青年アルスの研究日誌〜全てを失った魔物学者は竜の力で理不尽な世界を調停する〜 作:SK43
「ふぅ……君の事があそこでバレたら大騒ぎだった。ダメだろ勝手について来たら……」
「きゅーぃ」
「はぁっ……はぁっ……さ、触って熱くないんですか……!?」
カバンの中で、次はどこ行くんや!? と、しきりにきょろきょろしているフレアラットを撫でていると、まるで化け物を見るような目でエスカさんがたじろいでいた。
初見はびっくりするかもだけど、こんなに可愛いのに何を怖がる必要があるのやら。
「刺激しなきゃ大丈夫ですよ。それよりもエスカさん、もしかしてだけど」
「な、なに……?」
「魔物、嫌いですか?」
「そりゃ嫌いよ! というか好きな人の方が稀でしょ! あなた感覚狂っちゃってるんじゃないの!?」
引きつるような剣幕でエスカがまくしたてる。
そして、そういえばこれが普通の反応だったなぁとどこか他人事のように思う僕。
感覚が狂ってるというのは是非もないだろう。
「あ、あはは……」
「笑ってないで早く檻に入れてそいつ。ほんとに斬ってもいいんだからね……!」
何やら物騒な目でこちらを見て来たので僕は早々にカバンにフレアラットを押し込んで閉めた。
「魔物と喋るなんて事してるだけあるわね……ほんとにどっかおかしいわよあなた」
エスカは未だ鉄剣の柄から手を離さない。
「わ、分かった一旦家に帰ります。だからお願い斬らないで」
これ以上やぶへびをつつかない様にと、アルスはそそくさと退散する。
そんな後ろ姿をにらみながら見送り、背中が見えなくなってからようやくエスカは息をついた。
「ほ……ほんとに大丈夫なのかしら」
改めて自分の取った選択肢に疑問を覚える。
一部の好事家が魔物をペットにしているという事は聞いたことがあったけれど、いざその人を目の前にするのは初めてだったのだ。
「言うに事欠いて魔物を友達だもんねー──」
鉄剣の柄から手を放し、腕を組んで一言。
エスカとしては全く想像もできない物だ。魔物と言えば危険な生き物というイメージが根深い。家畜のように飼育されているという事実にすら違和感を覚えるほどだった。
「……分かんないなぁ」
ぽつりと漏らしながら、エスカは一人石畳の道を歩き出す。
夕暮れの大通りには、仕事帰りの人々が行き交っていた。
屋台から漂う香ばしい匂い。
魔力街灯の淡い光。
笑い声。
喧騒。
そんな見慣れた街並みの中にいるというのに、さっきまでの会話だけが妙に現実感を欠いていた。
魔物と分かり合うだの、共存を目指すだの。
そんな話、酔っ払いの妄言なら鼻で笑って終わりだ。
だがアルスは本気でそれを信じていて、それどころか実際に魔物と会話したとまで言った。
「……イカれてるわよねぇ」
自分の感性は間違っていないと再確認するように呟き、エスカは自分の額を押さえる。
なのに不思議と、嫌悪感だけでは終わらなかった。
もし本当に、あの男の言う事が正しいのだとしたら。
もし本当に、魔物が人間と同じように物を考えているのだとしたら。
今まで自分たちが当然だと思ってきたものは、一体何だったのだろう。
「……っ」
そこまで考えたところで、エスカはぶんぶんと頭を振った。
「いやいやいや! ないない! そんなのあるわけないでしょ!」
思わず大きめの声が出て、通行人が怪訝そうにこちらを見る。
エスカは慌てて咳払いをして誤魔化した。
危ない。
あの男と話していると、頭までおかしくなりそうだ。
そもそも魔物とは危険な存在である。
だから傭兵がいる。
だから人々は武器を持つ。
それはこの世界の常識だ。
それなのにアルスは、まるで野良猫でも相手にするみたいな気軽さで魔物を撫でていた。
あのフレアラットだって、本来なら下手をすれば人を焼き殺しかねない魔物だ。
「……なのに、あんな懐く?」
ふと漏れた言葉に、エスカ自身が一番驚いた。
脳裏に浮かぶのは、カバンから顔を出して「きゅーぃ」と鳴いていたフレアラットの姿。
まるで犬か何かのようにアルスへ擦り寄っていた。
少なくとも、エスカが知る魔物の姿ではなかった。
魔物にも、色々あるのだろうか。
「…………」
無言のまま歩きながら、エスカは無意識に自分の手を見下ろす。
剣ダコの浮いた掌。
魔物を斬るために握り続けてきた手だ。
これまで何匹もの魔物を倒してきたし、それについて後悔した事はない。
危険な存在なのだから当然だと思っていた。
けれど今日初めて、その“当然”が少しだけ揺らいだ気がした。
「……はぁ」
長く息を吐き、エスカは空を見上げる。
「あの人に頼ってよかったのかなぁ……。……考えないようにしよ」
そう呟きながらも、彼女の脳裏からアルスの姿は離れなかった。