東方特級録   作:落書き

9 / 9
第9話

「戦うのは私一人だ」

 

開口一番、毅然とレミリアは二人の前で宣言した。

あの八雲紫との会合後、咲夜と美鈴は荒ぶるレミリアを宥め、いずれ来たる刺客への対策を話し合うべく一堂に会していた。

 

「ですがお嬢様、八雲紫が推す程の妖怪となると相当の強者に違いありません。ここは皆で……」

「皆で、なに? もしかしてお嬢様が何処ぞの馬の骨に負けるとでも思ってるの?」

「えっ!? そ、そんなことは、あの……」

「止めなさい、咲夜」

 

銀色に煌めくナイフを手に、瞳を煌々と光らせてプレッシャーを掛ける咲夜をレミリアが窘める。

レミリアは内心で嘆息する。

忠誠心も度が過ぎれば毒、メイドとしての技巧が完璧なだけにこの欠点が際立つ。

どう矯正したものかと密かに頭を悩ませていた。

 

「部下からの諫言で気を悪くするほど狭量じゃない。けれど美鈴、その申し出は却下よ」

「な、何故ですか!?」

「考えてもみなさい。仮に紅魔館総出で刺客を打倒したとして、幻想郷の住民等は何を思う?」

「えーと……?」

「お嬢様はこう仰っているのよ。紅魔館の連中は一人を相手に複数人で囲む卑怯者達、と」

「あー」

 

美鈴は納得した様子で頷いた。

 

「ですがお嬢様。有象無象が言う事など無視すれば宜しいのでは?」

「この戦いは謂わば紅魔館の力を幻想郷に示すデモンストレーション。勝つのは絶対で、勝ち方にも拘らなければ意味が無い。数の差で勝利など論外だ」

「だからパチュリー様を呼ばなかったんですね!」

「…………そうね」

 

レミリアは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。

実は二人に内緒で真っ先に誘い、雑に興味ないと一蹴されていたのはここだけの話。

 

「じゃあ私達は何をすればいいんでしょうか」

「当然、お嬢様が華々しい勝利を収めた時に備え、祝杯を挙げる準備に決まっているでしょ」

「……まぁ、そういう事だ」

 

正直普段通りでいいと言うつもりであったが、咲夜の熱意にレミリアは言葉を吞み込んだ。

そんな経緯で紅魔館では連日連夜馳走が振舞われていた。

 

「ふぃー、疲れたー」

 

門番を務める美鈴でさえ馳走の準備に駆り出され、門番をする時以上に疲弊していた。

今は咲夜の目から運良く逃れ、バルコニーで束の間の休息を満喫中であった。

 

「いつになったら来るんですかねぇ」

 

伸びをしつつ、空に浮かぶ満月を何気なく見上げる。

八雲紫の口振りから刺客が来るのはそう遠くない未来だろうが、毎日キッチンの鉄火場に連れ出されていては身がもたない。これなら門番をしている方がよっぽど楽だ、と美鈴は一人愚痴を零す。

 

(名も姿も知らぬ刺客さん、来るなら早く来てください)

「みたいだな……おっ? 開いてるぞ」

(えッ!?)

 

聞いた事の無い声と共に、門が開く音がした。

ハッと我に返った美鈴は柱の陰に身を隠し、こっそりと顔だけ出して侵入者を覗き見る。

レミリアの言いつけ通り仕掛けるつもりはないが、八雲紫が推す程の妖怪には些かの興味がある。

 

先に姿を見せたのは、片脚を引き摺りながらも紅魔館を物珍しそうに見回している妖怪。

此奴ではない、と美鈴はすぐに候補から除外した。

大妖怪たるレミリアと相対させるからには仕向けて来るのは大妖怪のはずだ。

だが、この妖怪は大妖怪どころか中級にも至っていない。

なんなら自分でも片手で蹴散らせてしまえそうな程に弱い印象を受ける。

 

「ミカゲも早く来いって。こんな奇天烈な建物、そう目にできないって」

「喚くな、五月蠅い」

 

木っ端妖怪の後ろから遅れてもう一体が姿を見せる。

恐らくは其方が八雲紫の言う刺客。

 

(さて、どんな妖怪が……は?)

 

美鈴の息が止まる。

全身のほぼ全てが漆黒で、微かに露出している素肌は病的なまでに白い。

見るからに死人一歩手前の風体であるが、外見など妖怪なら幾らでも擬態出来る。

 

問題なのは、彼女がほんの僅かに垂れ流している妖気、その質であった。

誰が見ても木っ端から中級妖怪程度の妖気にしか感じない。

しかし、常に気の鍛錬を欠かさず、【気を使う程度の能力】を有する美鈴だからこそ看破できた。

否、出来てしまった。

薄皮を剥いだ奥、禁忌の領域を。

 

「――――あっ……」

 

気が付くと、美鈴は黒い世界に一人立っていた。

急いで辺りを見渡しても、地平線の彼方まで人影も建物も無く、植物の一本さえ見当たらない。

 

(……あり得ない)

 

自分はさっきまで紅魔館のバルコニーにいたはずと混乱する美鈴であったが、そんな美鈴の胸中などお構いなしに世界が牙を剝く。

 

「な、なんなんですかぁ!?」

 

墨汁が滲み出すように、足元の地面が黒く染まり始めた。

咄嗟に飛び退いて逃れようと試みた美鈴であったが、既に地面全体が黒に沈んでいる。

美鈴は着地を諦め、浮遊して難を逃れた。

 

「危なかった」

 

安堵したのも束の間、それが序章に過ぎなかった事を美鈴は痛感する。

黒一色となった地面の表面が泡立ち始め、それは現出した。

黒き腕としか形容できないそれは、掌を美鈴へと向けた。

その次の瞬間、尋常ならざる速度で伸び、宙に浮く美鈴の足を掴んだ。

 

「いっ、嫌ッ!」

 

込み上げてくる生理的嫌悪感から反射的に振り払い、蹴り潰す。

しかし、次の瞬間には二本の手が新たに現れ、美鈴の両足へと迫ってくる。

何度も振り払い、蹴り潰し、殴り潰すが効果は無い。

それどころか数を倍化させ、悪化の一途を辿っていく。

美鈴も倍化には気づいていたものの、拘束から逃れるには破壊するしかない。

 

「止めて! お願い!!」

 

限界が来るのにそう時間は掛からず、美鈴の懇願にも似た叫びが世界に響き渡る。

身体の半分以上が黒に覆われ、美鈴は身体の主導権を失っていた。

 

「――――りん!」

 

誰かの声がしたような気がする。

けれど、美鈴の身体はほぼ全てが黒に塗り潰されていた。

最後に目が覆われていき、視界そのものが塗り潰されていく。

 

(……助け、て)

 

意識が堕ちる寸前、頬に鋭い痛みを感じ、美鈴は覚醒した。

身体は何故か仰向けで倒れており、視界には満月の淡い光が映っている。

 

「一体どうしたって言うのよ。立ったまま気絶するだなんて」

「さ、咲夜さ……ん?」

 

状況が分からずに茫然とする美鈴の顔を咲夜が覗き込んできた。

次第に冷静さを取り戻した美鈴は無意識に額を手で拭うと、べったりと脂汗が付着してくる。

頬が痛むのは、恐らく気付け代わりに咲夜が平手打ちをしたせいか。

 

(幻覚? 違う、アレはそんな生易しいものじゃない)

 

無数の手に掴まれた感触も、次第に追い詰められていく焦燥感も、何も出来なくなった絶望感も。

あの場で味わった恐怖の全てが、魂に深く刻まれている。

その証拠に、ミカゲと呼ばれた妖怪の気配を感じ取るだけで手指の震えが止められない。

 

「で、アレが八雲紫が差し向けてきた刺客? てっきりもっと化け物らしいのが来ると思ってた」

「逃げましょう。皆を連れて」

 

呑気に見物しようとする咲夜とは対照的に、美鈴は鬼気迫る表情で咲夜に詰め寄っていた。

 

「あの妖怪がそんなに強そうなの? 見た感じどうってことない人型妖怪じゃない」

「違います、違いますよ。感じられる妖気に惑わされちゃ駄目です。アレはそんな次元じゃない」

「……どういうこと?」

「話は後で。今すぐにお嬢様を止めないと皆殺しにされます。だから咲夜さん――」

 

沈痛な面持ちで縋り付いてくる美鈴に、咲夜は面食らった。

長い付き合いになるが、こんな表情をする美鈴を見たのは初めてであった。

しかし、美鈴の言葉に従うという事は即ちレミリアの敗北を咲夜もまた肯定する事を意味する。

 

咲夜は次の行動を決めかねていた。

美鈴の言葉を信じ、主を止めるか。

主の実力を信じ、美鈴の言葉を切り捨てるか。

 

この数秒の逡巡が、此度の騒動の結末を決定付けた。

もしも咲夜が即決し、レミリアを止めていれば、この後に起こる惨劇も回避できたのだ。

しかし、もう全てが手遅れ。

既に開戦の合図となる紅槍は投げ放たれてしまったのだから。

 

 

時は少し遡り、ミカゲと正邪は紅魔館の門前に到着していた。

近くで見れば見る程に紅一色の館。

如何なる趣味趣向、信念があってもこれほど悪趣味なデザインにはならないだろう。

 

「門番がいないわね」

「みたいだな……おっ? 開いてるぞ」

 

駄目元で正邪が門を触ってみれば、錠が掛かっていない。

元より空を飛べる彼女等にとって門など有っても無くても関係無いが、其処は気分の問題。

門を潜り、庭へと踏み入れた二人を出迎えたのは、やはり紅色であった。

 

足下は屋敷の正面玄関まで真っすぐ伸びた赤煉瓦の道。

両脇に広がる生垣やアーチに咲き誇る薔薇は、鮮血のように妖艶な色香を放っている。

ここまで紅色で徹底していると一周回って正邪は尊敬の念すら覚えていた。

 

「欠片も住みたいとは思えないけどな!」

 

庭園に足を踏み入れた時点で、既に目が疲労を訴え始めていた。

この調子だと館内も紅色なのは明白、目が限界を迎える前に帰りたい気持ちでいっぱいであった。

そんな正邪の苦悩を余所に、無遠慮に玄関までの道のりを進んでいたミカゲであったが、急に立ち止まると顔を上げた。

 

「……」

「どうした?」

 

ミカゲの視線を辿ると二階のバルコニーに向けられている。

何かあるのかと、好奇心に釣られて正邪も見てみるが誰もいない。

正邪は小首を傾げたものの、ミカゲは特に説明する事もせずに、また歩き始めた。

 

「だから置いていくなっての!」

 

そして、二人がちょうど庭園の中心部にある噴水を横切ろうとした刹那――

 

「――ッ」

「へぶッ!?」

 

ミカゲは無手から黒の傘を手にし、頭上から高速で飛来して来た何かを叩き落した。

その衝撃波は易々と正邪の身体を後方へと吹っ飛ばし、脚を負傷していた正邪はろくに受け身も取れずに顔から落ちていた。

 

「随分と変わったもてなしね。これが吸血鬼流の挨拶?」

「んな訳あるかっての」

 

顔を摩りながらも正邪は地面に刺さった飛来物を見る。

それは一点の曇りもない真紅の槍であった。

それもチルノの氷塊と比較するのも烏滸がましい程に濃密な妖力を宿している。

 

「天邪鬼はこう言ってるけど、本人の口から聞いていい? 蝙蝠娘」

「刺客を丁重にもてなすほど酔狂ではない」

 

上空より幼き声がし、正邪は急いで空を見る。

其処には異形の幼女が滞空していた。

人よりも発達した爪に牙、もはや食傷気味の真紅の瞳。

特筆すべきは飛行に特化した蝙蝠の羽を背中から生やしている事と、地面に突き刺さった槍と同程度の槍を数十本周囲に展開している事だろう。

 

「天邪鬼、アレが吸血鬼?」

「多分な。敵視してくる理由は知らん」

 

絶賛不法侵入中であるが、その程度幻想郷では日常茶飯事だ。

ならば考えられる可能性は――

 

(八雲紫絡みだろうなぁ……)

 

と、唯一この仕組まれた状況の背景の一端を知る正邪は冷静に一歩引いて俯瞰できていた。

 

「餓鬼の悪戯として流してあげるから疾く失せなさい。その齢で死にたくないでしょ」

「……吐いた唾は吞めんぞ」

 

レミリアは内に秘めた妖気を解放する。

辺りに濃密で、皮膚を刺すようなプレッシャーが場を支配する。

 

「うっ、げぇぇ……」

 

正邪は顔を青くし、膝を付いた。

全身の穴という穴に針を捻じ込まれるような筆舌に尽くし難い感覚に呼吸も満足に出来ない。

しかし、辛うじて身体を動かせたのか、少しでも遠くへ逃れようと後退りをしている。

 

ミカゲは静かにレミリアを見据えていた。

レミリアが妖気を解放する前後でその表情は一切変わっていない。

 

「大口叩くだけあって少しはマシみたいね」

「その身の程知らずな振る舞い、後悔させてあげる」

 

レミリアはニヒルな笑みを浮かべ、周囲を巡っていた紅槍の穂先をミカゲへと向けた。

 

「こんなにも月が美しいから――本気で殺すわよ」

「愉快な夜になりそうね」

 

 




開戦です。

お気に入り登録・感想を頂けましたら幸いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。