アイギル大陸メシ 美味けりゃ上手もゲテモノも!   作:?がらくた

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第3話 大いなるマナの恩寵!【砂漠の恵み ドゥルキスタマリスクのソフトヌガー】

「……フゥ、やっとついたわね」

「……あちぃ。この前の雪山といい、今回の砂漠といい、お前の食材探しは極端すぎだろ?」

 

ディートが顔以外の全身を白い薄手の外套で覆い、強烈な日差しを遮りながらぼやいた。ぎらぎらと照りつける太陽が、アイギル大陸の南方に広がる乾燥地帯「ドゥルスト砂漠」の砂を白く焼き焦がしている。まとわりつく空気はまるでオーブンの熱風だ。不快な熱気が肌をじりじりと灼き、防寒着から着替えたばかりの薄い衣の下で、汗が次から次へと噴き出しては乾いていく。

 

「仕方ないでしょう。豊かな森にも、凍てつく山にも、そしてこの渇いた砂の街にも、そこにしか存在しない至高の味があるんだから」

 

私は琥珀色の瞳を輝かせ、活気に溢れる乾燥地帯の市場(バザール)を歩いていた。スパイスの強烈な刺激臭と、行き交う人々の熱気が混ざり合い、呼吸をするだけで喉の奥がカラカラに渇く。

その喧騒の片隅、奇妙なものを商う露店が私の足を止めさせた。

 

カサカサに乾いた木の枝。その表面に、びっしりと小さな白い塊がくっついている。

 

「うへぇ、気持ち悪ぃ。おい、まさかそんな虫の死骸みたいな枝、買うつもりじゃないだろうな」

 

ディートが鉄灰色の髪の下の眉をひそめ、あからさまに嫌悪の表情を浮かべた。大きな身体を心持ち後ろへ引き、大剣の柄に置いた指先が不自然に固まっている。

 

「ならディートにはあげないわよ。これはすっごい美味しく生まれ変わるんだから。これぞ神が与えし『マナ』よ」

 

「マナだと? 天光神アウレウスの奇跡か何かってことか?」

「一説にはね、ドゥルキスタマリスクの樹液を吸ったタマリスクカイガラムシが排出する、栄養たっぷりの甘露が固まったものだと言われているの。豊穣母神テラの慈愛が、過酷な砂漠の虫を通じて形を成した……そう考えるとロマンがあるでしょう? 食は生命の本質。見た目で弾くなんて、料理バカの名が廃るわ」

 

私は露店の店主に数枚のクラン銅貨を支払い、その枝を買い取った。ディートはまだ納得がいかないように、頬の古傷を歪めている。

 

「だったら見せてもらおうじゃねぇか。その虫の塊がどう美味くなるのかをよ」

「任せなさい! でも、もし美味しかったら、この市場の食事を私に奢ってよね。せっかく放浪するなら、地元の異国メシにも貪欲に挑戦して、さらに料理の幅を広げないとね」

「いいぜ。お前がその虫を美味く食わせられたら、何だって奢ってやる」

 

ディートが不敵に笑う。その挑発的な視線を受け止めながら、私は市場で追加の食材を素早く調達した。「ドゥルキスタマリスクの清らかな樹液」、高貴な香りの「薔薇水(ローズウォーター)」、そして香ばしく乾燥させた「アイギルナッツ」。これだけあれば、最高の伝統菓子が作れる。

魔導馬車「アイゼン・ディ・キュッヒェ」の厨房に戻り、私は即座に腕をまくった。

 

まずは、タマリスクの樹液を銅製の深い鍋に流し込む。火を点けると、じわじわと気泡が立ち上り、濃厚な蜜の匂いが車内に広がり始めた。ここに、先ほどのカイガラムシの分泌物――純白の甘露の塊を丁寧に枝からこそぎ落とし、投入する。

熱が加わることで、固まっていた甘露が樹液と同化し、とろりとした透明な琥珀色の液体へと変化していく。独特の野性味のある、それでいて上品な純粋な糖分の香りが鼻腔をくすぐった。

 

「ここからが体力勝負よ」

 

私は卵白を固く泡立てたメレンゲを用意し、そこに熱い樹液のシロップを少しずつ糸のように垂らしながら、木べらで猛然と練り上げていく。

熱いシロップが卵白の凝固を促し、混ぜるたびに生地が空気を抱き込んで、ずっしりと重くなっていく。腕の筋肉が乳酸で熱くなり、心臓がトクトクと激しく跳ねる。だが、指先の感覚は驚くほど冴え渡っていた。

 

生地が次第に、白く、驚くほどふわふわとした質感に変化していく。粘り気と弾力を帯びたその白い塊に、仕上げとして薔薇水を数滴落とした。瞬間、砂漠の熱気を打ち消すような、華やかで涼やかな花の香りが爆発的に広がる。

最後に、粗く刻んだアイギルナッツと、食感のアクセントとして固形のまま残しておいた甘露の粒を贅沢に放り込み、一気に練り合わせた。

 

平らな型に流し込み、冷ましてから包丁で四角く切り分ける。

断面には、白い柔らかな生地の隙間から、鮮やかなナッツと、きらきらと輝く甘露の結晶が顔を覗かせていた。

 

「できたわ。『砂漠の恵み、ドゥルキスタマリスクのソフトヌガー』よ」

 

大皿に盛られたそれを見て、ディートはゴクリと喉を鳴らした。だが、まだ躊躇があるのか、視線を皿と私の顔の間で何度も往復させている。

 

「……匂いは悪くねぇ。薔薇のいい香りがする。けどよ、さっきの木の枝にぼりついた変な虫の汁が入ってるんだろ……?」

「ふーん、食べないのね。じゃあ全部私のものにしようかしら」

 

私は彼の抵抗を無視して、切り分けたヌガーを一切れ、口に放り込んだ。

 

「んん……っ!」

 

噛んだ瞬間、まず薔薇水の高貴な香りが鼻に抜け、続いて生地のふわふわ、もちもちとした不思議な食感が歯を包み込む。そして、噛み締めるほどに、ドゥルキスタマリスクの樹液の濃厚なコクと、カイガラムシの甘露が持つ、どこか滋味深い、優しくも強烈な甘味が口いっぱいに広がった。カリッとしたナッツの香ばしさが、その甘味をさらに引き立てる。

 

あまりの幸福感に、私の爪先が思わず丸まり、胸の奥から熱い吐息が漏れた。美味い。過酷な乾燥地帯で、生命が必死に蓄えた糖分の破壊力は凄まじい。

 

「美味しい……! 脳が溶けちゃいそうなほど贅沢な甘さだわ」

 

私が次々と幸福そうに口へ運ぶのを見て、ディートはついに耐えきれなくなった。チッ、と小さく舌を鳴らし、大きな手を伸ばしてヌガーを掴むと、勢いよく口に放り込んだ。

 

「――ッ!?」

 

ディートの身体がガチリと震えた。頬の古傷がピクリと跳ね、目が見開かれる。

彼の脳内にあった「虫の不快感」は、その圧倒的な美味の前に一瞬で消し飛んだ。もちもちとした生地を咀嚼するたび、濃厚な甘みとナッツの旨味が彼の分厚い舌を支配していく。

 

「……美味い! なんだこれは、甘いのに全然しつこくねぇ。柔らかい生地を噛む度に上品な薔薇の香りが広がって、ナッツのカリカリした部分の甘さが、この菓子の質を一段階引き上げてやがる!乾いた身体に染み渡るぜ……!ダメだ、虫の体液で作られたってわかってんのに、手が止まらねぇよ」

 

大男は態度を豹変させ、皿に残ったヌガーを大きな手で次々と掴み、美味そうにたいらげていく。

 

「最高だ! 好き嫌いするもんじゃねぇな。こんな美味いものを喰い損ねちまうところだった」

 

満足そうに顎の汗を拭うディートを見て、私は不敵な笑みを浮かべ、木製の作業台をトントンと指先で叩いた。

 

「ふふ、満足していただけて何より。……で、約束は覚えているよね? ディート」

 

「あ? 約束……?」

 

ディートの動きがピタリと止まり、視線が泳いだ。

 

「と・り・あ・え・ず、この市場で行きたいお店が何箇所かあるの。香辛料が効いた羊肉のローストでしょ、それから砂漠の果実のタルトに、地元の地ビール。全部ディートが払ってよね」

「う、そうだったわ……」

 

ディートは懐の財布を睨みつけ、苦虫を噛み潰したような顔をしたが、すぐに諦めたように短く息を吐いた。

 

「男に二言はねぇ。ま、今後の投資ってことで納得してやる。お前が美味いもん作ってくれるなら、これくらいは安いもんだ」

「決まりね! じゃあ行きましょう、ディート」

 

ギラギラと照りつける太陽の下、私たちは新たなる美味を求めて、再び熱気溢れる市場の雑踏へと歩みを進めるのだった。

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