少年漫画によくいる主人公と嫌々敵対しているタイプの公務員に転生した   作:相川

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柊イヴ

 五年前、私は魔人に襲われた。

 私が通っていた学校の近く、通学路から一歩外れたその区域はいつ悪性変異が起こってもおかしくないほど魔力に『穢れ』が蓄積していた。

 

 区はそこを立ち入り禁止区域と定め、厳重な監視体制が築かれるようになった。

 

 面白がって見物に行く男子もいたけれど、すぐに大人たちに叱られて帰っていった。偶にすごく怖い人がやってきて、その場所の様子を伺ったりもしていた。

 

 前例がないほど『穢れ』が蓄えられている。

 

 なんて、ニュースにもなるほど。

 もしもこれが変異したら、確実に魔人が発生するだろう。今までで最も強大な化け物が発生するかもしれない。なんて、世間は騒いでいた。

 

 学校は一時休校となり、自宅学習となった。

 

 区からは、周辺に住んでいる人を予め避難させ、『穢れ』が蓄積している区域から半径五キロ圏内に住んでいる人々に不要不急の外出を控えるように通達される。

 

 それなりに窮屈な生活を余儀なくされた。だけど、私にとってはそこまで苦痛ではなかった。

 

 そこまで友達も多い方じゃなかったからかもしれない。

 

『穢れ』のおかげで学校に行かなくてもよくなってラッキー程度に考えていたんだと思う。

 

 それが、どれだけ浅はかな考えなのかをすぐに体感することになる。

 

 悪性変異が発生した。

 蓄積した『穢れ』が、魔人へと変貌したのだ。

 

 それも、同時に十体の魔人が発生する事態になった。

 時刻は午前零時。私はその日、ベッドの上でゴロゴロしながら動画サイトで適当な動画を眺めていた時。

 

 魔人警報が発令された。

 

 魔人の発生とそれによって予想される被害状況がアナウンスされ、できるだけ安全な場所への避難を促される。魔人が発生した場合は、できるだけ外に出ず室内で隠れることが最優先。下手に外に出て魔人の目に留まれば無差別に殺害される危険性がある。

 

 でも、見えない脅威は感じにくい。

 

 まあ、家にいれば大丈夫だろうと当時の私は思っていた。

 

 でも、魔人に倫理観なんてものはない。

 

 怖いけど、無暗に外に出なければ大丈夫だろうと。自分だけは助かるという無意味な自信に支配され、家族の様子を一度見にリビングへと向かい、両親や姉妹と一言二言会話した後にまた部屋へと戻った。

 

 自室の扉を開いた瞬間、轟音と共に壁が崩れた。

 

「──は?」

 

 吹き抜けとなった部屋を見て、私は唖然とする。

 

 夜の街並みが一望できるほどにプライベートが消失した、部屋だったものを眺め、私は呆然と立ち尽くす。

 とんでもない轟音に驚き、リビングや自室から心配して来てくれた家族もまた、この光景を見て唖然としていた。

 

 刹那の沈黙が場を支配する。

 

 しかしそれも束の間。

 

「すぐに身を隠すんだ!」

 

 お父さんがそう言った。

 

 また爆音が鳴り響いた。

 今度はここじゃない、一軒隣の家が壊れた。

 

 魔術だ。

 

 誕生した魔人が誰彼構わず魔術を行使して、無意味に家を壊しているんだ。

 

 ──嗚呼、本当に災害なんだ。

 

 無差別に被害を齎していく魔術を目にした私は場違いにもそんなことを考えていた。

 お父さんの叫びに、ようやく理性を取り戻して避難しようとした私は瓦礫に背を向けて──。

 

「ちょっと遅い」

 

 動けなくなった。

 

 本能的に逆らえないと感じるほどに、圧倒的な存在がいる。

 目の前に映る両親も、妹も固まって動けなくなっていた。

 

 指先ひとつでも動かしたら不敬。あらゆる行動が名も知らぬ誰かを不快にするかもしれない。そうなったら自分の身が危うい。

 

 直感的に逆らってはならないと察した私は滝のような汗をかきながら、それでも後ろにいるのがどんな存在なのかを一目見ようと、ゆっくり首を動かした。

 

 そこにいたのはひとりの男性。

 

 額には特徴的な二本の角、身長は一般的な成人男性の平均程。

 肌の色は昏い紫色と、確実に人間ではないことが分かる。これが、魔人。

 

「……やっぱり、誰を見ても殺意しか湧かない」

 

 彼の目は、まるで害虫でも目にしたかの如く冷めきっていた。

 言葉を操っているというのに、意思疎通など到底不可能なんだと思い知らされるほどに視座が違う。

 

 そして、何より生物として圧倒的に格が異なる。

 

「じゃあ殺すか」

 

 魔人が放った言葉を聞いた瞬間、私は思った。

 

 あ、死んだ。と。

 

 魔人がこちらを一瞥した瞬間、私は死を覚悟していた。何をしたって敵うわけがない。目の前の存在の機微ひとつで私は命を散らすことになる。

 

 恐怖も悲嘆も、生に対する執着すらない。諦観ですらない。

 

 もはや、ただひとつの事実として、死を受け入れるしか道はないのだと思い知る。

 

「──いやいや、そうはいかないでしょ」

「何も──ッ!?」

 

 場違いなほど気だるげな声が響いた。

 

 魔人の右腕がなくなっていた。

 

「いやあ、心臓を狙ったんだけどなぁ……。大人しく死ねよ」

「──ッ!?」

 

 きらりと、夜空に光る一筋の線。

 舞い散る赤色。

 

 魔人は頸動脈を斬られている。

 

「……厄介だな」

 

 魔人が呟いた。

 

 私は何一つとして目視できなかった。

 

 後からやってきたであろうこの男性が刀を抜いたんだろうことは分かる。先ほどまで鞘に収まっていた刀が抜き身になっていることからそれは明らかだ。

 

「ここは俺が何とかするから。君たちは早く外に逃げな。俺の仲間もいるから」

「……ッ! はい!」

 

 そこでようやく、私は助けがやってきたのだと理解する。

 部屋の扉の前で呆然としていた私たち一家はすぐに外へと避難する。

 

 外に出ると、意外にも被害はそこまで広がっていないようだった。しかし、遠くで火災が起きているし、色々な人の焦りの声が聞こえてくる。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 私たちが外へと出ると、すぐにあの人の仲間と思わしき男性がやってきた。

 

「私は特異事象対策課の蘆村です。あなた方の安全は私がお守りします。ですから、安心してください」

 

 特事課。

 

 魔災害に対応する警察の特殊部隊。政府の戦力である彼らの名声は高い。

 蘆村さんのセリフを聞いて、私は遅れてようやく自分の今の状況を把握し、全身の力が抜けてしまった。

 

 魔人による被害を受け、殺される直前に特事課の人に助けられた。

 

 様々な感情が後から一気に溢れ出す。

 

 恐怖、安心、混乱。

 

 濁流のように流れる感情を処理できず、私は全身から力が抜けてしまった。緊張も解けたらしい。

 そうして倒れる直前に見上げた空で、あの人が魔人を倒している瞬間が見えた。

 

 月を背景に、刀一本で悪鬼羅刹を退治する英雄。

 

 かっこいいと思った。

 

 表情一つ変えずに、あれほど怖い怪物相手に真正面から向かっていく。

 ぼんやりと、やりたいことも見つからなかった私の人生に、ひとつの光明が差したような、そんな気分だった。

 

 あんなに綺麗に敵をやっつけられたら、絶対にかっこいいだろうな。

 

 そう思ってしまったのだ。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 特事課に入ってすぐ。私は自身があまりに小市民であることを恥じていた。

 

 特事課に入った動機がかっこよさそうだからって、あまりに安易というか、子供っぽい。

 他の人たちはちゃんと市民を守りたいとか、魔人や魔物によって大切な人を亡くす悲しみを減らしたいとか、魔人に憎しみを抱いている人とか、そういう執念というか、ちゃんとした理念を持っている。

 

 だというのに、私はただ憧れたからという理由だけで特事課に入ってしまった。

 

 そんな私の未熟さが、なんとも言えない気持ちを生み出している。

 

 あれから五年、私は必死に努力した。

 

 あんな風に魔人を倒せたらと思って、実力を身に着けた。あの日の光景が目に焼き付いて離れないから、私も刀を握ろうと思った。

 

 特事課は実力主義だと聞く。

 どのような経歴だろうと、実力さえ持っていれば入隊することができる。

 

 例え、警察学校を経ていなくても。

 

 人格に問題がなく、魔物と十分に戦えると示せば入れる。

 

 だから私は、高校を卒業してすぐに試験を受けた。

 結果は合格し、晴れて特事課の末席に名を連ねることになった。

 

 だけど、高校卒業後に入隊する人は少なくて、大体みんな年上だし、気が合うような人も見つからなかった。

 どうやら私は才能があったらしく、人より少ない努力で人並み以上の結果を出せたのだが、それにより同期のコミュニティで微妙な立ち位置となってしまった。

 

 聞けば、十八歳で特事課に入ったのは歴代でも私を入れて二人だけらしい。

 

 私には崇高な信念もなければ、特別な執着もない。

 

 別に、それで何か言われたわけでもない。みんな分け隔てなく接してくれる優しい人だ。だから、気にしているのは私だけなんだ。

 

 ひとりで勝手に負い目を感じて、ひとりで勝手に気まずくなっている。

 

 ひとりで勝手に考えて、ひとりで勝手に思い悩む。

 

 そんな凡人具合にまたしても嫌気がさし、悪循環にとらわれてしまう中で、私は同期で四つ上の白瀬さんと共に呼び出された。

 

 なんだろうか。

 

 何かしてしまったのだろうか。

 

 そんな若干の不安を抱えていると、私たちの前に一人の男性が立った。

 

「今日から君たちの教育係となった久城だ。まあ、気楽に行こう」

 

 そこで、私はかつての記憶を鮮明に思い出した。

 これまでも彼の姿は視界の端に収めていたはずなのに、なぜか思い出せなかったけど。まあ、多分緊張でそれどころじゃなかったんだろうけど。

 

 憧れが、目の前にいた。

 

 月光を背に剣と舞うあの姿が、再び瞼の裏で再上映される。

 

「分からないことがあったら遠慮なく聞いてね」

 

 分からないことがあったら遠慮なく。

 つまり、自由に質問しても良いということだと捉えた私は、こんなことを聞いてもいいものか、いや、気になるから聞きたいが……。でも絶対場違いな質問だと思われる……! 

 

 なんて悩みながら、でも好奇心抑えきれなくなって震えながら聞いた。

 

「……あの。不躾かもしれませんが、久城さんはどうして特事課に入られたんですか?」

 

 私は、ただの憧れ。かっこよいと思ったからという小学生でも答えられるような薄っぺらい動機。他の人たちはもっと崇高な動機を抱いている。だから、久城さんだってそうだ。

 

 でも、やっぱり心のどこかでは安心したい自分がいた。

 

 私の動機はこれでいいんだと、同じような人を見つけて安心したかった。

 

 もしかしたら久城さんだってそうかもしれない。でも、絶対に違うんだろうなと確信していた。

 

「お金のためだよ」

「……ぇ」

「お金。下の弟妹の学費と養父母への仕送りのため。まあ色々あってね、家族を安心させたいのよ」

 

 ……一瞬でも、私と同じだと思った自分が嫌になる。

 

 彼は、自分のためじゃなくて大切な人のために仕事ができる人だった。こんな私と違って、ちゃんとした信念がある。それと同時に、私の浅ましさに嫌気がさす。

 

 やっぱり、私は分不相応なのかもしれない。

 

「でもまあ、男心をくすぐられることもあってね。ああ、刀を使ってる俺、今最高にかっこいいだろうなって思ったりもする。だってそうじゃない? 抜刀術よ抜刀術! そりゃ自分に酔うこともあるでしょ」

 

 私はこの人に一生ついていくことを決めた。

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