶりの電脳世界に降り立った俺の目の前には、それらしき3人が既に立っていた。

 赤、青、黄と信号を意識しているかのような出立ちだ。

 

「──不思議な方がいらっしゃいましたね」

 

 青のウマ娘は柔らかく微笑んだ。

 

「一つだけあり得ないデータが存在した。バグか何かかと思って切り捨てていたが……まさか、実在したとはな」

 

 黄のウマ娘は顔を顰めた。

 

「だが、歓迎するぞ!」

 

 赤のウマ娘は気にせぬと笑った。

 彼女たちこそが件の自律AIに間違いないらしい。

 女神というには普通の生物だ。

 少なくともウマソウルは存在する。

 

 そう──ウマソウルが存在するということは、彼女たちが実際に生きているという事に他ならない。

 つまり迂闊な発言は避けないといけなくなった。

 

「それで? ウマ娘でもヒトでもないお前が我々のもとを訪れた理由とは?」

 

 女神。

 そして三女神。

 その間に関連性はあるのか。

 そこが知りたかった。

 

「女神? それは……俺達がそう呼ばれているのは知っているが、そうじゃなくてか?」

 

「何故、そのような質問を?」

 

 彼女達は実際に生きてはいるものの、生命のあり方としてはデータの集合体だ。

 サトノやメジロは、総体としては悪徳な性質じゃないんだろうけど俺の情報を渡すのは非常にまずい。

 最悪敵対する事にもなりうる。

 

「この場だけの話にしたいということであればプロテクトをかけることはできる。仮にも電子の海に生きているからな」

 

 そういうことであれば遠慮なく相談できる。

 俺がトラックにペシャンコにされたこと。

 女神に会ったこと。

 生まれ変わったこと。

 ザックリとそこら辺の事情を話すと、微妙な空気が漂った。

 

「複雑──ではないんでしょうけれども、解釈に困りますね……」

 

「少なくとも、我々が持つ情報で処理し切れる問題ではないな」

 

 だから女神のことを知っているかどうかだけの話だと言っているのに。

 

「「「知らない/知らん! /存じ上げないですね……」」」

 

 じゃあ帰るね……

 

「えっ」

 

「本当にそれだけなのですか?」

 

 長時間使用すると緊急で使用したいトレーナー達の邪魔になってしまうかもしれないし。

 

「しかし本当に雑談しかされないというのも三女神の沽券に関わる。何かないのか?」

 

 頭を使うことが最近ないので何も思い付かなかった。

 代わりにキシちゃんのことを相談して全てを本当にしておいた。

 これで理事長達への説明も問題ない。

 

「──どうだ? 最後に私たちと走るというのは」

 

 何がどうなのか分からない。

 この世界だと俺の身体は普通の人間くらいの身体能力に落とされているので、走っても何も得られない。

 データ的にも何も更新されないはずだ。

 

「限定的にだが、リミットを外すことができる」

 

 限定的、というのはどういうことだろうか。

 

「計測上の限界。数値としては1000という事になっている」

 

 よく分からなかったけど走れるなら走ろう。

 ウマ娘。

 それも祖とまで呼ばれる3人と走れるのは名誉な事だ。

 それに気になった。

 この3人がどのような輝きを俺に見せてくれるのか。

 

 

 ──────

 

 

 気がついたら現実だった。

 間違いなく走ったはずだ。

 まだ途中で、ちょうど楽しくなってきたタイミングだったのは覚えてる。

 地面に足がめり込んだ瞬間にウマレーターが解除された。

 

 外側から強制的に解除することはできるけど、周囲を見回しても誰もいない。

 つーか俺の部屋だし。

 

 理由が分からなかったのでもう一度ログインしてみると、ビーッ! という大きな電子音の後、真っ赤な空間に飛ばされた。

 空が赤くて空間が赤くて下は真っ赤な水だ。

 めがおかしくなりほう。

 深い怨恨を積み重ねたかのような声が常にこだまして、俺の足首を掴んで赤水の下に引き摺り込もうとしてくる。

 どう考えてもやばかったけど身体能力が落ちててマズイ! という状況で、きれいな水色の波動が手のひらから放出されて空間ごと破壊して出てくることができた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 マンハッタンカフェが飛び込んできた。

 俺の部屋に。

 ……寮やぞ! 

 バレたらマズイ! と素早く鍵をかけた。

 身体能力でどうにかできない事態に弱すぎて悲しい。

 

『アレ』に類する強大な気配を感じて急いで向かってきてくれたらしいんだけど、多分それ蹴散らしたよーって話をしてたらオムライスを作る事になった。

 赤い水が〜とか説明するのにケチャップ使って、逃げる時に世界が割れて〜って説明をするのに生卵を割ったから仕方ない。

 

 お騒がせして申し訳ございませんでしたのごめんねと、助けに来てくれたことへのありがとうを伝えた。

 マンハッタンカフェはとんでもなく情に厚い子だ。

 その優しさを裏切りたくないと思った。

 

 そして、だからといって危ないところに飛び込むのは違うので説教した。

 まずは身近な大人を頼りなさい。

 まずは友人を頼りなさい。

 頼れる人がいないなら頼れる人を見つけなさい。

 ついでに俺については助ける必要はないことも。

 霊的存在に対する攻撃手段を俺も手に入れたから。

 

「…………」

 

 全く納得していなかったので、助けに来てくれたことはすごく嬉しかったと重ねて伝えたらようやく頷いてくれた。

 こういう時に最も身近な大人として相談に乗ってくれる筈のトレーナーがいないのが良くない。

 トレーナー達はマンハッタンカフェの走りを見て一度は勧誘してくるものの、『お友達』のことを伝えると電波系かあ……って離れてしまうらしい。

 意味がわからない。

 ウマ娘という存在の方が不思議に包まれてるのに、その中で多少ファンタジーなことがあったとて何がおかしいのか。

 というか、こんなに可愛い子をスカウトしといてやっぱりナシ! は人の心が無さすぎる。

 

 しかしハヅキを紹介するのは俺の人の心が無い案件になってしまう。

 今、アイツが担当しているウマ娘の数は5人。

 そのうちの2人は完全に俺のせいらしいので、さらに1人増やしたら泣かせるかもしれない。

 想像しただけで心が痛い。

 

 ごめんな。

 

「いえ……メガドリームサポーターのおかげで1人でもだいぶ楽になりましたし……それに、お友達のことをちゃんと分かってくれる人がいるって知れただけで──とても嬉しいんです」

 

 嬉しいことを言ってくれたけど、トレーナーとの結びつきは大事だ。

 1人ではできなくても2人なら出来ることがたくさんある。

 良縁に恵まれることを祈ろう。

 

「あなたは……トレーナーになる気は……ないんですか?」

 

 そもそもトレーナーになるのってすごく難しいんだよね。

 足が速ければ自動的に資格が得られる──とかなら2秒でなれるんだけど。

 定型的なテストは過去問使い回しじゃなくて最新の論文にまで言及してくるし、面接は数回にわたって行われ、人格面に問題がないかということを細かく見られる。

 それに素性調査だって行われるだろう。

 これが1番マズイ。

 勢いで戸籍爆破しちゃったから。

 まあ原戸籍無くなっただけで、県とかにある写しとか電子データから復元してたりするのかもしれないけど。

 

「そう……ですか……」

 

 俺がトレーナーになったら、マンハッタンカフェにどんなトレーニングをさせるだろう。

 彼女の脚は中・長距離向きだ。

 それに気質から差しが向いている筈。

 まずはスタミナ──心肺を鍛えて、主戦場でのレースに耐え得る心肺を作るところからだろうか。

 やや並行して速度も鍛えないといけない。

 短距離を何度も走らせることで体に速度を教え込ませる。

 俺が先行して、彼女の速度帯を少しずつ引き上げるというトレーニングもするだろうな。

 長距離だとウマ娘同士の接触回数も増えてくる。

 ブレない体幹作りも最終的には必要になってくるか。

 

 ──ジャ ア ヤ レ ヨ! 

 

「……え?」

 

 なんだ今の。

 なんかウマソウルが言ってた。

 

「あの……お友達が……あなたがトレーニング内容を考えていたって……」

 

 おそるべしお友達、まさか読心術を備えているとは。

 だけど仮定の話を持ち出すのは反則すよね。

 仮に俺がトレーニングを彼女に施した場合、まずボディーガードからは解雇されるだろうし、そこからトレーナーの資格を得ようとしても無理になるだろう。

 マンハッタンカフェにも何かしらのペナルティがないとは言えない。

 仮に無いとしても、悪い風聞が流れてしまうのは避けられない。

 メリット、無し! (笑)

 

「……はい」

 

 

 ──────

 

 

 トレセン学園随一のボディーガードにして世界最強の超能力者ともなれば、メジロ家主催のパーティーへも出動命令が出る。

 ゲッスッス! お金の力には勝てないでゲスねえ! 

 なお、窓際のシミと化している模様。

 挨拶とかすんのかなーめんどくさいなーって思ってたけど、そんな義務、下っ端もいいところの俺には存在しなかった。

 

『それで、あそこにいるのが例のボディーガードです』

 

 メジロマックイーンのトレーナーが見事にキラーパスをくれやがった。

 新人同士だからってバカにしやがってよお! 

 めんどくせぇこと押し付ける気なんだろ! 

 高い給料もらってるくせに! 

 

 恰幅が良く、髭の生え揃ったオッサンがシゲシゲと見つめてくる。

 

「初めましてだな? このパーティーを主催させていただいている──だ」

 

 これはどうも。

 

「ふむ、見た目は……やはり人間なのだな君は」

 

 ちょっといいとこ見てみたい! とか言い出したらパーティーとニ◯ニ◯本社を爆破して帰ってやろうかと思っていたけど、興味としてはその前段階の部分らしい。

 ウマ娘かそれ以外かという事がしっかりと確認したかったみたいだな。

 そして主催者が壁のシミを観察していれば、部屋の装飾品かと勘違いして他の参加者も寄ってくる。

 

 投げ込まれた爆弾を氷漬けにしていなかったら、全員ミンチになっていたところだ。

 当然、大きな動揺と共にパーティーは中止となった。

 帰りましょうぜ、お二人も。

 

「いいえ、私にはメジロ家の人間としてパーティーを最後までこなす義務がございます。皆様方がこの場から退避を完了し、無事にご帰宅されたところを確認できるまでは帰ることはできません」

 

「俺も一緒にいるよ、マックイーン」

 

「これはメジロ家の問題です。トレーナーさんのお手を煩わせるようではそれこそメジロの名折れ。是非そこで見ていてくださいませ」

 

「…………いいや、それじゃあ並べない。俺は君のパートナーとして出来ることを勝手に見つけるよ」

 

「待っ──はあ……分かりましたわ。それなら入口が詰まらないように誘導整理をお願いできますこと?」

 

「ああ!」

 

 カ、カエレナイヨー

 

「ええと……あなたはお好きにしていただいて構いませんわよ? もうパーティーはお開きですし……」

 

 かくして深夜3時まで護衛を敢行し、最終的には寝落ちした2人をメイドさん達に預けて帰った。

 メイドさん達も流石に目がしょぼしょぼしてたね。

 次の日、メジロ家から感謝状と共にダンボール2箱分のニンジンが届いた。

 俺をなんだと思っているんだ。

 

 仕方ないので、前回大好評につきニンジンチップス祭り2回目開催──館内放送だ。

 

『朗報だ! トレセンにいる諸君! これより園内の畑を誰でも使えるように全開放させてもらう! 自らの血となり肉となる野菜を、各々が好きに育てていいぞ!』

 

 次の日の朝、いつも通り野菜を見に行くと見慣れない姿がいくつもあった。

 見慣れている姿もある。

 畑を見て、用意されている種苗を見て、何を植えようかと悩んでいるらしい。

 もう秋も終わりやぞ。

 流石に白菜一択。

 一ヶ月後には年越し白子鍋の具材になっていることだろう。

 

 さて、『ヒビキの畑』に…………『ヒビキの畑』…………俺の畑が無いっ!? 

 

 なんと、理事長の通達後すぐに俺の畑が無くなってしまった。

 ここはもうウマ娘のためだけのエリアだから、ボディーガード如きが使うのはやめてねってこと!? 

 萎えた。

 俺の野菜生活は終わりを迎えました。

 あーあ、あとは好きにしてください。

 

「あのー……」

 

 ウマ娘が話しかけてきた。

 気付けば周囲が静かになっている。

 

「畑の管理人さんですか?」

 

「実は道具の場所がわからなくて……もしご存じだったら教えて欲しいんですけど……」

 

 学園側のは知らないけど俺個人所有の道具はあるので貸してあげることにした。

 もう使うこともないだろうし。

 数に限りはあるけど、今いる人数だけなら手分けすれば足りるだろ。

 

「ピッカピカだ!?」

 

「新品より光ってる気がする……でも使ってる形跡がちゃんとあるし……」

 

 道具には神様が宿ると言われている。

 女神に出会った身としては、その言葉を蔑ろにもできない。

 出来るだけ道具は大事にして生きてきた。

 丁寧に扱ってくれると嬉しいぜ。

 

「……畑を教えてください!」

 

 畑を教えるとは。

 

「お野菜作りたいんです!」

 

 作りなさい。

 

「そもそも道具の使い方がわかりません!」

 

 調べなさい。

 

「トマトってどうやって成るんですか!」

 

 調べなさい。

 

「野菜食べたい!」

 

 畑が解放されてすぐにこれだけのウマ娘が集まるというのは、それだけ理事長に対する信頼が厚くて、行動性に優れた生徒が多いということだ。

 何が言いたいかというと──

 

「よし! 私たちの畑、完成!」

 

 業後、様子を見に行くとラケアニアメンバーが土まみれで看板を立て終えるところだった。

 チームごとに場所を決めて畑を作っているらしい。

 みんな精が出ますね。

 監督役のハヅキも──かわいいいいいい! 

 みんなと同じ体操服着て畑仕事してるうううう! 

 可愛いから写真撮っちゃお! 

 

「あはっ! ウマ娘よりトレーナー見てるのヒビキくんくらいだよ!」

 

 ウマ娘でもトレーナーでも人間でも、ウマソウルの輝きを持つ者の美しさには序列が無い。

 だから、誰よりも誰をなんて比較する意味がないんだ。

 その上で、ハヅキがトレーナーとして頑張れば頑張るほど、その輝きがどんなウマ娘よりも輝いて見える。

 これは主観的な事実だから揺るがしようがない。

 

「…………えへへ、みんな羨ましいでしょ」

 

 トレーナーが担当ウマ娘にクソムーブをかまし始めてびっくりした。

 きっとハヅキも普段から色々溜め込んでるんだと思う。

 今度ケーキでも買ってきてあげることに決めた。

 それでいいよな。

 

「へへ、みんな羨ましいでしょ」

 

 クソムーブの重ね掛け。

 ボコボコにされたのは何故か俺だった。

 

 睨まれながら思い出したのはチームスピカのトレーナー。

 あの人も担当ウマ娘にシメられているところをよく見る。

 この前もサイレンススズカのレースで観客の脚を触りまくってメンバーに絞められていたし。

 あの人はシメられて当然だと思うけど、俺は本当に意味が分からない。

 

「トレーナーは弱いし女の子だけど、ヒビキさんは頑丈じゃん」

 

 ピアッシングアイ(アイ)がとんでもないことを言い出した。

 俺はハヅキの身代わりだってよ。

 …………まあいっか。

 

「そういうところだと思う」

 

 どこだ。

 

「うん」

 

 ラケアニアを見たら元気が出たので、気を取り直して俺の畑も再作成する事にした。

 理事長に聞いてみれば『ヒビキの畑』を弄ったりはしていないそうだ。

 つまり許可も継続中。

 区画してしまえば、それで無問題だ。

 

 しかし11月。

 場所は府中。

 朝は霜柱が立つような冷気に覆われる。

 このままでは俺の可愛い白菜が! 

 ……溶かさなきゃ(使命感)

 

「うおおおおお! すごおおおおおい!」

 

 ウイニングチケット、畑に16秒上陸。

 560万人の鼓膜を破壊。

 

「すごいよこれ! すごくあたたかい! なんで!?」

 

「火だからでしょ」

 

「なるほど! ……なんで火が浮いてるの!?」

 

「…………ガスでしょ」

 

 ウイニングチケットとナリタタイシン。

 仲良く昼飯を食べているところを稀に見る。

 あとは髪がモワモワな子も一緒のことが多いけど、今日はいないらしい。

 代わりにトレーナーが1人。

 

「どうも」

 

 確か新人で、この2人+モワモワの子を担当していたはずだ。

 鶴見トレーナーと仲が良いんだったかな。

 

「この火の玉はマジックですか?」

 

 その通り。

 昔マジシャンになりたいと思って修行していたから色々な手品が使えるんだ。

 静電気を放ったり、突然の雪だって降らせることができる。

 

「何故畑でマジックを……というか雪!?」

 

 あんまりにも冷え込みすぎると、苗は流石に育たない。

 理事長特製の畑だとしても限界はある。

 ビニールハウスをやるまでは必要ないだろうけど、霜は消さないと。

 

「ははあ、なるほど……チケット、俺たちも火付けるか!」

 

 放火魔みたいな事を言い出した。

 流石にトレーナー放火の一面大見出しは見たくないので、理事長に資材を提供してもらうと良いとアドバイスをした。

 あの子なんでも持ってるからな。

 

「おお! 確かに! チケット! タイシン! 行くぞ!」

 

「うおー!」

 

「え、ちょっ、私行くなんて一言も──」

 

 元気だ。

 

「……3人はどこに行った!?」

 

 ツッコミ役は後からやってきた。

 

 

 ──────

 

 

 12月24日。

 クリスマスイブ。

 トレセン学園はすでに冬休み。

 俺は未だに仕事あり。

 トレセン学園では、クリスマスイベントが有志によって開かれるのだ。

 育てた野菜を集め、ケーキやらチキンやらを買い出しして、実家に帰省する事なく残った寮住まいの学生やトレーナーがパーティーを開く。

 今回、陣頭指揮を取ったのはエアグルーヴとキングヘイローの2人。

 2人のトレーナーも協力している。

 

 チキンやらを買い出ししてきたのはスピカとリギルのトレーナーの2人。

 主にスピカのトレーナーが両腕一杯に抱えていてフラフラだ。

 あの人、スピカのメンバーからこき使われてるんだよな。

 まあ男なら死ぬべきだから問題ない。

 こき使われて嬉しそうだしな。

 トレーナーとはかくあるべしという姿をしている人だ。

 

 チームラケアニアは全員が帰省している。

 ハヅキとウィンドも強制的に帰らせた。

 親の顔を見られるのなんて、時間に換算してあと何日分あるか分からないんだから。

 

「あーはっはっは! 実に滑稽だねえ! いつもは人を捕まえて、コミュニケーションに難あり(笑)だのサボテンに相談した方がいいだのと扱き下ろしてくるくせに、1人寂しくクリスマスケーキを頬張っているじゃないか!」

 

 ふぉれふぉふぁひふぁふぁふいふぉ(それの何が悪いのか)ふぁふぁふぁふぁい。(分からない)

 ふぇあふふーふふぁふぁ(エアグルーヴが)ふぇふぇふふぇふぁん(わけてくれたん)ふぁふぁふぁ(だから)ふぃーふぁふぉ(いいだろ)

 

「何を言っているか分からないねえカフェ!」

 

「ヒビキさん……今日もお仕事なんですね……お疲れ様です……」

 

「無視かいカフェ!」

 

 何の仕事かって。

 そりゃあ当然ボディーガードだ。

 今日は特定の人物を護衛しているわけじゃなくて、クリスマスのワチャワチャに当てられてやばいやつが入り込んだりしないように、あるいは入ってきた時のためにパーティー会場をウロウロしている。

 

 本当は1人でクリスマスケーキとチキン買ってのんびりしてようかな〜って思ってたんだけど、たづなさんからお願いされたからこっち来た。

 他に残っているボディーガードもほぼいないし、残当かな。

 まあキシちゃんはいるけど。

 

「ふぅん……アレがキミのお気に入りかい?」

 

 このアグネスタキオンというやつは本当にデリカシーがないし相談相手として相応しくないしデリカシーがない。

 人を誰かのお気に入りだなんて物扱いするんだから。

 俺のことなんかモルモット呼びだしな。

 モルモットて。

 そりゃ子供の頃は研究所でガチモルモットしてたことも一瞬ありますけど。

 ちなみに研究員は全員人間モルカーにしてやったから今は存在しない。

 

 ……ん? 何を見て……キシちゃん? 

 

「──彼女に特筆すべき才能はない。脚質も、身体的優位性もないとすぐ分かるね。ピークだってとっくに過ぎているだろう。何がいいんだい? 顔かい?」

 

「タキオンさん……?」

 

「言動に一貫性が無いじゃあないか」

 

 なんだかアグネスタキオンの機嫌が良くない気がした。

 いいや、良くない。

 明らかに眉根が寄っている。

 

「キミは言った。その狂気にこそ魂の輝きが宿り、ウマソウルと女神の名の下において正しき道を進んでいると」

 

 その通りだ。

 他者の言葉も思いも関係なく、ただ求めて探し続ける者の先にこそ究極の光が存在する。

 彼女は正しい。

 

「その為なら実験に付き合うとキミは宣言した。究極の先に到達して、プランAを完遂させてみろと挑発した。ウマ娘である私に対して、人間であるキミが烏滸がましくも追いついてみせろと要求した。それならば、キミは自重するべきじゃないのかね?」

 

 レースの魅力に狂った、どこまでも美しい瞳を覗き見る。

 彼女は世代を代表するウマ娘になり得る資質を有している。

 ガラスの脚。

 類い稀なエンジン。

 果ての先を求める心。

 その狂気も、身体能力も、全てウマソウルによって与えられたものでしかないと思うだろうか。

 違う。

 そんなはずがない。

 そんな人間が、そんなウマ娘が、こんな目をするはずがない。

 

「多くのトレーナーがそうであるように。ライバルを得たウマ娘がそうであるように。終生の目的を得た私と同じように。目の前にいるウマ娘を見て、そして走りを脳裏に刻み込むべきじゃないか?」

 

 怒りだ。

 これはまさしく彼女の剥き出しの怒りだ。

 俺は今、怒気を向けられているんだ。

 彼女は俺に対して初めて怒っている。

 

 アグネス自身も理解しているんだろう。

 微妙に気まずそうだ。

 

「……白状しよう。私は今、名状し難い怒りに襲われている。その由来がキミであることも理解できている。だが……理由が不明だ」

 

「タキオンさん……」

 

「ああ、腹立たしい。……あの時、私の未来を見たいと言ったのは嘘だったのか?」

 

 硝子のように脆くて美しい脚が彼女自身の資質によって破壊されるのか、それとも研究の果てにダイヤモンドへ進化するのか。

 俺が見た中で最も倫理的で正気的なマッドサイエンティストは最強に至るのか。

 レース場で見せて欲しい。

 喝采の中で堂々と、不敵な笑みを浮かべる彼女が見たいんだ。

 そして願わくば隣で走りたい。

 

 だけど、彼女に必要なのはきっと違うものだ。

 感情としての話ではなく、事実として。

 そしてそれは俺には決して与えられないものだろう。

 

「私の走りに最強の可能性を感じたと言ったのは、ただの慰めだったのか?」

 

 さて、この子羊に対して俺は何と答えるべきだろうか。

 周囲にいるウマ娘達はピンと耳を立てている。

 トレーナー達も、その十分なおつむを生かして助けてくれそうにはない。

 何見てんだコラ! 助けろ! 

 

「何の騒ぎかと思えば……」

 

 呆れた顔のエアグルーヴが現れて、一層のこと話が拗れていくのを感じた。

 

「貴様──ボディーガードの身でありながら場を乱すとは、どういう了見だ。頭が冷えるまで、外でタキオンと話し合ってこい」

 

 普通に断ろうとしたらトレーナー軍団に肩ぐわしされて外に放り投げられた。

 雪の降る寒空だ。

 俺だけなら構わないけど、まさか本当にアグネスも外に出されるなんて。

 仕方ない、例の如く場を温めようじゃないか(物理)。

 

 ……どこいくんだよ。

 研究室? 

 いやいや、今日はもう電気落ちてるから…………関係ないと申されましても一応ほら、監督者的なアレがあーでこーで。

 …………まあ説得とか聞かないよな、知ってた知ってた。

 いや走るなよ。

 頭ゴッチンしたら万が一だぞ? 

 おーい……いや案の定かい! 

 

「……笑えば良い」

 

 あっはっはっはっは! 

 

「…………」

 

 おおっと、そんな目で見ても無駄だぞ! 

 何せ俺達は今『喧嘩中』なんだから! 

 

「そんなわけはないね。なにせ喧嘩とは──」

 

 同じ土俵にいるもの同士でしか起こり得ないのだから──って? 

 一理ある。

 社会人の俺と学生のアグネスじゃ土俵がなあ。

 

「社会人だろうが何だろうが、精神が成熟していない者はいるという話だね」

 

 そうだな。

 さて……誰もいないな。

 アグネス、脚を見せろ。

 

「!」

 

 

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