東方特級録   作:落書き

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第4話

八雲紫は激怒した。

必ずかの無知蒙昧な小妖怪を除かなければならぬと決意した。

小妖怪には事の重大さが分からぬ。己が連れている爆弾の脅威を知らぬ。

 

下手を打って怒りを買い、惨たらしく殺されてくれるならば良し。

その時は頃合いを見計らって亡骸を回収し、無縁塚にでも埋葬して線香を供えるくらいはしてやってもいい。

 

真に怖ろしきは怒りの矛先が小妖怪に止まらず、幻想郷にまで波及すること。

抑止力が無い訳ではないが、それは考え得る限り最悪の最終手段。

目には目を歯には歯を、特級には特級を。

ミカゲが手を付けられなくなった時は別の特級妖怪を衝突させる。

 

一人は論外。

誘導どころか話が成立しない。

機嫌が悪ければ例え八雲紫であっても逃げ出す間も無く殴り殺される。

 

となれば、必然的にもう一人に白羽の矢が立つ。

妖怪の山を住処とし、空を自由に舞い、風をも自在に巻き起こす種族の天狗。

そんな天狗を統括する種の頂点にして空の覇者、天魔。

幻想郷でミカゲを止められる可能性がある数少ない存在である。

 

しかし、どちらも紫の想像を遙かに超えた規格外。

両者が本気で激突となれば、幻想郷に如何なる規模の疵痕を刻み込むか想像も付かない。

想像したくないとも言える。

 

「はぁ~」

 

紫は深い溜息を吐いた。

暇な時間に身を委ねるとつい最悪なシチュエーションばかりを想像してしまう。

 

「一体何時まで待たされるのかしらねぇ」

 

頬杖を付きながら、部屋に備え付けの時計に目を向ける。

紫は現在とある館に赴いていた。

豪華絢爛、贅の限りを尽くした装飾に初めは面食らったがそれも一時の事。

尽くが真紅に塗り潰されていては綺麗云々以前の話。

今となってはただただ目に悪そうと言う陳腐な感想しか出てこない。

 

主の準備が整っていないと待合室に通されて早一刻。

幾ら待てどメイドが呼びに来ない。

茶も出なければ、暇を潰せる道具も無い。

あるのは精々カチカチといい加減耳障りになってきたアンティークな時計くらい。

 

礼を欠いた対応を受けるのはこれが初めてではない。

外から招く幻想は忘れ去られた影響で衰弱しきった者達が大半であり、そんな境遇故に幻想郷に移住後も基本的には従順な傾向にある。

だが、中には幻想郷を嘲笑い、裏で好き放題しようとする不届きな輩も一定数存在した。

 

紫の夢を開口一番馬鹿な妄想と大口開けて嗤い飛ばした脳無し。

同調したフリをして不意打ちを企て、成り上がる為だけに紫を喰おうとした馬鹿。

バレないと高をくくり、人里の人間を拉致して喰っていた畜生。

その手の輩は例外なく、紫自ら粛正してきた。

 

「はぁ、帰りたい」

 

これから会合する相手も恐らくはその類。

さしずめこの無礼な放置も策略の一つ。

今頃如何にして幻想郷を手中に収めるか策を巡らせているに違いない。

しかし、当の紫にとっては些末なことに過ぎず。

それよりも気がかりなのが――

 

「お願いだから余計な事だけはしないでよ」

 

地表を歩くミカゲと小妖怪の遙か上空にスキマを開く。

会話は聞こえず、表情も見えないが逆探知されない事を優先すると自ずとこうなってしまう。

小妖怪が先を歩き、ミカゲがその後に続く。

飛ばずにわざわざ徒歩で移動しているのは特に急ぎの用でないからか。

 

(次の行き先は人里か……)

 

人里。幻想郷に於ける人間にとっての生存域。

以前やらかした畜生を教訓に、特殊な結界を人里全域に張り巡らせてある。

人里で暴れる妖怪の抑圧は勿論だが、どちらかと言えば脅しの側面の方が強い。

 

(……にしても小妖怪が目的地を決めているのかしら?)

 

ミカゲが指示する素振りは無い。

小妖怪が周囲を見渡して進む方向を決め、指差しでミカゲに道を伝えている。

 

「八雲紫様。お嬢様がお会いになります」

「……(拉致して始末するか? いや、もし行き先を小妖怪が決めているなら逆に――)」

 

音も無く、突然部屋に現れたメイドには目もくれず、紫は正邪への対応を考えていた。

ミカゲが博麗神社を後にして数日。小妖怪が如何なる経緯でミカゲの道案内を務めているかは不明だが、取り入った可能性は限りなく零に等しい。

ならば、多少強引な細工をしてもミカゲの不興を買うことは無い。

 

「――決まりね」

「八雲様?」

「えっ……あ、あぁ。準備出来たのね」

「お嬢様がお待ちです、ついてきて下さい」

 

メイドが先導する形で二人は廊下を進む。

所々に飾られている薔薇が活けられた花瓶に、床に敷かれた真紅の絨毯。

壁面の至る所に施された装飾の尽くが赤。

紫の中では一周回って実家の様な安心感さえ芽生え始めていた。

 

「この配色も長く住めば見慣れて趣深かったりするのかしら」

「慣れ不慣れは関係ありません。お嬢様が好んだ、それ以上に優先される事はありません」

「随分と慕っているのね」

「当然です。お嬢様こそこの世で最も気高く尊き御方なのですから。お嬢様が白を黒と仰ればそれは黒になります。命を差し出せと仰れば喜んでこの首を差し出します」

「そ、そうなのね。素晴らしい心構えだと思うわ」

 

嘘である。

顔には出していないが紫は内心ドン引きしていた。

度が過ぎた忠誠心と言うより盲信に近い。

この手の従者は主の意思を曲解して暴走する危うさがある。

 

(藍がこうじゃなくて心底良かったわ。……まぁ生意気なのは玉に瑕だけど)

「着きました。此方でお嬢様がお待ちです」

 

扉の前まで来るとメイドは脇に控え、頭を下げた。

紫がゆっくりと扉を開けると――

 

「待たせたな、ようこそ紅魔館へ」

 

部屋の奥、長机を挟んで玉座に腰掛ける幼き少女がいた。

幼い声とは裏腹に容姿に不相応な威厳と覇気を感じさせる。

並の妖怪なら言葉だけで平伏し、後塵を拝した事だろうが紫は涼しい顔で席に付く。

 

対面する少女は当然人間ではない。

その正体は今もなお人間社会に於いて信じられ、恐れを抱かせる著名な幻想。

夜の世界を統べ、生者の生き血を啜る偉大なる種族、吸血鬼である。

 

「此の度はお招き頂き感謝致しますわ。レミリア・スカーレット」

「気にするな。それで我が館、紅魔館は如何だったかな?」

「……何処をみても血を彷彿させる色で吸血鬼には相応しいお住まいかと」

「ふっ当然だ――咲夜、茶を」

 

絞り出した言葉を賛辞と受け取ったレミリアは満足げにメイドの名を呼ぶ。

突如、紫の背後にいたはずのメイドの気配が消失した。

紫が振り返ると其処には誰もおらず、正面に向き直ればレミリアの側で控えるメイドがいた。

その間1秒にも満たず。

 

足音を立てず、紫に悟らせずに一瞬にして移動してみせた。

それも淹れ立ての紅茶を提供するというおまけ付きでだ。

 

「なるほど。只の人間では無いと思っていましたが“能力持ち”でしたか」

「重宝している。紅魔館自慢のメイドだ」

 

紫は視線を巡らせる。

一人は、レミリアの側で佇む銀髪のメイド。

吸血鬼が統治する館に仕えるからには只の使用人では無いと思っていたが能力持ちとは予想外。

 

(安直に考えると、空間移動系統の能力ってところかしら)

 

もう一人は、メイドと反対側で控える中華服を着た人型妖怪。

体格が良く、露出している筋肉質な腕と脚から武闘派、更に十中八九能力持ちと紫はみていた。

 

「改めて幻想郷は貴方達を快く歓迎致しますわ。誇り高き吸血鬼レミリア・スカーレット及びその御一行様」

 

本心からの言葉であった。

数多いる幻想の中でも著名な吸血鬼を幻想郷に迎え入れる意味は大きい。

これを機に幻想郷の名が界隈に広がれば、より多くの幻想を集める事も夢ではない。

 

「貴様の口車に乗ってやったんだ。今度はこちらの要望を叶えて貰う」

「勿論。多少の融通も最大限に――」

「五割だ」

「……はい?」

「全てとは言わん。だが最低でも幻想郷の五割を我が領土として差し出せ」

「ホホホ、西洋の鬼も冗談を嗜むのですね」

「冗談に聞こえたか。無駄に歳を取ると物分かりが悪くなるらしい。それとも耳が遠くなったか」

「「……」」

 

紫の苛立ちに呼応して発せられる妖気に、対抗する形でレミリアも同等の妖気を発する。

その結果、室内が大妖怪二人分の妖気であっという間に満たされた。

荒々しい妖気のうねりは触れてもいないのに机を軋ませ、カップにヒビを入れる。

それでも当の二人は貼り付けた笑みを浮かべ、向かい合っている。

 

(まじで勘弁して下さいよぉ~)

 

一番割を食っていたのはレミリアの側で控えていた人型妖怪、紅美鈴であった。

有する能力故に人一倍周囲の気配に敏感であった事が今回は災いした。

 

針で突き刺された様な鋭い痛みが絶えず美鈴の身体を駆け巡る。

口が引き攣るのを舌を噛んで押し止め、脚が勝手に震え出すのを鬱血するまで抓って黙らせる。

レミリアに仕える従者として醜態を晒すまいと、確固たる矜持を以て美鈴は無表情を貫いていた。

 

そんな美鈴の必死の努力を知ってか知らずか二人の会談は続く。

 

「その要求が無茶な事は理解頂けますわよね?」

「そうか? 名高きワラキア公の末裔たるこのレミリア・スカーレットを招き入れた実績を作れるんだ。広告費と考えれば妥当な落としどころだろう?」

「それならばお分かりでしょう。今後も外界からの移住者は増え続ける。そんな彼等が幻想郷でも土地を追われる様な扱いを受けたら――」

「最も奪い易い土地、人里に押し寄せるだろうな」

「その通りです」

「難儀な事だな、妖怪と人間の共存が本当に実現出来るとでも?」

「この世に不可能はありません」

「答えになっていない。理想は所詮理想、現実を視ないロマンチストが船頭では碌な国は築けん」

「人間は我々妖怪よりも遙かに脆い。無理に事を急かせば瓦解してしまう」

「だから人間と妖怪とのパワーバランスを考えながら、か? 時間が掛かりすぎる」

「悠久を生きる我々に時間などあって無いようなものではありませんか」

「妖怪はな。人間は違う。日に日に知恵を付ける。科学を創る。時間を掛ければ外界と同じ歴史を辿るだけだ」

「ではどうすると?」

「手始めに人里の人間を我が眷属にし、余計な思考を剥奪して不老にする。畏れを生み出し続ける不老の人間、幻想郷の運営にこれ以上適した資源はあるまい」

「本気で言っていますか?」

「気に入らんか? 貴様の夢物語よりは幾らか地に足ついた計画だと自負しているが」

「その世界の果てに残るのは上下関係による支配だけ。理想郷には決してなり得ない」

「……貴様の抱く夢は頭ごなしに否定する気は無い。だがな、それは何も知らぬ子が抱く妄想と変わらん。善意から忠告してやる。――無意味なお飯事はもう止めろ」

 

それまでの発言は吸血鬼の視点として理解できた。

人間と妖怪の共存。

それが容易でない事など、紫自身が誰よりも痛感している。

失敗も沢山した。

まだ解決出来ていない事も沢山ある。

だが、人里も妖怪の山も博麗神社も、其処で生きる者達の営み全てが紫が苦心して積み重ねてきた結果に他ならない。

 

紫は彼等を愛していた。

誰に何を言われても揺らぐことは無い。

幻想郷で今を生きる彼等こそが紫の幼稚な夢を不可能でないと体現してくれている。

だからこそ、その言葉は紫の逆鱗に触れた。

 

「ではこうしましょう。誇り高き吸血鬼よ」

「うん?」

「私が選んだ妖怪一人と戦い、そちら側が勝利したなら先の要求を呑む事も吝かではありません」

 

解せない、レミリアは紫の提案を訝しんだ。

領土の五割を渡せなど、常識的に考えて首を縦に振る訳が無い。

だが、他でもない幻想郷の管理者が渡すに等しい言葉を今しがた口にした。

つまりは、このレミリア・スカーレットに勝てると確信出来る程の妖怪が幻想郷にいる。

 

「面白い。ならその妖怪を連れてこい。私手ずから相手を――」

「早合点しないで」

「……なに?」

「私はこう言ったのよ。紅魔館の総力を以て私が選んだ妖怪一人に勝てたのなら、五割と言わず幻想郷全土を差し上げると」

 

レミリアの笑みが消え、直後空気が死んだ。

只でさえ重苦しかった空気に敵意と殺意が上乗せされ、空気が澱む。

側に控える美鈴が呼吸困難に陥っているが、怒りに駆られたレミリアに気遣う余裕は無かった。

 

「八雲紫、吐いた唾は呑めんぞ」

 

真紅の槍を生成したレミリアはその切っ先を紫へと向けた。

一触即発の空気。次の紫の行動如何によってはこの場で殺し合いが起きてもおかしくはなかった。

 

紫は冷めた瞳で嘆息し、レミリアに構うこと無く席を立つ。

激昂し、冷静さを欠いた者と話すことはもう無い。

互いに妥協点を見つけられなければ、後はもう力で屈服させるしかないのだから。

 

「此処にいたら殺されてしまいそうなので、これでお暇します」

 

紫はスキマを開き、自らの身体を潜り込ませていく。

振り返ると槍を振りかぶり、投擲モーションに入っているレミリアと目が合った。

 

「では近い内、決着が付いた時にまたお会いしましょう」

 

スキマが閉じられた後、紅魔館の一室の風通しが良くなったらしい(とある門番談)

 

 




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