東方特級録   作:落書き

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第3話

幻想郷。

現世で忘れ去られ、消えゆく運命にあったモノ達が辿り着く終着点。

 

歴代の博霊の巫女が今日まで継承し続けた博霊大結界。

八雲紫が膨大な妖力と能力を以て構築した幻と実体の境界。

前者は外と内を隔絶し、後者は幻想を内に誘う。

 

二つの境界により閉ざされた小世界、それが幻想郷の本質であった。

既に人間、妖怪、神、妖精、未確認動物など移住してきた種族は数知れず。

件の八雲紫でさえもう正確な数を把握しきれない程であった。

 

そんな幻想郷の一画である魔法の森を正邪とミカゲは歩いていた。

魔法の森は昼でも薄暗い。

鬱蒼と茂る樹木群が日光を遮っており、通気性は最悪。

腐葉土と胞子の匂いが充満し、常人であれば一刻も保たず意識障害を引き起こすだろう。

しかし、妖怪にとってはこの程度の悪環境など然したる問題はない。

 

「此処には魔法使いが住んでいて、他だと香霖堂って雑貨屋があるくらいだ」

「……此処で店?」

 

前述した通り、魔法の森に常人は皆無。

商いを営むからには相応の集客が必要であるが、森に入ってから一度として人間を見ていない。

 

「どうも営利目的じゃないらしい。それに置いてる品もほとんどが拾い物だとか」

「ふーん」

 

相変わらずミカゲの反応は素っ気ない。

と言うよりも感情が欠落しているのではないかと正邪は邪推していた。

 

「天邪鬼」

「……んだよ」

 

なにより気に食わなかった事は正邪を“天邪鬼”と種族名でしか呼ばなかった事だ。

勿論道中で種族名も名も明かした。

だが、ミカゲは鬼人でも正邪でも無く、種族名で呼ぶ事を選択した。

その理由が「植物や蟲の名を固有名以外で呼ぶのか?」であった。

 

人間だろうが妖怪だろうが強者はいつだって変わらない。

強ければ自分の言葉が全て正しいという傲慢な考えを持っている。

だから――大嫌いだ。

 

「アレみたいね」

「……出来れば違っていて欲しいな」

 

森の中に場違いな一軒家が建っていた。

軒先に何処ぞの男性の銅像、狸の置物、木彫りの熊が置かれ、くす玉と鳥の被り物が吊されるというあまりにもシュールな画が其処にはあった。

そして正邪の願いも空しく、看板には香霖堂と書かれている。

 

(中は一体どうなってんだ?)

 

正邪は一度息を呑み、恐る恐る扉を開く。

カラン、カランと乾いた鈴の音がミカゲ達の来訪を告げる。

店内は蝋燭に、提灯に、ランプと統一感の欠片も無い光源が点在しているお陰で外よりは幾分か明るい。唯一褒められる点はそこだけだろう。

 

「うわぁ……」

 

つい口から出た率直な感想であった。

商品棚に目を向けると、御札が貼られた壺に、妙に血生臭い刀、血の手形が付いた巻物と、あからさまに曰く付きの呪物が棚一つを埋め尽くしている。

呪物専門店かと思いきやその隣の棚には鍋や鞄等の関連性が全く無い日用品が置かれている。

 

「意味不明な品揃えだな、何処向けの客層だよ」

「客が元よりいないでしょ」

「随分と言いたい放題言ってくれるお客さんだね」

 

鈴の音を聞きつけた店主らしき青年が二人に歩み寄って来た。

若い。正邪の第一印象であった。

見た感じ二十代前半、人間の事情に詳しくはないが独りで店を構えるからには余程の手練手管に長けているか、或いは人間でないか。

 

「いらっしゃい。初めてのお客さんだね。ようこそ香霖堂へ」

「滅多に来ないお客様だ。誠心誠意もてな「接客はいらない、勝手に見させてもらう」だそうだ、楽が出来て良かったな!」

 

第一印象が大事と正邪は仁王立ちで威張る様に胸を張ってみせたがミカゲの横やりで台無しとなった。店主はその短いやり取りだけで二人の上下関係を理解した。

 

「なら御自由に。壊しさえしなければ手に取って見てくれても構わない」

 

店主が言い終わるや否やミカゲは二人に背を向け、一人勝手に物色を始めた。

何か琴線に触れる物があったのかもしれないが正邪にとっては都合が良い。

 

「お前、ちょっとこっち来い」

 

正邪は店主の手を引き、ミカゲの位置から死角となる場所まで移動する。

何度かミカゲの動向を盗み見た後に真剣な表情で口を開いた。

 

「此処に幻想郷の地図はあるか」

 

実は正邪が魔法の森を推した理由は別にあった。

距離的に近いと言うのはそれらしい方便、本当の目的は地図を入手する事。

 

「……何事かと思ったら、聞かれて困る事かい?」

「ばっかお前。案内役が地図頼りだなんて思われたらお役御免になるだろうが」

 

無論お役御免=死とは言わない。

言ったところで信じられないだろうし、下手な口外は巡り巡って自分の首を絞めかねない。

 

「これでいいかな」

「どれどれ……」

 

店主が持ってきた地図を広げ、今一度自分達の現在地とこれからの目的地を確認する。

 

今自分達がいる場所が魔法の森。

南東方向に忌まわしい巫女がいる博麗神社。

南西方向に人里と一度入ると死ぬまで抜け出せないと噂の迷いの竹林。

西方向に天狗達が支配する妖怪の山。

 

正邪の記憶と地図の内容はほぼ一致している。

仮にド忘れして方向を忘れてもこれさえあればどうにかなる。

 

「十分だ。お代はこれくらいでいいか?」

 

懐からなけなしの金銭を店主に手渡す。

正直痛い出費であるが命には代えられない。

もう一度地図に目を落とし、距離的に一番近い次の目的地である人里までの経路を確認する。

 

「毎度あり、今後とも香霖堂をご贔屓に」

「稼ぎたいなら立地を考えろよ。こんな所まで他に誰が来るんだ」

「ハハッ、耳が痛い。」

 

と言いつつも声色に焦燥感は感じられない。

何故こんな僻地に店を構えているか、宴の席の小話程度の興味しか湧かなかったのでわざわざ聞くことはしない。

正邪は息を殺して物陰からミカゲの様子を窺う。

 

ミカゲは鞘から刀を抜いてその刀身を無表情で眺めていた。

あの刀が実は妖刀で取り憑かれでもしたかと身構えたが数秒もしたら刀を置き、次の呪物に手を伸ばしていた。

 

「珍しいね、あの区画は気味悪がられて特に人気が無いんだが」

「ならとっとと処分してまともなもんを置け」

「因みに彼女が何者か聞いてもいいかい?」

「私も知らん。知りたいなら八雲紫にでも聞け」

「……八雲紫絡みの妖怪なのかい」

 

露骨に嫌そうな表情になる店主に内心で同意した。

八雲紫が幻想郷の創設者なのは幻想郷に生きる者であれば誰もが知る話。

だが、見た事がある者、話した事がある者が共通して思う事は“胡散臭い”であった。

巷では下手に関わると与り知らぬ企てに勝手に巻き込まれるとさえ言われている。

 

「ミカゲ、もういいか?」

「……終わった」

 

呪物を置いたタイミングを見計らってミカゲに声を掛ける。

結局お眼鏡に叶う物は無かったらしく、ミカゲは何も買うことはなかった。

 

「じゃあな、店主。気が向いたらまた来るかもしれ「来たぜ、こーりん!」ぐォッ!?」

 

退店しようと正邪がドアノブを回す前に扉が開かれ、箒に乗った一人の少女が飛び込んできた。

吹っ飛ばされた正邪のことなど気にも留めず、ミカゲは闖入者を一瞥する。

 

白いリボンを巻いた頭部よりも二回りくらい大きい黒のとんがり帽子。

黒のワンピースの上から白のエプロンを被せた黒白のデザインに、腰まで伸びた鮮やかな金髪がよく映えている。

 

「こーりん! 例のモノ取りに来たぜ!」

「それより魔理沙、すぐに其処から退く事をお勧めするよ」

 

店主に下を指さされ、魔理沙と呼ばれた少女は下を向く。

其処には哀れにも吹っ飛ばされた挙げ句、魔理沙の踏み台となった天邪鬼の姿があった。

 

「おいおいこんな所で寝てたら危ないだろ……死んでるッ!?」

「勝手に殺すな!!」

「あ、生きてた」

 

怒り心頭に起き上がった正邪は魔理沙に食って掛かろうと詰め寄る。

だが、背後から伸びた手に襟首を掴まれ――

 

「遊んでないで次に行くぞ」

「待って。一発だけ、一発だけ殴らせろ。お前! 顔は覚えたからな! 絶対に仕返――」

 

情けなく引きずられた挙げ句、捨て台詞を言い終える前に扉が閉められた。

 

「……何だったんだ?」

「いつも言ってるだろ。扉はゆっくり開ける様に」

「悪い悪い。つい浮かれててな、勢い余っちまった」

「やれやれ」

 

香霖堂の店主、森近霖之助は溜息を零した。

自由奔放、勇壮活発とは彼女の為にある言葉だろう。

 

勢いよく跳び込んできた少女の名は霧雨魔理沙。

厳格な実家と奔放な性格との折り合いがつかずに魔法の森に絶賛家出中の娘である。

生まれ持った魔法の素養があったお陰か、この魔法の森の環境にも茸狩りを楽しめるくらいに適応している。

 

「で、仕上がってるか?」

 

興奮気味に魔理沙はカウンター越しに机を叩いて催促してくる。

彼女の望みは分かっている。

霖之助は引き出しから八卦模様の装飾が施された立体物を取り出してみせた。

 

「これがお待ちかねのミニ八卦炉だ」

「おー!」

 

目をキラキラと輝かせ、受け取ったミニ八卦炉を手当たり次第に触り始める。

この場面だけを切り取れば年相応で可愛いのだが、それを口に出して言おうものなら照れ隠しに店内の品々が犠牲になる為、内に留めておく。

 

「材質は緋々色金で耐久性は申し分ない。出力は五倍までなら連続使用可能だ」

「それ以上にしたらどうなるんだ?」

「……あまりお勧めはしない」

「なんでだよ、弾幕はパワーだぜ?」

「出力を上げすぎると内部の炉心が熱暴走して最悪故障する。修理にはまた緋々色金が必要だ。一応言っておくがもう香霖堂の在庫は無いから壊れた時は君に調達して貰うよ」

「げっ……」

 

魔理沙は言葉を詰まらせた。

ミニ八卦炉を作る為の緋々色金も偶然魔理沙が拾った分と香霖堂の在庫分でギリギリ賄えたのだ。

また見つけようと思ったら次は何時になる事か。

 

「そもそもこれは護身用という事をだね」

「はいはい、分かってるって」

 

霖之助の忠告など右から左へ。

魔理沙はミニ八卦炉の確かな感触を確かめながら、思いっきりぶっ放せる様な面白い出来事が起きないものかと秘かに願うのであった。

 

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