『ハロハロ!ハロハロ!ハロハロ!ハロハロ!』
耳元で繰り返し鳴り響く、声にも似たアラームとパタパタという物音に、 少女は布団の中で小さく唸った。
「……んぅ……あと、さんぷん……」
そんな目蓋を閉じたまま呟く私に、ハロは容赦しなかった。
『ハロハロ!オキロ、サダメ!オキロ、サダメ!チコク!チコク!』
「うるさい……」
布団の中から伸びた手が、 枕元で跳ね続けている丸いロボットをぺちりと叩いた。
サポートロボット『ハロ』。
丸い球体の形状をした緑色の体のロボットで、ある
最短で行き先に着くルートも考えてくれる、夢でみたロボットを参考にして、エンジニア部の協力で作りあげたロボットだ。
友人の力を借りて作ったAIが内蔵されていて、こうした起床アラームの他にも沢山の機能が搭載されている。
「学校、遅刻……」
寝惚けた頭でフラフラといつも通りに洗面所に向かい顔を洗い、部屋にかけてある制服の袖に腕を通す。
白い制服を着つつ、青いネクタイに着けたクリップを襟元に差し込んで違和感のないように整える。
スカートも履いて、特に変なところがないか確認しながら少し大きなキャスケットを被ってから荷物をいれたカバンを持つ。
冷蔵庫にいれておいたコンビニの割引された菓子パンを口に含みながら玄関で靴を履く。
転がったり、跳ねながらついてきたハロを抱えて私は玄関のドアを開けた。
早足で学園へ、ショートカットするために通学路に出ると、いつもの声が飛んできた。
「おはよう、サダメちゃん!」
声をかけてきたのは、 商店街の清掃用ロボットだった。
「おはようございます!」
「サダメちゃんが作ったこの防弾パネル、すごく良かったよ! 三回くらい銃撃戦に巻き込まれたけど、流れ弾でも全然壊れなくてさ!」
清掃ロボットは自慢げに胸部モニターを叩く。
「前に買ったカイザー製なんて、一発で粉々だったからね!」
「よかった」
小さく笑う。
その先では、 荷物を運ぶチワワのおじさんが、 小さなトラックの窓から身を乗り出して手を振っていた。
「サダメ嬢ちゃん! 見てくれよ、この新しい外装!」
誇らしげに車体を叩く。
「軽いのに防弾性バッチリだ! さすが、嬢ちゃんの素材だな!」
「それ、まだ試作品だから無理しないでくださいね?」
『ハロハロ! 残リ五分!残リ五分!』
その時、胸元の虹色の石が朝日に照らされて小さく光った。
ハロのナビゲーションに従ってバスに乗り、 搭載された電子決済で料金を支払い、 私はなんとかミレニアムサイエンススクールへ辿り着いた。
時刻は、ホームルームの十分前。
「……間に合ったぁ」
『ハロハロ! セーフ!セーフ!』
「サダメちゃん?」
安心の声を漏らした瞬間、背中から聞こえてきた声にビクリと体が震えた。
振り返るとそこには二年生のセミナーの早瀬ユウカが立っていた。
ミレニアムの会計という立場から様々な声が上がるけど、面倒見のよい先輩でハロを開発することが出来たのも早瀬先輩がエンジニア部の人達を紹介してくれたお陰だ。
「お、おはようございます早瀬先輩……えっと……今日は、いい天気ですね……?」
「どうしたの急に改まって……」
『ハロ!ユウカ!ハロ!ハロ!』
「ふふ、今日も元気そうねハロ。良かったわ、これならもう遅刻は大丈夫そうね」
「アハハ、先輩や皆さんに手伝って貰って作ったこの子のお掛けです」
『ミトメタクナーイ!ミトメタクナーイ!』
「ふふ、なら良かったわ。連邦生徒会長が失踪して、町の治安は大変なことになってるわね……」
「そう、ですね」
連邦生徒会長、超人と呼ばれるあの人のお陰でキヴォトスの治安は守られてきた。
でも、失踪したことで今のキヴォトスの犯罪率は上昇していた。
「早く、見付かると良いんですけど」
見ている夢から、いや元から思っていた。
たった一人の英雄に頼りきりになっている現状こそ、駄目だったのではないかと。
夢を見たからこそ、その思いが強くなった。
たった一人、それが行える事を理由に全てを任せた人達がどうなったのか知っている。
こうなって当然だと思う自分もいた。
だから、一人に頼らない仕組みを作らなければならない。
「明日に連邦生徒会に話を聞きに向かう予定よ、でもミレニアム地区は他の地区と比べても建物や住民への被害は少ないわ。ふふ、サダメちゃんの開発した物達のおかげよ。ゲーム開発部のみんなにも見習って欲しいわ」
そう言いながら早瀬先輩は頭を軽く押さえながらため息を着く。
ゲーム開発部、確か私と同じ1年生の人達が作ったという部活だっただろうか。
知り合いでも、友達でもないからこそ設定はない。
ゲーム開発部の名前だけ聞けば、そこまで早瀬先輩の悩みの種になりそうにないものだが。
「そ、そんなに大変なんですか?」
「まぁね、少なくとも貴方のこれまでの遅刻より酷いわね」
「あ、アハハ………すいません」
「まぁ、もう大丈夫そうだから安心したわ」
そう言って早瀬先輩は手に持っていたタブレットを操作した。
画面には、今朝のニュースが映っている。
『昨夜、正体不明の武力介入者――《蒼穹のイカロス》が再び確認されました。』
映像には、青い翼を持つ人影。
戦闘中だった生徒たちの銃器を破壊し、住民を避難させるその姿が一瞬だけ映る。
一瞬だけ映ったその姿に、 サダメの指先がぴくりと動く。
『一部では七囚人に匹敵する危険人物として指定すべきとの声もありますが――』
画面が切り替わる。
『住民への被害はゼロ。むしろ「助けられた」という報告も多く、ネット上では“新しいヒーロー”として支持する声も広がっています』
「またこの話題よ」
ユウカは呆れたように息を吐く。
「正体不明、所属不明。 戦闘を止めてくれるのはありがたいけど、勝手な武力介入は問題だわ」
「……そう、ですね」
「サダメちゃんはどう思う?」
その問いに、 サダメは少しだけ視線を逸らした。
「……助けられた人がいるなら、悪い人じゃないのかも」
「ふふ、優しいわね。でも政治的に見るとあまりよくないのよ」
「……政治」
サダメは小さくその言葉を繰り返した。
「誰かを助けることに、そんな難しい理由って必要なんでしょうか」
「必要よ」
ユウカは即答した。
「助ける側にも責任があるもの。力を使うなら、その力がどこへ向くのか、誰が管理するのか……ちゃんと決めないといけない」
「……」
「それを無視して『正しいことをしてるから問題ない』なんて言い出したら、それこそ危険なの。たとえ善意でもね」
サダメは黙ってニュース画面を見つめた。 青い翼が、一瞬だけ画面を横切る。
――誰かを助けたい。
その想いだけなら、自分も同じだった。
「でも……」
思わず、口をついて出る。
「間に合わなかったら、意味がないです」
「……っ」
ユウカは一瞬だけ目を細めた。
その言葉に込められた重さを、測るように。
やがて、ふっと息を吐く。
「……そうね。それも、間違ってはいないわ」
少しだけ、柔らかい声だった。
そして、タブレットの電源を落としながら――
「でも、不思議よね」
「え?」
「もし私が犯人探しをするなら、真っ先にサダメちゃんは除外するわ」
「……どうしてですか?」
ユウカは小さく笑った。
「だってあなた、人を傷つけるのが嫌いでしょう?」
その言葉に、サダメは一瞬だけ息を止めた。
「……はい」
──だから誰よりも、“傷つけない戦い方”を探している。