姫と勇者と、メイドさん   作:食卓塩少佐

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投稿に2週間以上を要しましたが、最も好きだけど書いたことの無いヒロインを過去一たくさん書くことになったからです。

この話を投稿した6月23日は
ヤンデレCD4作目『ヤンデレCD Re:birth』のヒロインを担う
朽梨 彩子さんの誕生日となっております。
みなさん、祝ってあげてくださいね。たぶん祝ってくれる家族が乏しいので。


第三話

「──とまぁ、こういうことがあったんです」

「うん、話が長いねぇ!」

 

 気がつけば食堂内の学生の数もまばら。お互いの食器が空になるくらいの時間を、徠斗は説明に費やしていた。

 

「いや本当に長いですよね。ごめんなさい」

 

 ここまで長々と話してしまった事に加えて、普段から苦手に感じてる丸瀬を前に、よくもここまで口が回ったものだと、謝りながら驚くのだった。

 

「どうも、話すうちに熱が入ってしまったみたいで」

「だよね。そんな感じしてた」

 

 丸瀬が驚くほどの聞き上手なのか。

 あるいは緊張が一回りして、変なスイッチが入ったのかもしれない。

 

「そういうわけで、俺はどうにかしてほとんど面識のない人を、この大学で見つけてから、プライベートな話題にまで踏み込まなきゃなんです」

「気まずそう……というより、まず見つける所からだもんね」

「はい。皆目見当がつかないもので」

 

 現状の徠斗は、何処に行けば朽梨に会えるのかすら、把握できていなかった。

 朽梨が属する外国語学部は、その名の通り語学系の講義を中心に履修する。

 なので必然的に、大学内では13号棟にいる可能性が高い。

 だが、闇雲に13号棟を探し回れば良い──という話でも無い。

 

 幾つか理由はあるが、最大のネックは13号棟の造りそのものだ。

 13号棟は小講義室ばかりで、大教室が存在しない。

 つまり徠斗が講義室を出入りしたり、廊下を徘徊しようものなら、目立ってしまうわけだ。

 もちろん良い意味では無く、学部も違う無関係な学生が徘徊しているという、この上なく悪目立ちした形で。

 もしその情報が巡り巡って学生課に伝わり、態度不良とみなされ、留年沙汰にでも繋がったりしたら冗談では済まない。

 よって徠斗は、閉鎖的な環境である13号棟を適当に探すような危険行為を避けて、それでいて朽梨がいる場所を突き止めて、かつ確実にコミュニケーションを図る必要があった。

 

 野々原は朽梨の居場所を把握しているのでは?

 いの一番に考えつくべき発想に、当然徠斗も辿り着いている。

 彼は何度も朽梨と昼食を共にしているのだから、彼女がどの講義を受けているのか、知っていて当然だと思うのが自然だ。というよりも、普通に会話をしていれば相手の事を知りたがるものだ。

 しかし、まほらで質問した際に出た彼の答えはこうだった。

 

『ごめん。ぜんっぜん彩子とはそういう話してこなかったから、分かんないんだ』

 

 これを聞いた徠斗が頭を抱える姿を想像するのは、容易な話だろう。

 ならば2人はどういう会話をしていたのか。

 昨日遊んだゲームについて。野々原が受けた講義の愚痴。妹が高校で何をしているか。

 驚くくらい、野々原側の話題だけだった。2ヶ月の間で朽梨の私生活に触れた事はたった一つ。

 そう、電車の中で徠斗が巴を助けた際に現場に居合わせたこと、それだけだ。

 

「野々原君って朽梨さんに興味なかったの?」

「少なくとも、恋愛という話では、そういう目で見てなかったんですよね」

「そんなことある? ずっと幼馴染で、大学まで一緒なのにだよ?」

「俺も同感ですよ。信じられないけど」

 

 話の端々から、感情の向き合い方がトコトンずれているのが分かってしまう。

 野々原から見た朽梨は、何処まで行っても幼馴染どまり。

 対して朽梨から見た野々原は、恋人なのだ。

 つい最近ようやく、一緒の時間が増えたばかりなのに。

 会話の内容はほとんどが、野々原の自分語りに等しいのに。

 

「話が濃いねぇ。食事の手が止まっちゃうのも納得かも」

「分かってくれてありがとうございます、それでもってすみません」

 

 丸瀬も、もう少しライトでポップなお悩み程度に思っていたのだろう。

 それがまさか、ポケットで丸まったコード付きイヤホン並みに面倒で拗れた内容だったとは、予想外にも程があったに違いない。

 そして──、

 

「ここまでお時間貰ったけど、どうしようもない問題でしょう?」

「うーん、そうでもないかもよ?」

「え?」

 

 丸瀬のこの返答もまた、徠斗にとっては予想外な物であった。

 

「つまり目下のところ、徠斗君が抱えている悩みは大きく分けて4つだよね」

 

 親指を除いた右手の指を4本、ピンと立てて丸瀬は言う。

 

「一つ、朽梨さんの居場所が分からない。二つ、どう話しかければいいか分からない。三つ、野々原君への恋愛感情についてどう訊ねればいいか分からない。四つ……は、特になかったね。大きく分けて3つだった、訂正します」

 

 気恥ずかしく笑いながら、小指をしまう。

 

「実は、そんな度会君の悩みを最低2つは一気に解決できちゃう人が居ると言ったら……驚いたりする?」

「驚くどころか崇め奉るレベルですけど。……え、この話の流れだと丸瀬さんがそうなの? 嘘でしょう?」

 

 そんな、そこまで、都合の良い展開があろうはずがない。

 度会徠斗の二十数年の人生で、そこまで渡りに船な事は一度たりともなかったし、今後もご都合主義的な機会には恵まれず、堅実な人生のみが待っていると思っていたのだが。

 

「えー。じゃあ、もしかして今日から崇めて貰えるのかな? 度会君に」

 

 ニヤニヤと、心底楽しそうに微笑む丸瀬。

 今日初めて、彼の人生において内心ずっと待ち望んでいた。ご都合主義な渡り船が渡来してくれたのだった。

 


 

 それから数日後。

 徠斗はまたしても13号棟の、今回は2人席ではなく、4人掛けのテーブル席に腰を掛けていた。

 違うのは座席の種類だけではない。

 人の往来が激しい13号棟で、4人席を1人で占領できる図々しさを持ち合わせていない徠斗が、そこに座っているというのはつまり、最初から複数人でこの場に居るということだ。

 

「──でね? どうしても、納得がいく訳し方できなくてぇ……」

 

 1人は、分厚い本を開きページを指さしている丸瀬。

 そして、もう一人は──。

 

「えぇっと……ああ、そこですか」

 

 朽梨彩子。

 徠斗があれだけ悩んでいた原因、そのものである。

 

『翻訳手伝ってもらってるの! 週に一回ね』

 

 趣味というものは、時に糸のようにか細くとも強靭に、合縁奇縁を引き寄せる。

 大学生になり、知的好奇心が疼いた結果、新しい趣味として丸瀬が手を出したのが、洋書の翻訳だった。

 最初は既に日本語訳されており、映画やドラマなどの原作になっている人気作から手を出した。

 次に知名度はそこそこあるが、まだ日本語訳は発売されていない作品。

 そうやって、徐々に難易度を増していき、現在の丸瀬が手を出しているのは、既に話者が存在しない古い言語で書かれた物を、中世の学者が英訳した物語だ。

 

 その手の作品は、同じアルファベットを用いてこそいるが、スペルや文法が全く異なる場合も多い。

 色んな作品を自力で翻訳し続けたことで、軽く自信がついていた丸瀬だったが、現代英語が通用しない世界にぶち当たり、アッサリ自信を打ち砕かれてしまった頃。

 

『あの……良かったら、お手伝いしましょうか?』

 

 大学図書館の隅で打ちひしがれていた丸瀬に、そう声を掛けたのが、彩子だった。

 はじめは、洋書の棚で何度かすれ違った程度。

 彩子にとっては顔も名前も知らない──知る気も起きない相手だった。

 しかし、図書館で見かけるたびに、その学生が手に取る本だけは妙に気になった。

 次第に、借りようと手に持っていた作品が、難しいものになっていくのに気づく。

 そうして些細な関心が雪のように積もっていき、半年も経つ頃。

 普通の本好きでもめったに興味を向けない、非常に古い作品を、げんなりとした顔で眺める丸瀬を見て──つい、彩子から声を掛けたのが、2人の交流のきっかけであった。

 

 それ以降、定期的に2人は連絡を取り合い、翻訳した作品の感想を語り合う関係にまでなっていた。

 

「やっぱおかしいよね。なんでこの人、口喧嘩の中で急に『I have a high-grand』なんて言い出したの? 意味わからないし、前後の会話とも繋がらない」

「唐突に見えますよね、ここだけ」

「そうそう、高いからなんだって話じゃない? どこで会話してるのよって」

 

 ──まさかこういうカタチで、自分の人間関係が結びつくとはな。

 肩を並べて仲睦まじく会話する2人を、頬杖をついて眺めながら、感慨にも似た気持ちが徠斗の胸中に湧いた。

 丸瀬が徠斗を連れてきた時、彩子は一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたが、相手が電車の件で協力した男子だと分かるや否や、雲散霧消とまではいかない物の、すぐに警戒心が消えたのには驚いた。

 いきなり連れとして引っ張って来た徠斗を、すぐに許容できる対象に切り替えるのは中々のものだ。よほど、丸瀬は彩子からの信頼を得ているのだろう。

 

「ここ、丸瀬さんが言った通り、位置的な意味は関係ないんです。こういう、一見すると唐突に感じてしまう文章の場合は、単語の意味よりも背景を読み解くと、正解につながる場合があります」

「背景って……もしかして、書いてる人のクセとか、作風ってこと?」

「えぇ。ほとんど正解です。他には文化面も判断材料です。ほら、聞いたことありませんか? 中国の物語では頻繁に、会話の中で漢詩が挟まれたり、昔の人の出来事になぞらえた例えが出てくるとか」

 

 その例えに、聞いてるだけだった徠斗は心の中で頷いた。何故なら覚えがあったからだ。

 一時期、中国からリリースされたアプリゲームでは、キャラクターが会話の中で唐突に漢詩を口にするという、日本では馴染みのない言い回しが、ネタ的な意味で話題になっていた。

 最近は日本人向けローカライズが進んで、その手の話はあまり聞かなくなったが、実感と理解は丸瀬よりも徠斗の方が深いだろう。

 

「この物語を書いた著者の国では、物理的な高さや物の大きさを、精神状態の例えにする事が多かったんです。今回、登場人物は言い争いをしていますよね? そのシチュエーションで出てくる『I have a high-grand』は、どう解釈出来ると思いますか?」

「前後の文脈を無視すれば、高所の土地を所有してるって意味に取れるけど……今の話で言えば……」

 

 口元に手を当てて、推理のまとめを考えている名探偵の様な真剣な面持ちで数秒時間を置いてから、答えに行きついた丸瀬は嫌そうな顔になって言った。

 

「もしかして、これすっごい煽ってる? 自分より低い身分が口出すなーとか」

「……えぇ。おおよそのニュアンスは、それで間違っていませんよ」

「やっぱりー……」

「……度会さんなら、どう訳しますか?」

「えっ、あぁ俺なら?」

 

 蚊帳の外の自覚を持っていたため、唐突に話題を振られて動揺するものの、実はここまでの話を聞いていた徠斗も、自分なりに『I have a high-grand』の訳し方を考えていたためすんなりと返事ができた。

 

「『正しいのは私なんだから、黙って言うこと聞きなさい』かな、俺が訳すなら」

「えー、度会君パワハラする人みたい」

「いや、あくまでそれっぽくするならですよ? 俺は口喧嘩でもそんな横暴なこと言いませんから」

 

 実は露悪的な解釈を敢えてした自覚はあったため、丸瀬から余計な誤解を受けそうになり慌てる徠斗だったが、彩子はむしろ感心したように小さく笑った。

 

「やや意訳的ですが、それでもあってますよ。この会話の中で主人公が相手に伝えたい本意をまとめたら、そういうことになりますから」

「やった、全体で見たら正解だったんですね。ほら丸瀬さん、別にパワハラ解釈じゃないんですよ」

「はーい、失礼しました」

「分かってもらえたらよろ──いや、良かったです」

 

 不名誉な称号を回避できた喜びのあまり、いつもより積極的に丸瀬に絡んでいる事に気づいて慌てて距離感を戻した。

 徠斗は別に丸瀬と仲良くなろうと思って、この場に居るのではない。

 いや、仲良くなれるのならそれに越したことは無いのだが、あくまでも趣旨は異なる。

 朽梨彩子の本心を探ること。それこそが本来の目的なのだ。

 であれば、関係のない物語の訳し方で一喜一憂している場合ではない。ここからどうやって野々原について聞き出すのか、徠斗が考えなければならないのはそれだけだ。

 

 なら、改めてここからどう野々原に関する話題を引き出すか。

 出来るだけ無理やりじゃなく、自然に話題を転換させる手段を思いつこうとしている矢先に、

 

「今日はよかったよぉ。朽梨さんのお陰で頭を悩ませるものが一つ消えたもん」

「それなら良かったです。でも、私がやった事なんて、ほんの一助に過ぎませんから」

「謙遜しなくて良いって。お陰で次の心理学基礎のレポートに集中できそうだし。今度お礼させてね」

「はい、わかりました。お言葉に甘えて、お礼、期待してますね」

「……っ。まいったな」

 

 丸瀬が聞き上手であることはわかっていたが、どうやら話し上手でもあったらしい。

 物静かな性格の朽梨の懐にするすると入り込むような軽快な語り口で、どんどん会話が進んでいく。それこそ、徠斗が朽梨に話しかける暇も無い程に。

 重苦しい空気よりマシとはいえ、こうも割り込む余地が無ければ、本来の目的を果たすのだって至難の業だ。

 丸瀬が繋いでくれたから、今こうして朽梨に会えている手前、徠斗も邪魔だと思うことすら憚ってしまい、事態が前に進まない。

 

(まぁ……こうして定期的に会うチャンスが出来ただけ、進展と見るか)

 

 途方に暮れていた所から一転、今日は顔を合わせられただけで良しとしよう──諦観と妥協を程よく織り交ぜた結論が、徠斗の脳裏に浮かびかけたそのとき。

 

「あーそうそう、他にも朽梨さんと話したいことあったんだ」

 

 会話の主導権を握っていたからこその露骨な話題転換を、丸瀬はごく自然な雰囲気のまま敢行した。

 

「これ、先月出たんだけど、私結構心に刺さっちゃって。ぜひ読書仲間の朽梨さんにも読んでもらいたいの。感想を言い合いたい!」

 

 熱量のこもった声と共にカバンから取り出したのは、1冊の文庫本。

 渦のような背景とくたびれた表情の男女が向かい合っているイラストの描かれた表紙が、どうにも薄暗い印象を与える。

 

「もちろん構いませんが、『かぞえうた』? 聞いたことの無いタイトルですね……ジャンルはなんですか?」

「恋愛小説! 社会人になった幼馴染の男女を中心に描いたものだよ~!」

「──ぶぉっ」

 

 それは、あまりにも、あまりにも、露骨だろう。

 突然丸瀬がぶっ込んできた挑発的な作品紹介に、思わず咽てしまったのを手振りでごまかしつつ、徠斗は丸瀬のしたたかさに冷や汗を垂らした。

 もし、彩子が丸瀬に野々原との関係を話していれば、何のつもりなのかと問いただしてくるかもしれない。

 しかし実際のところは、彩子から見た丸瀬は『自分の恋愛関係については何も知らない読書仲間』に過ぎない。

 この露骨過ぎる作品紹介も、単なる偶然にしか映らないのだ。

 

「幼馴染……ですか」

「うん! 私的にはそこそこ納得いくラストだったけど、朽梨さんならどう思うか気になって。このまま貸してあげるから、読み終わったら教えて?」

「……はい。ありがとうございます」

 

 そうして、見事に彩子の情緒に影響を与えそうな本を貸し与えて、後日読み終わったら感想会を開く約束まで取り付けて、その場はお開きになった。

 結局は当初の目的であった彩子の真意を聞くことは叶わなかったが、帰り道を途中まで一緒にした丸瀬曰く、仕方のない、そして必要な撤退であるという。

 

「鉄壁だからね、朽梨さん。前にちょっと会話したことある程度の度会くんが急にプライベートなこと質問したら、探っていることを気づかれちゃうと思う」

「まずは顔見知り以上にはならないと、ですか」

「そうだね。まだ半年くらいしか付き合い無いけど、あの子結構男の子警戒するところあるから、なおさらね。純粋な質問でも、自分を狙ってる下心かと疑われちゃったら台無しでしょ?」

「まぁ確かに、絶対に人気ありますもんね彼女。同じ学部の男子以外にも声掛けられてる姿が容易に想像できます。……あぁでも、俺については特に拒否感なかったですよね」

「初めて会ったのが電車の時でしょ? なら第一印象が良かったんじゃないかな。良かったじゃん、日頃の行いの賜物ね!」

「……なら、嬉しいですね」

 

 つくづく、めぐり合わせというのはわからないものだ。

 丸瀬と同じゼミで知人でなければ今日の場は無かったこともそうだが、何よりもあの日、なし崩し的とはいえ巴を助けたことで、朽梨の徠斗に対する第一印象が良好なものになっていたことが、ここまで影響を与えるとは。

 

「それはそうと、どうだった? 結構いいアシストになったと思わない?」

 

 アシストとは当然、先程の恋愛小説についてだ。

 

「いや正直、だいぶ助かりましたよ。まさか幼馴染モノの恋愛小説まで持ち出してくるなんて……探してくれたんですか?」

「まさかぁ、偶然だよ。幾らなんでもそこまで用意周到じゃないもの」

「です、か……」

「楽しみだね。きっとあの作品を読んだら、朽梨さんの情緒に刺さるはずだから。きっと野々原君絡みの事も聞きやすくなると思うよ」

「ちなみに、どういうオチなんです? 無難に結婚して終わり?」

「ヒロインのアヤセが同僚の男に靡いて破局。その後主役は高校時代から友達だったカシワギって子に再会して、付き合って終わり」

「──ひゅっ」

 

 だから本当に、本当に露骨すぎるのだ。

 重ね重ね、彩子の情報不足を利用した丸瀬のやり方に、徠斗は冷や汗を流す。

 世話になっている手前、最近は考えを改めるべきかもしれないと思っていたが、やはり丸瀬に苦手意識を持つことは、真っ当な心構えだったのかもしれないと思うのだった。

 


 

 徠斗は丸瀬から、週に一回会って本の話をしていると事前に聞いていた。

 なので、次回は早くても来週の月曜日くらいになるだろうと、気軽に構えていたのだが。

 驚いたことに翌日、彩子から丸瀬に会おうと連絡が来たので、まさかの二日続けて彩子に会うこととなった。

 前回と同じ3号棟。ただし今回は2階の奥にある丸テーブル席。

 各々が席に座ってから真っ先に開口一番、彩子は真っすぐ丸瀬の目を見ながら──それはもはや睨みつけると言ってもいい程に鋭い相貌だったが──端的に言った。

 

「読みました」

「早い! やっぱり読書家はペースが段違いだね。それで、どうだった?」

 

 気づいているのかいないのか、気づいていても惚けているのか。

 丸瀬の反応は素早く、彩子の雰囲気に全く呑まれていない。

 だからということでは無いだろうが、彩子も心なしか雰囲気を柔らかくして、望み通りに読後の感想を話し始める──と、思いきや。

 

「まず、初めに。丸瀬さんはこの本を読んでどんな感想を持ったのか聞いてもよろしいですか?」

 

 またも一触即発になりかねない、危うい問いかけを投げかけて来る彩子。

 それに対して、またも丸瀬はマイペースなまま、地雷原をそうだと認識したうえでタップダンスを踊るかの如く軽快な語りで、自身の感想を口にした。

 

「そうだねぇ。ハッキリ言って勿体ないって思ったよ」

「……もったいない?」

「うん勿体ない。だって、アヤセは昔から、結婚するために人生を費やしてきたわけでしょ? それを全部自分から無駄にしちゃうなんて、人生の浪費だよね」

 

 それは果たして、彩子が聞きたかった類の答えだったのかは分からないが。

 どうも徠斗の目には、彩子は意表を突かれてポカンとしているように映った。

 一緒に感想語りしたかったという言葉に偽りは無く。丸瀬の感想はまだ続く。

 

「それにさーあ、主人公も結局別の子にアッサリ恋心抱けちゃうなら、最初からアヤセに構わなきゃよかったんだよね。私はね、この二人はどっちも、『幼馴染だから』って理由だけで、無理やり人間関係続けてたんだと思う。自分や相手に、非効率的な上に無駄な事ばかりしてたなぁって思うよ」

 

 幼馴染という関係性そのものを否定する、彩子に対して大凡言ってはならないだろう言葉を、平然と口にする。

 当然だ、何故なら丸瀬はあくまでも物語の感想を口にしているだけに過ぎない。

 彩子と野々原が幼馴染であることも、彩子視点ではすでに交際関係にある事も、本来丸瀬は知らない体裁で話しているのだから。

 彩子が怒ってくるわけが無いと、確信を抱く丸瀬は、だから最後まで躊躇いなく言葉を続ける。

 

「でも……そういう無駄が、私は好きだったけどね。人生ってホント、今までの苦労が報われないのが当たり前でしょ? って事が急に起こるし」

「そうです、か……」

 

 短く答える彩子からは、もはや当然だが、不満の色が濃く出ている。

 そして、流石にそれすら気づかない振りをするような、無神経ではない丸瀬だった。

 

「その様子だと、朽梨さんは私と全然違う感想になったみたいね。うん、嬉しい。こういうの期待してたから! さぁ聞かせて、朽梨さんはどう感じたの、幼馴染の恋と破局に」

 

 挑発に等しい──いや、これはもう立派な挑発だが、とにかく、丸瀬から向けられた期待と視線を前に、またも彩子は短くバッサリと応える。

 

「不愉快でした」

「不愉快、かぁ。かなり攻めた感想だね」

「あたりまえです。こんな露悪的な物語を思い浮かぶ筆者にも……そんな物語を肯定する丸瀬さんにも、悪いですが、ありえないという気持ちが強いです」

「あちゃあ。そこまで行っちゃうかぁ」

「もちろん、アナタに悪意が無い事は分かっています。ケド、こんな許せない物語は生まれて初めて出会いました……それを良しとする人間がいる事にも」

「ははは……ごめんね。その辺はまぁ、多様性の怖い所って事で、飲み込んでくれたらなぁ」

「……まぁ、あくまでもフィクションとしての受け皿が広いという意味だと思う事にします」

「ありがとう~!」

 

 2人の会話を、徠斗はどんな表情で聞けばいいのか全く分からない。

 ただとにかく、明確な怒気と否定の感情を向けて来る彩子と、それを丁寧に受け流していく丸瀬の、闘牛と闘牛士の駆け引きを見るような会話に、圧巻するばかり。

 一歩間違えれば、自分にも被害が及びかねないスリルに溢れている。だだっ広い13号棟の中で、このテーブル席だけ、異世界のようだ。

 

「あ、ごめん。電話着たから席外すね。ちょっとだけ待ってて」

「──!?」

 

 おい嘘だろ。そんな言葉が喉まで上がってきたのを、徠斗は精神力で押しとどめることに成功した。

 誰にも祝福されない奇跡を他所に、丸瀬は散々爆発寸前の火薬庫状態にしたこの空気を放置して、のうのうと席を外そうとしている。

 こればっかりは看過できない、残される方の気持ちになって欲しいと、離席を止めようとした徠斗だったが。

 

「……そういうことな」

 

 丸瀬がほんの一瞬だけ、彩子では分からない角度で徠斗にウインクをした事で、真意を理解した。

 丸瀬曰く鉄壁に近い彩子の情緒を、幼馴染破局小説で一晩掛けて大きく揺らし、今もまた亀裂が入るほどに振動を与えた。

 今の彩子なら、ふとした話のはずみで、軽率に話すかもしれない。野々原との関係と、その真意を。

 残された物がどう思うかではない。その状態を利用しろと、言葉にせず丸瀬は語っているのだ。

 であれば、徠斗がするべきなのは丸瀬の離席を止める事ではない。

 2人の会話に呑まれている場合か。

 ここから先は、自分が頑張る番なのだと、遠ざかっていく丸瀬の背中を見送りつつ決意した。

 

「あの、度会さん。一つお聞きしてもいいですか?」

 

 なんと都合が良い。決意を固めた矢先に、彩子の方から声を掛けてくるなど。

 徠斗は丸瀬を見習い、惚けるほどではない物の、さっきまでのバチバチした空気など気にもしない様な、フラットな声色を意識しつつ応える。

 

「はい、なんです?」

「度会さんは、その……丸瀬さんとお付き合いされてるのですか?」

「は、えぇ? なんでそんなこと聞くんです?」

 

 危なかった。

 固めた決意が実は水を含んだ片栗粉だったのではと思う位、一瞬で崩れそうになった。

 さっきの殺伐とした感想語り合いから、今度は急に素直なコイバナ。この場にまほらの朝姫が居たら、温度差で大風邪ひくわー程度のツッコミが出たっておかしくない。

 全くなんてことを聞いてくるんだと、内心で小さく毒吐きながら、徠斗は彩子の続く言葉を聞いていく。

 

「最近、いつも一緒じゃないですか。丸瀬さんが異性と頻繁に行動を共にしている姿を見るのは、珍しいんです。お二人とも会話の息が合ってますし、()()()()()()だと思う方が、自然だと思います」

「誤解ですよ。俺も丸瀬さんも、講義とゼミが被ってるから話す機会が他より少し多い程度の関係です」

「それは、度会さんだけがそう思ってるだけなんじゃないでしょうか?」

「え?」

「丸瀬さんは度会さんの事、異性として見てるんじゃないですか? そう思わせるだけの事をしているんじゃありませんか?」

「あ、あの……?」

「もしそうだとしたら、度会さんは丸瀬さんとの付き合い方を考えないとダメです。だって、期待させておいて、そうだと思わせる行動を取ってきて、実は何とも思っていませんでしたなんて、そんなの許されて良いはずありません。そうじゃないのだとしたら──」

「ま、待って! 流石に待って朽梨さん!」

 

 このまま語るに任せてたら、全く違うのにも関わらず『丸瀬を遊び相手にしてる最低男』のレッテルが貼られそうな程に、彩子の勢いはすさまじかった。

 質問の体を成しているが、もうほとんど決めつけと断定みたいなものだった。

 徠斗は今の短い会話(になっているかすら怪しい数瞬)のやり取りで、朽梨彩子が持つ危うさの片りんをこれでもかと味わったのかもしれない。

 

「朽梨さんが、丸瀬さんを大事に思ってるのは伝わりました。でもそれは話が飛躍し過ぎです。何ならこの後、直接丸瀬さんに問い質してくれてもいいですよ。その場合、俺が恥をかくだけになりそうですけど」

「……そう、ですか」

 

 かなり強めの、そして徠斗一人の責任では済まさないカタチで行う否定。

 単なるごまかしや、言い訳では決して出来ない強気の発言に、彩子はさっきまでとは逆に見る見ると、覇気や威勢といった類の気配が萎んでいくのが、徠斗には見て取れた。

 

「すみません、つい。私、ちょっと思い込みが強い所があるみたいで……お二人の関係に口を挟む方が失礼でしたね」

「いや、良いんですよ。他人から誤解されることは慣れてるんで」

 

 そんなことに慣れてしまってたまるか、そんな言葉を頭の中だけで言い捨てて、いよいよ自分から彩子に問いかける順番がまわってきたのを如実に感じる徠斗。

 彩子の()()()()で被った僅かな迷惑という隙を見逃さず、徠斗は核心に繋がる問い掛けを始めるのだった。

 

「……、朽梨さんは、かなり男女関係に厳格なんですね」

「そう見えますか?」

「悪い事じゃないと思います。飲み会だと平気で社会人と付き合ってるなんて話を聞くんで、朽梨さんくらい誠実な人がいるって分かっただけで、同年代に希望を抱けますから」

「大げさですよ、そんなこと……」

 

 成程。と、ここまでの話から徠斗はある程度、彩子の理想としてる在り方が分かってきた。

 誠実であること、そして他人にそう評価されること。

 この二つを、彩子は重視している。

 だからこそ、引っ掛かりを覚える。

 誠実でありたいハズの彩子が、どういうわけか野々原相手に対しては、真逆の行いをしている。

 交際関係を強制するなんて、不誠実の極みこの上ないだろう。

 その歪みは無自覚なのか、あるいはダブルスタンダードなのか──判明させるために、徠斗はいよいよ切り札にも鬼札にもなり得る言葉を言い放った。

 

「いやぁ、羨ましくなってきたなぁ野々原が」

「……え?」

「付き合ってるんですよね、アイツと。実は去年から友達やってるんです、俺と野々原」

「そう、だったんですか? ビックリしました、まさかこんな所で彼との繋がりがあったなんて」

「俺だってまさか野々原に朽梨さんみたいな彼女が居たなんて、最初は信じられませんでしたよ」

「言ってくれたらよかったのに。どうして黙ってたんですか?」

「ついこの前知ったばかりで、なかなか言い出せなかったんですよ」

「世間って思ったより狭い物ですね」

「本当に」

 

 恐らく、今日の彩子との会話で唯一交じりっ気のない本音で話したのが、この短い言葉だろう。

 そして、本当にどうなるか分からなくて怖いのが、ここからだ。

 

「あーでも、こうやって朽梨さんが真面目で誠実な性格だって分かったら、俺不安になってきましたよ」

「何が、ですか?」

「いや、だって野々原のちゃらんぽらんな所は、俺より彼女してる朽梨さんの方が、よく知ってるワケじゃないですか」

「……」

「だから、さっきの小説の話じゃありませんけど、今のままだとその内、朽梨さんが野々原に愛想尽かして振っちゃうんじゃないかと──」

何言ってるんですか

 

 空気が凍った、なんてレベルではない。

 空間全体が瞬間零度されたかのように、喉も口も強制的に止められる。……が、だ。

 恐ろしいと思うべき彩子にも、ここまで来ると不思議なもので、徠斗は怯むどころかさらにずけずけと押し通る気しか無かった。

 

「すみません、不快にさせたでしょうか」

「何を馬鹿な事を言ってるんですかあなたは」

「……馬鹿なこと、ときましたか」

「ええ、実に、全くもってありえない事を言われました」

「ごめんなさい。悪意は無いんです。ですけど、端から見たらそのくらい驚きだったんですよ」

「驚いた? 何がです、私と彼が恋仲であることがそんなにありえませんか」

「いいえ、そんなことは決してありません」

 

 ここで一旦、1つだけ、彩子を肯定する。

 否定ばかりするのでは、いつ彩子が我慢ならずこの場を去るか分からないからだ。

 あくまでも徠斗が行っているのは聴き取りであり、論破ではない。

 ここまでの舞台を整えてくれた丸瀬の協力を、無駄にするわけにはいかないのだ。

 

「人が誰を好きになろうと、自由だと思います。一方的な思いであれ、両思いであれ、そこは他人がどうこういう所ではないですから。でもその上で気になったんです。というか、今の朽梨さんが見せてくれた野々原への熱い思いで、なおさら気になりました。一体アイツの何が、朽梨さんのような素敵な人をそこまで惹きこむのか」

 

 言葉は大げさだが、これこそが本当に知りたい核心そのもの。

 それを徠斗は、最後の最後まで野々原からの頼みだと悟らせず、知らなければならない。なので、

 

()()()()()()()()()()()()んですよ。……丸瀬さんと付き合ってないからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自虐。この上なく自分を下げ、相手を上げる行為。

 普段なら絶対にしない、できるだけしたくないそれを、この瞬間の為には躊躇いなく敢行して見せた。

 徠斗からすれば癪にさわる話だ。思ってもないことを本当の様に語る──それも無闇に自分を悪く言う行為なんて、面白いわけがない。

 出来ることならさっさと帰宅して、愛するストロング系チューハイを飲んで忘れてしまいたい程だ。

 しかし、だからこそ。

 

「……だとしたら、何の参考にもならないと思います」

「あー、まぁ確かに俺とアイツじゃ性格も容姿も全く違いますから、聞いてもまねできない──」

「そうでは無くて」

「……と、言いますと?」

「私と彼の関係は、昔からそうなると約束されてますから」

「約束……付き合う約束を?」

「いいえ、違います。そんな上っ面だけのはなしじゃありません」

「では、なにを?」

 

 ──その行為は、確かな成果をもたらした。

 

「私と彼は、昔──結婚の約束をしたんです」

「…………結婚?」

「はい。だから、私達が将来家族になるのは決まった事なんです」

 

 幼い頃に交わした、結婚の約束。

 男女の幼馴染ならあるかもしれない、大人に近づくにつれ自然と忘れるはずの思い出。

 

「フィクションの幼馴染とは違います。私達の関係は、本物なんです」

 

 それを朽梨彩子は今でも決して忘れることなく、絶対的な物だと信じているのだ。

 もしかすれば、それはとても尊く、素晴らしい事なのかもしれない。

 しかし、自身の胸の前に手を組みながら話す彩子を見た徠斗はどうしても、そんな綺麗な感想を抱くことが出来なかった。




ちなみに6月23日は他にも
織田信長、ニンテンドー64、ソニック・ザ・ヘッジホッグ、アイマスの秋月律子さん、あとはナポレオンの奥さんなどの誕生日でもあります。
錚々たるメンバーですね。織田信長は一番好きな戦国大名なので、同じ誕生日なのが嬉しいです。

あぁ、朽梨彩子さんと同じなこともそうなんですけども。
私も同じ誕生日なんですよ、ふふふ
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