青年アルスの研究日誌〜全てを失った魔物学者は竜の力で理不尽な世界を調停する〜   作:SK43

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16.エスカと青年4

「魔物って家畜になってたんですか!?」

 

「魔物は知能が高いほど、魔力の生産量も多い。現代ではストック・ウィスプと呼ばれる魔物が家畜として人間に使役されているんです。こいつは魔力の生産量が多いですからね」

 

 ほとほと喋った後、アルスは電池を店主に返し、再び歩き出す。

 エスカもそれに黙ってついてくる。

 

「魔力発電の工場を見たことは?」

 

「……ないです。正直知らなかったくらいなんで」

 

 それを見る機会は中々ないだろう事はアルスも知っていた。

 研究家として勉強を重ねていたアルスとて学生の頃、大学の教授が関係者だったのでたまたま見学できたぐらいだ。

 その施設は、捕獲した魔物の養殖と屠殺が行われるいわばエネルギー生産牧場といった所である。

 ストック・ウィスプの他にも、数種類の魔物が適正有りとされ活用させられている。

 

「すごい施設ですよ。多くの魔物が捕らえられて、人間の生活に必要なエネルギーを生み出すために活用されている」

 

 頷きながら語るアルスの口調は、なにも動物愛護的な観点から物を語っているわけじゃない事をエスカも感じていた。

 そも、この手の問題は食用の家畜においてもさんざ議論されている内容だ。牛や豚にも社会性や学習能力があるのだから、家畜として扱えばいつか手痛い復讐をされるのではないか、みたいな話は哲学的にも科学的にも一時期話題になった。

 

 それについては、動物に存在するのは生存本能だけであり、歴史的背景を理解し復讐心を持つという事はあり得ないという結論が出ているので問題はない。

 

 では、魔物は?

 

 アルスの研究テーマの焦点は、そこにある。

 

「動物から進化したっていう理由で魔物を家畜として扱う──危険だからという理由で魔物を駆除する──その行い自体に危険性はないのか? 誰かが本気で調べた事はあるのか? 僕は、それを確かめようとしたんですよ」

 

「そ、それの何がいけないんですか? そりゃ変わってはいますけど……それを証明しようとするのは悪い事じゃあ──」

 

 当然、それを確かめる事に関してはなんの問題もない。

 それどころか、その手の分野については当時まだ手付かずだったこともあり、当時のアルスの研究は返って周囲から歓迎されていた。

 

 魔物研究学会はそんなに狭量なのかと憤りかけたエスカの誤解を解きつつ、アルスは言葉を続ける。

 

「僕はそれを証明するために、野生のストック・ウィスプの群れで実験を試みたんです。内容は、ストック・ウィスプとの簡単なコミュニケーション実験」

 

「はぁ、そうなんですか」

 

「要は魔物と会話……ないし、意思の疎通ができるかの実験ですね」

 

「はぁ……はぁ? そんな馬鹿な事……」

 

 いまいちどんな実験なのか分かりません、みたいな顔をしているエスカに対し補足してみれば、素っ頓狂な声が返ってきた。

 そんなリアクションを読んでいたのか、アルスはふっと笑みをこぼす。

 

「それは成功したんですよ」

 

「えっ!?」

 

  あっけらかんと答えてみせれば、エスカの目が飛び出んばかりに見開かれた。

 しかしその実験は、アルスにとってはまだ前段階に過ぎない。本番……もといアルスがどちゃくそに怒られる理由になるのは、その後に行った実験だ。

 

「そしてその後、ストック・ウィスプに自身の種族の現状を理解させることができるかをテストしてみたんです。具体的には屠殺のシーンを映像で見せてコミュニケーションを取ろうとしたんだけど」

 

「な、なにそれ……思いついても普通やらないわよそんなの」

 

「そうかも。でも、大変な事にそれも──成功した」

 

「っ……」

 

 少しだけ低くなったアルスの声のトーンに、エスカは息を飲む。

 成功した。この言葉が表す意味はすなわち、ストック・ウィスプのような知能の高い魔物は自身らが置かれている現状を理解できるという事だ。

 

「彼らがその現状を知ってどういう反応を示したかっていうのは、論文に色々書いたんですけど……まぁひとまず、僕はストック・ウィスプと会話した初めての人間って事になりますね」

 

「なりますねって……」

 

  例えるなら、知能の発達した魔物は人間と全く違う価値観を持った部族のようなものだ。

  当然物の考え方も違うし進化の起源も違うのだけれど、このまま人間が魔物を道具のように消費し続け、領土を拡大し続ければ……その先にあるのは高度な知性を持った魔物達との戦争である。

 

 それは今の魔物に対する認識を変えなければ避けられない事象であり、事実最近は人間の街が魔物に攻撃された事例も少なくない。

 動物とは全く別物の種族であるのならば、それこそ共栄や共生をもっと真剣に考えなければならないのではないか。

 

「で、それを学会で発表したんですね。まぁ……あたしは魔物を殺す仕事してるからなんとも言えないんですけど」

 

「まぁ~結果的にはボッコボコに叩かれることになっちゃったんですけどね、あはは……」

 

  残念ながら現状、魔物に関する学問の全ては、元をたどれば魔物を利用するためのものである。

 魔物はヒエラルキー的に言えば人間の下、みたいな風潮に加えて様々な大人の利権やらお金やら、色んな思惑が渦巻いてしまっている現実で、アルスの論は社会構造そのものを破壊しかねない。

 

 あえなく世論の逆鱗に触れ、今に至る。

 

「魔物生態学も、魔物解剖学も、みんな魔物を理解して活用する術を探るための学問だから。魔物と生きる学問は認められにくく……と、こんな感じの理由です」

 

「……よくわかんないわ。単純な話じゃないし」

 

  終始信じられないといった風だったエスカが、立ち止まって言う。

 

「そもそも、その話の終着点って魔物の家畜化をやめようってことでしょ? それって今の人間の生活の基盤を変えるって事だし、そんなの簡単に認められるはずがないわ」

 

「……そうですね」

 

 それに関してはエスカの主張は間違っていない。

 魔力をしこたま利用する魔機で発展したドーラにおいてアルスの論はまさに逆説だ。

 更に現実問題として、アルス自身も魔物の生み出す魔力の恩恵を享受しているわけで、その理想を叶えるには魔力の代わりとなるエネルギーをどうするか考えるというのもセットになっている。

 

 結局のところ、最大の問題はそこだった。

 

「……」

 

 そこまで話し終えれば──二人の間に、わずかな沈黙が落ちる。

 その間は夕暮れの喧騒だけが、二人の間を流れていった。

 

「きゅー」

 

「……? 今何か鳴きませんでした?」

 

 ふと、アルスの持つカバンから、聞こえるはずのない甲高い鳴き声がひとつ。

 

「ん、あれ!? また君カバンの中に…」

 

「ペットか何かついてきちゃったんですか……って、ひっ!?」

 

 やばっという声がアルスから漏れるも、あとの祭りだ。

 隠す暇もないままアルスの肩越しにその存在を見てきたエスカの身が固まる。

 視線の先にいるのはぴょこっとカバンから顔を覗かせた、アルスが家で観察していたはずの魔物──フレアラットだった。

 

「きゅっ?」

 

「違うっこいつ魔物!? フレアラット! すぐにカバン捨てて離れてください!」

 

  数秒驚きで固まっていたエスカだったが、すぐに臨戦態勢を取りながらアルスのカバンをひっつかもうと手を伸ばす。

 腰につけている鉄剣も抜きつつ叫ぶが、その心配はないとアルスはカバンを庇うようにして首を横に振った。

 

「大丈夫ですよ、この子大人しいしカバンに入り込んでくるの珍しくないんです。この前も……」

 

「こっこの前!? あ、あああ貴方魔物を首輪つけずに飼ってるの……!?」

 

 問題ないと必死に首を横に振るも、エスカの表情はいよいよ焦燥に染まっていく。

 

「あっいやっまぁその友達みたいなもので! カバンの中気に入っちゃってるみたいで……!」

 

「なんでもいい! ちゃんと檻に入れといてよ!」

 

 これはもう話聞いてもらえない奴だ── 自身の咄嗟の言い訳のへたっぷりに辟易する事一瞬。そんな間にもフレアラットはカバンから顔を出したまま辺りをキョロキョロと見まわしている。 ここどこ?と言っているようにも見えた。

 

「きゅぅ~」

 

「良いから早くそれ渡してください! たたっ斬るんで!」

 

「ちょちょっそんな騒いだら…!」

 

 人通りが少なくなってきたとはいえ、ここは大通りである。

 そんなに叫んだら注目を浴びないはずもなく周囲がざわつき始める。

 ここでフレアラットがさらされるのはマズいと慌てたアルスは、ひとまず白旗を振って逃げる事にした。

 

「えーと、お、お騒がせしましたー!!」

 

 三十六計なんとやら。アルスはエスカの手を引いて風よりも早くメインストリートを駆け抜けるのだった。

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