青年アルスの研究日誌〜全てを失った魔物学者は竜の力で理不尽な世界を調停する〜 作:SK43
「あの、アルスさん」
店からの帰路の途中、なんとなく特に会話もなかった中でエスカさんが口を開く。
「その……今回は本当にありがとうございます。頼れる人もいなくて、八方塞がりで……あの子の事、心配でしょうがなかったんです」
目を伏せて、指を交差させる彼女は本当にいたたまれないような面持ちをしている。
きっと、できる限り自分の力でなんとかしようとしたのだろう。
色んな意味で悪目立ちしているアルスを頼るというのは本当の意味で最終手段だ。エスカも傭兵として働く以上、他の魔物研究家との関わりだって少なからずある。
となればもしもアルスと行動を共にしている、なんて噂が立ってしまえば今後彼女を連れて行こうと思う研究家は激減する可能性もあるだろう。
それくらい今のアルスという男は界隈から毛嫌いされている。
「その人と仲、良いんですね」
「あ……そうですね……とっても。故郷の幼馴染なんです」
その言葉を、アルスは噛みしめるように心の中で反芻する。
「僕にも」
「え?」
大事な幼馴染がいて。
と言いかけたけれど、その言葉は最後まで続かない。
人に話すには少々重たい話だ、今ここで立ち話をする程の物でもない。
「……大丈夫。必ず解決します。僕、魔物の事だけは凄いですから!」
夕暮れの風が通りを吹き抜け、エスカの髪を揺らした。
「……ありがとう」
そうしてぐっとサムズアップして見せれば、少しだけエスカの顔に笑顔が戻った。
その事には素直によかった、とアルスも内心で胸をなでおろす。
「ところであの、聞いても良いか分からないんですけど、どうして貴方が学会から……えーと、追放? されてるんですか?」
それからまた少し歩いた後、エスカはおずおずといった様子で尋ねた。
「う。干されてること、やっぱり知ってたんですね」
「そりゃ貴方って結構有名人ですから。答えにくかったら聞きませんけど……でもとてもそんな、悪い人のように見えなくて」
「う、うーん……そうだな。どこから話すか」
アルスは後頭部をぼりぼりかいて、少し悩む。
自信満々に任せてなんて言った手前、実は少し話しづらいのだろう。
それでも隠す方がいらぬ心配をかけると思ったので、意を決して告白する事にした。
「……少し、歩きながら話しましょうか」
メインストリートを歩きながら、アルスは話を切り出す。
「僕は、魔物社会学と名付けた研究をしていました」
そうしてやがて、どちらからともなく立ち止まる。
夕暮れ時で人通りはまばらなので、それがちょうど目に留まった。
アルスはとある屋台の店主に一声かけて、品物を手に取らせてもらう。
「社会学っていうのはまぁ、ただの名義に過ぎないんですけど、魔物の中にはかなり高い知能を持つ者もいるんです。彼らが作る独自の文化や文明は人間の生活に利用されている事もありますよね」
例えばこれ。とアルスが手に取ったのは、どこにでもあるような小さな電池だ。
しかしこの中に満たされているのは電気ではなく、魔力という魔物が生み出すエネルギー。
「元々人間社会にあった電力を更に高次元の物に変換する、魔力。これのおかげで人間社会は大きく発展しました」
大昔、電気を活用して動く様々な機械は、人間社会に大きな発展をもたらした。
これが第一次高度産業革命と呼ばれる、いわゆる人間社会の電化だ。
──そしてそれから数百年後。
魔物と呼ばれる生き物の発見と共に、電気や熱に次ぐ新しいエネルギー……
それが第二次高度産業革命。すなわち既存の機械を魔力によってより高度な物に進化させる、一般的には魔機化と呼ばれる歴史的ターニングポイントである。
「そんな便利な魔機だけれど、どうやって作られるか知っていますか?」
アルスが指先で小さな電池を転がすたび、表面に夕日の赤がちらちらと反射する。
「……魔物の死骸とか、排泄物とかからでしょう。知ってますよそれくらい」
「正解。でもその製造方法で生産されているのは、この国の全体で見ると約5%」
「えっ?」
ドーラ王国にて魔物と魔力の発見から現代まで、約100年と少し。
魔力は今まで考えられなかった超常的な現象を引き起こす事に加え、電力の働きを増幅させる能力がある事も証明された。
細かい解説は省くが、それによってあらゆる機械の製造・開発が一気に数百年分は進展するとさえ言われた。
魔力という新たな資源を得た人間社会の発展は凄まじかった。
地上を走っていた車は今や空を飛ぶ飛空艇になり、街を照らす街灯の殆どは電力と魔力の両方が使われるようになった。
となると、当然課題になってくるのは魔力の安定供給である。
「最近は学校でも教えてるのかなぁ……最も魔力の抽出効率が高い方法は、魔物を家畜として飼って、それを屠殺する事なんですよ」
100年前の大戦からドーラが如何にして再興したのか、全ては魔物の家畜化が始まりとされている。
淡々と語るアルスの頬を、不穏な風が撫でた。