夕暮れの道場は、血の色を薄く溶かしたような赤に染まっていた。
畳の上には深い斬撃跡。
壁には裂けた掛け軸。
そして中央には、荒い呼吸を繰り返す二人の剣士。
一人は、剣聖会の抜刀術師範――
ハラギリ 。
そしてもう一人は、破門寸前の問題児。
「……っつぅ〜〜〜……」
シンタは肩を押さえながら顔をしかめた。
頬を浅く裂かれ、服はボロボロ。逆刃刀の刀身にも細かな
対するハラギリも無傷ではない。
首筋に一筋の赤い痣。袴は裂け、愛刀は半ばから砕けていた。
沈黙。
道場の外で、風鈴だけが鳴っている。
やがてハラギリが低く笑った。
「クク……ハッ……ハハハハッ!! なんだ貴様その剣は!!」
それは信じられないものを見せられた事による狂喜の哄笑。
「飛天御剣流だっけかァ!? メチャクチャにも程があるだろうが!!」
シンタは汗を拭いながら眉をひそめる。
「いや……褒めてます?」
「褒めてねぇ!!」
怒鳴った瞬間、ハラギリの咳が混じった。
シンタはちょっと気まずそうに視線を逸らす。
「……あー、その、死んでないですよね?」
「死ぬような斬撃なら、こうして立ってねぇだろうが」
「ですよね」
「チッ……」
ハラギリは割れた刀を見つめ、小さく舌打ちした。
本来ならここで終わりだった。
門下生が勝手に流派を作り、しかも他流の技――よりにもよってアトミック侍の剣技まで取り込んだ。
剣聖会の面子を潰したも同然。
本来なら斬る。
だがハラギリは目の前の青年を見て、どうにもその気になれなかった。
こいつは異端だ。
甘い。
青臭い。
剣士として致命的なほど人が良い。
なのに――剣だけは折れない。
理想のために死ねる目をしている。
「……おい」
ハラギリは立ち上がると道場の奥へ歩いていく。しばらくして戻ってきた彼の手には黒塗りの鞘があった。
静かな月光のような刀。
シンタが目を丸くする。
「え、なにそれ。カッコいい」
「持ってけ」
「……はい?」
ハラギリは無造作に刀を放った。
慌てて受け止めるシンタ。
ずしりと重い。
「月輪だ。剣聖会秘蔵の一振り」
「対になる刀は日輪。今は所在不明だ。どこにあるのか分からん」
シンタはぽかんとする。
「へー」
「…………」
「…………」
「リアクション薄くねぇか? もっとこう何かあるだろ!?」
「いや、だって刀なんて斬れれば何でも良いじゃないですか」
ハラギリのこめかみに青筋が浮いた。
「国宝級だぞそれ」
「え!? マジで?」
シンタの目の色が変わる。
「ちなみに売ると――」
「貴様ァ!!!!」
道場が揺れた。シンタは慌てて両手を振る。
「いやいやいや!! ほら、人生何あるか分かんないじゃないですか!!」
「生活費とか! 家賃とか! コンビニのシフト減らされた時とか!!」
「そんな理由で秘蔵刀売るな!!」
ハラギリは頭を抱えた。
なんなんだこいつは。
歴代でも屈指の剣才。言いたくはないが育ててきた弟子達の中でもピカイチだ。
なのに俗物。弟子入り志願理由も『居合い抜きってカッコいいじゃないですか』とふざけた理由だ。
理想家にして異端者。
剣士として完成しているようで、何一つ完成していない。
だが。
だからこそ、妙に未来を感じてしまう。
ハラギリは背を向ける。
「……失せろ。今日限りで破門だ」
シンタはしばらく黙っていたが、やがて小さく頭を下げた。
「……お世話になりました」
その声音だけは、珍しく真面目だった。
ハラギリは振り返らない。
「二度と剣聖会を名乗るな」
「はい」
「あと月輪は売るな」
「善処します」
「今すぐ斬るぞ貴様」
ハラギリの怒りに震わせる声とシンタの気の抜けた笑い声が木霊する。
この日を境に、シンタの剣心ムーブが始まったのだった。
◇
夜の研究棟。
無機質な白い廊下に、コツ、コツ、と下駄のような足音が響く。
「失礼するでござるー」
扉を開けると、室内には薬品の匂いと静かな機械音。
モニターの光に照らされながら、金髪の女性が資料を眺めていた。
「遅かったですね、シンタさん」
「申し訳ござらん、ティアーユ殿。お詫びにプリンを持ってきたでござる。コンビニで廃棄されるはずだった奴でござるが」
「また甘い物ですか…」
「脳が疲れるのでござるよ」
「脳を使ってる人の台詞とは思えませんね」
ひどい、とシンタは笑いながら、背負っていた拘束ケースを床へ下ろした。
中から低い唸り声が聞こえる。
怪人だ。
「今回も生きたまま、ですか」
「うむ」
「世間は?」
「殺せの大合唱でござった」
ティアーユは静かに目を伏せる。
「……でしょうね」
ケース越しに怪人を見つめるその瞳は、研究者のものだった。
恐怖でも嫌悪でもない。
観察。
理解。
そして、救済を諦めきれない人間の目。
シンタは近くの椅子にどかっと座る。
「進展はあるでござるか?」
「少しだけ」
ティアーユはモニターを操作する。
画面には細胞図。
異常増殖した組織。
人間だった頃のDNA配列。
「完全な治療法はまだ無理です。ですが、怪人化には一定の共通パターンがあります」
次々とデータが開示されていく。
「肉体変異そのものより、“精神汚染”に近い」
シンタが首を傾げる。
「心の病みたいなものでござるか?」
「ええ。極端な執着、自己否定、欲望……そういうものが引き金になっている可能性があります」
「なるほど」
「なので肉体だけ治しても意味がない」
ティアーユは少し疲れたように笑った。
「厄介ですよ。人の心なんて、薬で簡単に治せませんから」
シンタはしばらく黙っていた。やがてぽつりと言う。
「……でも、治る可能性はあるんでござろ?」
ティアーユは目を瞬かせた。
「あります」
即答だった。
「ゼロではありません」
その頼もしい言葉にシンタはふっと笑う。
「なら十分でござる」
「シンタさん」
「拙者、難しい事は分からん」
彼は天井を見上げた。
「でも“絶対無理”じゃないなら、斬る理由にはならんでござるよ」
静かな声だった。
ティアーユはその横顔を見つめる。
この男は甘い。
恐ろしいほどに。
怪人を生かせば、被害が増えるかもしれない。
再犯するかもしれない。
救えないかもしれない。
全部理解している。
その上で、それでもなお命を切り捨てきれない。
「……貴方は」
ティアーユが小さく呟く。
「時々、すごく危ういです」
「よく言われるでござる」
「自覚あるんですね」
「あるでござるよ」
シンタは笑った。
「拙者、自分が
「え?」
「むしろ間違ってる可能性の方が高いでござる」
ティアーユが眉を寄せる。
「なら何故」
「怖いからでござる」
その返答はあまりにも自然だった。
「もし本当に怪人化を治せる日が来た時、その前に全部斬ってたら取り返しつかんでござろ?」
研究室が静まり返る。
ケースの中で怪人が低く唸る。機械音だけが響く。
ティアーユはゆっくり息を吐いた。
「……だから貴方は、生かして連れてくるんですね」
「うむ」
「未来の為に?」
シンタは少し考えてから首を振った。
「そこまで立派ではないでござる」
「ただ…」
彼はケースを見た。
「泣きながら死にたくないだけでござるよ、皆」
ティアーユはその言葉を聞いて、ほんの少し目を細めた。
優しい。
でもそれだけじゃない。
この男は、“死”を軽く扱わない。
だからこそ、不殺を選んでいる。
「……シンタさん」
「なんでござる?」
「貴方、絶対ヒーロー向いてませんよ」
「えぇ!?」
「普通もっと割り切ります」
「無茶言うでござるなぁ……」
ティアーユはくすりと笑う。
その笑みを見て、シンタもつられて笑った。
研究室の片隅で、救えるかも分からない命の為に――
今日も二人は、諦め悪く足掻き続けていた。
名前:ティアーユ
概要:
「ToLOVEる」の登場キャラ「ティアーユ・ルナティーク」の姿をした転生者。「生命の神秘を追求したい」という思いを持つ。突然変異体の怪人や宇宙人の生態を研究する事に心血を注いでいる(特に怪人化を科学的に治す方法を模索中)
護衛として自身のクローンである「ヤミ」を製作。
見敵必殺を信条とする数多のヒーローと比べて穏健派なシンタはそれなりに仲が良く、何かと頼りにしている。