東方特級録   作:落書き

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第6話

先の出来事もあり、二人は敢えて人気の無い裏通りを進んでいた。

陽が差し難いせいで、魔法の森程ではないが何処か湿気臭い。

二人の存在に気が付き、生息していた鼠や油虫が蜘蛛の子を散らす様に逃げていく。

 

「あ~、やっと脱げた」

 

周囲に人間の目が無いからか正邪は頭に被っていた布を外し、角を露出させていた。

それを横目に正邪の身支度が終わるのを数秒待っていたミカゲであったが――

 

「……」

「少し待……って勝手に行くんじゃねぇ!」

 

正邪を置いて先に進もうとするミカゲに、正邪は悪態を付きながらも小走りで先導する。

面倒に巻き込まれない分、人間がいないのは好都合。

しかし、同時に問題でもあった。

 

(見所がねぇ……)

 

裏通りを歩けど歩けど同じ様な薄暗い光景が広がるだけ。

人間がいないと言う事は必然的に人間を相手にする店も皆無な訳でこうなるのも必定であった。

 

「……」

 

無言で正邪の後ろを歩くミカゲも心なしか不機嫌そうな雰囲気を醸し出している。

時間を掛けるだけ状況、と言うよりもミカゲの機嫌が悪くなると正邪の直感が告げていた。

 

(……いい加減に切り上げるべきだよな)

 

これ以上の散策を時間の無駄と正邪は結論付け、振り返って切り出そうとした。

だが、そんな正邪の葛藤を知ってか知らずか、当のミカゲは横を抜けて先に進んでいた。

 

「おい、何処に向かって――」

「血の臭いだ」

 

ミカゲの指摘に正邪は即座に思考を切り替える。

鼻に意識を集中させ、周囲の状況を確認する。

距離はあるものの、微かに血の臭いが漂ってきている。

それも人間の血ではなく――

 

「妖怪の血だよな?」

「……行けば分かる」

 

血の臭いに誘われる様に、二人は薄暗い通りを進み続ける。

相変わらず見栄えのしない光景に内心辟易しながらも進むにつれて臭いは濃くなっていく。

 

そして、ある曲がり角を曲がった先にそれはいた。

血塗れで顔を赤く腫らし、今にも倒れそうに壁に寄り掛かって、項垂れている少女。

白いブラウスは顔から滴る血で染みとなり、衣服もボロボロで見るからにみすぼらしい。

 

「……随分手酷くやられたな」

 

事情をある程度理解した正邪は少女へと躊躇いなく近づき、容体を確認する。

外傷は主に頬と腹に殴打と思わしき青痣が複数。

人間であれば相当の重傷であるが、妖怪ならばその程度は問題じゃない。

それよりも重症なのが――

 

「お前、最後に人間を食ったのはいつだ」

「覚えて、ないのだー」

 

明らかな飢餓状態の兆候が見て取れる。

血色が悪く、骨が浮き出るほどに痩せ細って瞳孔も定まっていない。

 

「天邪鬼、これはなんだ?」

「あー、通りで見ただろ。人間にやられたんだよ」

 

如何に大柄で見た目が強そうな妖怪であろうとも、人里の中だと人間達に舐められる。

値段をふっかけられようが、一方的に嬲られようが反撃は許されない。

もしも人間に傷を負わせたが最後、制裁が問答無用で発動し、最悪命を落としかねないからだ。

 

「私、ルーミア。あなたは食べられる人間なのかー?」

「妖怪だ。ほれ、角もあるだろ」

「そーなのかー」

 

無垢な表情で両腕を広げ、少女はミカゲ達を見上げていた。

そんな言葉を無視して、ミカゲは淡々と内から湧いた疑問を口にする。

 

「何故里から出ない?」

「外は外で殺し殺されの弱肉強食の世界だ。私みたいに機転が利くならまだしも小妖怪で単純馬鹿だと遅かれ早かれ餌逝きだ」

「ふーん。で、介錯でもするのか?」

「いや、人里の守護者に教えてやれば最低限の保護をして貰えるはずだ。それで――」

「おいおめぇら、其処でなにしてるんだぁ?」

 

正邪の言葉を遮り、呂律の回っていない男が会話に割り込んできた。

陽が出ている時間から泥酔している様子で、壁に寄りかかりながらミカゲ達へと近づいてくる。

 

「あ~、まだおめぇそんなとこにいたのか?」

 

途中でルーミアの存在に気が付いた男は、ルーミアの傍までそのまま歩み寄る。

そして、慣れた様子でルーミアの顔を上げ、その拳を振り抜いた。

 

「~~~ッ!」

「そうそう、良い感触だぁ」

 

地面に倒れ込み、殴られた部位を押さえて悶絶しているルーミアの腹目掛けて男は蹴り始める。

何度も、何度も何度も執拗に蹴り続ける。

最初の内は腕で最低限の防御をしていたルーミアであったが次第に自衛の力も弱まっていき、男にされるがままとなっていた。

 

「おい、いい加減にしとけよ」

 

もはや血反吐すら出なくなっていたルーミアの姿に、正邪は堪らず声を上げていた。

ルーミアの身体は誰が見てももう限界。

これ以上の暴行が続けば本当に死んでしまう。

 

「なんだぁ? おめぇ妖怪の肩を持つのかぁ?」

「妖怪か人間か関係あるかよ。抵抗できない餓鬼を一方的に嬲る糞野郎の姿が鼻に付いただけだ」

「あー? ……ってよく見たら妖怪じゃねぇか」

 

露出した角を見て、正邪を妖怪と認識した男は合点がいった様子で嫌らしい笑みを浮かべた。

 

「同じ妖怪が嬲られて怒り心頭ってかぁ? 妖怪にも情があったんだな!」

「うおッ!?」

「どうせ人間様には手を出せねぇんだろ? おれの憂さ晴らしに付き合えや」

 

不意打ち気味に顔を殴られた正邪は踏ん張りも出来ずによろめき、壁に手を付く。

男は小馬鹿にした様子で鼻を鳴らし、それまで一貫して静観していたミカゲにも矛先を向けた。

 

「で、おめぇも妖怪だな?」

「……」

「つめてぇな。同族が殴られてんのに、無表情かよ」

「同族、お前はそう考えるのね。なら――」

 

ミカゲは頬を殴られて痛がる正邪に、死にかけで息をするしか出来ないルーミアを一瞥するが、表情一つ変えることは無い。

ただ、ほんの少し足を上げ、何かに狙いを付けた後にその足を踏み下ろした。

 

ブチっと何かが潰れた音。

ミカゲが足を上げると其処には、潰れて中身が飛び出た油虫の死骸があった。

 

「これで怒ったか?」

「……はぁ? なに言ってんだ?」

「同じ事よ。お前がその木っ端と私を同列の存在と考えた様に、私も人里の人間には蟲程度の価値しか見出していない。当然お前もね」

「おめぇッ!」

 

怒りで顔を真っ赤にした男は、手を出してこない二人を捨て置き、ミカゲへと詰め寄る。

そのまま動こうとしないミカゲの肩を掴み、もう一方の拳を振りかぶる。

 

「妖怪風情が人間様を嘗め――」

「汚い手で触れるな、家畜風情が」

 

男の手が宙を飛んでいた。

呆気に取られていた男も次第に自らの腕が消え、切断面から血が流れる光景を認識する。

数秒遅れて押し寄せてくる激痛に男の顔は苦痛に歪んだ。

 

「ひ、ひぎゃああぁぁあ!!? て、てめぇよくも俺の腕をッ!!」

「やっぱりお似合いよ。地に這う虫けらみたいで」

 

地面をのたうち回って悶絶する男をミカゲは静かに見下ろしていた。

直後、ミカゲの周りを光の粒子が包み始める。

記憶にもまだ新しい。

禁忌を犯した不埒者に下される制裁の前準備である。

 

「灼かれちまえやぁぁああ!!」

 

天上から降り注ぐは一筋の光の流星。

例え誰であろうとも例外はない。

当のミカゲは棒立ちで、自らに降り注ぐ光をただ見上げながら、光に呑み込まれた。

 

「莫迦が! 人間様に手を出しやがるか、ら?」

 

男は言葉を詰まらせた。

大の男よりも一回り以上大柄な妖怪でさえ結界の前では這う這うの体で逃げ去っていく光景を何度も見てきた。

結界の中にいさえすれば、妖怪など恐るるに足りないと、愚かで傲慢な幻想を抱いてしまった。

 

「気は済んだか?」

 

そんな淡い幻想はあまりにも容易く、呆気なく打ち砕かれた。

無傷。

制裁を受ける前と全く変わらない姿でミカゲは其処にいた。

 

男は悟った。

眼前の妖怪はこれまで里内で見てきたどんな妖怪とも異質。

もしかしたら自分はとんでもない存在に喧嘩を売ってしまったのではないかと。

 

ミカゲがゆっくりと歩いて近づいていく。

このままでは殺されると、男は直観した。

腕の痛みなどとうに忘れ、逃げ出そうとするが、腰が抜けたせいで不細工に藻掻くしか出来ない。

 

「ま、待ってくれ。腕の事は水に流す! なんならその妖怪も好きにしていい。だから――」

 

言葉が最後まで紡がれる事は無かった。

首を失った身体は膝を付き、断面からは血が噴水の如く噴き上げられる。

あっという間に路地裏は鮮血に彩られた惨劇現場に早変わり。

袋小路の路地裏では逃げ場も無く、当然現場に居合わせた正邪とルーミアは全身で鮮血を浴びる事となった。

 

「うわぁ、最悪」

 

顔の血を拭い、正邪が最初に見たのは、黒い傘を差して優雅に佇むミカゲの姿であった。

指先には男の首を飛ばした時に付着した血があるが、それ以外は全て傘を伝い、地面へと滴り落ちている。

この惨状を作り出した張本人に被害が無く、傍観者の自分達は血塗れ。

思わず込み上げてきた罵詈雑言を反射的にぶち撒けかけたが、ふとある違和感に気が付く。

 

(……彼奴、傘なんて持ってたか?)

 

初めて会った時から今までミカゲはずっと無手だった。

幾度と無く盗み見て仕草や癖を観察していたからこれは断言出来る。

 

「耳障りじゃない分、蟲の方が幾分もマシね」

 

二度目の制裁すら意に介さず、ミカゲの身体には傷一つ無い。

当の本人は制裁よりも舞い上がった埃を鬱陶しそうに払っている。

 

「ミカゲ、大丈夫なのか?」

「中級すら殺しきれない低出力で私をどうこう出来る訳ないでしょ」

 

指に付いた血を払うと、ミカゲは満身創痍のルーミアに視線を向けた。

 

「其処の木っ端」

「私、なのかー?」

「其処の肉を片しておけ。木っ端に相応の仕事だ」

「でも結界があるのかー」

「何処に人間がいる。其処にあるのは只の屑肉だ」

「ッ!」

 

ルーミアは弾かれた様に切り飛ばされた男の腕に飛びついていた。

人間よりも強靱な牙は容易に骨を噛み砕き、肉を齧り取る。

余程の飢餓状態であったが故か、飛び散る血が顔を汚そうがお構いなしに肉を貪り食っている。

その様子を一瞥した後に、ミカゲはもう用は無いと言わんばかりに背を向けた。

 

「人里にもう興味はない。次の場所まで先導なさい」

「……」

 

正邪は無言で血塗れの自分を指差した。

 

「……何をしている?」

「ん!」

 

正邪は不機嫌そうにミカゲの問いかけに対して、血塗れになった衣服を引っ張ってみせた。

しかし、その挙動の意味を計りかねたミカゲは小首を傾げる。

 

「御免なさい、無名の弱小種族の固有な習性は知らないのよ」

「服を! 洗ってくるから! 戻るまで入口で待ってろ!」

 

そんなこんなでミカゲを残し、正邪は人里の外、知る妖怪ぞ知る穴場の泉にまでやって来ていた。

当然血塗れのまま歩いて里を出ようものなら検非違使に捕縛されかねないので、空を飛んで人目を避けてだ。

 

「うえぇ、血でべっとり」

 

流石に血塗れのままでは今後に差し障るし、匂いに釣られて妖犬が集ってくるかもしれない。

正邪は周りに誰もいない事を確認し、服を全て泉の中へと脱ぎ捨てた。

こびりついた血を洗い落とし、服が乾くのを待つ間に身体を清めておく。

 

(次は妖怪の山にでも行くか? 確か山麓部までは白狼天狗共もいなかったはず……)

 

水に浸かり、ただ何気なく空を見上げて次の目的地を考える。

天候はポカポカ日和で、緊張の原因たるミカゲも近くにいない。

久しぶりのリラックスタイムに正邪は伸びをし、束の間の極楽を噛み締めていた。

 

「しかし何者なんだ」

 

中級数体を歯牙にもかけず、八雲紫よりも恐らくは格上。

そんな大物が特に目的地も決めずに幻想郷を放浪するというのは妙に引っ掛かる。

 

「私の知らない裏があると考えた方が道理だよなぁ」

 

ただ今回の件で一つだけはっきりした。

ミカゲも大多数の妖怪と同じく、人間に対して悪性寄りの妖怪。

つまりは人間と妖怪との共存を掲げる八雲紫とは真っ向から対立する存在だ。

そんな二人が浅からぬ関係を構築して――

 

「あー、止めだ止め。誰かが答えてくれる訳でもなし時間の無駄だ」

 

答えのない堂々巡りに思考を放棄し、盛大に伸びをする。

思い切ってひと眠りしようと瞼を閉じた矢先、此方に近づいてくる足音で我に返った。

数は一。

只の野生動物程度ならどうとでもなるが、妖獣や妖怪の類だと流石に危ない。

 

今の正邪は丸腰と言うより、文字通りの丸裸。

正邪は乾かしていた衣服を掴み、すぐにでも逃げ出せる態勢を取る。

ついでに息を殺して気配を薄めようとした瞬間、その足音の主が姿を顕した。

 

まず目に付いたのは、風に靡く腰まで伸ばした金髪であった。

日々の手入れをしているからか、毛先まで艶があり、光を反射して妙に輝いて見える。

そして、暴力的なまでに発達した女性的肉体を一切包み隠さず、堂々とこの場に現れた女性を正邪は知っていた。

 

「お邪魔致しますわ」

「ゲェェ!?」

 

正邪は驚愕の声を上げた。

それもそのはず。

現れたのが幻想郷で最も会いたくない存在、妖怪の賢者こと八雲紫その人であったのだから。

 




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