東方特級録   作:落書き

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第7話

(どうしてこうなった……)

 

自分の置かれた状況に正邪は内心で頭を抱えていた。

ミカゲのせいで全身に血を浴び、泉まで来て洗い流せたまではいい。

だが、誰が其処であの八雲紫と偶然鉢合わせると思うだろうか。

 

(……いや偶然は無いか)

 

この鉢合わせを只の偶然と割り切るほど正邪は楽観的でも馬鹿でもない。

何かしらの思惑があって、1対1で話す機会を窺っていたと考える方がまだ納得できる。

となれば――

 

(確実にミカゲ絡み、だよな)

 

妖怪の賢者みたいな大物が自分みたいな木っ端にわざわざ会いに来る理由などそれしかない。

気づかれない様にこっそりと隣で寛ぐ八雲紫へと視線を向ける。

 

「♪~」

 

当の八雲紫は腰まで水に浸かり、気分良さげに鼻歌を口ずさんでいた。

見れば見るほど常人離れしたプロポーションに正邪は内心で舌打ちをした。

胸も尻もでかくて、腰だけは妙に括れて細い。

同じ女から見ても腹が立つくらいに完成された体型、男から見たら一発で悩殺モノだろう。

 

(これが『大』妖怪か……)

 

ふと正邪は自らの身体に視線を落とす。

胸も尻も小ぶりで、際立つ括れも無い。

例えるならば寸胴体型。

分かっていた事だが、八雲紫が横にいる事でより惨めな気分にさせられる。

 

(ぜってぇ許せねぇ。今に見てやがれ『大』妖怪め)

「静かで程良く陽も射す、良い穴場ですね」

「え。あっ、まぁ……はい……」

 

唐突に会話を振られた正邪はしどろもどろに返した。

流石の八雲紫も正邪が身体付きを妬んで勝手に恨みを募らせているとは夢にも思うまい。

 

「貴方、名前は?」

「鬼人正邪、だ。……です」

「なら鬼人様とお呼び致しますわ」

 

八雲紫は上機嫌な様子で扇子を開き、口元を隠した。

やはり挙動の全てが胡散臭い。

実は胡散臭さが擬人化したのが八雲紫であっても正邪は驚かないだろう。

 

「私の紹介は……しなくても差し支え無さそうですね」

「あぁ……はい、です」

「別に無理に取り繕う必要はありませんよ。私達は同じ妖怪、同胞ではありませんか」

 

言葉を額面通りに受け取るならご立派な思想だが、果たしてどこまでが真意なのか。

醸し出す雰囲気のせいで発言全てに裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。

 

「じゃあ遠慮無く。わざわざ私が一人になった時を狙って何が聞きたい?」

「……あら、少しは頭が回るみたいですね」

 

八雲紫が感心した様子で正邪を見つめた。

 

「ご指摘の通り、一人になるのを待っていました。……ミカゲ様がいると下手な事出来ませんし」

 

最後不穏な言葉が聞こえた気がするが、敢えて正邪は聞こえない振りを貫いた。

その抑止となり得るミカゲはこの場にいない。

下手に言葉尻を捕らえて追及しても、最悪開き直られて強硬策を取られかねない。

相手は正邪よりも遥か格上の大妖怪、抵抗など考えるだけ無意味だ。

 

「大した事ではありません。御二方の次の行き先に興味がありまして、お聞きしても?」

「……妖怪の山を考えてる」

「妖怪の山、ですか……」

 

八雲紫は暫し考え込むように沈黙した。

何か問題があっただろうかと、正邪は今一度妖怪の山に関する記憶を掘り起こす。

 

過去に食い物に困って妖怪の山に入った事がある。

木の実や果物、茸と山の幸が至る所に生息し、お陰で久しぶりの満腹感を得られた。

その時に見つかったのが白狼天狗、言わば烏天狗の雑用係だ。

後になって知った事だが、山腹では白狼天狗が、山頂には烏天狗が空から警備をしているらしい。

烏天狗の警備は知らないが、白狼天狗の警備は正邪的にザルの一言。

だから、山腹まで行っても見つからずに引き返せば何ら問題は無いと考えていた。

 

「正直お勧めは致しませんわ」

「……何故に?」

「大方見つからなければ問題ないと高を括っているのでしょうが、それは中級以下と見逃されていただけに過ぎません。ミカゲ様ほどの妖怪を伴うともなれば、話は別。確実に天魔様が動きます」

「天魔って……天狗達の頭だっけ?」

「えぇ、天魔様とミカゲ様。御二人が出会ったが最後、九割九分の確率で戦闘に発展します」

「幾らなんでもそんな――」

「ミカゲ様が他人と友好的に接する場面が想像出来ますか」

 

ぐうの音も出ない正論であった。

短い付き合いでしかないが、ミカゲには協調性という概念が欠落している。

 

「もしも天魔様とミカゲ様が戦うような事態になれば、鬼人様はまず助かりません。戦いの余波だけで物言わぬ肉塊に成り果てます」

「怖い事をしれっと言わないでくれる?」

「失礼。戦い以前に御二人の威圧に呑まれて心肺停止がオチですね」

「いや、何のフォローにもなってないから」

「其処で提案です。妖怪の山は後回しにして吸血鬼が治める紅魔館へ行くのは如何でしょうか」

「吸血鬼? 紅魔館?」

 

正邪は首を傾げた。

幻想郷にそんな場所があったかと記憶を掘り起こすが、それらしい場所には思い至らない。

 

「知らなくても当然ですわ、つい最近幻想入りしたばかりですから」

「へぇー。で、なんで其処に行かせたいんだ?」

「館の主、レミリア・スカーレットが幻想郷最強のミカゲ様に会いたいと申し出がありまして」

「……」

 

嘘ではない。

ただ真実でも無い。

普段から嘘を吐き慣れている正邪だから気が付けた、僅かな表情の綻び。

 

(都合の良い密約でもあるんだろうなぁ)

 

利用されるのも気に食わないが、最強に自分から会いたがる輩も要注意。

そのレミリア・スカーレットとやらも十中八九は碌でもない戦闘狂の類だ。

もしもこのまま八雲紫の提案に乗ったが最期――

 

『我は凄く強い吸血鬼だ。幻想郷最強の妖怪を下して我が最強と知らしめてやる』←正邪の妄想

『面白い奴ね、私手ずから殺してあげる』←正邪の妄想

『ギャー(余波に巻き込まれて爆発四散する正邪)』

 

巻き込まれてこうなる。

ミカゲが挑まれて戦う分には一向に構わない。

問題なのは、正邪もその旅路に加わっている以上必然的に被害を受けてしまう事だ。

ならば、戦いの芽は根本から避けるのが当然。

 

「分かった。其処まで言うなら紅魔館に行ってやる」

 

嘘である。

この場だけ適当に同調して、気分良く帰ってさえ貰えれば後はどうとでもなる。

言葉とは裏腹に確固たる意志を以て、正邪は紅魔館には行かない決心を密かに固めていた。

 

「分かって頂けた様で何よりですわ」

 

八雲紫は満足のいく回答が得られたからか、気分良さげに微笑んでいる。

 

「こっちも一つ質問いいか?」

「えぇ、構いませんよ」

「ぶっちゃけ、ミカゲって何者なんだ?」

「……まぁ、少しは知っておいた方がいいでしょう」

 

少し間を置いた後に八雲紫は遠くの景色を見つめ、口を開く。

その様子はさながら実際に見た光景を懐古するそれであった。

 

「私が妖怪として生を受けた時には、既にミカゲ様は大妖怪の中でも抜きん出た存在でした。多くの大妖怪が彼女の血肉を欲し、多くの陰陽師達が功績の為に挑んでは悉くが敗れた」

 

――如何なる徒党を前にしても、泰然と敵を鏖殺し、築き上げた骸の山は数知れず。

 

「策略も、術理も、純粋な力の前には意味を為さない」

 

――如何なる罠も真っ向から力ずくでねじ伏せた。

 

「天上天下唯我独尊、戦う者に等しく死を与える黒の災禍。それがミカゲという妖怪ですわ」

 

泉から上がった八雲紫は、瞬きの間に衣服を身に纏う。

そして、想像以上にスケールのデカい話にフリーズしていた正邪の背後に立った。

不穏な気配を察し、正邪が振り返ろうとするが先に八雲紫の手が正邪の頭を掴む。

 

「お前ッ、何を」

「一つだけ助言を。貴方がミカゲ様と如何なる契約をしたかは知りませんが、仮に貴方が死に瀕してもミカゲ様が助ける事は絶対にありません。万が一にも人質に取られようものならその時は死を覚悟なさい」

 

正邪の頭の奥で、耳障りなノイズが響いた。

痛みは不思議と無い。

しかし、生理的に受け付けない感覚が込み上げてくる。

例えるなら、元々あったモノの間に無理やり異物を捻じ込まれた様な筆舌に尽くしがたい違和感。

 

「それでは私はこれで。一日でも長くミカゲ様の案内役を務められる事を祈っております」

 

手から解放された正邪は即座に後ろを振り返ったが其処にはもう誰もいなかった。

 

「……私、何をされた?」

 

頭を触ってみるが特段怪我をした訳でもない。

何かをされたのは確かだが、確認する手段が無い。

一人残された正邪は仕方なく乾いた服に腕を通し、その場を後にするのであった。

 

 

「って入口で待ってろって言ったのに……」

 

人里の入口まで戻ってきた正邪はミカゲの姿を探していた。

しかし、右を見て、左を見て、念のためもう一回右を見るが影も形もない。

 

陽も天辺を通り過ぎ、次第に一帯は夕闇に包まれていく頃合いだ。

余程の理由が無い限り、この時間帯に人里から出て来る人間などいない。

故に周囲に人影は無く、妙な静けさに包まれていた。

 

「ひょっとして反対側に行ってたりとかか?」

 

人里への出入口は一つではない。

正邪は入ってきた出入口を指して言ったつもりだったが、別の出入口に行った可能性は全然有る。

此処にミカゲがいないのが確定した今、いつまでもこの場にいても埒が明かない。

一度嘆息した正邪は地を蹴り、空を飛ぼうとして――

 

「ウゲッ!?」

 

固い地面と濃厚なキスをしていた。

何が起きたのか分からず、正邪はズキズキと痛む顔を押さえつつ起き上がろうとするが、何者かに脚を掴まれ、起き上がれない事に気がつく。

 

(誰だ!?)

 

飛ぶ瞬間まで確かに周囲には誰もいなかったはず。

正邪は息を呑み、恐る恐る後ろを振り向いた。

 

「ッー!?」

 

生き物は驚きすぎると悲鳴すら出なくなるものらしい。

口をパクパクと開閉する正邪を、絶対零度を思わせる黒い瞳が見下ろしていた。

 

「湯浴みにしては長かったわね。……何か言い分はある?」

「ミカゲ!? お前何処に隠れていやがった」

 

最初に出会った時といい、今回の事といい、ミカゲの気配遮断の技量がおかしい。

人混みも遮蔽物も無い。

隠れるには全く適していないこの場所で人一倍警戒心の強い(本人談)自分が気が付けなかった。

 

「最初から此処にいた。……で、質問にはいつ答えてくれるのかしら。退屈のし過ぎでうっかりこの脚を引き千切ってしまいそうなのだけど」

 

なら早く声を掛けろよ、と正邪は内心で毒づいた。

その間にも脚を掴む力が心なしか強められた気がするが、流石に脅しだ。

案内役の脚を本当に引き千切る訳がない。

 

正邪は考える。

何を、とは言うまでも無い。

湯浴み中にあの八雲紫が乱入して来て、あわよくばミカゲについて探りを入れた事を正直に言うべきか否か。

 

「って、イッテェェェェエエエ!!?」

 

正邪は激痛のあまり絶叫した。

掴まれた骨がミシミシと悲鳴を上げ、脚が鬱血して色が変わってきている。

脅しじゃなかった。

ミカゲは本気で正邪の脚を引き千切ろうとしている。

 

「血ぃ! 血を落とすのに手間取った!!」

「あっそ」

 

ミカゲは詰まらなさ気にその手を離した。

正邪は手の跡が残る脚を擦りながら、非難の視線をミカゲへと向けた。

 

「マジで脚を潰す気か!」

「だから事前に言った。私、つまらない嘘は付かないの」

 

一切悪びれる様子も無く、ミカゲは正邪に背を向けた。

 

「で、次の行き先に目星は付けた?」

 

正邪は痛む脚を気にしながらも立ち上がり、ある方向を指差す。

面倒事に首を突っ込む気など無い。

妖怪の山は危ないと聞いたし、紅魔館は八雲紫の推薦で胡散臭い。

 

ならば、入り込んだら二度と出てこれない程度の噂しかない迷いの竹林こそがベストアンサー。

大妖怪が縄張りにしている話も聞かないし、迷っても空を飛べば万事解決する。

考えを纏め終えた正邪は口を開いた。

 

「じゃあ次は――吸血鬼のいる紅魔館に行くぞ!」

 

正邪自身その決定に一切の疑問を抱く事は無かった。

 




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