ようこそ、『人間合格』を貰いに来た人よ。   作:knob人

7 / 7
毎度同じ注意書きして、すいません。
この章は、お手数ですが、『人間合格の章』(ダイナミックダイジェスト短編)を読んでからおすすめします。

この章は、『人間合格の章』でオリ主と椎名ひよりがもし、中学時代に出会わず、高度育成高等学校で出会っていたらというIfルートです。

オリ主が椎名ひよりに中学時代に出会わなかった結果、怪物になりかけていた可能性の話。(まだ怪物になってない)地獄を味わっています。取り敢えず、死にかけてます。

この章は基本シリアス。ヤンデレ風味。でも、最後には純愛に生かせる予定です。。
最後にこの章は何でも許せる人向けです。この章では、不可思議現象が起きます。後、大体椎名ひより視点で物語が進みます。

時系列的には一年生編の体育祭が始まるまでの数週間の出来事になります。この章は。

○本来なら綾小路清隆と接触して読書仲間になるのは体育祭終了後の更に先からだが、この世界では少しだけ、早く出会い、浅く深くない関係。(友達感覚ではなく、他クラスの読書家さんみたいな感じ。言っててよくわからん)

綾小路×椎名ファンごめんなさい。



第三話『夢か現か』

 

 高度育成高等学校の昼休みは、戦場にも似た熱狂と喧騒に支配される。

 

 特に今日という日は、いつもとは違う異様な熱気が学食全体を渦巻いていた。メイン調理師が急病で倒れたという緊急事態の中、厨房を預かっているのが「特例で調理師免許を持つ一年生」だという噂が、校内を瞬く間に駆け巡っていたからだ。

 

「おい、見たかよ。今日の山菜定食、見た目からして別物だぞ」

 

「ていうか、あの料理してる一年生、ヤバくないか? 割烹着姿の美人とか聞いてないぞ。あんな奴、この学校にいたか?」

 

 無遠慮なざわめきの波を縫うようにして、私は定食の列の最後尾に並んでいた。

 

 普段の私なら、こういった騒がしく人の密集する場所は絶対に避ける。教室で軽く済ませた後で、図書室で時間ギリギリまで本をめくるのが私の日常だ。

 

 けれど、今日は不思議と足がこちらへ向かっていた。胸の奥に澱のように溜まった、言葉にできない熱い渇望が、私を無意識のうちに突き動かしているような感覚があった。

 

 昨夜に見た、あの夢。

 

 セピア色の中学校の図書室で交わした言葉。彼が教えてくれた太宰治やエラリー・クイーンの世界。そして、夢の最後に私の脳内へ濁流のように流れ込んできた、彼と過ごした「三年間」という存在しないはずの幸福な記憶。

 

 目が覚めた後、現実の私は、あまりにも無味乾燥で冷たい日常にひどく戸惑い、絶望していた。夢の中のあの少年――天道真希くんと過ごした記憶は、あまりにも鮮やかで、あまりにも愛おしかった。彼が笑いかけてくれるだけで、私の世界は完璧に満たされていた。

 

 それが私の孤独な脳が作り出した幻だという残酷な事実に、夜が明けるまで、夜の暗闇の中で何度涙を流したことか。

 

 カウンターの列が少しずつ進む。

 

 厨房の奥で、忙しなく立ち回る影が見えた。純白の割烹着に身を包んだ、すらりとした背中。漆黒の長い髪が、無造作に後ろで束ねられている。

 

 トクン、と。

 

 私の心臓が、肋骨を打ち据えるほどに大きく跳ねた。

 

 まさか。そんなはずはない。

 

 あの少年は、私が夢の中で作り出した理想の具現化に過ぎないはずだ。

 

 けれど、頭の中に閃光が走るように、夢の中で見た彼との記憶がフラッシュバックする。

 

 雨の日の相合い傘。紙とインクの匂い。私だけに向けてくれた、大らかで淀みのないあの笑顔。

 

(……どうして)

 

 私の世界に絶対的な光をくれたあの人が、なぜ、現実のこの場所にいるのだろう。

 

 順番が来た。カウンター越しに、トレイに乗せられた料理が差し出される。

 

 そこに立っていたのは、間違いなく、私が夢の中で恋焦がれた姿そのままの少年だった。

 

「お待たせしました。煮物定食です。午後からも授業がありますから、消化に良いものを少しおまけしておきましたよ。頑張ってくださいね」

 

 耳に心地よく響く、少し低くて甘い声音。

 

 黒髪が揺れ、彼がこちらを見た。夢の中では何度も見つめ合い、その温もりを確かめ合った漆黒の瞳。

 

 けれど。

 

 今の彼が私に向ける眼差しは、見知らぬ客に向ける、完璧に作り込まれた『プロフェッショナルな笑顔』でしかなかった。

 

(……あなたは、私を知らないんですね)

 

 その当たり前の事実に、胸の奥を鋭利な氷の刃で抉られたような痛みが走った。それを悟られないように、私は微笑みの仮面を被るしかなかった。

 

 夢の中の彼とは違う。現実の彼は、私を知らない。私の三年間の想いも、図書室で本を語り合ったあの時間も、現実の彼にとっては、存在しないただの幻なのだ。

 

 震える手でトレイを受け取る。その時、私の指先が、ほんの少しだけ彼の手の甲に触れた。

 

 夢の中で握りしめたあの不器用な温もりとは違う、生身の人間としての、確かな体温。

 

 彼が、天道真希くんが確かに、この現実にいるのだということを、私は確信して、驚きと喜びが迸り、一瞬固まってしまった。

 

 ――その瞬間、彼の肩が微かに跳ね、張り詰めていた空気がほんの少しだけ緩んだように見えた。まるで、見えない激しい頭痛がふっと和らいだかのように。その時の私はまだ驚きが抜けきれず気づかなかった――

 

 彼は私の反応に戸惑うこともなく、美しい大和撫子のような微笑みを崩さずに「ゆっくり食べてくださいね」と告げた。その所作の一つひとつに、息を呑むほどの優雅な気品が宿っている。

 

 私はふらつく足取りで窓際の空席に座り、割り箸を手にした。

 

 彼が一から作ったという煮物定食。一口食べるごとに、私の目頭が熱く滲んでいく。

 

 家庭料理の域を遥かに超えた、恐ろしいまでに完成された味だった。味が芯まで染み込みながらも、角が僅かにも煮崩れしていない大根。煮汁の黄金色の濁り。素材の細胞を壊さないミリ秒単位の完璧な火入れ。

 

 誰に教わるでもなく、この途方もない高みに達している。彼という人間が、この現実の世界でも、純粋な物理法則と向き合いながら、必死に世界と調和しようともがいていることが、切なくてたまらなかった。

 

 食事を終え、トレイを下げようと返却口へ向かったとき。ちょうど彼が、調理場から裏手へと続く通路に出てきたところだった。少し休憩に入るのだろう。

 

 彼が純白の割烹着を外し、額の汗を拭うその艶やかな姿に、食堂の一部がざわめく。

 

 彼は私の前を通り過ぎる際、ふと、その足を止めた。

 

 鋭い直感のようなものが、彼に何かを伝えたのかもしれない。彼は眉をひそめることもなく、ただ静かに、不思議そうな漆黒の瞳で私を見つめた。

 

 何かを言おうとして、やめる。

 

 その一連の動作の隙間に、私は夢の中の彼の面影をはっきりと見た。

 

(待ってくれている……)

 

 彼が私から発せられる「僅かな違和感」に気づき、それでも無理に問いただすことはせず、私が言葉を紡ぐのを待ってくれていることに気づいてしまった。

 

 このまま、何事もなかったかのように立ち去れば、私たちの接点はここで切れる。

 

 けれど、私はもう、彼を知らなかった頃の、あの冷たくて退屈な図書室に戻ることに耐えられない。

 

「あの……天道くん」

 

 私は、震える声を限界まで絞り出した。

 

 彼は動き出そうとした足を止め、ゆっくりと振り返る。

 

「俺のこと、知ってるの? ……って、同じクラスだもんね。知ってて当然か」

 

 彼は何の悪意もなく、大らかな笑顔で、私にとって信じられないほど衝撃的な事実を言ってのけた。

 

(……同じ、クラス?)

 

 頭の中が真っ白になる。

 

 私は今まで、彼と同じ教室で、同じ時間を過ごしていたというのだろうか? 龍園くんが支配するあの1年Cクラスに、彼がいた?

 

 どうして、一度も気づかなかったのだろう。

 

 必死に自分の記憶を掘り起こしても、天道真希という生徒が教室のどこに座り、どう振る舞っていたのか、一切の記憶が引っ掛からない。いや、たとえ名前を知らなくても、これほどまでに美しく目を引く人間が、視界の端にも残らないなんてことがあり得るのだろうか。

 

 彼は、完全に気配を消していたのだ。私の知らない何らかの理由で、自らの存在を全力で隠蔽し、誰の記憶にも残らない『幽霊』として息を潜めていた。他人に興味を持つのが薄い私ならなおさら、彼を見つけることなど不可能だったはずだ。

 

 しかし、そんなことは今どうでもいい。

 

 今日この日まで彼が現実の世界に存在していると思わなかったのは、紛れもない事実なのだから。

 

 ここで「夢であなたと出会いました」なんて言えるはずがない。そんなことを言えば、ただの頭のおかしい人間だと思われるだけだ。

 

「……はい。今日、とてもお料理が美味しいと評判でしたので。……直接、お礼を言いたくて」

 

 苦し紛れの嘘。けれど、美味しいと感じたのも、彼に礼を言いたいというのも、嘘偽りのない本心だ。

 

 彼は少しだけ目を見開いた後、ふわりと、あの夢の中で見たのと同じ、柔らかな微笑みを浮かべた。

 

 その瞬間、彼の纏っていた見えない緊張感のようなものが、すっと解けるのが分かった。

 

「そうか。ありがとう。君にそう言ってもらえると、作った甲斐があったよ」

 

 その安らいだ笑顔に、私は確信した。

 

 彼は今世でも、あの時の彼と同じ魂を持っている。私が言葉を尽くせば、必ず私を受け入れてくれる。

 

 このままでは終わらせない。

 

 私は、人生で一生分の勇気を振り絞った。

 

「あの、もしよかったら……放課後、図書室でお話ししませんか?」

 

「えっ?」

 

「あなたの読んでいる本について、もっと、私に聴かせてほしいんです」

 

 普段の私なら、絶対にしないような無遠慮な誘い。夢の人物だと思っていた彼が、現実に存在していたという衝撃と、何としてもここで彼を引き留めなければならないという強い焦りが、私の背中を無理やり押していた。

 

 ――しかし、言ってしまってから、私は血の気が引く思いだった。

 

 一瞬、彼の大らかな笑顔が消えた。漆黒の瞳の奥で、無数の思考が冷徹に駆け巡るような、得体の知れない静けさが私を射抜く。

 

(しまった……! 警戒された!)

 

 今の私は、ただのクラスメイトだ。しかも、この現実ではほぼ初対面。彼が本を読む人間であることすら、現実の私は知るはずがないのだ。こんなことを言えば、気味悪がられて拒絶されてしまう。

 

 息の詰まるような沈黙が流れる。食堂のざわめきが、まるで遠くの世界の出来事のように聞こえる。

 

 ――けれど。

 

 彼は困ったように少しだけ首を傾げた後、なぜかふっと肩の力を抜き、静かに頷いた。

 

「いいよ。図書室なら、俺もよく行くから。……君が、そんなに本が好きなら」

 

 まるで、私から発せられる空気が、彼にとってひどく居心地の良いものであるかのように。警戒するどころか、身を委ねるような自然な承諾。

 

 その言葉を聞いた瞬間。私の心の中に、長年凍りついていた何かが、音を立てて崩れ去った。

 

 夢の続きが、現実とリンクし始めた。

 

 私はもう、あの冷たい孤独に震えることはない。

 

 彼と過ごす、温かな日々が、今ここから新しく始まるのだ。

 

 私は彼に向かって、人生で一番幸せな、極上の微笑みを向けた。

 

 この男の子は、今度は絶対に離さない。

 

 たとえ現実の彼が、私のことをまだ「ただのクラスメイト」だとしか認識していなかったとしても、関係ない。

 

 私には、彼と過ごした「三年間の記憶」という、誰にも奪えない最強の武器があるのだから。彼の好む言葉、彼が安らぐ沈黙の間合い、彼が愛する物語のすべてを、私はすでに知っている。

 

 放課後の図書室。

 

 そこで私は、また彼を「私の図書室」へ招き入れる。

 

 そして今度こそ、二度と外の世界へは出さないように、その魂ごと深く、深く愛して差し上げるつもりだ。

 

 彼が夢の中で私を見つけてくれたあの時のように、今度は私が、彼の世界を私の愛だけで満たして差し上げる番なのだから。

 

 心の中で、静かで熱を帯びた狂気が、歓喜の産声を上げた。

 




完全自己満で書いた小説だけど、評価バーに少しだけ色ついてて嬉しい今日この頃。

欲を言えば、感想も欲しいなと思いますが贅沢言いません。

また次回もよろしくお願いします。

原作本編のひよりの幸せを今日も願います。
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