「グン、グニル!」
数本の槍がミカゲ目掛けて射出されたが、当の本人は一歩も動かずに、黒傘を一薙ぎして全て叩き落とした。
「吸血鬼は撃ち出すしか脳が無いの? 準備運動にもならない」
「準備運動、か。まだ理解していないらしい」
三度目の槍が射出されてもミカゲは退屈そうに黒傘を薙いで砕いたが、今度はその手応えに首を傾げた。
(……勝手に砕けた?)
黒傘が当たる瞬間、槍の表面に亀裂が走り、幾つもの破片に分かれて弾けた。
意図が分からず、様子見していると破片は地面に落下する事なく、ミカゲの周囲を漂い始める。
襲ってくる訳でも無く、ただ浮いているだけ。
視界に映り込むのを煩わしく感じたミカゲが払いのけようと手を伸ばした瞬間
「ッ! 陳腐な小技だこと」
破片が眩い光を伴って炸裂した。
眉を顰め、ミカゲは反射的に目を手で覆う。
威力は皆無に等しく、明らかに目眩ましを目的としたもの。
ミカゲは光の切れ目に視線を上空に戻すが、滞空していたはずのレミリアがいない。
「危機感の、欠如!」
レミリアは目が眩んでいる隙に背後へと回り込み、集約させた妖力弾をミカゲの顔面に直撃させた。
並大抵の妖怪であれば消滅必至の一撃。だが、レミリアは攻撃の手を緩めない。
「まだまだぁ!」
ミカゲの背に直接手を当て、零距離からあらん限りの妖力弾を叩き込んだ。
呆気なくもミカゲの身体は過剰なまでの光に包まれていき、大爆発を引き起こす。
「おいミカゲ!」
遠くに避難し終えた正邪が声を上げた。
ミカゲが立っていた場所では地面が広範囲で窪んでおり、その破壊力を如実に物語っている。
(この吸血鬼、強い!)
幻想郷で上澄みに至った者同士の戦い。
ミカゲが霧の湖での戦いに興味を持てなかった理由が今なら分かる気がした。
弾幕の威力も、一動作の速度も、自分達とは文字通り桁が違う。
「この程度か。蓋を開ければ八雲紫の過大評価。やはり理想主義者に船頭は務まらん。私が――」
レミリアは土煙に背を向け、自らの勝利を確信していた。
大岩すら蒸発させる妖力弾を零距離から叩き込んだのだ。
あの八雲紫であっても無事では済まない。
(死体と庭園は美鈴に片付けさせるか……)
余波で荒れてしまった庭園を横目に、レミリアは後処理の段取りを考え始めていた。
土煙が晴れつつあるその背後で、変わらず佇む人影に話しかけられるまでは。
「自己完結するのは勝手だけれど、勝った気になるのは些か早すぎではなくて?」
レミリアは目を見開いて驚愕し、振り返る。
其処にはレミリアの予想に反して、攻撃を受ける前と同じ無傷のミカゲが佇んでいた。
「莫迦な……。私は確かに触れて殺した」
「悪くはなかった。然して良くもなかったけど」
衣服に付いた土埃を払いつつ、ミカゲは挑発めいた言葉を投げかけた。
(……なにをしたんだ)
怒りで沸騰する血を抑え、レミリアは分析する。
顔面への妖力弾は着弾までに瞬き程度のタイムラグがあった。
それで間一髪防御すれば間に合ったかもしれないが、次の攻撃はそうはいかない。
直接触れた状態からの攻撃に、防御も何もあったものではない。
ならば、考えられる可能性は一つ。
「防御系の能力持ちか。あの八雲紫の刺客にしては俗だな」
「さぁ、どうかしらね」
レミリアの指摘に、ミカゲは微笑んでみせた。
能力を見破られたというのに全く意に介していない。
「ならば、とっておきをみせてやる!」
仮に防御系の能力を行使して、攻撃を防いだのなら生半可な一撃では意味が無い。
勝つならば鮮烈に、完膚無きまでの圧勝を。
レミリアは翼を羽ばたかせ、遥か高度まで飛翔する。
月を背景に、レミリアは両手を天へと翳した。
紅色の妖力が掌の一点に収束し、一つの紅槍が形成されていくのを正邪は刮目する。
それまでの雑に打ち払われた槍とは違う。
紅い紫電が迸り、レミリアを中心に発せられた熱気が空気を伝って正邪の皮膚を微かに焦がした。
「これは貴様の心臓を穿つ必中必殺の槍」
「へぇ……」
ミカゲはこの戦いで初めて好奇の視線をレミリアへ向けた。
そして、人差し指を立て、クイクイと手前に曲げて挑発した。
「――来い」
「言われずとも!」
レミリアは紅槍を両手で持ち、大きく振りかぶる。
槍は極上、更に吸血鬼の常人離れした膂力を乗せる事でその一撃は一段階上の次元へと昇華する。
「スピア・ザ・グングニル!!」
レミリアの手から放たれた紅槍は一筋の紅い雷と化して降り注ぐ。
速度もさることながら、纏う妖力は触れずとも周囲を焼き焦がしていく。
あれ程の一撃が地面に着弾した際には、どれだけの範囲が焦土と成り果てるか想像も付かない。
対するミカゲは逃げ出すでも無く、上空を見上げながら黒傘を掲げる。
腕を伝って黒い妖力が黒傘に纏わり付き、禍々しい雰囲気を醸し出す。
(アレを打ち返す気か!?)
正邪は息を呑む。
その間にも紅槍は迫り、ミカゲは静かに腕を引いて刺突の構えを取る。
ここに黒と紅、刺突傘と投擲槍が激突する。
「うぉっ!?」
激突の衝撃は暴風となって正邪の顔面を襲った。
途轍もない力と力のぶつかり合いに、地表は広範囲で割れ、武器から漏れ出した妖力は庭園の植物を焼き焦がしていく。
正邪は姿勢を低くし、ミカゲの方へ視線を送る。
形勢は五分五分。
紅と黒の妖力が互いに相手を呑み込もうとせめぎ合う。
だが、次第にミカゲの妖力が紅を一方的に押し込み始めた。
「フンッ!」
ミカゲは駄目押しに一層の妖力を注ぎ込み、形勢が黒に傾いたところで紅槍を弾き返した。
(ミカゲの、勝ちだ!)
その光景を目の当たりにした正邪は、ミカゲの勝利を確信する。
ふと、相手の様子が気になった正邪はレミリアへと視線を移し、眉を顰めた。
啖呵を切った一撃が目の前で弾かれたと言うに、レミリアは口角を上げて嗤っていたのだ。
「流石にやる。だが、私は必中必殺と言ったはずだ」
正邪は思わず二度見した。
明後日の方向に弾き飛ばしたはずの紅槍が、さも当然のようにレミリアの手に握られていたのだ。
何をしたかは分からない。
しかし、問題は無い。
再び紅槍を投げたところで、ミカゲに弾かれるだけだ。
「運命は既に定まった。貴様はこの槍に貫かれ、絶命する」
紅槍が回転し、妖力を帯び始める。
心なしか纏う妖力が増えているように見えたが、正邪は気のせいだと判断した。
迫りくる紅槍に、ミカゲは再度真っ向から受けて立った。
一度弾き返せたのだから、もう一度弾き返すことなど造作もないと判断したに違いない。
しかし、結果は予想外。
「ミカゲ!?」
二度目の衝突では、ミカゲの身体が一方的に押し込まれていた。
見間違えではなかった。
明らかに紅槍を纏う妖力が一度目よりも増えている。
「うっとうしい!」
ミカゲも黒傘に纏わせる妖力を増やし、辛うじて紅槍を弾き返した。
しかし、弾き返したはずの紅槍はまたレミリアの掌に収まっている。
(まさかこれって……)
正邪はレミリアの言った『必中必殺』の意味を理解した。
紅槍を投げて相手を貫ければ良し。
例え弾かれてもどういう原理か紅槍はレミリアの掌に舞い戻り、またレミリアはそれを投擲出来る。
更にサイクルを繰り返す度に纏う妖力は増え続け、威力を底上げする。
もしも、その威力に上限が無いとしたらいかなる敵をも打倒しうる、正に必殺の一撃だ。
「ミカゲ! 次を投げられる前に倒せ!」
声量的に正邪の声は聞こえたはずだが、ミカゲは動こうとしない。
レミリアの真意に気が付いていないはずが無いと言うのに。
「――飽きた」
三度目の槍の投擲を前に、ミカゲは一言呟く。
そして、あろうことか黒傘を地面に差し、無手の状態で向きなおった。
傍目には自殺行為でしかない行動に正邪は混乱する。
(はぁ!? なにしてんだあのバカ!!)
正邪の内心での罵倒を余所に、紅槍はミカゲへと肉薄する。
次の瞬間、正邪はミカゲの行動に絶句した。
ミカゲは両の掌を胸元まで上げ、拍手をする要領で紅槍の先端を挟み込み、受け止めてみせたのだ。
しかし、受け止めたところで紅槍は止まらない。
掌では火花が散り、心臓を目指して回転を強めている。
「何を狙っているか知らんが、運命に抗える者などこの世に存在しない」
「そう。なら私が第一人者ね」
「減らず口を!」
「能力は凡そ物質への指向性付与かその類。応用が利く能力だけれど、共通した欠点もある」
ミカゲの掌に妖力が集中し、抑え込んでいる紅槍全体を包み込む。
そして、ゆっくりと左右の掌で締め込んでいく。
「幾ら能力が優れていても、媒介が脆いと全て台無し。要するに武器が駄目ね」
ミカゲは徐々に力を強めていき、ついに一つの亀裂が生じる。
そこからはもう総崩れ。
亀裂は全体に広がり、掌同士が合わさった瞬間に紅槍は砕け散った。
ポロポロと紅の欠片が地面へと落下し、最後の一欠片をミカゲは軽々と握り潰した。
当然、レミリアの掌に紅槍は戻らない。
紅槍を潰された事が信じられないのか、レミリアは目を丸くしていた。
邂逅した時からその表情には漲る自信が見て取れたが、今は見る影も無い。
先の一撃がレミリアの持ちうる最大火力であったのは明白であった。
「まだ手は残ってる? 無いならもう殺してお開きにしたいのだけど」
「……まだ、まだだ。まだ私は負けていない!」
レミリアは急降下し、ミカゲとの距離を詰め始めた。
遠距離戦を諦め、肉弾戦に切り替える腹積もりなのだろう。
だが、先の攻撃の為に自ら開けた距離を詰めるには、まだ時間が掛かる。
「お前は価値を示せなかった」
ミカゲは失意を宿らせた瞳で接近するレミリアを見上げていた。
瞬間全てが覆された。
それまで場を満たしていたレミリアの妖気が霧散し、置き換わるようにミカゲの妖気が紅魔館を包み込んだ。
刺々しい空気から一転、その場にいる全員が頭から足先までを粘着質な視線に纏わりつかれるような不快感に包まれる。
「お前の戦いはつまらなかった」
ミカゲは人差し指だけを立て、その指先をレミリアへと向けた。
指先にはピンポン玉程度の大きさの黒球が添えられ、その動きは弓に矢を番えるが如く。
レミリアは本能的に全神経を黒球に注いでいた。
(スピア・ザ・グングニルの妖力量の二倍、三倍……いやもっと!)
「偽・黒穿」
黒球が解放され、辺りに黒い閃光が瞬く。
ミカゲを除く全員がその技を注視していた。
にも関わらず、誰もがその過程を視認出来なかった。
ただ一つ確かな事は、その技でレミリアの顔半分が消し飛んだ、と言う結果だけであった。
真っ赤な脳漿が宙にばら撒かれ、レミリアの身体は滞空状態を維持できずに大地へと落ちていく。
「これが本当に妖力を込めた攻撃……ってもう聞こえないか」
グシャリと肉塊が潰れる不快な音が周囲に響いた。
レミリアであったそれは、落下の衝撃で身体の至る箇所がへしゃげ、骨は肉を突き破り、血潮は地を紅に染めた。
「呆気ない」
ミカゲは物言わぬ肉塊を無表情で見下ろしていた。
何処からどう見ても決着はついた。
しかし、ミカゲはその場を離れようとしない。
「……ま、だ……だ……」
肉塊の一つが痙攣し、言葉を紡いだ。
驚くべきことにレミリアはまだ生きていた。
満身創痍を超えたほぼ死に体になりながらもまだ戦意が残っていたらしく、幾つもの肉塊が寄り集まってレミリアの外殻を形成していく。
「生まれに救われたわね。蝙蝠娘」
「だ、まれ……」
再生したばかりだからか舌の動きがおぼついていない。
幾ら治癒力に秀でた種族であっても、全身挽肉状態から元の姿を取り戻すには無理があったらしい。
戦いで見せた俊敏さも、力強さも今の彼女からは感じられない。
「涙ぐましい努力だこと」
身体を引き摺りながら、弱々しい刺突を繰り出すが、ミカゲは事もなげに打ち払い、その首に手を掛けた。
誇り高き矜持だとか、譲れない思いだとか、誰かの為だとか、いかなる信念を持っていようがミカゲにとってはどうでもよかった。
正念場で突き通せなければ等しく悉くが無意味でしかないのだから。
「う……ぐッ……あぁ……」
レミリアは腕を引き剥がそうとするが、ミカゲの腕は微動だにしない。
「まける、わけには……」
「それ遺言? なら死後に幾らでも考えなさいな。私は聞いてあげられないけど」
首を絞める腕に力を込める。
あとほんの一押しで首がへし折れ、レミリアの意識は途絶える。
全身挽肉にしても再生するなら、次は再生する肉塊諸共消し去ればいい。
それで決着だ。
「動かないで下さい」
初めて聞く声に、ミカゲの手が止まる。
瞳を声の出所へ巡らせると正邪を羽交い締めにしてその首筋に銀のナイフを突きつけた咲夜がいた。
「お嬢様を解放しなさい。でなければこの妖怪の首を落とします」
「ちょ、馬鹿、お前よせ!」
抵抗を試みているが、負傷している上に膂力で劣っているせいで正邪は拘束から抜け出せずにいた。
正邪は内心ハチャメチャに焦り散らかしていた。
首にナイフを突き付けられているのも危険であるが、正邪は別の嫌な予感がしていた。
『――万が一にも人質に取られようものならその時は死を覚悟なさい』
八雲紫から言われた言葉が正邪の脳内で再生される。
紛れもなく今がその状態であった。
「氷精の時も思ったけど、本当に貧弱ね。天邪鬼」
その顔はそれまでの無表情と一緒であったが、正邪だけは冷たい何かを感じ取ってしまう。
正邪の生存本能が大音量で告げている。
このままではミカゲに殺される、と。
「さぁ! 早くお嬢様を!!」
「えぇ、いいわよ」
ミカゲは下からすくい上げるようにレミリアを放り投げた。
レミリアの身体は放物線を描き、じきに咲夜の腕の中へ落ちることだろう。
咲夜の視線は自ずとミカゲからレミリアへと移っていた。
従者として、満身創痍の主を受け止めなければならないのだから当然だろう。
正邪はミカゲを見続けていた。
だから、その瞬間を目撃する。
ミカゲが黒球を携えた人差し指を自分に向け、一切の躊躇いも無く撃ち出したのを。
「に……げ、ろ!!」
レミリアの悲痛な叫びが咲夜に届くよりも早く、黒い閃光は正邪と咲夜を貫いていた。
4000文字くらいで収めたかったけど、書きたい事を詰め込んだらだいぶオーバーしてしまいました。
諸事情でスマホからの投稿です。
感想等頂けましたら幸いです。