不殺のヒーロー   作:マルク

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理想と現実

雨だった。

最悪の天候だ。

空を覆う暗雲から叩きつける豪雨が、J市全体を鈍色へ染め上げている。

避難シェルター周辺は既に戦場だった。

 

「ギギギギギッ!!」

 

「シャアアアアッ!!」

 

深海王軍。無数の怪人が濁流のように押し寄せる。

魚類とも両生類ともつかぬ異形。その中を、一陣の赤が駆け抜けた。

 

「飛天御剣流――龍翔閃!!」

 

逆刃刀の腹で雑魚怪人の顎をかち上げる。

だが。

 

「……っ!?」

 

シンタ の目が見開かれる。

浅い。

攻撃が通っていない。

人体急所の1つに入ったものの圧倒的な耐久力の前には威力不足だった。

 

「グオオオオッ!!」

 

「シンタァ!! ボサッとするなぁ!!」

 

横合いからガイが飛び込む。

豪雨を裂く正拳突きで怪人の頭部が吹き飛ぶ。

しかし、その後ろには更に十数体が控えている。

 

「くそっ……数が多すぎる!!」

 

ガイが叫ぶ。問題は数だけではない。

それ以上に敵がしぶとい。

 

深海族特有の粘性ある筋肉と水分を含んだ肉体が雨という天候を味方につけて強化されていた。

打ち据える攻撃が鈍らせられる。

シンタは歯噛みする。

逆刃が決定打にならない。峰打ちで昏倒させても、すぐ立ち上がる。ならば――

 

「ギャアアアッ!!」

 

遠くから悲鳴が上がった。

シェルター方向にシンタ達の視線が向く。

豪雨の向こうで奔る閃光。

爆炎が昇り、そして――

 

「ゴアアアアアアアッ!!」

 

深海王の咆哮が戦場を揺らす。

その前に立つ金髪の青年、鬼サイボーグ――ジェノス 。

焼却砲が雨空を裂くものの、深海王は笑っていた。

 

「弱いわね、サイボーグゥ!!」

 

轟音と共に壁が砕ける。

シェルターが揺れて民衆の悲鳴が増す。

逃げ惑う人々が一斉にシェルター外へ溢れ出した。

 

「逃げろォ!!」

 

「早く!!」

 

けれども、その行く手には深海族の群れ。避難民の前へ立ちはだかる。

女が腰を抜かし、子供が泣き叫ぶ。

深海族が涎を垂らしながら近づく。

 

「シャアアアアッ!!」

 

シンタが駆けた。

逆刃が翻り、怪人の胴を打って吹き飛ばす。

 

もう一体、さらに二体と壁面に叩きつけるものの、群れの勢いが止まらない。

 

「くっ……!」

 

間に合わない。

逆刃では止め切れない。

背後からガイが叫ぶ。

 

「シンタ!! 後ろだァ!!」

 

振り向くと巨大な深海族が既に拳を振り上げていた。

迫りくる豪腕をシンタは咄嗟に受け流す。

 

衝撃で足元が砕ける。

重い、強い、そして多い。敵も守る者も多すぎた。

一撃で仕留めきれないなら龍巣閃のような乱撃。しかし、この数の敵を全て打ち据えるのは体力と時間がない。

やるなら一撃必殺。

一刀の下に敵の急所を斬るしかない。

 

シンタの視線の先には幼子を抱いた母親がいた。

雨の中動けない親子に怪人の爪牙が向けられる。

 

間に合わない。

 

そう判断したと同時に、シンタの脳裏で何かが弾けた。

無数の顔が過る。

 

笑っていた人々。

守りたかった日常。

 

『甘さで守れるほど、現実は優しくない』

 

深海族が親子へ飛び掛かった。

その瞬間、逆刃刀の刃が裏返る。

 

「…おぉおおおオオオ!!」

 

迷い。

恐怖。

拒絶。

 

それらを振り払うかのようにシンタが雄叫びを上げる。

振り向く怪人の顔には愉悦の笑みが浮かんでいた。

 

(なにが楽しいっ!?)

 

この虐殺行為のどこに楽しむ要素があるのか分からない。

殴られれば痛いし、悲しい顔をすれば心が痛む。

なのに笑みを浮かべる怪人の思考がシンタには理解できない。

 

振るわれる刃が雨粒を受けて鈍く光る。

空気が変わる。

 

ガイが息を呑んだ。

 

「シンタ……」

 

それに呼応するかのように大地が爆ぜる。

 

「飛天御剣流──龍槌閃・惨!!」

 

シンタは天高く跳躍し、上空から逆刃刀が深海族の口内目掛けて突き立てられた。

血飛沫が噴水の様に上がり、雨に混じる。

 

絶命。

完全な死。

 

周囲の深海族が怯み、避難民が凍りつく。

シンタ自身も驚いていた。

 

斬った。

今、自分の意思で。

人を守る為に命を奪った。

 

雨音だけが響く。

だが、硬直していた軍勢が動き出す。

ガイが横へ立って拳を構える。

 

「後悔は後だ!! 今は守るぞ、シンタァ!!」

 

シンタは静かに目を閉じ、そして再び刃を構える。

 

「…ああ」

 

 

雨が降っていた。視界を潰すほどの豪雨だ。

J市シェルター前、その瓦礫の中にジェノス は膝をついていた。

機械の身体は既に限界だった。

右腕大破。

冷却系統異常。

出力低下。

そして目の前には――

 

「フハハハハ!!」

 

深海王。

雨を浴びてさらに巨大化した怪物が嗤う。

圧倒的だった。

自分の焼却砲ですら決定打にならない。その事実がジェノスの演算回路へ冷たく突き刺さる。

 

「はい、お終い」

 

深海王が豪腕を振り上げる。

その先に立っていたのはC級ヒーロー1位、無免ライダー 。

彼の体は満身創痍で脚は震えている。それでも退かない。

 

「うぉおおおお!!」

 

彼は己を鼓舞する為に声を張り上げるものの、誰が見ても勝敗は明らかだ。

 

愚か。

勝率ゼロ。

合理性皆無。

 

ジェノスは理解していた。しかしなぜだろう。視線を逸らせない理由が解らない。

 

深海王の拳が振り下ろされる。

直撃。

無免ライダーの死を覚悟した瞬間、彼の姿が掻き消えた。

 

「!?」

 

標的の消失に深海王の目が見開かれる。

 

否、違う。

 

「……速い」

 

ジェノスの機械の眼が僅かに捉えていた。

 

赤。

豪雨を裂いたのは赤い閃光。

シェルター屋根の上、そこへ無免ライダーを抱えて着地した男。

 

バッテンレッド――シンタ 。

 

あまりにも速い。

ジェノスの演算ですら一瞬遅れるほど。

 

「…あとは任せるでござる」

 

静かな声。無免ライダーを下ろしてシンタは振り返る。

その手にするのは逆刃の刀。

不殺の刀のはずのその刀は血で濡れている。

目の前の男が先程、深海族を斬っている事をジェノスは確信した。

 

「次から次へと、わざわざやられにご苦労様ね」

 

深海王が嗤う。

シンタが構える。

 

次の動作に移ろうと重心が沈むが、ジェノスは違和感を覚えた。

 

(……遅い?)

 

違う。

遅いのではない。踏み込みへ微妙な躊躇がある。

理由は明白だ。

逆刃刀は本来、人を斬らぬ為の刀。それで人を斬る、ましてや怪人を斬るなど通常の刀より遥かに難しい。

斬撃が僅かに鈍る。

振り切りに迷いが生じる。

その誤差は深海王相手には致命的。

 

「オオオオッ!!」

 

深海王の突進。

巨体とは思えぬ速度だ。しかしシンタは紙一重で躱す。

反撃の一閃が振るわれる。

 

「龍巻閃!!」

 

轟音。

刃が深海王の背中へ喰い込む。

だが浅い。

分厚い筋肉が衝撃を吸収し、雨天による超回復が斬撃を無効化する。

深海王が嗤った。

 

「効かないわァ!!」

 

拳。

蹴撃。

暴風雨のような連撃。

それをシンタは捌く、躱す、流す。

しかし徐々に押されていく。

 

ジェノスは理解していた。

技量ならシンタが上。それでも敵の怪力、頑強さ、回復力はそれを上回る。

 

決定打が足りない。

 

斬り切れない。

迷いがある。

その致命的な隙を深海王は逃さなかった。

 

「ハァァァァッ!!」

 

深海王の蹴りをシンタが受け流す。

だが衝撃で雨に濡れた地面を滑り、壁へ激突。

シェルターが揺れ、避難民が悲鳴を上げた。

 

深海王は止まらない。

殺意。

圧倒的暴力。

ジェノスの演算は結論を出していた。

 

勝率、低下。

生存確率、危険域。

 

それでもシンタは立つ。

静かに血を流しながら逆刃刀を構え直す。

 

その目は揺れていた。迷い、葛藤、恐怖、様々な感情が浮かぶ。

シンタは呼吸を整えようと一息吐く。

すると突如空気が変わった。

 

「……飛天御剣流」

 

腰が沈み、赤い閃光が雨天を疾走する。同時に、シンタが消えた。

ジェノスの機械眼が警告を発した。

 

高熱源反応。

筋力出力急上昇。

神経伝達速度異常。

 

閃光が深海王との距離を一瞬で詰める。

 

「龍巣閃──咬!!」

 

放たれる五連撃。

いや、一点集中の連続斬り。

それが深海王の左腕へ叩き込まれた。

 

ズバァァァァッ!!

 

血飛沫が豪雨を染める。

深海王の左腕が肉片へと姿を変える。

 

「ガァァァァァァァッ!?」

 

絶叫が轟く。

悲惨な光景に避難民が息を呑む。

ジェノスの機械眼すら一瞬処理が遅れた。

 

速い。

重い。

鋭い。

まるで龍の顎が嚙み砕いたかのように。

 

だがシンタの動きが止まった。

ほんの一瞬とはいえ、技を撃った直後の僅かな硬直を深海王は見逃さない。

 

「捕まえたぞォ!!」

 

残った右腕がシンタの腹部へ直撃。

 

「が……ッ!!」

 

轟音を上げてシンタの身体が吹き飛ぶ。

壁を突き破り、瓦礫の中へ沈む。

 

「シンタァァァ!!」

 

遅れてやってきたガイが叫ぶ。

 

勝ち誇る深海王。

彼は腕を失いながらも笑っていた。

 

「ヒャハハハ!! 次は誰かなァ!!」

 

絶望。

誰も動けない。

ジェノスは立ち上がれない。

ガイも満身創痍。

無免ライダーは歯を食いしばる。

避難民は震えるだけ。

 

終わりだ。

 

ジェノスの演算が結論を出した。

その時。

 

「なんだ? すげーでかい声が聞こえたんだけど」

 

声だ。

間延びした。

場違いなほど気の抜けた声。

雨の中、一人の男が立っていた。

黄色いスーツにハゲ頭。

 

ジェノスの機械眼が見開かれる。

 

「先…生…」

 

 

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