不殺のヒーロー   作:マルク

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失ったものと得たもの

 

安アパートの屋上にて赤い夕陽が二人を照らしている。

 

シンタ は黙ったまま新聞を握り潰していた。

 

紙面の端に小さく載った写真。

雨の中、剣を握る自分。

その横には、大げさな見出し。

 

――剣神現る。

 

シンタの拳が震える。

 

「……ふざけんな」

 

吐き捨てるような声。

 

「誰も知らねぇくせに、勝手に名前つけて、期待して、俺は……」

 

言葉が止まる。

 

剣心。

その名。

あの背中。

 

自分なんかが並んでいい訳がない。

 

新聞をさらに握り潰そうとした時、ひょいと横から奪われた。

 

「ふぅん」

 

間の抜けた声でガイ が新聞を広げる。

 

「剣神現る、ねぇ。ダッセェ見出しだな」

 

「……返せよ」

 

「やだね」

 

即答。

 

シンタが睨む。

 

ガイは気にせず、缶コーヒーを投げた。

それをシンタが反射で受け取る。

 

「……何の用だよ」

 

「落ち込んでる後輩を笑いに来た」

 

「最低だな」

 

「おう」

 

ガイは笑う。

でも、少ししてその笑みが消えた。新聞を見ながら静かに言う。

 

「で?」

 

シンタが眉を寄せる。

 

「だから何だよ」

 

「……は?」

 

「剣神って呼ばれたから何だ。お前、人斬りになったのか?」

 

シンタが言葉に詰まる。

 

「違ぇだろ」

 

ガイは新聞を丸め、軽くシンタの頭を叩いた。

 

「お前、誰か殺したくて剣振ってんのか?」

 

「……違う」

 

「じゃあいいじゃねぇか」

 

「良くねぇよ!」

 

シンタが立ち上がる。

感情が噴き出す。

 

「俺は剣心じゃねぇ! 九頭龍閃も満足に出来ねぇ! 天翔龍閃だって撃てねぇ! 名前だけ一人歩きして……! 俺があの人の名前汚してるみてぇじゃねぇか!」

 

沈黙。

 

風が吹く。

 

ガイはしばらく黙っていた。

それからぽつりと言う。

 

「……そりゃ辛ぇな」

 

シンタが顔を伏せる。

 

否定されると思った。

 

綺麗事を言われると思った。

 

だがガイは笑わなかった。

 

「本物がデカすぎると息苦しいよな」

 

静かな声だった。

 

「比べられる」

 

「期待される」

 

「勝手に幻見る奴もいる」

 

「俺も分かる」

 

シンタが顔を上げる。

ガイは夕焼け空を見ていた。

 

「俺には八門遁甲ねぇし、本物みてぇな化け物にもなれねぇ。劣化版だ」

 

あっけらかんと。でも、どこか少しだけ寂しそうに。

 

「……だったら、悔しくねぇのかよ」

 

シンタが絞り出す。

 

「悔しいに決まってんだろ」

 

即答で返すガイが笑う。

 

「毎日悔しいわ」

 

「じゃあ……!」

 

「でもよ」

 

そこでガイはシンタを見る。

真っ直ぐに、逃げずに。

 

「本物じゃねぇと、守っちゃいけねぇのか?」

 

シンタが息を呑む。

 

「お前、深海王ん時逃げたか?」

 

「……」

 

「ビビってたろ」

 

「……ああ」

 

「勝てねぇと思ってたろ」

 

「……ああ」

 

「でも前に出た」

 

ガイは缶を開ける。

 

炭酸の音。

 

「それで十分だろ。ヒーローなんざ、結局そこだ」

 

シンタの視界が少し滲む。

ガイはわざとらしく笑った。

 

「剣神とか呼ばれて悩めるだけ、まだ余裕あるじゃねぇか。無免ライダー見てみろ。毎日ボロボロだぞ」

 

思わず、シンタが吹き出す。

 

「……はは」

 

「お、笑った」

 

「うるせぇ」

 

ガイは満足そうに頷いた。

そして最後に少しだけ真面目な顔になる。

 

「シンタ」

 

「……何だよ」

 

「お前は剣心にならなくていい」

 

風が吹く。

 

「お前が命懸けで守った奴らは“剣心”に助けられたんじゃねぇ。“シンタ”に助けられたんだ」

 

その言葉に握り潰しかけていた新聞をシンタは静かに膝へ置いた。

 

 

シンタは自室に戻ると部屋の隅を見る。

 

無造作に積まれた段ボールの山。

その内の1つを開封して中を見ると大量の封筒が敷き詰められていた。

 

ファンレター。

 

深海王戦後、ヒーロー協会経由でシンタの家に届いたものだ。

 

白い封筒には子供っぽい字。

 

『バッテンレッドさんへ』

 

シンタは震える手でそれを開ける。

 

中には折り紙――ぐしゃぐしゃの赤いヒーロー。

そして拙い文字の手紙が入っていた。

 

『たすけてくれてありがとう』

 

『ぼく、すごくこわかったです』

 

『でも、あかいひとがきてくれました』

 

『かっこよかったです』

 

『またきてください』

 

沈黙。

 

「…グスッ。なんだよ、これ」

 

脳裏にガイの言葉がよぎる。

 

『お前さ、自分が斬る事ばっか気にして、助けた側を見てねぇよな」

 

『お前が助けた奴らだろ。怖かった奴、死にかけた奴、助かった奴。その気持ち、ちゃんと受け取れ』

 

シンタは深海族戦を思い返す。

 

泣き叫ぶ避難民。

 

血。

 

雨。

 

倒れるヒーロー。

 

斬った感触がまだ手に残っている。

 

だから「剣神」なんて呼ばれるのが怖かった。

まるで「人斬り」みたいで。

 

シンタはきっと「斬った記憶」ばかり抱えて生きていくだろう。

 

でも同時に「助けられた記憶」を返してくれる人達も居る。

 

窓から夕陽の光が差し込む。

 

その赤色はどこかバッテンレッドの赤に似ていた。

 

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