青年アルスの研究日誌〜全てを失った魔物学者は竜の力で理不尽な世界を調停する〜 作:SK43
昼下がりの穏やかな陽射しが、狭い住宅街の隙間から柔らかく差し込んでいる。
メインストリートの喧騒から少し離れた静かな小道を進んでいくと、やがて古びた看板を掲げた店が見えてきた。
その瞬間、アルスの口元には自然と笑みが浮かぶ。隠す気もないまま、彼は暖簾をくぐった。
正式に博士号を取得し、魔物研究家として独り立ちしてから初めての調査依頼。
胸の奥にじんわりと広がる高揚感は、学生時代に初めてフィールドワークへ赴いた日の感覚によく似ていた。
「変わらないなぁ、この店は……」
店内には怪しげな魔機や用途不明の道具が雑多に積み上げられ、無造作に宝石類まで並べられている。
統一感など欠片もない光景だが、不思議と嫌な雑然さではない。むしろ古本屋のような独特の居心地の良さがあった。
この店はアルスが街へやって来るより遥か昔から営業している、魔機専門店である。
最新鋭の魔法機械を扱うことで有名で、魔物研究家の間では知らぬ者はいない。
珍しい品も多く、研究家たちが足繁く通う理由もよく分かる。
「変わらないとは失礼だねェ……。最新式の品揃えが目に入らないのかぃ?」
奥の方から、癖の強いハスキーな女の声が飛んできた。
「アル坊。冷やかしならお断りだよ」
店の最奥。
棚に囲まれるような薄暗い場所で、長いキセルを燻らせている女性がアルスへ視線を向けていた。
藍色の長髪は夜空を思わせる深い色合いで、その隙間から覗く金色の瞳が妖しく光っている。
妖艶という言葉がこれ以上なく似合う女だった。
どこか浮世離れした美貌の持ち主だが、魔機に関する知識と情熱は本物である。
「今日はちゃんと買い物ですよ、スーヴィエーテさん」
「ふぅん……随分金持ちになったもんだねぇ。仕事もロクにないだろうに、いよいよ研究家を辞めたのかぃ?」
キセルの煙を細く吐きながら、スーヴィエーテはからかうように口角を吊り上げた。
相変わらず気怠げでゆったりした喋り方だ。
「いやいや、個人依頼なら僕でも受けられますから。地道な営業活動の成果ですよ……っと、これください」
アルスは慣れた様子で店内を歩き回り、必要な品をカウンターへ並べていく。
「はいょ。ディテクトの魔機が一つ、アナライズが一つ、ロープが一つ……」
スーヴィエーテは商品を手際よく袋へ詰めながら、ちらりとアルスを見た。
「合計でこれもんだよ。ちゃんと払えんのかぃ?」
「もちろんです。ちゃんと確認してください」
エスカから受け取った前金で支払いを済ませる。
久しく触れていなかった新品の研究機材を前に、アルスは内心かなり浮かれていた。
「ああ、毎度ありぃ」
店主お決まりの文句。
だが、その声色にはどこか釈然としない響きが混じっている。
「それで? どんな仕事を受けたんだぃ。そんな型落ち品でどうにかなる案件なんだろうね?」
「村で起きた魔物事件の調査と退治ですよ」
「ふぅ〜ん……そうかぃ。まぁ、好きにおし」
明らかに納得していない顔だった。
理由はアルスにもなんとなく察しがついている。
だが、ここで余計なことを言えば面倒になるだけだ。
アルスは苦笑しながら袋を受け取った。
「あたいはねぇ、あんたがまだエドウォードの後ろをついて回ってた頃から見てるんだよ」
スーヴィエーテはアルスと目を合わせないまま、ゆっくり煙を吐き出す。
エドウォード。
それはアルスが大学時代に所属していた研究室の教授であり、恩師の名だった。
「あんたが一番危なっかしい。こんな軽装で何する気か知らないけど……気を付けるんだよ」
「……ありがとうございます」
アルスは素直に頭を下げるしかなかった。
学生時代にはよく「エドに言いつけるよ」と叱られたものだが、今では一応、一人前として扱われているのだろう。
どちらにせよ、引き受けた以上は止まるつもりなどない。
心配をかけることを承知の上で、アルスは踵を返した。
「あれ? アルスさん?」
店を出ようとしたその時だった。
聞き覚えのある声に振り向くと、棚の陰から見知った少女が姿を現す。
鮮やかなオレンジ色の髪をポニーテールに結んだ少女──エスカだった。