蒼穹のイカロス ― 翼を求めた少女 ―   作:クレナイハルハ

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プロローグ:空に手を伸ばした日

雨だった。

キヴォトスでは珍しくもない、ただの雨。

けれど、幼い少女──宙翅(ソラハネ)サダメにとって、その日は一生忘れられない雨になった。

路地裏。

少女は膝を抱えていた。

遠くで響く乾いた音。

パン。パン。パン。

誰かが笑っている。 誰かが撃たれている。

それは、この街……キヴォトスでは"日常"だった。

でも、サダメには理解できなかった。

 

───なんで、じゅうをもつの?

 

「それが"普通"だからよ、自分を守るためにあなたも持ちなさい。」

 

いやだ。もちたくない。

撃ちたくない。傷付つけたくない。

少女の周りは、まるで日常のように銃を持ち会話をするときと同じように、簡単に引き金を引く者達ばかりだった。

 

───なんで、うてるの?

 

「別に撃たれても死なないからいいじゃん」

 

「そうそう!痛いだけで傷にもならないしー?」

 

「まぁ、ヘイローないやつは知らないけど」

 

──いたいよ、くるしいよ、しんじゃうよ?

 

──なんで?なんでそんなかんたんにうつの?

 

──わたしがおかしいの?わたしがへんなの?

 

宙翅サダメは、周囲から浮いていた。

銃を持つことを拒み、 引き金を引くことを恐れ、 誰かを傷つけることを嫌う。

そんな彼女は、この街では異端だった。

キヴォトスでは、銃を持たない者の方が珍しい。

だからこそ、彼女の優しさは──あまりにも異質だった。

相手を想い、相手を傷つけたくないと強く思っていた。

故に、銃に対した忌避感を感じて拒絶する存在がかなり浮いていた。

何故なら簡単に引かれる引き金と、簡単に起こる銃撃戦。

このキヴォトスにおいて、それが普通なのだから。

そんな想いを抱えた彼女は、周囲から浮いていた。

 

その時だった。

 

「あなたは、優しい子なんだね」

 

不意に聞こえた声に、サダメは顔を上げた。

そこにいたのは、一匹の狐だった。

雨に濡れた金色の毛並み。 頭に光輪はない。

けれど、その瞳だけは、 誰よりもまっすぐ彼女を見ていた。

 

『あなたみたいに、優しすぎると凄く苦しんじゃうと思う。特にここでは、銃を持つのも撃つのも簡単にやっちゃう子ばかりだから、余計にね』

 

その日、宙翅サダメは初めて知った。 優しさは、弱さではないのだと。

自分が変ではないと、そう応えてくれたから。

その狐の優しさに救われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから少しして狐は大怪我をして病院に搬送された。

白い包帯に巻かれた、身体。

原因は、流れ弾だった。

近くで起きた不良同士の銃撃戦。

逃げ遅れた狐は、その弾を受けた。

 

「……なんで」

 

ベットに眠る狐、その布団に顔を埋めて涙を流しながら、サダメは小さな拳を強く握り締める。

 

「なんで、もっとはやく、とめてくれなかったの?」

 

調べれば、理由はすぐに分かった。

 

「他自治区との境界線だった」

「下手に介入すれば問題になる」

「判断が遅れた」

 

その事実に、少女は悲しんだ。

悲しんで悲しんでそして怒りがわいた。

そのどれもが、サダメには理解できなかった。

 

「そんなりゆうで……」

 

そんなりゆうでたすけるのがおそくなったの?

 

画面の向こうでは、同じような記事がいくつも並んでいた。

誰かが……泣いている。誰かが傷ついている。

それなのに誰も、すぐには助けられない。

 

どうして?どうして?

 

「……サダメ」

 

不意に、声をかけられる。

振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。

まだ幼い、けれど凛とした目をした少女。

歳の離れた幼馴染み、今はゲヘナ学園へと入学し風紀委員会として働く空崎ヒナだった。

 

「泣いてるの」

 

「……ヒナ?どうしてここに……」

 

「風紀委員の仕事よ、それと貴方が事件にあったから」

 

「そうなんだ。ねぇ、ヒナは怖くないの?」

 

サダメは訊ねた。

 

「銃とか、戦うのとか」

 

ヒナは少し考えて、静かに答えた。

 

「怖い、というより……面倒ね。」

 

「面倒?」

 

「捕まえるのも大変だし、後片付けも増えるもの。」

 

「じゃあ、なんで……風紀委員になったの」

 

「ゲヘナ学園が好きだから……なのかしら。頼ってもらえてるのだから、応えたいの。」

 

その答えは、あまりにも真っ直ぐだった。

 

「……わたし、戦いたくない」

 

サダメが呟くと、ヒナは言った。

 

「だったら、戦わなくて済む方法を探せばいい」

 

その言葉は、幼いサダメの胸に深く残った。

 

戦わなくて済む方法。

傷つけない方法。

誰も泣かない方法。

そんなものが、本当にあるのだろうか。

サダメは、眠る狐を見た。

白い包帯に包まれた身体。

痛々しい傷跡。

その現実は、あまりにも重かった。

 

でも、それじゃあ……。

 

それじゃあ、わたし以外、なにも変わらない。

誰かが動かなければ、 また同じことが起きる。

また誰かが傷つく。また誰かが泣く。

それだけは、嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院を出る頃には、雨は止んでいた。

雲の切れ間から差し込む夕陽が、 濡れた道路を金色に染めている。

けれど、宙翅サダメの足取りは重かった。

 

「……どうして」

 

どうして、誰もすぐに助けられないの。

どうして、誰かが傷つかなければならないの。

その問いを何度も胸の中で繰り返しながら、 俯いて歩いていた、その時だった。

 

水たまりの中で、何かが光った。

 

「……?」

 

青。

 

緑。

 

金。

 

赤。

 

見る角度によって、 色を変える不思議な石。

 

まるで、生きているみたいに。

いや……まるで、自分を見ているみたいだった。

 

──おいで──

 

そんな声が聞こえた気がした。

サダメは、吸い寄せられるように手を伸ばす。

指先が触れた瞬間

 

────キィン。

 

高い音が響き、

世界が、白く染まった。

 

『気持ちだけで…一体何が守れるって言うんだ!』

 

『何も出来ないと言って、何もしなかったらもっと何も出来ない』

 

『思いだけでも…力だけでもダメなのです』

 

『それでも、守りたい世界があるんだぁぁ!』

 

『力なくば……それは叶わない』

 

『止めるんだ、この戦いを!』

 

『また戦争がしたいのか、アンタ達はァ!!』

 

『こんな戦いをやってるから、何も関係のない人達が犠牲になるんだ!』

 

『いくら吹き飛ばされても、僕らはまた花を植えるよ』

 

知らない声。 知らない景色。 知らない“翼”。

 

けれど、そのどれもがサダメの心に焼きついた。

少女はやがて、その虹色の石を握り締める。

 

誰かがやらなきゃいけないんだ

 

そうだ……だれかがやらなきゃいけないんだ。

 

誰かがやらないと…

 

サダメは空を見上げた。

厚い雲の向こう、まだ見えない空へ。

 

「……思いだけじゃ、守れない」

 

涙は、もう止まっていた。

 

「力がいる」

 

でも、ただの力じゃだめだ。

 

「誰にも縛られない、どこへでも飛べる……誰よりも早く、間に合える」

 

少女は手を伸ばす、あの彼方にある空へ。

 

そんな力、そんな──。

 

「翼が、ほしい」

 

その願いが、 少女の“定め”を決めた。

 

 





ご愛読ありがとうございます。
本作品は非公開とした過去作品のリメイクとなります。
主人公の名前と同じ原作キャラが登場したため、名前や設定を改めて作り直しました。

感想、お気に入り登録、高評価、ガンダム名言

お待ちしています。


【虹色の石】
宙翅サダメが拾った不思議な石。
キヴォトスの外……"向こう側"からやってきた謎の鉱石。
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