不殺のヒーロー   作:マルク

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壊れる日常

夕方。

Z市のアパートの一室。

S級ヒーロー7位、キングはモニター前で緊張していた。

 

理由、今日は「ネトゲ固定メンバー初オフ会」である。

 

汗だくになるキング。

 

「だ、大丈夫…ただのゲーム仲間だ」

 

だが口とは裏腹に発動する“キングエンジン”。

 

世間からの評価は「地上最強の男」扱い。

 

もし正体バレしたら――

 

「幻滅される……!」

 

自然と体が震える。

しかしこちらの事情など知らない仲間からはチャット通知が流れる。

 

「場所送るねー」

「研究所だから迷わないで」

 

キングは首傾げた。

 

「研究所?」

 

数十分後、目的地到着した。そこは街外れの巨大研究施設。

 

看板。

 

《■■■■■ティアーユ研究所》

 

キングの顔に嫌な汗が流れる。

 

「えっ、ほんとに研究所? なんで?」

 

インターホンを押す。しばらくして扉が開かれる。

 

穏やかな笑みを浮かべた白衣の女性――ティアーユだ。

 

「いらっしゃい」

 

予想外の金髪美女にキングは硬直する事しかできない。

 

「えっ、美人!?」

 

思わず出した言葉にティアーユは苦笑で返す。

 

「皆待ってるわ。さ、上がって頂戴」

 

言われるがまま、キングは玄関を潜って研究所内に入る。

 

やけに静かだ。まるで教会や神社のようにここだけ都会の喧騒から切り離されたような感覚がある。

しかし、奥に進むにつれて不釣り合いなものが壁にある事に気づく。

 

“爪痕”

 

床に修繕した痕跡を見つける。

 

キングの内心。

 

「帰りたい」

 

おっかなびっくりで進んでいくと、やがて大きな扉の前に着く。

ティアーユの細腕が開く。

 

「どうぞ」

 

そしてキングが入室すると部屋の中を埋め尽くす――

 

怪人。

怪人。

怪人。

怪人。

 

昆虫型。

獣型。

異形。

巨大。

 

全員の目がこちら見てる。

 

沈黙。

 

キングは顔面蒼白だった。

 

「終わった…」

 

怪人側。

 

「キング」

 

「キングだ」

 

「S級……!!」

 

空気。

凍結。

 

キングエンジンが発動し静寂を破る。

 

ドッドッドッドッドッ。

 

臨戦態勢になったと勘違いした怪人達はガクブル状態だ。

 

「うわあああ!! 鳴った!!」

 

「死ぬ!!」

 

「やっぱり消されるんだ!!」

 

キングの内心は真逆だ。

 

(違う!!怖いのは俺だ!!)

 

声に出して言いたかった。

地獄のような光景にその時、一筋の光明が差し込む。

さらに室内奥からゆらりと1人の男が立ち上がった。

 

「お、キングじゃん」

 

サイタマがポテチ片手に歩いてくる。

キングは地獄に仏を見たような気分だ。

 

「サイタマ氏!!?」

 

怪人達がざわつく。

 

「知り合い!?」

 

「マジかよ!!」

 

サイタマは周囲の反応に気を悪くする様子もなく自然体だ。

 

「昨日ぶり」

 

「昨日ぶりじゃないですよ!!」

 

半泣きで縋りつくキング。

 

ティアーユは不思議そうに首を傾げる。

 

「お友達だったのかしら?」

 

サイタマ。

 

「ゲーム仲間かな」

 

「説明雑!!」

 

サイタマの淡泊な反応に苛立ちを感じながらも、どこか安心する自分がいる。これで助かった。

 

怪人達が恐る恐る近づく。代表でマンティスが震えながら話しかける。

 

「あ…あの…キングさん…」

 

キングの体がビクッと跳ね上がる。

 

「は、はい!!」

 

「昨日のレイド、ありがとうございました」

 

「……え?」

 

「蘇生助かりました」

 

「タンク上手かったです」

 

「キングさん居ないと無理だった」

 

キング、思考停止。

 

「えっ、普通に感謝された?」

 

怪人達も混乱してる。

 

「なんでキングが普通に返事してる?」

 

「殺されない?」

 

「案外優しいとか?」

 

その様子に微笑むティアーユ。

 

「ほら、皆いい子でしょう?」

 

キングは改めて周囲を見渡す。

 

怪人達。

ゲーム機。

菓子。

ジュース。

漫画。

 

完全に「友達の家」だった。

 

その後、交流会開始。

怪人達はめちゃくちゃ気遣う。

 

「キングさん座って!!」

 

「飲み物っす!!」

 

「ポテチどうぞ!!」

 

キングは思う。逆に怖い。

 

「何故こんな丁重に…」

 

サイタマが横で笑う。

 

「皆、お前怖がってるから」

 

その発言に心の中で叫ぶ。

 

(俺も怖いんだよ!)

 

しかしいざゲーム始まると途端に空気変わる。

 

「キングさん!! 右!!」

 

「粉塵、お願いします!!」

 

「そこ! レアアイテムドロップしやすいです!」

 

いつもの固定PTだ。

 

キングは気づく。

 

「あれ? いつも通りだ…」

 

モニター越しと変わらない感覚。

怪人達も途中から普通に笑い始める。

 

「うおおお!! 全滅した!!」

 

「キングさんのせいじゃない!!」

 

「ラグ!! ラグ!!」

 

ティアーユが少し離れて見てる。

 

その隣を金色の闇――ヤミが佇んでいる。

静かに言う。

 

「……騒がしいですね」

 

でも、しだけ口元が柔らかい。

 

キングの帰り際に玄関にて、怪人達が見送ってくれた。

 

「また来てください!!」

 

「次高難易度行きましょう!!」

 

「キングさん!! 今度固定で!!」

 

彼らの姿にキングは開いた口がふさがらなかった。

今まで「最強の男」として恐れられてきた。

でもここでは「ゲーム仲間」だった。

 

ティアーユが静かに笑う。

 

「また遊びに来てね」

 

キング少しだけ安心した顔で頷く。

 

「……はい」

 

帰り道をトボトボ歩くキング。

空を見る。

 

そして小さく呟く。

 

「なんか…普通だったな」

 

その瞬間、スマホが通知を知らせた。

 

「次回レイド21時集合」

 

キングは苦笑する。

 

「…行くか」

 

少しだけ心が軽くなった気がした。

 

 

 

 

昼下がりの河川敷。

草の匂いと遠くの子供達の笑い声。

 

その平和な風景の中心で――

 

「青春ッ!!!!!」

 

ドゴォン!!

 

地面が爆ぜた。

 

「うお、危なっ…いでござる!?」

 

シンタが飛び退く。

さっきまで立っていた場所に今度はガイの回し蹴りが叩き込まれる。

 

巻き上がる土煙。

 

野球少年達が「うわぁ……」とドン引きしている。

 

「ちょ、待っ、今の頭狙ったろ!?」

 

「当然だァ!!」

 

ガイ――ヒーロー名『マユタイツ』はキラキラした笑顔で親指を立てた。

 

緑色のジャージ。

極太眉毛。

無駄に爽やか。

 

「実戦を想定するなら容赦は不要!!」

 

「いや加減しろ!!」

 

シンタは逆刃刀――ではなく、今日は木刀で受け流す。

 

ガギィン!!

 

重い。

 

単純な腕力だけならガイはかなり上だ。

しかも本人、めちゃくちゃ真面目に鍛えている。

 

八門遁甲なし。

忍術なし。

才能なし。

 

なのに毎日努力だけで食らいついてくる。だから厄介。

 

「うおおおおおッ!!」

 

ガイが突っ込む。

 

拳と蹴りの連打。

全部一直線。

フェイントも何もない。

だからこそ速くて重い。

 

シンタは半歩で躱し、木刀で肩を叩く。

 

パシン。

 

「一本」

 

「まだだァ!!」

 

「うわ元気」

 

ガイは笑ったまま踏み込む。

その顔を見てシンタは少しだけ口元を緩めた。

 

(…コイツ見てると悩むのアホらしくなるんだよな)

 

ガイにはシンタみたいな葛藤がない。

 

怪人問題がどうとか、人類の未来がどうとか。

そんな事より――

 

「昨日の自分より強くなる!!」

 

が先に来る。

 

単純バカ。

でも、だからこそ折れない。

 

「どうしたシンタァ!!」

 

「動きが鈍いぞ!!」

 

「徹夜でコンビニバイトだったんでござる!!」

 

「青春は睡眠を超越するッ!!」

 

「そんな無茶な!!」

 

ドゴン!!

 

今度は肘打ち。

 

シンタは木刀を盾にして受ける。

 

痺れる。

 

「ぐっ……! おっま、通信教育でこれ!?」

 

「努力だァ!!」

 

「怖いわ!!」

 

その瞬間、ガイの足が止まった。連続攻撃をし過ぎて持久力が切れたのだ。

ほんの僅かな隙。

 

シンタの目が細くなる。

 

(取った)

 

神速の踏み込み。

飛天御剣流の速度で背後へ回る。

 

木刀の切っ先がガイの首筋へ止まった。

 

静止。

 

風が吹く。

 

数秒後。

 

ガイはふっと笑った。

 

「…完敗だ」

 

「いや十分強かったでござるよ。恐れ入った」

 

シンタは木刀を肩に担ぐ。

 

ガイは悔しそうに拳を握った後、突然ガッとシンタの肩を掴んだ。

 

「だが青春はここからだ!!」

 

「うわ近い」

 

「次は腕立て1000回から始めるぞ!!」

 

「帰りたい」

 

「逃げるなァ!!」

 

河川敷に二人の騒がしい声が響く。

遠くで見ていた老人がぽつりと呟いた。

 

「……最近の若いのは元気じゃのう」

 

なおその数分後、シンタは本当に腕立てに付き合わされて途中で真顔になった。

 

「……一ついいだろうか」

 

「なんだ!」

 

「ガイ殿、怪人より体力おかしくござらんか?」

 

「努力だ!!」

 

 

 

 

研究所の昼は不思議と穏やかだった。

 

白衣姿のティアーユは廊下を歩きながら小さく息を吐く。

 

食堂から。

騒がしい声。

 

「だからそこ回避しろって!!」

 

「無理だろこのボス!!」

 

「シンタ!! 回復して!!」

 

扉の隙間からそっと覗く。

そこには怪人達に囲まれてゲーム機を握る男――シンタの姿があった。

 

「あーはいはい」

 

気怠そうなコントローラー操作。

次の瞬間、画面にデカデカと表示される『ボス撃破』の文字。

 

「うおおおおお!!」

 

「タル爆弾の神配置!!」

 

「やっぱシンタ居ると違う!!」

 

怪人達は大騒ぎだ。

 

シンタは苦笑する。

 

「お前ら騒ぎすぎ」

 

でも、少し楽しそうだった。

ティアーユも自然と笑みが漏れる。

シンタが研究所へ来た当初、彼はもっと無愛想だった。

 

必要以上に近寄らず。

必要以上に語らない。

 

まるで「居場所に慣れていない人」だった。

 

でも今は怪人達に肩を組まれ、ゲームで罵声飛ばされ、飯を奪われ。

ちゃんと「輪の中」に居る。

 

 

午後、整備室前にて。

 

ティアーユが書類を抱えて歩く。

すると壁際に座り込む怪人を見つけた。

植物型が肩を落としている。

その隣にはシンタが缶コーヒー渡していた。

 

「……だから店長がさ。俺の見た目で客逃げるって」

 

怪人が自嘲気味に笑う。

 

「まぁそうでござるな」

 

シンタは静かに聞いている。

 

否定しない。

励ましすぎない。

 

ただ最後にぽつりと零す。

 

「でも、お主は料理が好きなんでござろ?」

 

怪人が少し驚く。

 

「……まぁ」

 

「じゃあ続けると良い。他人から言われたから辞めるなんて勿体ない。好きなものをそんな理由で捨てるものじゃない」

 

それだけ。

でも怪人は少しだけ顔を上げた。

 

ティアーユは離れた場所から一部始終を見ていた。

 

不思議な人だと思う。

 

優しい。でも――「救おう」とは言わない。

 

ただ「隣に座る」事ができる。

 

それが救いになる人も居る。

 

 

夕方。

研究所地下訓練場。

 

金属音。

火花。

 

金色の闇が無数の触手武器を形成し高速展開する。

 

対するシンタは刀一本。

 

ガギィン!!

 

衝突。

 

ヤミが距離を詰める。

シンタ紙一重で回避、床を滑って斬撃を繰り出す。

ヤミの髪武器を両断した。

 

観客席にいる怪人達は大騒ぎだ。

 

「うおおお!!」

 

「また斬った!!」

 

「シンタさん速ぇ!!」

 

ヤミは小さく舌打ちする。

 

「……本当に嫌な剣です」

 

シンタは笑うしかない。

 

「そりゃどうも、でござる」

 

次の瞬間、ヤミは全武装を展開。

空間を埋め尽くす金色。

 

怪人達が青ざめる。

 

「研究所壊れる!!」

 

だがシンタは刀を握ったまま静かだった。

まるで「空気を聞いている」ように。

 

そして一歩踏み込み、神速を以って全武装の隙間を通り抜ける。

 

ヤミの目が見開かれる。

 

喉元に止まる刀。

 

沈黙。

 

怪人達の緊張が爆発した。

 

「またシンタ勝ったぁ!!」

 

「うおおおお!!」

 

ヤミは深く息を吐く。

 

「…納得いきません」

 

でも口元は少しだけ緩んでいた。

 

その時だった。

 

研究所内に警報音が鳴り響く。

 

モニター点灯。

 

ニュース速報。

 

《緊急速報》

 

《J市沿岸部に怪人群出現》

 

映像には荒れる海。そして巨大な魚人型怪人が画面一杯に埋め尽くす。

 

《深海族を名乗る怪人群、市街地へ侵攻中》

 

研究所の怪人達は静まり返る。

 

次々映る破壊映像。

逃げ惑う人々。

倒れるヒーロー。

 

ティアーユの顔色が変わる。

 

「…深海族」

 

嫌な予感がする。

映像の向こう側、あれは「災害」だった。

 

怪人達もざわつく。

 

「ヤバいぞこれ……」

 

「C級じゃ止められねぇ」

 

ティアーユは無意識にシンタを見る。

彼はもう刀を取って駆け出そうとしていた。

ヤミが目を細める。

 

「行くのですか」

 

シンタは軽く頷く。

 

「放置するわけにはいかないでござる」

 

ティアーユは思わず前へ出る。

 

「待って」

 

シンタが振り返る。その顔は穏やかだった。まるで「コンビニ行く」くらいの顔。

しかしティアーユには分かる。それは「死地へ向かう顔」だ。

思わず唇を噛む。

 

止めたい。

でも止まらない人だと知っている。

 

シンタが軽く笑う。

 

「大丈夫」

 

その言葉、全然大丈夫じゃない時ほど言う。

 

ティアーユが小さく俯く。

そして静かに言う。

 

「……帰って来て」

 

シンタは少し目を細める。

 

「ああ、必ず」

 

短い返事。

だが、その一言だけで少し安心してしまう自分が居た。

 

研究所の扉が開く。

 

外は大雨。

 

シンタ振り返らず走り出す。

ティアーユはその背中を見送る事しかできなかった。

 

胸の奥がざわつく。

 

彼は優しい。だからこそ「誰かが泣いてる場所」へ行ってしまう。

 

雨音だけが。

静かに響いていた。

 

 

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