ようこそ、『人間合格』を貰いに来た人よ。   作:knob人

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この章は、お手数ですが、『人間合格の章』(ダイナミックダイジェスト短編)を読んでからおすすめします。

この章は、『人間合格の章』でオリ主と椎名ひよりがもし、中学時代に出会わず、高度育成高等学校で出会っていたらというIfルートです。

オリ主が椎名ひよりに中学時代に出会わなかった結果、怪物になりかけていた可能性の話。(まだ怪物になってない)地獄を味わっています。取り敢えず、死にかけてます。

この章は基本シリアス。ヤンデレ風味。でも、最後には純愛に生かせる予定です。。
最後にこの章は何でも許せる人向けです。この章では、不可思議現象が起きます。後、大体椎名ひより視点で物語が進みます。

時系列的には一年生編の体育祭が始まるまでの数週間の出来事になります。この章は。

○本来なら綾小路清隆と接触して読書仲間になるのは体育祭終了後の更に先からだが、この世界では少しだけ、早く出会い、浅く深くない関係。(友達感覚ではなく、他クラスの読書家さんみたいな感じ。言っててよくわからん)

綾小路×椎名ファンごめんなさい。



第二話『アナタに逢いたい』

 

 活字の羅列が、ただの黒い染みのように視界を上滑りしていく。

 

 高度育成高等学校の図書室。空調の効いた快適な空間で、私は開いた文庫本の上に視線を落としたまま、静かにため息を吐いた。

 

 窓の外は薄暗い雨模様だ。規則的に窓ガラスを叩く冷たい雨音だけが、今の私を取り巻く現実のすべてだった。

 

 数週間後に控えた体育祭に向けて、同じクラスの生徒たちは動き出している。この先を見据えた特別試験の思惑や、他クラスとの水面下の探り合いに熱を上げている。私は、そういった野蛮な争いごとがひどく苦手だった。龍園くんから意見を求められれば応じるし、クラスのために必要とあらば裏で根回しをすることもある。けれど、それはあくまでこの居場所を波風立てずに保つための、最低限の処世術に過ぎない。

 

 私が本当に求めているのは、静寂の中で物語と対話し、それを同じ温度で分かち合える存在だけだ。

 

 ふと、視界の端を同じ読書仲間である綾小路清隆くんが通り過ぎていくのが見えた。

 

 彼は私にとって、この学校で唯一共通の趣味を語り合える貴重な友人だ。彼が持つ底知れない洞察力には敬意を抱いているし、一緒に本を語る時間は決して不快ではない。

 

 けれど――それだけだ。

 

 彼との会話は理知的で整然としているが、そこに血の通った熱はないように感じた。互いの領分には決して踏み込まないという、透明で分厚いガラス越しの交流。それが現実の私に許された、最大限の繋がりだった。

 

(……会いたい)

 

 不意に胸の奥底から込み上げてきた強い感情に、私は思わず自分の胸元をきゅっと握りしめた。

 

 会いたい。私の拙い言葉を、すべて余すことなく受け止めてくれたあの人に。

 

 綾小路くんと出会う数日前に見た、ひどく鮮明な夢。

 

 古い中学校の図書室で出会った、漆黒の髪を持つ美しい少年。

 

 彼との対話は、私の冷たくて退屈だったあの十三年間を根底から覆すほどの引力を持っていた。ミステリーのあらすじや技巧を語るのではなく、物語の奥底に横たわる作者の痛みに寄り添うような、優しくて深い読書観。

 

 まるで、本を通して今は亡き文豪と対話していたかのようなあの語り。作者の心を解きほぐしているような知見。

 

 彼が私に向けてくれた大らかで淀みのない笑顔を思い出すだけで、指先が微かに震える。

 

 あれはきっと、孤独に耐えかねた私の脳が作り出した、ただの都合の良い幻覚なのだと、私の冷徹な知性は告げている。

 

 だが、あのひだまりのような温もりを知ってしまった今、現実の図書室はあまりにも寒々しくて、孤独だった。

 

(もし、もう一度だけ……)

 

 逢いたいという欲求が、止め処なく溢れ返る。気づけば私は図書室を出て、雨に濡れた帰路を急いで辿りながら学生寮の自室に帰っていた。

 

 寝間着に着替え、枕元に読みかけのミステリー小説を置く。初めて夢を見た日の状況に限りなく近づけた。

 

 眠りに就くのは、まだ早い時間だ。それでも、あの温かい夢の世界に行って、彼ともう一度語り合いたかった。

 

(また、会えますように)

 

 ベッドへ横になって祈るように目を閉じ、私はゆっくりと意識を沈めていった。

 

 雨音の冷たいノイズが、少しずつ遠ざかっていく。

 

     *

 

 インクと古い紙の匂い。

 

 微かな埃が、斜めに差し込む光の帯の中で踊っている。

 

 ゆっくりと目を開けると、そこはやはり、あのセピア色の図書室だった。

 

 現実の冷たい雨雲など存在しない、穏やかな春の夕暮れ。私は夢の境界線を越え、再びこの場所へと還ってきていた。

 

「やあ、ひより。今日は少し来るのが遅かったね」

 

 すぐ隣の窓際の席から、柔らかな優しい声が降ってきた。

 

 振り返ると、そこに彼がいた。

 

 また夢の理が働いたのか、スルリと、彼の名前が入ってきた。

 

 天道真希くん。

 

 彼の名前を認識すると、心の中に言葉にならない喜びが湧き上がるのを感じた。

 

 漆黒の瞳には一点の曇りもなく、私を見つけた喜びに満ちた、爽やかな笑みを浮かべている。

 

「……真希くん」

 

 名前を呼んだ瞬間、私の声は自分でも驚くほど甘く、震えていた。

 

 この夢の中の私は、どうやら彼とすでに『親しい読書友達』という間柄になっているらしかった。彼が私の名を呼び、私が彼の名を呼ぶ。その短いやり取りの響きが、たまらなく心地よい。

 

「ごめんなさい、少し……外の世界が、寒かったものですから」

 

「そうか。ここは温かいから、ゆっくりしていくといいよ」

 

 真希くんは何も疑わず、ただ私を肯定するように微笑んでくれた。

 

 彼の手元には、見慣れた厚い本が置かれていた。エラリー・クイーンの『ギリシャ棺の謎』。この夢世界の記憶を辿ると、私が彼に勧めたミステリー小説の古典的名作だ。

 

「もう読み終わってしまったのですか?」

 

「うん。すごく面白かったよ。ひよりが勧めてくれた理由が、よく分かった」

 

 彼は本を愛おしそうに撫でながら、静かに語り始めた。

 

「俺はね、天才と言われる若き探偵の推理が、中盤で鮮やかに覆されてしまうあの瞬間に、すごく惹かれたんだ。普通のミステリーなら、探偵は最初から最後まで完璧な存在として描かれることが多いけれど、この物語の彼は違う。自分の驕りや見落としを突きつけられて、一度完全に打ちのめされる」

 

 そこまで語った真希くんの横顔に、ふと、深い陰りが落ちた。

 

 それは、彼がこれまでの人生でどれほどの絶望と挫折を味わってきたのかを無意識に物語るような、痛切な色だった。

 

「……でも、彼はそこで終わらない。敗北の痛みを噛み締めて、自分の未熟さを認めた上で、もう一度立ち上がるんだ。俺には、それが何よりも美しく見えた。絶対的な暴力や理不尽の前に一度心が折れても、その敗北の経験は決して無駄じゃないって……そう、作者に背中を優しく叩かれたような気がしたよ」

 

「――――」

 

 私は息を呑んだ。

 

 ミステリー小説の醍醐味である「緻密な論理構築」や「意外な犯人」といった表層的なトリックの感想ではない。彼は物語の構造を通り抜け、探偵という一人の人間の『挫折と再生』というドラマの根源を見事に掬い上げていた。

 

 これだ。これこそが、私がずっと求めていたもの。

 

 私の紡いだ言葉が、私の愛した物語が、彼の心という豊かな土壌で完璧に芽吹き、花開いていく。その過程を特等席で共有できる幸福感に、私の心は甘く痺れた。

 

「素晴らしい視点です、真希くん。……ええ、本当に。敗北を知っている人間だからこそ、最後に辿り着ける真実があるのですよね」

 

 私が同意すると、真希くんは嬉しそうに目を細めた。

 

 私たちはそれから、物語の細かな伏線や、登場人物たちの心の機微について、時間を忘れて語り合った。彼との会話には、現実世界で常に感じている「相手の腹を探る」ようなノイズや探り合いが一切ない。

 

 ここには、私と彼と、熱が籠った物語だけがある。

 

(……ああ。どうして)

 

 彼と目が合い、共に笑い合った瞬間。

 

 胸の奥で満たされていたはずの幸福感が、反転するように激しい痛みに変わった。

 

 どうして、現実の私の隣には、あなたがいないのだろう。

 

 私は今、高度育成高校という隔離された檻の中にいる。外の世界との連絡は一切絶たれ、三年間の卒業まで、この冷たい競争社会を生き抜かなければならない。

 

 目を覚ませば、この優しい彼は消えてしまう。

 

 私はまた、たった独りで、誰とも噛み合わない言葉を抱えて図書室の片隅に座り続けるのだ。

 

 そんなのは、嫌だ。

 

 現実にも、真希くんがいてくれたら。私の隣で、こんな風に大らかに笑ってくれたなら。そうすれば私は、他の何一つとして望まないのに。

 

「…………」

 

 抑えきれない渇望と、ここが夢であるという絶望。

 

 無意識のうちに、私の口元から微笑みが消え、膝の上で組んだ両手にぎゅっと力が入っていた。視線が落ち、微かに呼吸が浅くなる。ほんの一瞬の、些細な感情の揺らぎ。

 

 誰にも気づかれないはずの、私の内側にだけ降った冷たい雨。

 

「……ひより?」

 

 ふと、真希くんの声のトーンが変わった。

 

 先ほどまでの快活な響きから、一段階深く、甘く、そしてまるで壊れ物に触れるかのような極上の優しさを帯びた声。

 

 私はハッとして顔を上げた。

 

 真希くんの漆黒の瞳が、私を真っ直ぐに捉えていた。

 

 彼の瞳の奥で、何かが超高速で演算されているような、不思議な静けさを感じた。

 

 私の視線の僅かな揺れ。声にならない呼吸の乱れ。指先の微かな硬直。そういった私のすべてから、彼が「何か」を瞬時に読み取ったのが、私の鋭い観察眼にもはっきりと分かった。

 

(気づかれた……?)

 

 私が、深い悲しみと、彼に対する重すぎる渇望を抱え込んでいることに。

 

 普通の男の子なら、ここで「どうしたの?」「何か嫌なことでもあった?」と、無神経に土足で踏み込んでくるだろう。私は夢の住人である彼に、現実の孤独を語るわけにはいかない。誤魔化すために、彼に嘘をつかなければならなくなる。

 

 だが、真希くんは違った。

 

 彼は少しだけ目を伏せると、私に一切の問いかけを投げなかった。

 

 代わりに、彼は自分の椅子をほんの数センチだけ私の方へ引き寄せ、大きな手で、私の冷たくなった指先をそっと、包み込むように握ってくれたのだ。

 

「……少し、文字を追いすぎたかな。目が疲れただろう」

 

 真希くんは、私の悲しみの理由を「読書による疲労」という、誰の心も傷つけない優しい嘘にすり替えてくれた。

 

「少し、休もうか。ひよりが落ち着くまで、俺はここで本を読んでいるから。何も気にしなくていいよ」

 

 彼は私の手を握ったまま、空いた方の手で別の文庫本を開き、静かに視線を落とした。

 

 私の秘密を暴こうとはしない。無理に笑顔を作らせようともしない。ただ、私が自分から口を開く気になるまで、永遠にでも待ってくれるかのような、圧倒的な包容力。

 

(なんて……なんて、優しい人なんでしょう)

 

 彼は、私の違和感に完全に気づいている。私が何か致命的な悲しみを抱え込んでいることを察知しながら、それでもなお、私を追い詰めないために「待つ」という選択をしてくれたのだ。

 

 他人の人間性を否定せず、決して踏み込まず、ただ隣に寄り添うことで精神的な安寧を与えてくれる。

 

 彼がどれほどの地獄をくぐり抜け、どれほどの他人の悪意に晒されてきたのか、今の私には知る由もない。けれど、この究極の優しさとコミュニケーション能力は、彼が己の痛みを知り尽くしているからこそ生み出せるものだということだけは、痛いほどに理解できた。

 

 繋がれた手から伝わる、彼の脈打つ確かな熱。

 

 その温もりが、私の冷え切った孤独を内側から溶かしていく。

 

「……真希くんは、本当に不思議な人ですね」

 

 ぽつりと、私の口から本音がこぼれ落ちた。

 

「そうかな?」

 

 真希くんは本から視線を上げず、ただ優しく微笑んだ。

 

「ええ。まるで、私の心の中の悲しみが、すべてお見通しみたい」

 

「そんなことないよ」

 

 真希くんはゆっくりと本を閉じ、私に向き直った。その瞳には、慈愛のような光が宿っていた。

 

「俺は、ただの不器用な人間だ。だから、相手の本当の心なんて分からない。……ただね、ひよりが話したくなるまで、俺はずっとここで待つよって、そう思っているだけさ。君が俺に新しい世界を教えてくれたように、今度は俺が、君の心が少しでも軽くなるように隣にいたいんだ」

 

 その言葉は、私という存在に対する、世界で最も甘く、そして残酷な肯定だった。

 

 こんなにも私を理解し、私を守ろうとしてくれる人が、夢の中にしかいないなんて。

 

 彼が待ってくれていると言ってくれても、私は永遠に真実を語ることはできない。なぜなら私は、彼が存在しない未来の、隔離された現実から逃げ込んできただけの幻なのだから。

 

(真希くん……。ああ、真希くん)

 

 彼が優しければ優しいほど、私の中の渇望は底なし沼のように深まっていく。

 

 彼のこの深い知性も、私を労わる甘い声も、その温かい手も。すべて現実の私の隣にあってほしい。他の誰でもない、私だけのために、彼という人間のすべてを独占したい。

 

 狂おしいほどの愛おしさと、絶対に手の届かない絶望感が入り混じり、私の視界がゆっくりと滲んでいった。

 

「……ありがとう、ございます。真希くんの隣にいると、私、本当に……安心するんです」

 

 それが、私が彼に返せる精一杯の、嘘偽りのない本心だった。

 真希くんは「よかった」と静かに笑い、私の手をもう一度、優しく握り返してくれた。

 

 その時。

 

 私の脳内に、存在しないはずの記憶が、濁流のように溢れ出した。

 

 別の世界線で、彼と中学時代の三年間を過ごした幸福に満ちた記憶。

 

 放課後、お互いのお気に入りの本を交換し合って、その感想をいつまでも語り明かしたこと。

 

 雨の日に、小さな相合い傘の中で、本に出てくる異国の料理について楽しそうに語り合ったこと。

 

 真希くんに手を引かれて初めて行った、街の大きな本屋さんの、あの独特な紙とインクの匂い。

 

 そして、⬛業⬛の日に、彼へ贈った、⬛⬛⬛⬛⬛。⬛⬛⬛⬛。

 

 次々と流れ込んでくる、彼と過ごしたすべての瞬間が、まるで一冊の美しい短編集のように、私の胸の奥に大切に、大切に綴じられていく。

 

 現実の私には決して存在しないはずの、その温かすぎる記憶の奔流。

 

 夕暮れの光が、少しずつその輪郭を失っていく。

 

 夢の終わりが近づいている。

 

 行かないで。目を覚ましたくない。

 

 永遠に、この人の隣という檻の中に閉じ込められてしまいたい。

 

 私の切実な祈りを置き去りにして、セピア色の世界は白く、白く溶け落ちていった。

 

     *

 

 冷たい雨音で、私は目を覚ました。

 

 高度育成高校の、誰もいない自室。

 

 窓の外はすっかり夜の闇に包まれ、雨粒がガラスを乱暴に打ち据える音だけが部屋に響いている。

 

 ゆっくりと身を起こし、顔を覆う。

 

 指先に、冷たい水滴の感触があった。私は、泣いていたのだ。

 

 夢の中で彼に握られていた右手には、もう何の熱も残っていない。

 

 ただの幻。私の脳が作り出した、理想の逃避先。そう言い聞かせようとしても、心に穿たれた喪失感の穴は、あまりにも巨大すぎた。

 

 それに、あの最後に流れ込んできた鮮烈な記憶は何なのだろう。ただの夢とは思えないほどの、圧倒的な実感と温度を持って、確かに今の私の血肉となって刻んで残されている。

 

「……真希くん」

 

 暗闇の中で、その名を声に出してみる。

 

 誰も答えてはくれない。

 

 綾小路くんでも、他の誰でもない。私には、彼でなければ駄目なのだ。

 

 私の言葉をすべて理解し、私の僅かな傷に気づき、秘密を暴かずにただ寄り添ってくれるあの人でなければ。

 

 現実の世界に彼がいないという事実が、私の心を静かに、けれど確実に蝕んでいく。

 

 この渇望は、決して満たされることはないのだろう。

 

 それでも私は、明日もまた本を開き、図書室の片隅で彼を想いながら、本を読む。

 

 私を全肯定してくれる、あのただ一人の少年に逢うために。

 

 狂おしいほどの愛おしさを、冷たい現実の奥底にひた隠しにしながら。

 

 ――その時だった。

 

 泥のような微睡みの底から、私自身にひどく似た、けれど氷のように冷たく、昏い情念を宿した「誰か」の声が、脳内に直接響いたのだ。

見せませんよ。アナタには。至純の宝石たるあの思い出だけは……『私』だけのものなんですから

 

理屈はわかりませんが、『私』の三年分の記憶を追体験されるなんて、あまりいい気持ちではありませんでしたね

 

それにしても、まぁ……。随分と都合のいい記憶の部分だけ見られて。ミステリー好きが泣きますよ? ちゃんと全部見ないと、大事な伏線を見逃して、真実に辿り着けません

 

哀れで愚かで、可哀想な未来の私

次の夢を見る時は、是非とも私の図書室にお招きさせていただきます

 

 




何でも許せる人向けのタグを付けた、最大の理由。

書いてて楽しいけど、気持ちがキャラに引っ張られて精神が安定しない今日この頃。

プロット自体あるけど、衝動で書きまくったから、誤字脱字、矛盾してる描写が結構あるから修正終わってから投稿しております。
早く、ギャグ展開、笑いあり展開を書きたい!
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