東方特級録   作:落書き

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第2話

鬼人正邪は博麗神社で起きた一部始終を覗き見ていた。

 

日課にもなりつつある強者達に関する情報収集。

今日は博麗神社の偵察をするつもりであったが、とんでもない場面に出会した。

 

なにせ、あの八雲紫が突然現れた妖怪に情けなく頭を下げた事も驚きであったが、なにより妖怪よりも凶暴なあの博麗霊夢が片手間であしらわれた事実。

 

「あの妖怪、何かある」

 

八雲紫の切り札?

幻想郷の裏の支配者?

荒唐無稽な憶測に過ぎず、10人が10人とも馬鹿な話として一笑に付す事だろう。

しかし、あの馬鹿げた妖気を肌で感じた正邪にとっては、妙な真実味があった。

 

知らなければならない。

単体で幻想郷の均衡を崩しかねない特異存在を。

 

正邪は自らを弱者であると自覚していた。

肉体も、秘めたる妖力も小妖怪の中では並以下。

八雲紫の様な大妖怪からしたら、炉端の石程度に過ぎない。

そんな連中の度肝を抜くには、いつの世も誰より早く情報戦を制し、動き出した者だ。

 

「見つけた」

 

足音を消し、気配を消す為に走って追跡は出来なかったが、当の妖怪がマイペースに歩いていたお陰で容易に追い付けた。

草叢に身を隠し、遠目から様子を観察する。

博麗神社で見せた威圧感も妖気も感じない。

今は只の血の気が無い女の人間にしか見えない。

だからだろうか、血の気の多い妖怪に絡まれるのも必定であった。

 

「おい、其処の女」

「聞こえないのか!」

 

八雲紫の足下にも及ばない猿型の妖怪が4体。

既に夕闇が満ちた夜、つまりは妖怪が活発になり始める時間である。

そんな時間に護衛も無い人間の女を見たら、大多数の妖怪が格好の餌と見なすだろう。

 

「ケッ、ビビって声も出しやがらねぇ」

 

最も近くにいた猿型が下卑た笑いを上げた。

正邪は奴等の情報を記憶の片隅から拾い上げる。

此処等辺を縄張りとし、主に幻想入りしたての人間、小妖怪ばかりを標的にする所謂雑魚狩り専門の連中。

手口はいつも同じ。

獲物の四方を固め、確実に1体を獲物の死角に入れてジワジワと嬲って殺す。

1体1体は中級妖怪に分類される連中だが、この戦法で大妖怪をも仕留めた事があると小耳にはさんだが正直疑わしい。

 

そんな連中が既に勝利を確信し、獲物を前に舌舐めずりしている。

きっと脳内ではどの部位から食い荒らそうかと下衆な考えを巡らせている事だろう。

今取り囲んでいる女が只の人間なら――

 

「見せてもらうぜ、あの八雲紫を怯えさせる実力のほどを」

 

4体はじりじりと距離を詰め、退路を塞いでいく。

しかし、ミカゲは一度として連中を見ずに空を見上げていた。

 

「舐めやがって!」

 

最初に飛び出した1体に合わせて、残る3体も同時に跳ぶ。

牙、爪、妖力弾がミカゲ目掛けて殺到する。

当たる、少なくとも最期まで連中はそう信じていた事だろう。

ミカゲは静かに人差し指と中指を立て――

 

「……は?」

 

気がつくとミカゲは4体の包囲網を抜けていた。

その一拍遅れで血が噴き出す音。

更に遅れて、何か重い塊が4つ地面に落ちる音がした。

正邪はその光景を理解するのに数秒を要した。

4体の身体には首から上が無く、その断面からは噴水の様に血が噴き出している。

そして、その頭部は地面へと落下し、近くに転がっている。

決め手は直前に立てたミカゲの二指が真っ赤な血で染まっていたこと。

 

つまり、ミカゲは指で薙ぎ払っただけなのだ。

同時に襲いかかってきた4体の首を正確に狙って切り飛ばした。

 

「……」

 

何事も無かった様にミカゲは地面に転がる生首を見下ろした。

1つ、また1つと繰り返すこと計4回。

 

「右3、左1で右か」

 

辛うじて聞こえた言葉に正邪は寒気を覚えた。

ミカゲは今殺した妖怪達の生首の向きで次に進む方向を決めている。

命に対する最低限の経緯も無く、そのまま死体を放置してミカゲは行ってしまった。

 

「どんな神経してやがる……」

 

ミカゲの足音が遠くなったのを確認し、正邪は草叢から抜け出る。

足元には無残に打ち捨てられた死体が4つ。

やはりあのミカゲとかいう妖怪の実力は本物だ。

 

「しかし、勿体ないな」

 

人間には出来ないが、妖怪は妖怪を喰える。

生前よりは少ないがその死体には微量の妖力が秘められている。

つまり死体を喰い、取り込む事で簡単に能力を高められる。

手を伸ばせば中級妖怪の死体が4つ。

全部喰らえば、自分も小妖怪を超えて中級に――

 

中級妖怪に至れるかもしれないという淡い可能性、それが手を伸ばせば届く場所にある。

どうせ時間が経てば、血の匂いを嗅ぎつけた小妖怪共に食い散らかされて無に帰る。

 

(なら、私が喰っても……)

 

既にミカゲの事は思考から抜け落ち、正邪は恐る恐る死体へと手を伸ばしていた。

冷静な状態であれば、違和感を覚えていただろう。

全神経をミカゲへの警戒に回してさえいれば気がつき、逃走の一手を取れていただろう。

遠ざかる足音が不自然に、唐突に消えていた事に。

 

死体の腕を千切る。

持ち上げゆっくりと口元へ運ぶ。

口を開く。

あとは齧り付くだけ。それだけで――

 

「死肉に集る蟲だったか」

「ひゃああぁぁぁ!!?」

 

背後から掛けられた声に、正邪は悲鳴を上げた。

反射的に腕を投げ捨て、身を隠せる草叢の中へと一目散に潜り込もうとする。

だが、既に正邪は詰んでいた。

近づかれた時点で、認識された時点で、正邪の動き出しを潰す事など中級妖怪にも出来る。

その中級妖怪を4体屠った強者であれば言わずもがな。

 

「何故、私を尾行していた」

 

首根っこを掴まれ、強引に地面へと押し倒される。

身動ぎ一つ出来ない圧倒的なまでの膂力差。

衝撃で肺の空気が無理矢理吐き出され、嘔吐いてしまう。

 

「な、なんのことを言って「神社から1つ、途中で5つに増えて、4つは殺した」」

 

首を捻れば、変わらぬ無表情が正邪を見下ろしていた。

最初から追跡はバレていて、ただ自分は泳がされていただけと正邪は痛感した。

 

「私を、殺すのか」

「今から2つ質問をする。答え次第で今は殺さない」

 

選択の余地など正邪には無い。

藁にもすがる思いで首を縦に振り、先を促す。

 

「1つ、格下が格上の言葉を真っ向から否定するのは如何なる理由があると考える?」

 

博麗神社で八雲紫がミカゲの忠告を真っ向から否定した事を言っているのだろう。

正邪からしたら正直知ったことではなかった。

他人の考えを推し量るなど時間の無駄、当人だけが知っていれば良い事だ。

 

「私は八雲紫じゃない。だから憶測に過ぎないが、誰にも譲れないもの、例えば夢とか信念とか若しくは愛が……そうさせたんだと、思う」

 

自分で言っておいて笑えてくる。

夢? 信念? 愛?

そんな高尚なモノを抱けるのはいつだって優れた強者達だけだ。

 

「夢、信念、愛……か」

 

ミカゲは空を見上げ、言葉を反芻する。

その姿はまるで初めて教えられた言葉を覚えようとする子供の様であった。

 

「じゃあ、最後は簡単な2択」

 

正邪はホッと胸をなで下ろした。

1つ目の質問には上手く答えられたらしい。

この程度の質問なら、もう1つの質問も乗り切れそうだと高をくくった。

 

「幻想郷を案内するか、今死ぬか。5秒以内に答えなさい」

「……は?」

 

あまりにも物騒な内容に正邪は呆気に取られた。

1秒経過。

 

先の殺しで付着した血がまだ乾いておらず、爪を伝って滴り落ちている。

あの凶爪を振るえば、猿共と同じ末路を辿るのは必至。

天邪鬼の首無し紅噴水の1丁上がり。

表情を取り繕おうにも口の端が引き攣ってしまう。

2秒経過。

 

何処を――まさか幻想郷全土? 

期間は――幻想郷中を回りきるまで?

頭に浮かぶ質問をつい口にしそうになるが、すんでのところで押し止める。

ミカゲは2択で答える事を望んでいる。

それを質問で返して不興を買わないだろうか。

3秒経過。

 

「……」

 

当のミカゲは相変わらずの無表情。

考えは読めないが、これだけは正邪も確信していた。

ミカゲの意にそぐわない回答。

つまりは2択以外の答え若しくは5秒以内に答えなければ、間違いなく殺される事を。

4秒経過。

 

(……やるしかない、と言うかやらないと殺される)

 

正邪は腹を決めた。

案内が例え幻想郷全土であろうと、数年掛かる旅路であろうと今殺されるよりは遙かにマシ。

まだ自分は何も為せていない。

こんな道半ばで死ぬわけにはいかない。

5秒経過。

 

「案内してやってもいい、けどこれだけは言っておく」

「なに?」

「私にも夢が……違うな、野望がある。お前の案内のせいで決行を遅らせるからには、その時が来たらお前にも一枚噛んで貰う。それが私の条件だ。それが嫌なら今すぐ殺せ」

 

言った。言ってやった。

強者の言葉に黙って従うなど、天邪鬼としての矜持が許さない。

だから正邪は考えた。

2択で答えつつ、自分にとっての利に繋げる。

八雲紫以上の妖怪に恩を売り、来たる野望成就の為に最大限利用する事を。

 

ミカゲは一度目を瞑った。

何を考えているかはやはり分からない。

ただ、即座に殺されていないという事は一考の余地があると見るべきか。

 

「いいだろう。お前が役割を果たした時、一度限り私はお前に手を貸そう」

 

正邪の見間違いか。

答えたミカゲの口元が一瞬だけ和らいだ、そんな気がした。

 

拘束から解放された正邪は大きく息を吸い、脳と肺に十分な酸素を巡らせる。

とんでもない綱渡りをしたと、冷静になった頭で理解する。

しかし既に賽は投げられ、完遂する事でしか正邪の生存は無くなった。

成功すれば強大な後ろ盾を得、失敗すれば死ぬ。

 

「じゃあ早速向かうぞ。此処から1番近いのは魔法の森だ」

 

ここに最強と最弱による幻想郷2人旅が始まるのであった。

 




輝針城の難易度が跳ね上がる瞬間であった。
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