少年漫画によくいる主人公と嫌々敵対しているタイプの公務員に転生した   作:相川

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動き出す裏社会

「魔力っつうのはいわば一種のアカシックレコードだ。世界に蔓延ってる魔力は、その空間が有しているこれまでの情報を記録し処理し、そして世界と同化する。だから、魔術はそれを上書きすることで成立してる」

 

 とある高層マンションの上階。

 

 都内の景色が一望できるガラス張りの室内で、空間を贅沢に浪費しているとしか思えないような場所に置かれた大きなソファに座った男が、目の前に立つ少年相手に自慢げに知識を披露していた。

 

 まるでどこぞの社長が自室で優雅に部下を相手にしているかのよう。高慢な金持ちが自己顕示欲のためだけに用意したような部屋だというのに。

 

 男の左手にはポテトチップスの袋が握られていた。

 

 袋に手を突っ込み、何枚かを一気に掴んで上から落とすように口に入れる。下品極まりない上に、どこまでも庶民的。

 

 そんな男の姿を見てすらいないのは、額に一本の角が生えた少年。魔人だ。

 

「だが、魔力だって万能じゃねぇ。記録できる情報にも限度はある。だから『穢れ』が溜まる。『穢れ』をため込むわけにはいかねぇから自浄作用でお前らみてぇなのが生まれる」

 

 バリバリと音を立てながら、男は説明を続ける。

 

「時に魔人なんてもんを生むほどに『穢れ』にはエネルギーが宿ってる。分かるか? こりゃあロマンだ。『穢れ』を扱えるようになれば、まだ見ぬ可能性を掴むことができる」

 

『穢れ』は、誰も干渉できないエネルギー。

 

 魔力に溜まっただけの情報の澱。情報そのものが物質的な質量を持たないのだから、物理的に干渉することは不可能。だからと言って、電子的なアプローチもまた不可能。『穢れ』は魔力に溜まった物だからだ。

 

 そして、魔術的にも干渉はできない。『穢れ』は純粋な魔力ではないから。

 

 だが、『穢れ』自体には何らかのエネルギーが宿っている。でなければ、魔物や魔人を生み出すことなどできやしない。魔力の悪性変異を引き起こしたりなどできないはずなのだ。

 

 この男は、そこに可能性を見出している。

 

「なんか、真っ当な研究してる科学者っぽいこと言うね」

「失礼だなァ。実際科学者だろ」

 

 魔人の少年は指摘する。

 目の前で菓子をむさぼっているこの男は、人の命なんていくらでも軽んじられるような下種であることを知っているからだ。

 

 科学者としての腕は、まあ確かにあるのかもしれない。

 

 しかし、まるで高尚な理念のもと研究しているような言い方は魔人である彼としても指摘せざるを得なかった。

 

「……そうだけど、少なくとも君は善の人間ではないよね」

「……ハハッ」

「……なんで笑ったの?」

「いや面白れぇ冗談だったぜ? 人間でもねぇ奴に善悪を説かれるとは思わなくてな! お前、コメディアンにでもなった方がいいんじゃねぇか?」

 

 大口を開けて笑う男を見て、少年の頭は怒りで支配された。

 

「やっぱ殺そっかな☆」

 

 見かけによらず、彼の腸は煮えくり返っている。人間なんかに馬鹿にされて、ただでさえ殺したくて堪らないというのに、いちいち神経を逆撫でされる。

 

 何か一つでもきっかけがあれば襲い掛かっていた。というか今でも襲いたい。それでも理性で以て制しているのは、自分たちには目的があるから。

 

 一気に解放された濃密な殺気と魔力に、周囲の空気が一段重くなる。だが、魔人がそんな様子でも男は心底楽しそうに駄菓子をむさぼっていた。

 

「お、いいぜ。なんのためにここに来たのか興味はあったが、お前がやる気ならこっちもやぶさかじゃねぇ」

 

 やる気満々。

 

 魔術師でもある男にとって、他人との戦闘は自身の研究成果を披露する絶好の機会でしかなく、そこに生死は関係ない。ただひたすらに好奇心が赴くまま。

 

 そんな彼の様子に毒気を抜かれた少年はため息をひとつ吐く。

 

「…………はぁ。やっぱ人間と協力とかどうかしてるよ」

「おっ。魔人もストレス感じんのな! カルシウム取るといいらしいぜ。ま、デマらしいけどな!」

「…………本ッ当にウザい」

 

 ことあるごとにこちらを馬鹿にしてくるような人間と、これ以上会話を続けることも憚れる。

 だが、今日この下劣な劣等種に会いに来たのには目的があるのだ。

 

 情報をひとつ彼に渡す。

 

 それが、仲間たちの間で決まった結論なのだから。

 

 こんなに高級なマンションに住んでいるというのに、当の本人に品性の欠片がないのが本当に悔やまれる。少年はそんなことを考えながらも呆れ交じりに本題を伝えた。

 

「今日、君に会いに来たのは君にとっての朗報を届けにだよ」

「なんだ?」

 

 それは、魔人にとっても気になる存在。

 そして、この男にとっては喉から手が出るほどに欲しがるだろう人間。

 

「『穢れ』を人の支配下に置く研究……。その貴重なサンプルが見つかったよ」

 

 少年がそう宣言すると、ソファに座っていた男は菓子を食う手を止め、唖然として魔人を見つめていた。

 数秒の時が流れ、沈黙が場を支配し始めた時。それは破られる。

 

「──マジかよ!?」

 

 思った以上に大きな声が響いたので少年は嫌そうに耳を塞いだ。

 

 そしてどう見ても張り付けているとしか思えない笑みを浮かべながら言う。

 

「うん。こそこそと隠れてるけど、僕たちにかかれば見つけることなんて造作もない。なにせ、半分は同胞の気配だからね」

「……まさか、人間が魔人になったのか?」

「話が早いねぇ。愚かってわけじゃないのが余計にムカつくなぁ」

 

『半分は同胞の気配』。

 

 少年が口にしたその言葉だけで、目的の人物の正体を看破して見せた。あまりに頭が回る。普段の態度からは考えられない冷静さを持っている所も、少年からしたら気色悪いところである。

 

「…………。マジかよマジかよ!! いや理屈は通るがな! どうにかして『穢れ』を人間に受容させればそのまま魔人になるんじゃねぇかって思ってたが、そもそも『穢れ』に干渉すること自体不可能だったんだ。俄然やる気が湧いてきた!」

 

 男は興奮気味にソファを立った。

 

「……人間にもいろんな種類がいるんだねぇ」

 

 そんな彼の姿を見て、少年はもはや無心である。

 

「で、そいつは今どこにいる!?」

 

 しかし、少年の内心なんてどうでもいいと言わんばかりに男は情報を求めて彼に詰め寄った。

 

「近い。キモい。暑苦しい。もっと冷静になってくれない?」

「で! そいつは! 今! どこにいる!?」

 

 全く話が通じない。

 だから、詳細は人間が扱っているスマートフォンなる端末で送っておいた。

 

 いちいち口で説明するのは面倒なのだ。

 

「今送った。そっちの端末で確認して」

 

 すると、男はどこか不思議そうな表情で少年を見て、手元の端末を眺めていた。

 

「……なに?」

「……魔人がスマホ使うってやっぱ普通におもろいな。コメディアンにでも──」

「死ね」

 

 減らず口を叩き続けるのがこいつの特技なのだろう。

 人の精神を逆撫ですることにおいては、この男に並ぶものはないと思う。そもそも、人間であるということ自体が少年にとっては不満の種なのに。

 

「……意外と冷静なんだね」

 

 端末に記された情報を一糸乱れぬ様子で眺める男の姿に、長年の研究のきっかけが現れたのだからすぐにでも行動すると思っていた魔人は想定外の出来事だった。

 

「ああ。衝動的に行動すると痛い目見るからな」

「……そこら辺の分別があるのもキショい」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 原作において、主人公たちと敵対することになる人間、或いは組織、或いは魔人は多い。俺も完結まで追えていたわけではないから、ある程度の未来までしか分からないが。

 

 時系列的にそろそろ透花の存在がバレる頃合いになってくるだろう。

 

 最初の章ボスである羅門によって、主人公たちの隠れ家が襲撃される。と同時に、結界によって隠していた透花の気配が漏れてしまう。

 

 彼女は俺が出会った当初こそ下級の魔物程度の規模の魔力しかなかったため、センサーも魔人だと認識しなかった。だが、今の彼女が表社会に出てきたら、確実に魔人認定を食らうだろう。

 

 羅門の襲撃によって透花の存在が監視網に引っ掛かり、特事課への通報が入る。まあ、そもそも羅門が暴れているため魔術犯罪ってことで通報は入るんだけど。

 

 羅門によって混沌と破壊が繰り広げられる街中。そんな彼と戦う綴を見て、特事課は一時加勢することになる。

 

 というのが大筋だったはずだ。

 

 そして、羅門の後ろには魔人同盟という、特事課の駆除から逃れた魔人たち十一名から成る組織がいる。彼らによって透花の存在はリークされることになったのだ。

 

 俺はこれからどう行動するのが適切なのかなんて考えるだけ無駄だ。

 

 ある程度の未来を知っているからと言って、この世界の人々をキャラクターとして扱い、あまつさえ原作を守ろうなんて建前で、生きている人間を人形のように思った通りに動かそうなんて傲慢というもの。

 

 だから俺は、俺が最善だと思ったことをする。

 

 あ、でも原作知識のアドバンテージはもちろん使わせてもらいます。使えるもん使わないのはバカですから。

 しかしなあ、未来を知っているからと言ってできることっていうのは限られている。

 

 この先、羅門っていう魔術師によって街が凄いことになるんですよなんて言ったところで、なんでそんなこと知っているの? って話になるだろうし。

 

 未来視は魔術では不可能だ。

 

 魔術は魔力が持つ情報を上書きすることで成立する。だが、魔力が持つ情報は当たり前だが現在までのもの。だから、未来を知ることはできない。過去を見ることなら可能らしいけど。

 

 つまり、言い訳がないのでむやみやたらに未来知識を披露したら滅茶苦茶に怪しまれることになる。

 まあ、一応【予知】程度だったら魔術でもできるけど。俺の知識は【予知】では収まらないからな。

 

 予知っていうのは、現代技術でも再現可能な、天気予報みたいなもので。前提となる情報がなければ不可能。謂わば高性能な計算なわけだから。この式では絶対に導き出せない答えが出てきたらそりゃエラーを疑うでしょう。

 

 というわけで、俺はまあ上の命令を聞く社畜をやりながら、手が届く範囲で人助けをする。それくらいがちょうどよいポジションだろう。そもそもからして、ストーリーの主軸に積極的に関わるような人間じゃないし。

 

「あ。今ちょっと魔力操作に粗があったね」

「……ッ!」

「できてないわけじゃない。順調に上達してるよ」

 

 俺は今、柊さんに懇願されて彼女の稽古をしている。

 

 どうにも彼女の戦闘スタイルは俺と非常に似通っているようで、魔力操作術の極意を教えてほしいと言われたのだ。

 

 柊さんはもう既に【飛脚】が使える。それだけで近接戦は強い。

 だけど、彼女は随分と上昇志向が高いらしい。妥協はせず、もっと力を付けたいという気持ちが伝わってくる。

 

 うん。若い子が頑張ってるの見るとおじさんも頑張らなきゃって思えるからいいよね。それに、教えることは教わることでもある。目に見えて成長していく姿を見てるのは楽しいし、こっちも達成感を得られる。

 

 いいことしかないね。

 

 部下が積極的だとおじさん嬉しいよ。

 

「一ヵ所に魔力を留めるのは中々できることじゃない。柊さんは元々才能がある方だし、焦らずゆっくりやっていけばいいよ。課題を細分化して、できることを少しづつ増やす。それが、長くモチベーションを維持するコツさ」

 




羅門

趣味:フリーBGMの耐久版を聞きながら作業すること
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