少年漫画によくいる主人公と嫌々敵対しているタイプの公務員に転生した 作:相川
通報のあった場所に最短で駆け付けた俺たちは、発生したと目される魔物の姿を確認した。
周囲にはまだ多少人の姿が見られる。興味本位で撮影している人や、腰を抜かしてしまった人。すぐに動けない老人など。
なんの前ぶりもなく発生するから避難が遅れるのは仕方ない。魔力の悪性変異を観測するセンサーが街中に設置されているとはいえ、緊急地震速報みたいなもんでアラートが鳴ったと思ったら次の瞬間には魔物が発生してしまうのだ。
できる限り『穢れ』が蓄積している地域には立ち入らないようにと朝のニュースやラジオなんかで知らされるもんだけど、まあ難しいわな。
発生している魔物は四足歩行の獣の姿。多分ネコ科。体長二メートルほどのそこそこ大きなタイプ。それが五匹程度。
白瀬さんが窓を開け身を乗り出す。
「【火球】」
右手を前に掲げ詠唱を行うと、現れた無数の火の玉が魔物に向かって高速で放たれた。
威力は十分。狙いも正確。
白瀬さんが放った火の玉は見事に魔物へと命中するが、仕留めるにはいかなかった。
うーん。
まあまあ硬いな。
「見た感じ、危険度はC。多分君たちなら対応可能なはずだよ。俺は周辺の警戒と一般市民に危害が及ばないように立ち回るから、あの魔物は二人で倒してみて。もし無理そうなら援護するから。気楽にね」
そう言って俺たちは車を降りる。
白瀬さんは魔術を主とした中・遠距離攻撃が得意な後衛。柊さんは魔道具を始めとして様々な武器を操るが、基本的には俺と同じく刀を扱い、前衛で立ち回る近接戦闘スタイルとなっている。
「行くよ」
「はい」
白瀬さんの号令と共に柊さんが魔物に向かって肉薄する。
「【蔦よ、敵を拘束せよ】」
白瀬さんの詠唱と共に、彼女の足元から無数の蔦が延び、魔物を拘束せんと伸びていく。
基礎的な属性魔術になるが、込めている魔力が多いのか、それとも彼女の腕がいいのか蔦は魔物の周囲を縦横無尽に覆い尽くした。
どうにか逃れようと動く魔物たちであるが、その隙を柊さんが一閃した。
俺も好んで使う基礎的な魔力操作術、通称【飛脚】。
魔力を足に集中させ、爆発させることで驚異的な推進力を生み一瞬にして移動する技術。
【飛脚】によって生み出されたエネルギーをそのまま刀に乗せることで、単純な抜刀術でも威力が増大する。
速度を重視したその一撃は、そう簡単には逃れられない一閃へと昇華されるのだ。
そして、逃げ遅れた魔物は白瀬さんの蔦によって拘束され、そのまま柊さんの餌食となる。
「おおー」
……ほんとに初の実戦なのかな?
魔物の討伐戦で気を付けなければならないこととして、周辺への被害を拡大させないことが重要になる。逃げ遅れた民間人を巻き込まないように、周囲の建物を無暗に壊さないように。そういった気遣いも求められるため、単純に駆除すればよいというだけの話ではないのだ。
だから、初の実戦となると色々と考えることも多く、ぎこちない様子になる子が多いというのに。彼女たちは難なくやり遂げてしまった。
やっぱり課長が言うだけあって、この二人はとてつもない実力派なのだろう。
白瀬さんは、シンプルながらも奥深い属性魔術を巧みに扱っていた。
これも難しいところで、戦闘魔術において『詠唱』というのは非常に重要となる。
同じ魔術でも無詠唱と完全詠唱で消費する魔力は十倍に上り、よほどのことでない限り無詠唱というのは好まれない傾向にある。しかし、一瞬の判断が命取りになる戦場においては、どのくらい詠唱を行うかという見極めが最優先で求められる。
詠唱に決まった形はない。
どのような魔術を行使するのか。その具体的な指示が詠唱なのだ。魔力を込め、発動したい魔術をイメージし、それがどういった魔術であるのかを説明する。プログラミングには詳しくないが、そう例えられることもある。
魔術とは、世界に蔓延る魔力の情報を上書きすること。だから、具体的な指示があれば魔力側も「分かりました
!」と受け取れるからこちらが消費するリソースも少なくて済むけど、何にも具体的な指示を出さずにただやれと言っても、魔力側だって「えぇ……。こういうことっすか?」と困惑するので、それを補うリソースが必要。
無茶苦茶ざっくりだけど、大体こんな感じの法則なのだ。
もちろん、詠唱だってただ言えばいいってわけじゃないけどね。それに、情報を補足する手段は何も詠唱だけではない。陣や魔術式なんかも用いられることがある。
今回のように前衛と後衛で役割分担をする場合は後衛の魔術師も詠唱時間が十分に取れるため、少ない魔力消費で最大限のパフォーマンスを発揮することができる。
前衛が魔術を行使する場合は、比較的魔力消費量の低い魔術を短縮詠唱で用いることが多いな。
俺の場合は基礎的な魔力操作術なので魔力消費は極めて少ないけど。身体能力の強化は体内にある魔力を高速で循環させることによるブーストであるため、無駄に消費することはないのだ。
もちろん、全てを循環させることができるわけじゃないけど。
「滅茶苦茶できるじゃん。もう俺いらないのでは?」
「……いえ。師匠には、まだまだ教えていただきたいことがたくさんあります」
俺は少し驚く。
今、俺の半ば独り言のようなセリフに答えたのが柊さんだったからだ。
基本的に無口な彼女が口を開くことは珍しい。人見知りで何に対しても緊張するため、そもそも言葉を発すること自体に勇気を必要とする彼女にとって、何かを発言するというのはそれだけでカロリーを消費すること。
それなのに、ちゃんと言葉にして意思を伝えてきてくれたということは、それが彼女にとっては大切なことだっということの裏返しなのだが……。
「……その、『師匠』っていうのは?」
「……すみません。何でもありません」
彼女の中で、俺の存在はどういう立ち位置にいるのだろうか。
原作でも柊さんが、久城という男に対して敬意を抱いていた描写はある。内心、師のように慕っているとも言っていた。しかし、口に出して言うことはなかったはずだ。
彼女の戦闘スタイルが俺と似通っているため、彼女が入ってきた当初、少しばかり体の動かし方を見させてもらったこともあるけれど……。
まあいいや。
「まあ、二人とも物凄くちゃんと動けてた。初の仕事にしては満点と言ってもいい。お疲れ様」
◇
「魔術師にとって重要なのは、自分の魔力量を適切に把握し、どれほどの消費を許容できるかを見極めることにある。戦闘を左右するのは何よりここだ。魔力消費量に応じて魔術の分類が為されているほどだからね」
とある喫茶店で、伏見綴と夜凪透花は蘆村による魔術講義を受けていた。
「もし綴くんが魔術師として透花ちゃんを守りたいと考えるなら、これは大前提として覚えておいた方がいい」
今教えられているのは戦闘における魔力の使い方について。その大前提となる心構えの話だ。
魔力を多く消費するが、素早く発動できる無詠唱や短縮詠唱と、魔力消費を抑えることができるがその分発動までに時間がかかる詠唱のどちらを取るか、その判断力を鍛えることについて。
魔術における詠唱について、そして消費する魔力について。蘆村はそれらをひとしきり彼らに教えた。
すると、大人しく聞いていた綴の中に僅かな疑問の種が芽生える。
「……ということは、あの時透花を殺そうとしてきた人は無詠唱で魔術を行使していたってことですか?」
綴は蘆村による説明を受け、つい先日透花に刃を向けた男性のことを思い出す。
彼は目にも止まらぬスピードで自分たちの背後を取り、手に持っていた刀で透花の首を断とうとしていた。
魔術に馴染みがない綴からしてみれば、あれこそ魔術によるものだと思ってしまう。
「あれは基礎的な魔力操作術による身体強化だね。体内にある魔力を循環させることで身体能力を大幅に強化できる……」
しかし、実際はそうではなかった。
あの身体能力は魔術によるものではなく、体内の魔力を循環させる一種の技法。誰でも行えて、魔力消費も非常に少ないという技術だった。
そんな彼の説明に、綴と透花は納得する。
だが、それでも蘆村の表情は複雑だ。
「だけど、あの人が標準だとは思わないようにね。彼はいわば、外れ値だから」
久城依斗は、基礎的な魔力操作術だけで特事課における最高戦力の称号、一級執行官に上り詰めた基礎の鬼。
単純な技術を極めた、故に強いの代名詞とも言える人物。
「あの人の魔力操作技術はもはや一種の到達点にある。あれほど流麗で一切の無駄なく魔力を操作するのは彼しかなし得ないよ。あの人はただの基礎的な技術のみで天井を叩いている人だ。今後、透花ちゃんを巡って彼と会うことも多くなる。気を引き締めていこう」
確かに魔力操作術は便利なものだ。
しかし、一般的な魔術師ですら体内で魔力を操作するだけで一苦労。呼吸するかの如く自然に行えるようになるためには、日々の修練が必須となるほど奥が深い。
「綴くんは透花ちゃんを守るタイプの魔術師になる。だから前線で戦うことも多くなるだろうし、近接格闘を鍛えておいて損はない。しばらくは魔力操作術を特訓することになるかな」
蘆村のその言葉に、綴は気合を入れた。
透花が笑って暮らせる世界を作るため、魔術世界に足を踏み入れた青年の健闘は続く。