青年アルスの研究日誌〜全てを失った魔物学者は竜の力で理不尽な世界を調停する〜 作:SK43
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もし、もしも余裕があったらで構わないのですが、折り入ってエスカにお願いがあります。
街の魔物研究家さんに通報をお願いできないでしょうか。
ここ最近、村から男の人が失踪しているんです。たった一週間でうちの村から男の人は全員いなくなってしまいました。
残っているのは私たちのような女の人や子供だけ。
なにか恐ろしい魔物が近くにいる気がしてなりません。
警察騎士さんに捜索願いは出していますが、みんなの不安も限界のようなんです。
エスカも大変なのに、急な話で本当にごめんなさい。忙しかったら、この話は忘れてください。
それでは、お元気で。またお手紙出します。
ミーティア
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「……以上だ。こりゃ、やばそうだな。疑うような事言って、ほんとすんませんでした」
手紙を静かにテーブルへ置き、ガーディールが改めて頭を下げる。
“やばそう”という感想はあまりにも簡潔だったが、アルスも同意見だった。
便箋から伝わってくる空気が、生半可ではない。
手紙の文面そのものは丁寧で控えめだ。どこか相手を気遣うような遠慮すら感じられる。
けれど、その奥にある切迫感は隠しきれていなかった。
村人達の不安が限界に達していること。
そして送り主自身も恐怖を押し殺しながらこの手紙を書いていること。
それが文字の端々から滲み出ていた。
しかも失踪は、たった一週間で起きたという。
アルスは無意識に眉を寄せる。
短期間で成人男性だけを全員消し去るなど、偶発的な襲撃ではまずあり得ない。
そこにあるのは、明確な意志だ。
つまり犯人は、高い知能を持った魔物である可能性が高い。
そうなると、連れ去られた人間がまだ生きていたとしても、奪還は容易ではない。
「大人しいけど、しっかりした子なんです。あの子、自分から誰かを頼ることなんてほとんどなくて……」
エスカは膝の上で手を握り締めながら言う。
「そんな子が、こんな手紙を送ってきたんです。もちろん警察騎士にも通報したけど……たぶん、対応はかなり遅いと思う」
「まぁ、サツも色んな案件抱えてるだろうからな……。だから個人の研究家を探してたってわけか」
ガーディールの言葉に、エスカは静かに頷いた。
警察騎士――この国の治安維持組織。
魔物事件だけではなく、人間同士の凶悪犯罪まで幅広く担当しているため、常に人手不足だ。
まして地方の小村で起きた“原因不明の失踪事件”など、優先順位を下げられる可能性は高い。
それは決して彼らが怠慢だからではない。
単純に、この国では事件の数が多すぎるのだ。
各自治体も対策を講じてはいるが、それでも被害が減らない事実こそ、魔物という存在の厄介さを物語っていた。
「……どんな魔物か、分かりますか?」
不安を押し隠すように、エスカが尋ねる。
アルスは少しだけ考え込み、それから慎重に口を開いた。
「男の人を狙う魔物自体は、確かにいます」
そこで一度言葉を切る。
「問題は、その目的です。村が荒らされていないなら、食糧として攫ったのか……それとも、別の用途か」
「別の用途?」
「供物とか、繁殖とか。知能の高い魔物だと、人間を単なる餌として扱わない例もあります」
応接室の空気が、一段冷えた気がした。
ガーディールが顔をしかめる。
「マジかよ。俺としては女子供狙いそうなイメージなんだが。肉が柔らかいとかで」
「そういう魔物もいるってだけだよ」
アルスは首を横に振った。
「ただ、気になるのは“全員連れ去られた”って部分なんだ。男だけを狙う魔物はいても、集団単位で攫うタイプは僕の知る限り存在しない」
「で、でも実際に……!」
エスカが身を乗り出す。アルスの声色が疑っているそれではない事もわかっているようだが、友人の言葉を信じたいといった様子だ。
「本当にいないんですか?」
その声には、藁にも縋るような焦りが滲んでいる。
もしこれが魔物ではなく、人間による犯罪だった場合。
その時点で事件は魔物研究家の管轄を外れる。
つまり正式には警察騎士案件となり、対応はさらに遅れるだろう。
村人達の不安を考えれば、それはあまりにも酷だった。
「……今の情報だけじゃ、断定できません」
「そんな……じゃあ……」
エスカの表情が曇る。
魔物研究家に正式依頼を出すには、最低でも痕跡や目撃証言が必要だ。
この内容だけでは、公的窓口に持ち込んでも“まず警察へ”と追い返される可能性が高い。
「公的な依頼なら、引き受ける研究家はいないと思います」
アルスはそこで立ち上がった。
椅子が小さく音を立てる。
「なので――とりあえず現地調査、行ってきますね」
「えっと、そしたらもう少しあの子から詳しく話を聞いて――って、えっ!?」
エスカが目を瞬かせた。
綺麗なアーモンド形の瞳が、驚きでまん丸になる。
その反応が妙に可笑しくて、アルスは少しだけ笑いそうになった。
もちろん、今まで話していたのは“普通の研究家”の話だ。
だが、アルスは普通ではない。
学会から完全に干され、公的機関から厄介者扱いされているアウトロー研究家。
正式依頼にならない案件など、むしろ好都合だった。
こういう仕事でもなければ、今の彼には調査の機会すら巡ってこない。
だからこそ、断る理由など一つもないのだ。
「ほ、本当に……? でも、こんな曖昧な情報だけで……」
「大丈夫です」
アルスは即答した。
「僕、勘は結構当たるんで!」
「か、勘……!?」
エスカの声が裏返る。
しかし次の瞬間には、慌てたように頭を下げていた。
「ありがとうございます……!」
一瞬だけ何かを言いかけて、飲み込んだのだろう。
せっかく引き受けてもらえそうなのに、水を差したくなかったに違いない。
アルスとしても、この依頼は逃す気がなかった。
魔物の気配が少しでもあるなら十分だ。
調査の機会に恵まれない今の自分にとって、まさに渡りに船。
一度決めた以上、もう引き下がるつもりはない。
――そう思った矢先。
「いや……ちょっと待ちな」
低く、重たい声が応接室に落ちた。
和みかけていた空気が、一瞬で張り詰める。
野獣のたてがみのような金髪を揺らしながら、鋭い眼光を宿した大男――ガーディールが、静かに口を開いた。