青年アルスの研究日誌〜全てを失った魔物学者は竜の力で理不尽な世界を調停する〜   作:SK43

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13.エスカと青年

昼下がりの穏やかな陽射しが、狭い住宅街の隙間から柔らかく差し込んでいる。

メインストリートの喧騒から少し離れた静かな小道を進んでいくと、やがて古びた看板を掲げた店が見えてきた。

 

その瞬間、アルスの口元には自然と笑みが浮かぶ。隠す気もないまま、彼は暖簾をくぐった。

 

正式に博士号を取得し、魔物研究家として独り立ちしてから初めての調査依頼。

胸の奥にじんわりと広がる高揚感は、学生時代に初めてフィールドワークへ赴いた日の感覚によく似ていた。

 

「変わらないなぁ、この店は……」

 

店内には怪しげな魔機や用途不明の道具が雑多に積み上げられ、無造作に宝石類まで並べられている。

統一感など欠片もない光景だが、不思議と嫌な雑然さではない。むしろ古本屋のような独特の居心地の良さがあった。

 

この店はアルスが街へやって来るより遥か昔から営業している、魔機専門店である。

最新鋭の魔法機械を扱うことで有名で、魔物研究家の間では知らぬ者はいない。

珍しい品も多く、研究家たちが足繁く通う理由もよく分かる。

 

「変わらないとは失礼だねェ……。最新式の品揃えが目に入らないのかぃ?」

 

奥の方から、癖の強いハスキーな女の声が飛んできた。

 

「アル坊。冷やかしならお断りだよ」

 

店の最奥。

棚に囲まれるような薄暗い場所で、長いキセルを燻らせている女性がアルスへ視線を向けていた。

 

藍色の長髪は夜空を思わせる深い色合いで、その隙間から覗く金色の瞳が妖しく光っている。

妖艶という言葉がこれ以上なく似合う女だった。

 

どこか浮世離れした美貌の持ち主だが、魔機に関する知識と情熱は本物である。

 

「今日はちゃんと買い物ですよ、スーヴィエーテさん」

 

「ふぅん……随分金持ちになったもんだねぇ。仕事もロクにないだろうに、いよいよ研究家を辞めたのかぃ?」

 

キセルの煙を細く吐きながら、スーヴィエーテはからかうように口角を吊り上げた。

相変わらず気怠げでゆったりした喋り方だ。

 

「いやいや、個人依頼なら僕でも受けられますから。地道な営業活動の成果ですよ……っと、これください」

 

アルスは慣れた様子で店内を歩き回り、必要な品をカウンターへ並べていく。

 

「はいょ。ディテクトの魔機が一つ、アナライズが一つ、ロープが一つ……」

 

スーヴィエーテは商品を手際よく袋へ詰めながら、ちらりとアルスを見た。

 

「合計でこれもんだよ。ちゃんと払えんのかぃ?」

 

「もちろんです。ちゃんと確認してください」

 

エスカから受け取った前金で支払いを済ませる。

久しく触れていなかった新品の研究機材を前に、アルスは内心かなり浮かれていた。

 

「ああ、毎度ありぃ」

 

店主お決まりの文句。

だが、その声色にはどこか釈然としない響きが混じっている。

 

「それで? どんな仕事を受けたんだぃ。そんな型落ち品でどうにかなる案件なんだろうね?」

 

「村で起きた魔物事件の調査と退治ですよ」

 

「ふぅ〜ん……そうかぃ。まぁ、好きにおし」

 

明らかに納得していない顔だった。

理由はアルスにもなんとなく察しがついている。

だが、ここで余計なことを言えば面倒になるだけだ。

 

アルスは苦笑しながら袋を受け取った。

 

「あたいはねぇ、あんたがまだエドウォードの後ろをついて回ってた頃から見てるんだよ」

 

スーヴィエーテはアルスと目を合わせないまま、ゆっくり煙を吐き出す。

 

エドウォード。

それはアルスが大学時代に所属していた研究室の教授であり、恩師の名だった。

 

「あんたが一番危なっかしい。こんな軽装で何する気か知らないけど……気を付けるんだよ」

 

「……ありがとうございます」

 

アルスは素直に頭を下げるしかなかった。

 

学生時代にはよく「エドに言いつけるよ」と叱られたものだが、今では一応、一人前として扱われているのだろう。

 

どちらにせよ、引き受けた以上は止まるつもりなどない。

心配をかけることを承知の上で、アルスは踵を返した。

 

「あれ? アルスさん?」

 

店を出ようとしたその時だった。

 

聞き覚えのある声に振り向くと、棚の陰から見知った少女が姿を現す。

鮮やかなオレンジ色の髪をポニーテールに結んだ少女──エスカだった。

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